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 悲しい愛の物語を表現した像
黒海東岸の港町 バトゥミに(ბათუმი Batumi)に建っている男女像を見つけた。

イメージ 2 イメージ 1
高さ7mもある巨大な2体の像。 写真は、abenteuerosten.deより借用。
見る方向により、キスしている様に見えるのか?
いや、実は・・・続きは記事の後半で。

■ジョージア(旧グルジア)のバトゥミ黒海東岸の港町。 古代より数多くの民族が行き交う交通の要衝だった。 幾たびもの他民族支配にさらされながらも、キリスト教を信仰しつつ伝統文化を守り通してきた。 ジョージアの歴史は、先史時代に遡る。 過ごしやすい風土に恵まれ、農業に適した肥沃で灌漑された低地が黒海東岸の文明を発達させた。 黒海からカスピ海西岸までの地域はコーカサスと呼ばれ、地球上で最も民族的に多様。 また、古代より金属の製錬と鋳造が行われ、金属精錬の発祥地のひとつとされている。 紀元前16世紀頃に高度な製鉄技術によりメソポタミアを征服したのはヒッタイト人。 彼らが築き上げた鉄器文化は、世界各地に伝搬したらしい。 更には、世界最古のワイン生産地のひとつで、ワイン発祥の地とも言われている。 ジョージアの紹介動画によれば、「7千年もの葡萄栽培の歴史がある」と言っている。

Statue of Medea in Batumi, Georgia (Google Maps)
富裕なコルキス人やコルキスの黄金製品は古代ギリシャでも有名で、
ギリシア神話にはコルキス王女メーデイアと金羊毛の物語がある

◆紀元前13世紀ころより黒海東岸に定住した部族の合併が進み、紀元前6世紀には最初のグルジア国家 コルキス王国が誕生。 港湾都市バトゥミは、バトゥスの名で古代ギリシャにも知られており、良好な地理的条件や自然環境に恵まれて経済が発達した。 これが標的となり、他国の侵略が絶えなかった。 王国は紀元前8世紀に崩壊し、紀元前6世紀にはゾロアスター教(拝火教)を信奉するペルシャ帝国の支配下に。 紀元前4世紀、マケドニア王国のアレクサンドロス大王がペルシャ帝国アケメネス朝を滅ぼすと、紀元前2世紀には黒海沿岸を制覇したポントス王国の統治下に入った。

◆1世紀中頃、暴君ネロ時代にローマ皇帝の支配下となる。 グルジアへのキリスト教伝来は、この時期。 イエスの使徒であった熱心党のシモンとアンデレにより宣教された。 ローマ支配の揺らいだ3〜4世紀まで、数多くの国により征服され、同時にキリスト信者が増加した。 聖ニノの布教により、西の隣国イベリア王のミリアン3世は改宗し、327年にキリスト教を国教とした。 4世紀にはエグリシ王国が誕生し、キリスト教を受容。 6世紀、コンスタンティノープル(イスタンブール)を首都とする東ローマ帝国に併合された。 隣国イベリア王国はペルシア帝国サーサーン朝に併合され、グルジアは東西に分断。 7世紀後半になるとイスラム帝国の影響や支配を受ける。 しかし、グルジアへのイスラム教流入は山岳地帯により阻まれ、キリスト教信仰が守られた。

◆9世紀、東ローマやイスラム帝国が退潮するとアルメニア王国がコーカサスを治めた。 しかし、王国内の2大帝国勢力の角逐により小国に分裂する。 11世紀、中世グルジア王国が東端グルジアを除く全グルジアの諸公国を統一し、クタイシが首都となる。 11世紀後半になると、セルジューク・トルコ帝国の侵略を受ける。 13世紀初頭、チンギス・ハンがモンゴル帝国を建国し、グルジアを猛攻。 13世紀半ば、モンゴル帝国に併合されてしまう。 14世紀に入ると、ギオルギ5世が東西グルジアを再統一し、モンゴル勢力を放逐して事実上の独立を果たした。 15世紀は、絶え間ない抗争で小さな公国に分裂し、グルジア王国は崩壊して一時的に無政府状態になるも、5つの公国に再編される。 15世紀初頭、オスマン帝国はグルジア西部イメレティ王国に侵入し、後にグルジア全体がオスマン帝国の直接支配下に入り、イスラーム化が進行。 15世紀後半は、再びペルシャのサファヴィー朝がグルジアでの勢力を盛り返す。 18世紀後半、東グルジアではペルシャのアフシャール朝を撃退してトビリシに都を置くカルトリ・カヘティ王国(グルジア王国)が誕生し、西グルジアではクタイシを首都とするイメレティ王国がオスマン帝国の支配から脱却した。 19世紀、ロシア帝国がグルジアを併合、コーカサス全体を領土とした。

