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7万本の松原を復元する
4月になった。新学期にふさわしい話を一つ。
3月の7日に陸前高田を訪れた観光協会を通して、Nさんにガイドをお願いした。市内を一望することができる高台に行く途中、松の苗木が植えてあるところを通った。
7万本あった高田松原の松が、奇跡の1本松を残して津波によって流されてしまった。残された松ぼっくりから種を取り、ここにまいた。
それがこのように育ったというのである。
「奇跡の一本松の種もあるのですか」とNさんにたずねた。
「もちろんありますが、ここにはありません。ここに置いておくと、持っていかれてしまう恐れがあるので、人の目が行き届くところで育てています」
とのことである。
苗を育てて、また、松原に移植して、高田松原を復元すすことを計画しているという。遠大な計画だがぜひ実行してほしいと思った。
そして、自然と折り合ってくらす道を求めて生きてきた人々の逞しさを感じた。
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東京から
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小さい春見つけた。
私のブログを読んだ読者の方から元気になったというコメントを頂きました。拙文が何かのお役に立ったのであれば、うれしいことです。
この写真は、この日曜日に伊豆の河津で撮った早咲きの桜(河津桜)と菜の花です。東京の我が家の庭ではまだ梅や蕗の薹の出番ですが、伊豆では、少し早く、桜が咲いているというわけです。
秋には「小さい秋見つけた」という歌がありますが、「小さい春」を見つける喜びがあっていいと思います。ピンクと緑と黄色の共演。
わたしが見つけた小さい春です。
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昨日、教職特別講座(教員採用試験の対策講座)で社会科について講義をした。「社会科は暗記物」ではないと話しているわたしには、この講義だけが趣を異にしている。どのようにしたら知識が頭に残るか(結果として暗記することができるか)を意識して話さなければならない。
1 実感として理解できる事例を探す 青森県はほたてがい収穫高日本一という知識を活用する問題が昨年東京都で出題された。ところで、先週青森県を旅していた。龍飛崎、弘前、五所川原、深浦で食事をした。そのすべての所でこれでもかこれでもかとほたての料理が出てきた。わたしはこの旅での食事をこの知識と結びつけることによって、実感として理解することができたのである。 2 問題の傾向を自分に引き付ける 西武の森捕手(19歳、大阪桐蔭出身、阪神の藤波とバッテリーを組み、甲子園春夏連覇。)運転免許の学科試験を3回連続で落ちたことがネットのスポーツ欄に出ていた。(実際には4回目で合格)捕手としてこの程度の暗記力では心配だという向きもあるという。 実際に、この試験わたしも62歳で合格している。 100問中90問できると合格する。62歳のわたしの記憶力では相当苦戦することが予想された。しかし、過去問を見ながら次にようなことを考えた。 80問は経験や常識でわかる。だから勉強しなくても本番だけでOK。残りの20問は勉強や知識の暗記が必要になる。そこを集中して勉強することにした。 このように問題の出題傾向を分析し、自分なりの対応策を立ることが必要である。これはどんな試験にもいえることだろう。 62歳のわたしと森捕手の経験値は違う。でも、自分なりの対応策を立てることは必要である。 森捕手の名誉のために、今日のネットは4回目に森捕手が合格したことを伝えている。 |
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紅葉を求めて京都へ
紅葉を求めて11月10、11日と京都に行ってきました。
東福寺
鞍馬寺
貴船神社
鷹峯
西明寺
神護寺
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熱田神宮と大高城
信長は桶狭間の合戦に臨む際、熱田神宮で戦勝祈願をしたといいます。
そして、戦勝のお礼に信長塀を贈りました。
桶狭間の合戦のとき、家康は今川義元の人質で大高城におりました。
信長軍方位の中、大高城に食料を運び入れたという逸話が残っています。桶狭間の合戦で義元が打たれた後、家康は岡崎に戻り、大高城は廃城になりました。
今回、大高城を訪ねてみました。公園となっていますが、わずか
にわずかに石碑あるのみで、荒城の城となっていました。
家康は岡崎に戻ります。
大樹寺の登与上人との有名なやり取りなどをへて天下人への歩みを始めていくのです。
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