がいじんトーク

人生、迷ってばかり。死ぬまで迷っているのかもしれない。

無題

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全36ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

 
 わん吉は飼い犬である。
わん吉は、何もしないで「ごはん」を貰い、昼寝をしながら留守番をしていたら、
それだけで周りから「わかいい!」と愛されたのだろうか?
 
 いつもの二件目に寄り道して、日が変わる前に帰宅しても、妻も娘も二階の部屋に入っていて出迎えてはくれない。多分、まだ寝てはいないだろうけど、態々降りては来ない。
静まり返った居間で、玄関のドアを開ける寸前までは寝ていたはずのわん吉だけが開ける音に反応して元気に出迎えてくれる。
深夜の酔っ払いの私の話し相手になってくれるのはわん吉だけだ。
彼はどんな時も愛想を使い、「おやつ」をおねだりする。昨夜も仕草がわかいいので与えようとすると二階から「今日はたくさんおやつ与えたから、夜中に与えないで」と妻の声だけが、見透かしたようにする。彼女らはワン吉の音で私の帰宅を感じ、それから、安心して床につくのだろう。
 
昨日の深酒の余韻を残したまま、満員電車に今日も乗っている。
今日の主な予定は、午前中の営業会議とクレーム対応の訪問が入っている。
朝から気の乗らない日の始まりである。
 
ゲージの中のわん吉は、今日も朝からご機嫌で私に愛想を振り巻いていた。
彼の要求通り、ゲージから出してもらえて、朝ごはんを食べていた。
わん吉は、妻や娘にも愛されて、たくさんの「おやつ」や「おもちゃ」を与えてもらっている。彼は計算しているのか、誰にでも愛想がいい。私にも近所のおばさんにも。だから可愛がられておやつが貰えている。もしかしたら、彼なりの努力なのかもしれない。
初めから愛想よかった犬ではなかったはず。飼われて、彼なりにどうすれば快適に過ごせるかを考え、私たちから勝ち取ったのだろうか?
 
私たち人間も、飼い犬と違わない。
飼い犬の私たちは働かなければ「報酬」は、得られない。
営業マンの私は、営業の数字を延ばそうと毎日、毎日外まわりをしている。
どこに仕事の話が落ちているかわからないから歩く。
しかし、歩いても、歩いても中々仕事の話にならない。
話にならないからと諦めてしまったら、営業の数字は止まってしまう。
それは、悲惨な結果を意味する。
飼い犬は、雇い主から褒美を勝ち取るもの。byわん吉       不動堂

「番犬 八策?」

 
 我が家の番犬「ワン吉」の私たちへの提言。
 
番犬八策」を皆さんに紹介します。
まずは、
・「食糧危機を乗り切るための食事の充実は欠かせない。ペットショップでの安売りの大量のドックフードは、如何なものか。毎日、毎日朝と晩同じ味のものを食べている。確かに栄養はあるのかもしれない。バランスも摂れているのかもしれない。でもたまにはビーフ味のものを・・・・・毎日チキン味のフードでは飽きてしまう。出来れば朝はチキン、夜はビーフ味にして頂きたい。よろしく!」
 
・「ついでに、食事問題と同等の問題で『おやつ』の問題。食事は一日2食ということは承知しているからこそ、おやつは大切な問題なのです。適正な量の確保と時間の厳守。家の人の都合でやったり、やらなかったり、時間が夕食に近かったりで夕食を残してしまうと、体調の問題にまで影響をあたえてしまうのです。それよりも夕食を残すと叱られる私の身になってほしい」
 
・「規制の緩和をお願いしたい。粗相をすると叱られる。僕だってきちんとトイレで用をたしたいと思っていても、時には我慢出来ないときもある。その辺のご理解を得たい。特にお母さん、あなたです。そして、その粗相を近所のおばさんたちに言ったりしないでください。僕だって恥ずかしいのです」
 
・「防犯対策の充実。近所の黒猫の集団が我王国の領海を平気で通り過ぎるのです。僕が外で遊んでいるときも、変な臭いをさせて通り抜けます。おまけに糞をして行くのです。僕が見ているのに。あいつらは僕の天敵です。どうしても好きになれません。一戦の覚悟も出来ています。何卒何らかの対策を・・・・・」
 
・「おもちゃの充実もお願いしたい。今は、ラッコちゃんとピンクとブル吉が居ますが全然足りません。決して僕は物欲があるわけではないのですが、お留守番しているときの相手がたくさんいると楽しいのです。結構、お留守の時間が長く、退屈なのです。いつも昼寝ばかりしているわけではないのです。運動不足にならないようにするためにも」
 
・「大切なことを忘れていました。お昼寝している時、僕の昼寝の邪魔をしないでください。特にお姉ちゃんです。あなたの都合で突然起こさないでください。玄関から音を立てないように『そ〜と』入って来て、突然、大きな声で僕の名前を呼ぶのです。いつも心臓が止まる思いをしているのです」
 