◆1914年に第一次世界大戦が勃発し、1918年にバトゥミ等は敵国トルコに割譲される。この後、ドイツ軍保護下でグルジア民主共和国が独立。 1918年末のドイツ・オーストリア崩壊後、グルジアはイギリスの占領下に。 1921年、ソ連軍が首都トビリシを占領し、グルジア社会主義ソビエト共和国の発足を宣言。 1922年、ザカフカース社会主義連邦ソビエト共和国に編入され、ソヴィエト連邦の一部となる。 グルジアはソ連を構成していた諸共和国の中で反中央意識が強く、1950年代以降はグルジア人の権利を擁護する民衆運動が頻発。 1989年にはグルジアの主権を宣言する。 1990年にグルジア議会は国家主権擁護宣言を採択し、国名を「ジョージア共和国」に改称。 1991年、国民投票で独立を承認し、ジョージアはソ連の了解を得ないまま独立した。 1993年には独立国家共同体(CIS)に加盟するも、2008年に南オセチア紛争を契機にCISから脱退。 1997年、ロシアに対抗してにGUAMを結成している。 2003年、エドゥアルド・シェワルナゼ大統領(元ソビエト外相)を辞任に追い込み、暴力を伴わない革命(バラ革命)で政権が交代した。

 
初版本”Ali und Nino”と 映画”Ali and Nino”の一場面
小説の中で、アリは「グルジアの女性は世界で一番美しい」と言っている。
写真は、enWikicosfordcinema.comより借用。

■以上が、バトゥミを中心としたジョージアの歴史。 概略(笑)を記述したが、他国に翻弄された歴史は約3千年も続いた。 そんな地域で起こった男女の悲劇が、1937に出版された小説”アリとニノ”(Ali and Nino ალი და ნინო)になっている。 イスラム教の少年アリとキリスト教徒でグルジア人のニノが恋に落ちた1918年から1920年頃の物語。 コーカサスにおける第一次世界大戦を背景に、イスラム教とキリスト教徒、東西文化、男女に関する矛盾が描写されている。

アシフ・カパディア監督映画 ”アリとニコ”の予告編 (参考サイト cinefil.tokyo)

◆作者はクルバン・サイード(Kurban Said)氏で、アゼルバイジャンのYusif Vazir Chamanzaminli氏の筆名だと言われており、日本でも2001年に日本語版が発売された。 (河出書房新社 定価\2,160 / アマゾンでは、なんと \21,600 / 物語の概要は、geocities.jp) この小説は、2015年にアシフ・カパディア(Asif Kapadia)監督によりにイギリスで映画化さた。 脚本はクリストファー・ハンプトン(Christopher Hampton)氏。 2016年のサンダンス映画祭(米国)で初上映されているが、日本では未公開。

バトゥミの美しさや温暖な気候が良く分かる。
他にも美しい動画がある Spirit of BatumiGeorgia Batumi 2017

バトゥミはキリスト教国ジョージアの都市だが、イスラム教のアジャリア自治共和国の首都でもある。 (Google Maps) この地域は、小説の時代背景となっている1918年から1920年にかけて、ロシア帝国、オスマン帝国(トルコ)、ドイツ軍、イギリス軍と、次々と支配者が入れ替わっている。 女、酒、金、名誉に対する男の本能は、古今東西同じ。 冒頭に記した通り、太古より支配権の争奪戦が続いてきた地域とは、どのような場所なのか? 美しい女性が多く、葡萄酒が美味い!? 歴史や文化、宗教に彩られたジョージアは、それほどに美しく魅力的なのだろうか? マルコポーロが13世紀中頃にグルジアを訪れ、現在のジョージアの首都トビリシを「絵に描いたように美しい」と東方見聞録で絶賛しているが、バトゥミも負けてはいない。

