がいじんトーク

人生、迷ってばかり。死ぬまで迷っているのかもしれない。

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「忘れられた勇気」

 誰か私に立ち向かう勇気をください。もう一度火をつけてください。
 
 西のあなたは、どうして「そんなに穏やかに、笑って生きられるのだろうか」
誰にも、優しい言葉を贈り、感謝の言葉を伝える。あなたのことを誰も悪口は言わない。
そんな人生の終わりを過ごせたらいいと頑張ってみたけど、私には出来そうもない。
一日過ごす度に「懺悔」してばかり。
 東のあなたは、たくさんの修業をされて52の「さとり」を開き、徳を積まれたという。
そんなあなたは若い頃からずっと修業の毎日だったという。「あなたの前に仏なし、あなたの後に仏なし」とまで言われなければならないなら、とても私には勤まりそうにない。
ここまで生きて、そんな理想を追い求めて、私はどうしてしまったのだろう。
 
今年の年賀状に「終わりを慎む」なんて、上品なことを書いてしまったことを今、後悔している。そんな人生の最期を迎えたくはない。(1月号のがいじんトークでも「慎む人生」なんて文字を乗せてしまっている)
最後の最期まで「自分の生き方を貫きたい。それが嫌われ者でも構わない」
 
昔は、不思議に身体の内からメラメラとアドレナリン?が湧き出てきて、常に戦うモードになったものですが、最近込み上げてくるものを感じなくなってしまった。
「今ここでそんなことを言っても・・・」「誰かが問題提起し、解決してくれるだろう」と。
歳の所為もあるだろう。病気の所為もあるだろう。人間的に丸くなり大人対応できるように成長したのかもしれない。しかし、幼い頃からあった認めること、許すことは負けてしまったことになる感覚が無くなり始めている。でも、今微かに納得出来ないと自分自身の身体の奥で叫んでいる私をまだ心の底の底で感じている。
 例えるなら、原子力発電所の核燃棒みたいなもので、閉じ込めた、封じたと思っても一度起こしてしまったら、中々冷却処理が出来ず。処理するために数十年、数百年掛かる核燃料と同じかもしれない。こんな喩は不謹慎かもしれないが、それが人間の「性分」って奴かもしれない。
 
 思い出さなければならない。若きの頃、「不動明王のように常に姿格好は、勇ましい怖い男を演じるようになりたいと思っていた頃を。この世は、それぞれ何かの役目を背負って生かされているんだと悟った時から、私の役目を自分自身で決めて生きて来たはず。それは誰の責任でも所為でもない。私の「サムライ魂の性分」と信じて生きて来た。それが今日の私を創りあげて来た。それを今更、都合良くしようなんて虫が良い話違いない。
 暑い夏を前に、最期まで「熱い人生」を送る決意を書き残したい。    不動堂

「ワン吉4歳」

 ワン吉は、間違いなく我が家で不動の地位を築いた。今年で4歳になり、家族にも一目置かれる存在となり、宅配便や郵便屋さんにも「ワン吉、今日も元気だね」と声を掛けられるまでになった。黒猫軍団もワン吉がテラスに出ている時には領海侵犯をしなくなった。
すべて、これまでのワン吉の努力が実った形だ。初めのころは弱弱しかった鳴き声も、今では立派な鳴き声で敷地内に入った訪問者に容赦がない。インターホンを押す前にワン吉の吠える鳴き声を聞くので、構えて押すようになった。留守番犬として申し分ないまでに育った。
 
こんなことを書くと、「そんな馬鹿な」と読者の方々に言われるかもしれないが、実はワン吉は人間と話をすることが出来るのだ。間違いなく私とは意思の疎通は出来ている。かみさんとも会話をしている。娘とはアイコンタクトをしているのだ。コミュニケーション能力は、ゆとりの世代の若者たちよりずっと高い。左利きのワン吉は、話をしたい時に大声で吠えたりしない。そばに来て前足の左手を話したい相手の腕にチョン、チョンと合図を送ってくるのだ。その合図に振り返るとワン吉は目を見つめて喉の奥で言葉を発している。ワン吉に慣れていない人は気づかないけど、私たちにはワン吉の言葉が聞こえるのだ。外人が英語やフランス語を話すより、私たちにはワン吉語を理解できる。ワン吉は、同意する時にはうなずいたり、嫌な時は首を振ったりして意思表示をするのだ。それは、彼が私たちの言葉の意味を理解していることになる。
私との主な会話は、「ごはんがほしい」「おやつがほしい」「テラスへ出してほしい」「ウンチが出そうだよ」「おしっこ我慢できないよ」「起きて」「遊んで」「コロコロを出して」「今日は会社じゃないの」「ひとりにしないで」「ごめんなさい」「反省しています」「もっとくれよ」「散歩行きたい」とこれぐらいは話かけてくる。そして、私たちが「お利口にしたらいいよ」と言うとゲージの中に入り、お座りをして待っている。誰が教えたわけじゃないけど、いつの間にかワン吉のお利口ポーズになってしまったのだ。
 
