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 かわいい、だけじゃなかった!
 
  
世界初のClass A Motorhome ”Ultra Van” (1961年)
 
■3年程前、モーターホームをレンタルしてアメリカ旅行をするようになってから、キャンピングカーに興味を持ち始めた。 それ以降、興味どころか、無謀にも 日本で アメリカ製の25ftのクラスCモーターホームまで購入してしまった。 更には、トラベルトレーラーの製作まで考える(実際には着手する?)ようになっている。 全く、身の程知らずの馬鹿なオヤジである。 ま、爆走夫婦のブログとしては、又と無いネタ になっている!(笑)
 
■最近、キャンピング トレーラーにも興味を持ち始めてから、これについて調査する機会が増えた。 それと同時に様々なRVの写真を見るようになった。 インターネットとは便利で、座って 画面を見て キーボードをたたくだけで、様々な情報を得る事が出来る。 特にグーグルの画像検索は、非常に便利だ。 とは言え、実際に足で稼いだ情報の方が確かで貴重なものが多く、記憶にも残る。 インターネットの情報は、ともすると 上っ面だけに終わってしまったり、本質を見落としている(又は誤情報を掴まされる)事が往々にしてある
 
■先日、うっかり 書きかけの記事『かわいいRV』を公開してしまった。 記事にコメントが記入され、”公開しない”に設定していない事に気付いた。 ブログをメモ代わりに使っていて、書きかけの記事や写真のスクラップ等、公開しない記事を次々にアップしているので、ついミスをしてしまった。 前述の例に漏れず、「かわいいRV」だけの写真では無かったので、後に 本質を書き加えようと思っていた。
 
■さて、本題。 実は このキャンピングカー、”元祖 モーターホーム”なのである! 戦後のアメリカ、1950年代。 カリフォルニア在住の デイブ・パターソン氏(Dave Peterson)により考案・製造されていた。 彼は、ビーチクラフト(Beech Aircraft Co.)と ボーイング(Boeing Co.)社の飛行機デザイナーで、休暇になると決まって直面するジレンマがあった。 「トラベルトレーラーと ボートの どちらを牽いて出掛けるか?」 彼のトレーラーはSpartan trailer(右写真参考)で、航空機メーカーが その技術を流用して製造していたアルミ製の大型トラベルトレーラーだった。
 
戦前の1938年、ジェニングズ(Jennings)社が乗用車のシャーシに居住部を架装したRVを製作したが、直ぐに止めてしまった。 第二次世界大戦が始まると、その社会情勢から RVの発展は停滞してしまう。 パターソン氏の時代、多くのRVはハウストレーラーのみ、であったようだ。
 
 
戦後、パターソン氏は「トレーラーに原動機を搭載出来れば ボートの牽引も可能になる」と考えるようになった。 彼のアイデアは、・・・ 車両後部のベッド下にエンジンを詰め込み、床面を平らにして低くする。 4人が乗っても視界が遮られる事無く、冬の寒さにも十分に対応できるようにする。 そう! これがクラスAモーターホームの原型なのだ。 長さは ちょうど22フィート(6.7m)、幅 8フィート(2.4m)以上。 室内の高さは、身長 6フィート(1.8m)以上にして、立ったまま座席から居間へ行く事が出来るようにした。
 
  
右写真は、164型エンジン(1960年の140型とは、排気量違い)
 
そんな思いを抱いていた時、1959年、GM社が リアエンジン リアドライブ = RRの乗用車”シボレー・コルヴェアChevrolet Corvair”を発表した。 パターソン氏にとって、そのエンジンレイアウトは、正に夢の実現に必要なモノだった。 1960年の秋、”コルヴィア”が販売されると、彼はカリフォルニアに大きなガレージを借りた。 そして4ヶ月後、ウルトラ(Ultra)社として 世界初となるモーターホームを発表した。
 
 
 
航空機の技術を生かしたアルミ製モノコックボディで、軽量化の為に 清水タンクとガソリンタンクもアルミで造られた。 名前は ”Go-Home”、排気量 140キュービックインチ(2.3L) 80馬力。 直ぐに「造ってくれ」という依頼が舞い込んだ。 パターソン氏はUS$7,000 (当時360円/ドル換算で、約 252万円!)で、初期型となる”ウルトラ バン(Ultra Van)”を少なくとも15台 生産した。
 