”Man and Woman, 2007” by Tamara Kvesitadze (თამარ კვესიტაძე)
ジョージアの彫刻家 タマル・クヴェシタゼ氏による彫刻。(140 x 32 x 47 cm)
最初の作品は2007年にポリ塩化ビニル、ガラス繊維と金属で製作された。
記事の最後にYoutube動画で当該作品を紹介。
ホームページは、tamarastudio.com

■さて、本題のバトゥミ海岸に建つ男女像に話を戻す。 この像の正式名称は”Man and Woman”で、作者はジョージアの彫刻家 タマル・クヴェシタゼ(Tamara Kvesitadze)氏。 2007年、ヴェネチア・ビエンナーレ美術展に小型の彫刻を出品している。(上の写真) これは、バトゥミの巨大彫刻着手前の事。

其々の像は、多数の水平板で構成されている。 板間には間隙があり、2体の男女像が少し重なっているのが分かる。 その後、1体づつ回転する台に載せられ、大きく回転移動しながら2体が近づき、交差し、離れて行く作品になる。

 
ベルリンのギャラリーコーンフェルド所蔵の動く彫刻
”Man and Woman, 2012” at the Galerie Kornfeld, Berlin (Google Maps)
(SUS 84 x 55,5 x 84 cm & PMMA 210 x 220 x 100 cm)
写真は、artnet.com ステンレス製(常時展示)
アクリル樹脂製(貸出、販売可)より借用。


The Statue of Love sculpture (სიყვარულის ქანდაკება)
高さ7m、重さ7トンの動く彫刻で製作期間は10ヶ月
緯度経度 L/L ; 41.655889, 41.643528 (Google Street View Aug. 2013)
写真はindependent.co.uk (2015/10/13)より借用。

■約10ヶ月の製作期間を経て、高さ7m、重さ7トンの動く彫刻が2010年に完成した。 10分で1周する向かい合った男女の像は、次第に近づき、重なり、すり抜け、離れて行く。 バトゥミ海岸で通行人の注目を集め、地元では”Ali and Nino”と呼ばれている。 これは、前述した男女の悲劇を描いた小説の題名。 前途多難な男女の出会いと別れを表現していると感じたからか? また、ギリシャ神話に登場する巨大船舶アルゴー号で金羊毛を追い求めるイアーソンと王女メディアの悲劇を連想させるからか?

当初設置された場所から 約30mほど内陸に移設された。
緯度経度 L/L ; 41.655564, 41.643114
写真は、下記記事より借用。

The statues spring into life every day at 7pm
午後7時になると照明が灯り、像が鮮やかになる。

倍速画像なので、合体と分離が速い。
Youtube

構造や交差する仕組みが分かる動画

2007年ヴェネチア・ビエンナーレ。 タマル・クヴェシタゼ氏の出品。

イメージ 3
写真は、SeaBridge TourのシルクロードRV旅行参加者のブログより借用。
Christian und Anita auf der Seidenstrasse Sonntag, 30.10.2016


世界には面白い像が沢山あり、興味が尽きないが、この種の記事は一旦終了です。


<関連ブログ記事>
 (済)バトゥミの恋人 更に詳細に解説した下書き記事で、非公開 (2017/5/8)

<参考サイト>

Youtube:Man and Woman, Statue of Love, Ali and Nino

Youtube:Tamara Kvesitadze タマル・クヴェシタゼの作品
 Tamara Kvesitadze - Bienal de Venecia (2011/08/28) ヴェネツィアでの展示

Youtube:Full Documentary | Georgia & The Great Caucasus (2015/10/31)  ジョージアの紹介

independent.co.uk (2015/10/13)
my-country-georgia.blogspot.jp
nabemai.blog.fc2.com ジョージアのシンガポール? (2015/10/19)
ワールドネッター(2015/10/14)

緑豊かなジョージアにも砂漠がある
 Vashlovani National Park enWiki Google Maps

 
 写真は、georgiantour.comより借用。

愛の像
 
左:www.shoai.ne.jp 甲山森林公園
中:神戸布引ハーブ園右:平凡なブログ グアム旅行3日目

END

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