・「ついでに、夜中の寝ているときの2階の物音もびっくりして、目を覚ましてしまいます。階段を降りる音も注意してください。特にお母さんの音には、いつも参っています」
 
・「犬権問題もあります。僕は犬です。僕の身体に何かと付けたがるのはやめてください。
首輪すら気になるのです。バンダナまでは我慢しますから、これ以上服を着せたり、雨具を着せたりしないでください。女の子でもあるまいし、髪の毛にピンとかも。僕は雨の中でも、雪の中でも何もいらないのです。自毛だけで十分です」     
 
                                                  不動堂
「黒はないだろう。黒いのは縁起が悪い・・・・・勘弁してほしい」という会話をしたような気がしていたから、油断していた。まさか、あえて黒色を選ぶことになるとは・・・・・。
 
 娘がインターネットで探していたら、偶然ヒットしたのが奴だった。家の近くの同系列のペットショップに娘と妻は出掛け、奴の話をしたらしい。売れ頃の2か月前に売れ残ってしまったのか今なら特別価格で提供出来るという。おまけに予防接種も済んでおり、そのお金がかからない。トイレの躾も出来ている。というお店側の説明を聞いて、彼女らはお得感と初めてのペットなので躾のことが気になっていたこともあり、二つ返事で購入を決めてしまった。奴は、三重県の四日市の店にいたため現物を二人は見ないで決めたのである。
 
帰ってくるなり二人は、ポメラリアンの男の子に決めたというなり、ネットの中の奴を私に見せてくれた。ネットの写真は2か月前の奴の姿で、動画の中の奴は足取りもひ弱で、どこに目があるのか、毛に覆われていてわからず、その姿は子熊のようなブサイクな顔だった。「どうして黒?」というと「ポメラリアンの黒は希少で価値がある」という。どう贔屓目でみても犬というより小熊?のような姿は私の中では納得いかなかった。来週の土曜日に我が家の家族になるから、よろしくという二人は、久々にご機嫌だった。
名前は、「熊吉」に決定だと決めていたら二人に大反対されてしまった。もっとかわいい名前を考えてほしいという。どう見ても、誰が見ても画面の中の奴は「熊吉」なのに・・・・・
引き取りに行ったのも娘と妻。店の購入者の欄に娘は躊躇うことなく自分の名前を書き込んだ。支払は妻の「へそくり」と思いきや、私名義のカード払いだった。初めて飼うための何とかセット(ゲージからエサまで)というのが意外と高く、いくらペット代を安くしても儲かるようになっているんだと初めて知った。ゲージの中の奴は、借りてきたネコ状態かと思いきや、もう暴れている。2か月前の動画の中のひ弱な足取りじゃなく、しかも顔は熊吉ではなかった。しっかりポメラリアンの顔(実際はポメラリアンという種も初めて知った)をしていた。奴は想定外に体は小さく、すばしっこい動きをしていた。どこか落ち着かない、やんちゃな感じをしっかり感じ取ることが出来た。
奴は男の子だから、我が家の二男坊になる。長男の名前に一画つけて、名前は「熊吉」じゃなく「犬吉」と書いて「ワン吉」と読ませることにした。「ワン吉」は、初日からトイレの躾は守らず、新しい住まいということもあり、慣れず、糞の掃除も大変で管理者であったはずの娘は、私と妻にそのことだけは押し付けて、「ワン吉」に「ごはん」を与えることと遊ぶことだけは欠かさず、相手をしている。我が家へ来て2週間経っても、未だに主人の私の大きな声には従わず、娘と妻の甘い声にだけは反応している。                             不動堂
 53を超えた息子でも彼女からみれば、未だ子供に違いない。そこには遠慮も配慮もないキツイ言葉だけが反ってくる。会社では一角の男と称されていても彼女には関係ない。
 そして喧嘩腰の言葉に、喧嘩腰で応えてしまう私がいる。彼女の前では、反抗期を迎えた頃の若者にかえってしまう。
久しぶりに会っても不思議に自分自身を抑えることが出来ない。
 
 先日の帰省の時も、彼女は朝4時半には起き、洗濯を始める。同時に掃除機をかけ始める。6時には朝飯が出来上がる。私たちが食べるころには、おかずは冷めかけている。
夜は、16時あたりから夕飯の支度を始める。17時には食べられるようになる。そして20時前には就寝してしまう。
私たちが帰省しても自分のペースは変えない頑固な彼女である。
 
 彼女自身、中学までしか出ていないのに、私を大学生まで育ててくれた。大学生活は学費もちろん、名古屋での下宿生活の生活費も面倒をみてくれた。一度も送金が遅れたことはなかった。大学生の子供のいるサラリーマンの私には、その苦労の大変さは痛いほどわかる。感謝していない訳がない。
 