パターソン氏が待ち望んでいたエンジンは、高さの低い高出力ユニットだった! ”コルヴィア”のエンジンは、水平対向 空冷エンジン(ボクサーエンジン)。 即ち、ポルシェやフォルクスワーゲン社と同じ。 当時、ポルシェは”356A〜C”用の 水平対向 4気筒 1.6L 空冷エンジン(616型 初期型で60馬力)  しか量産しておらず、 大排気量でトルクの大きい”コルヴィア”の6気筒エンジンの方が モーターホームに適していた。 また、フォルクスワーゲン タイプ1のエンジンも水平対向 4気筒エンジンであったが、排気量が1.2Lで非力だった。 ポルシェ社が空冷水平対向 2L 6気筒エンジン(130馬力)を量産すのは、1964年の”911”からになる。
 
ポルシェ社が 数年早く 水平対向 6気筒エンジンを世に送り出していれば、世界初のモーターホームにはポルシェのエンジンが搭載されていたハズだ!?
 
■この理想的で 超軽量3,420lbs(約 1,551kg)の”Ultra”を見たプレスコライト社(Prescolite Co.)は、1963年に意匠の使用願いと同時に 11の構成アイデアの提供を申し出た。 そして”Travalon”が8台生産された。 プレスコライト社は、VW ビートルをベースにしたバグコンバージョンRV=Li’l Buggerで有名だ。
 
 
 
■カンザス州で出版社を営むジョン・ティロトソン氏(John Tillotson)が ”Ultra Van”の存在を知り、このユニークな乗り物の製造権の取得を願い出た。 1965年、ティロトソン氏は、”Ultra Van”のパターソン氏と 製造権を交渉し、”Ultra Incorporated”を立ち上げた。 第二次世界大戦当時、カンザス州ハッチントン(Hutchinson)近郊のネイベル空軍基地(Naval Air Base)には多様な技術を持つ者がいて、戦中はウィチタ(Wichita area)で数千もの軍用機を製造していた。
 
■数台の未完成車がカリフォルニアからカンザスへ運ばれ、生産指導用に用いられた。 製造ラインは、車体を吊る巨大なハンガーが装備された。 1966年の終わりには 新生”Ultra社により月産8台の体制のもと、標準モデルをUS$8,995で発表した。 最初のお披露目は、ミネソタ州グレンウッド(Glenwood, MN)のファミリーモーターコーチ協会(FMCA)の全国大会であった。
 
シンボルマークは、”ウルトラ バン”をモチーフにしているように見える。
 
■他のRVとは異なり、”ウルトラ バン”は フレームの無いモノコックボディであった為、飛行機のように生産された。 胴体はアルミ製。 全面と背面はファイバーグラス製。 アルミの表皮はリベットでC型のリブに固定した。 アルミ鋳物のA型フレームは、同じくアルミ製の前輪の懸架部に固定され、座席の架台は2倍の強度になった。 特徴的な車体前部は 操舵角 50度を可能にし、ピックアップトラックよりも小さな半径で転回が可能となった。
 
■コルヴィアのエンジンは後に110と140馬力にスープアップされ、PowerGlide社のオートマチックトランスアクスルと共に 車両後部の7.5ftsqの巨大なベッドの下に配置された。ベッド前方にはトイレ/シャワーが、その対面にはクローゼットがある。 リアの頭上周囲全体に渡って軽量な戸棚が湾曲に合わせて取り付けられている。 前方にはシンク、冷蔵庫、三つ口コンロ、オーブン等、厨房設備は完全である。 前方は再び戸棚で、近代的な飛行機のキャビン戸棚と同じように天井の曲面に合わせた造りになっている。
 