常々考えるのだが、もし我が家でワン吉をペットショップで買わなかったら、ワン吉はどうなっていたんだろうかと考えてしまう。彼は売り出しの時期から1~2ヶ月売れ残っていた。誰も買い手がないままペットショップのチェーン店を回されていた。不思議に我が家では、他の犬には見向きもしないで「黒のこの子犬」が見たいと申し出て、近くのショップに取り寄せてもらい購入を決めた。それまで犬も猫も飼ったこともなかった。飼い方も躾の仕方も知らないまま衝動的に買ってしまた。ワン吉も飼われるのが初めてなら、私たちも初めてという関係なのだ。それを思うと良くもここまでお利口さんに育った。今は、ワン吉が生まれて来てくれたことに感謝。一緒に生活してくれることに感謝の毎日なのだ。                 不動堂

「そら」の一日

 歳の所為か、目が覚めるのが早い。というよりお腹が空いて5時には起きてしまう。
家の人は誰も起きてないので僕の方からお母さんを起こしに行くのです。お母さんのほっぺを前足でヨシヨシしてあげるとお母さんは起きてくれるのです。一度おネイちゃんを起こそうとほっぺにヨシヨシを何度しても起きず、猫パンチしても平気で寝ているのです。それ以来、朝はお母さんしか起きてくれないことがわかった僕です。
 普段は、こんな形で一日が始まります。朝5時にはキャットフードを頂き、5分とかからずに完食をしてしまう。6kあるアメリカンカールの僕には、十分な「朝ごはん」とは言えない。物足りなさが残るいつもの「朝ごはん」なのです。
 
 ところで皆さん、アメリカンカールという種の猫はご存じですか?
特徴は、何と言っても頭の上にある耳が普通は前を向いているのが、外にカールしているところが直ぐ気づくポイント。そして暇があればいつも毛づくろいしている優雅な毛並が、周りの人の目を引きます。ましてイケメン猫で通っている僕は、間違いなくミス・ミセスの心を一目で落としてしまうジゴロなアメリカンカールです。
 
 6時半を過ぎるとおネイちゃんたちが朝食を取るのです。朝ごはんに不満足な僕はじっとテーブルから床に落ちるエサを狙ってスタンバイしているのです。誰かは必ずこぼしてくれます。朝食が終るとお母さん以外皆、外出してしまうのです。そうなると家の中で一番暖かいところでお昼寝体制に入るのです。お気に入りの馬鹿でかい猫のぬいぐるみをカミカミしながら「ごろにゃおん」状態で過ごします。お母さんのキゲン次第でお昼におやつとしてホットミルクを貰えることもあるのです。僕は猫舌なもので火傷しないようにゆっくり飲みます。午後は毛づくろいをしながらゆっくりと過ごすのです。(だからデブになってしまったのかも)16時半になるとお母さんが夕食をくれます。朝と一緒のキャットフードだけどたまに、僕の大好きな「かつおぶし」をかけてくれるのが堪らなく愛情を感じるのです。それも5分で完食。あとは只管、お母さんとテレビを観ながら家族の帰りを待っているのです。皆、帰って来ると僕に挨拶してくれます。そして抱っこして「もみくしゃ」にされてしまうのです。嫌そうな素振りをしますが、意外と嫌いではない僕です。
 
 僕の自慢と家族へのお願い
その1.決して粗相はしません。
その2.思い(重い)のままの人生を送っています。
その3.家族は皆好きです。好かれています。
最後にお願いが一つあります。「熟睡している時は起こさないで」ください。
不動堂

今回の登場人物(?)
           ならず者集団・黒猫軍団 隊長 シマシマ(雑種)
                        団員 クロネコ(前隊長)
                                                                         チビ(シマシマの子)
  イケメン猫   そら(アメリカンカール)
  忍犬(留守番犬)ワン吉(ポメラリアン)
 
 いつものようにベランダで昼寝をしていたら、向かいの小僧(ワン吉)の哭き声で目を覚ましてしまった。あいつは宅配便や郵便配達の帽子を被った人がやってくると吠える癖がある。少しは学習しろよと小僧に言いたいと思っていたけど。どうやら今回は違うようだ。黒猫軍団が小僧をからかっているようだ。
 クロネコとチビが小僧のドックランのフェンスの周りをうろうろしているのだ。小僧がフェンスを越えて来られない事をいいことに小僧を挑発して楽しんでいる。
 