 彼女は、2年前に大腸がんの手術をして50cmほど大腸とリンパ腺を切除した。私が中学生の時に父親が盲腸で手術することになったその時、私は「盲腸なら大丈夫だね。心配いらない」と言った記憶があるが、彼女は「腹を切るのに万が一と言うことはいつもある。実の父親が手術するのに安心している子供がいるか」と叱られたことがあった。
そんな記憶が残っているのに2年前の彼女は気丈だった。ソワソワしている親戚・親類を余所に「大丈夫だから心配いらないから」とわざわざ病院に来なくてもいいと言い切った。
当日の手術は成功し、ついでに胆石まで切除してもらってスッキリした表情だった。
2年前の影響は何ら感じない今日で、元気そのものだ。嫌、以前より元気なくらいだ。
 
 昔と変わったと言えば、耳が遠くなったことだ。耳が遠くなると彼女自身の声が更に大きくなる。それが喧嘩腰の言葉に感じてしまうのかもしれない。耳が遠くなった老人というものは厄介なもので、自分自身の都合の良いことばかりしか聞こえなくなるらしい。
肝心なことは聞こえないと逃げられ、言いたいことだけは大声で言い切る。
そこには妥協はないことがすごい。まるで、我儘な幼子のようだ。
 
 そんな彼女だから、身内には受けは悪いが、近所のお付き合いの仲間?(老人クラブみたいのもの)たちからは人気があるようだ。リーダーシップを切って高齢者たちをまとめているらしい。その集団の中では、若手になり車も運転する彼女は、移動手段にも便利な存在みたいで、中々の地元の人気者で余生を楽しんでいる今日この頃のようだ。
                                                                      不動堂    

「アメリカと日本」

 
 第二次世界大戦の戦勝国のアメリカと敗戦国の日本ということは誰でも知っているが中国も朝鮮も戦勝国側なのか?
戦後70年も過ぎて、なぜ未だにアメリカの基地が日本各地にあることが問題になっている。それはなぜだろうか。「日米安保があるからだ」と単純に説明・理解できるのだろうか。
「アメリカ軍は、日本に望むだけの軍隊を望む場所に望む期間駐留させる権利を持つ」とい文章に吉田茂首相一人でサインしたのが日米安保の始まりだという事が戦後史の本で語られている。
(この時、日本が他国に攻められた時、日本を守るという条文は一切なかったという)
これは、サンフランシスコ講和条約締結時(日本が世界各国に戦争のお詫びをし、各国から許しを受けた日)に、同じサンフランシスコにてアメリカと二国間だけの歴史的な事実(日米安保に調印)だということを国民に説明したことがあるだろうか。
 
無条件降伏を受け入れた日本政府がマッカーサーのアメリカの統治下に治められて、東南アジアの諸国と同レベルの生活環境化にするために6年間支配下されたこと。この6年間で現在の憲法や基本教育法等の新しい日本の基盤をアメリカによって作られたのである。アメリカの操り人形なった日本は、やっとの思いで独立を許される時の条件に米軍の海兵隊だろうが、海軍、陸軍だろうが望む軍隊を日本国内の望む場所に望む期間基地を設けることが出来ることを認めたのである。それが現在、沖縄を中心に日本中各地にアメリカの基地がある真実である。
この事実を日本の国民は知らされていたのだろうか。何となくだけで、詳しくは首相も、学校の先生も誰も教えてくれてないのが現実ではないのか。今、韓国や中国の学校で歴史の真実を教えていないと日本人たちは疑問視しているが、日本も国民の不利になるようなことは伝えず、政府自ら誤魔化していることは同じなのかもしれない。沖縄も1945年6月23日にアメリカに全面降伏した事実は知っているだろう。この瞬間、沖縄は本土より先にアメリカの支配下に置かれた事実=アメリカ領土になった。この日から沖縄が日本に返還される1972年5月15日までアメリカの支配下で、日本国民が沖縄に行くのも、沖縄から本土に来るのもパスポートが必要だった事実を若者は知っているだろうか。なぜ、アメリカの統治が終ると同時に沖縄が返還されなかったのか。それは、日本政府が望んだから遅れた事実。しばらくは、沖縄はアメリカの支配下で構わないと日本政府(昭和天皇)がアメリカに伝え、沖縄を切り捨てて、北海道、本州、四国、九州の主権の回復を優先させたのである。その時の戦後最初の首相が吉田茂なのだ。学校では習わなかった歴史的真実である。
 
 話は余談になるが、これ以上無駄な戦争をしないために広島と長崎に原爆を落として終戦を早めたという一部のアメリカ側の主張があるが、ポツダム宣言を日本に打診したのは7月27日、日本政府が受け入れを連絡し、天皇陛下のラジオ録音(15日の国民向け終戦宣言)を8月の初めにしている。それでも原爆の悲劇は起こった。2つの原爆となっているが広島と長崎では、それぞれ種類の違う原爆を投下していた。ひとつはウラン型、もうひとつはプルトニウム型だった。それはなぜか。アメリカは原爆の威力の研究のため、原爆の効果を見極めるためにもう戦えない日本を無理やりに実験台にしたのかもしれない。        不動堂

全36ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
不動堂
不動堂
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事