■全ての”ウルトラ バン”は、14インチタイヤで普通車と同じ。 4本の廉価なタイヤで走行できる程軽量化されている。 だから、簡単なジャッキや工具で誰でも簡単に交換できる。 道路を走る状態では、燃料、水、食糧と2名の乗車で 5,000lbs(2,268kg)以下である。 軽量化は燃料の経済性に大きく貢献し、殆どのオーナーは時速50〜55mile/h(80〜89km/h)で走行すると、15〜10mile/gallon(4.3〜6.4km/L)になると言っている。
 
■清水はポンプで供給され、シンクやシャワーから排出された水は一旦グレータンクに入りる。 トイレの洗浄水にはグレータンクの水が使われ、その汚水はブラックタンクへ入る。 水は非常に重く、1gallonで8lbsもある。 しかし、この仕組みで、運ぶ水は通常の半分で済む。 
後期モデルは、室内と同じように厚い隔壁で車底のタンクを覆い、車内からの熱放射でタンクが凍結しないようにしている。 走行中、空冷のコルヴィアエンジンは その熱で室内を快適に保つのに最適だ。 駐車時は、温度調節が可能な13,000BTU(3,300kcal)の暖房器が働く。
 
■”ウルトラ バン”は、殆どが工場から直接販売され、オーナーが将来のお客を紹介して購入に至った場合US$250のリベートを支払うというユニークな販売方法を採った。 殆どの全ての車体は、80種以上あるオプションより、お客の要望に沿って製作された。
 
■1968年、この特異な車両の製造コストで窮地に陥った。 販売価格は、他のモーターホームよりも約 US$10,000高くなっていた。 また、GMがコルヴィアのエンジン生産を打ち切るのでは?という噂もあった。 1969年、ハンチンソンで305台生産されたコルヴィアエンジンの”ウルトラ バン”は、遂に消え去る。 コルヴィアエンジンの載った”ウルトラ”車は、約330台であった。 ”ティアラ(Tiara)”というコルヴィアエンジンをフロントに乗せ、FFにしたモーターホームもあった。 これは、ベルコ(BELCO)社に引き継がれ、後に42台が生産された。
 
■最終的に コルヴィアエンジンの”ウルトラ バン”は、シェビーの水冷小型307エンジンに換装する案が浮上する。 従来コルヴィアの”ウルトラ バン” と同じように トランスミッションの出力軸は船で用いるV字形態で リアの独立懸架サスペンションで支えられた駆動軸につながれた。
 
■その後、47台のV8コルベットエンジンウルトラ バン” が生産される。 また、創始者 パターソン氏 23ftの”ウルトラ バン”を製作したりした。 しかし、終わりは必ず来る。 他社の量産モーターよりも 約 US$10,000高い事も有り、1969年6月、操業が停止した。
 
 
■1966年に Ultra Van Motor Coach Club (UVMCC)”が結成されていて、現在も 3台を所有する Norm Helmkay氏等により 活動が存続している。 また、 ”ウルトラ バン” は、乗用車のCorvair Society of America (CORSA)”からも ”ウルトラ集団の部”として認識されている。
 

 イメージ 12


ウルトラ バン” は、ユニークな形状から
車輪に載った白いクジラ”と言われている。
 
 ポルシェのエンジンが採用されていたら、
 白いクジラは改良されて現在も生産され続けた可能性がある!
 
<参考 及び 写真の借用>

<2014年 追記>

<2016年 追記>
上記記事には、内装も含め、数多くの写真が掲載されている。

イメージ 1 イメージ 2 イメージ 3
イメージ 11 イメージ 10
イメージ 4 イメージ 5 イメージ 6
イメージ 7 イメージ 8 イメージ 9
記事のコピーは、Ultra Van / The Truth About Cars (非公開)

END

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    この記事は、5,000文字を超えてしまったので、書きたかった事も書けないままです。

    その1 : 初代ウルトラバンは、僕と同い年!
    その2 : Corvair = Co + RV + Air 運命的な組み合わせ!
    その3 : 以前の記事「BMWのキャンピングカー」同様、日本人オーナーの出現?
    その4 : GM Corvairが、ポルシェに与えた影響
    その5 : ポルシェエンジン キャンパーの可能性を探る

    これらについては、後日、追加記事を書こうと思います。

    ふじ○

    2013/3/15(金) 午後 1:48

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