 私の名前は「そら」アメリカンカールの血統書付で毛並とイケメンが自慢の8歳の雄猫である。昔は3拍子が揃った猫と言われたこともあったが、最近スタイルが・・・・。
ならず者たちとは違い「食べるもの差」で私は2拍子の猫にしてしまった。だからこうして昼寝をする時とごはんを食べる時が「幸せ」を感じ時間になってしまったのである。
私は猫であるから犬は嫌いである。ただ、あのならず者の集団だけは、性格的に許せないと言うか好きになれないのだ。あいつらは平気で外に出て、道端に落ちているものや小僧のおこぼれを平気で食べてしまうのである。そして所構わずおしっこやウンチをして廻る。私に言わせると猫としてのプライドが全くない外道だ。まだ、小僧の方が幼い時から見ている所為もあり、庇ってあげたくなってしまう。
 
クロネコとチビは、挑発を続けている。小僧は吠え続けている。クロネコとチビは小僧の目の前でウンチをし出した。この余裕、どうやらこの2匹だけじゃないな。周りに目をやったらブロックの上にシマシマの隊長が昼寝をする振りをして形勢を見ているではないか。2年前まではクロネコが軍団を引き連れていたが、ある日からシマシマが軍団を纏めるようになった。軍団も世代交代をしたんだろう。確かにクロネコぐらいなら私の一声でビビらす事が出来るだろうがシマシマは、そうはいかない雰囲気を持っている。ある意味立派な野武士の侍である。このぐらいのフェンスなら平気で飛び越えて小僧の眼に爪の一撃を与えることは容易いだろう。小僧はシマシマの実力をまだわかっていない。このままではあぶないな。助けてあげるか・・・・。「シャーッッ」とそらから大きな声が降りてきた途端、クロネコ軍団のやつらは一斉に小僧の周りから逃げ去ってしまった。
ひとり残った小僧は何が起きたか理解出来ていないようだった。       不動堂
偉そうなことを言える立場じゃないけど、人生の良いところ取りは出来ない。
「人生はプラスマイナスゼロ」だと思っている。
良いことも、辛いこともあって全部が人生。全部を受け入れるから人間は喜んだり、悲しんだりして強く逞しく生きられる。
そして次の世代に自分が親から受け取ったバトンを渡し続けられるんだと思う。
 人間って、辛いことには敏感に感じるように出来ている。
だから辛いことだけがいつまでも長く心の中にあるもの。
良いことはすぐ忘れてしまっている。
今までに沢山の「喜び」を家族から頂いたことを思い出してほしい。
でもそれでいいのかもしれない。何故なら、困難にぶち当たると、
それを乗り越えるたびに、またひとつ強くなって生きていくから。
本当に、私らが考えるより人間は「強かな生き物」だから、
ここまで繁栄して来て、今日があるんだと思う。
 
 上手にまとめられないけど、ステージⅣを宣言された時から、自分は、自分なりにこんな風に考えて、萎えてしまう自分自身の気持ちを震え立たせて来た。
自分の考え方を押し付けるつもりはないけど、私なりのアドバイスとして
君に贈りたくて書いた。喜んで受け取って貰えたらありがたい。
 私は、後何日、後何年 生きられるかわからない。
幼い頃から、一緒に生きて来た「縁」を信じたいし、その「優しさ」に囲まれて残りの
人生を過ごしていきたい。
だから、その友の一人が悩んでいるなら、身体が許す限り傍に行って励ましてあげたいと思う。愚痴を零したいなら、いつでも呼んでほしい。いつでも駆け付けて聞いてあげるから。それぐらいならまだ体力がある。安心して、遠慮しないで。
 
 渡部くんは、「最近家族に不幸ばかり起こっている。何から何まで嫌なことばかりが重なる。お祓いをしてもらわないと駄目だ」と電話の向こうで嘆いていた。
その電話の内容は、奥さんと3番目の娘が子宮の検診で引っかかって、再検査したら腫瘍が見つかり、切除しないといけないと言われ、1番目の娘は30kmオーバーで免停になり、2番目の娘は3月で教職を辞めると言い出し、家を出てしまったらしい。
彼は彼で先月から嘱託扱いになり給与を下げられてしまったと。
 
 電話で伝えられないことを手紙にして、渡部くんに伝えようと書いた手紙の抜粋から。
不動堂

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