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そこはかとなく書き綴る撮影日誌
鉄道・飛行機・艦船・風景なんでもありのごった煮撮影碌

書庫旧型客車を楽しむ〜旧型客車辞典〜

旧型客車を知らない人からある程度知っている方まで両方の人に分

かる易く解説したいわゆる「簡易旧客辞典」といったところです。

「旧型客車って何?」と思われた方には是非、読んでいただきたいです。
 現在、スハフ32系(スハニ32系)、オハ35系、オハフ33系、スハ43

系、オハ47系を掲載しています。
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夜汽車への誘い

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白熱灯の明かりがぼんやりと漏れ、懐かしの夜汽車の雰囲気を醸し出す


今回はナイトトレインで乗車した旧型客車の写真の中から旅情を感じさせるものを何枚かチョイスして掲載することにしました。実際に旧型客車が現役の頃にお世話になった人にとっては懐かしい雰囲気ではないでしょうか?そうでない人でも木で作られた車内に白熱灯の明かりがぼんやりとオレンジ色に照らす姿は旅情を感じさせてくれるはずです。

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デッキの明かりももちろん白熱灯。温かみが旅人を迎えて入れてくれます。

 今回、復路で乗車した車両はオハフ33 215。 昭和16年(1941年)製造の古豪です。あの大戦も乗り切り、今年で74年目。幾重にも塗り重ねられたニスや塗装、叩き直された外板、主役の蒸気機関車にも決して負けずと劣らない名脇役です。塗装は伝統のぶどう色2号、デッキの白熱灯がぼんやりと灯り、今日の夜汽車の旅を盛り上げてくれる存在です。

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ニスが塗り重ねられた壁と白熱灯のグローブ灯、夢物語のような世界です


 乗車すると色が褪せかけた青色のモケットにワックスが何度も塗り重ねられ、何とも言えない重みを醸し出す床材、ニスの臭いがほんのりとする椅子や壁材が独特の夜汽車の雰囲気を形成しています。このオハフ33 215は大井川鐡道に数多く在籍する旧型客車の中でも貴重な白熱灯を装備しています。夜汽車の窓からオレンジ色の光がぼんやり漏れる様子は鉄道ファンでなくとも懐かしさを覚えてしまうでしょう。もちろん白熱灯装備の車両もおり、そちらも末期の客車鈍行を思わせる風情が漂っています。

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オレンジ色の光を発する白熱灯、灯具も一手間凝らした工芸品

 この時期の車両を見ると当時はいたって普通の客車であったにもかかわらず、灯具や帽子掛け、ドアノブなど作りの丁寧さが目を引きます。乗っていて妙に落ち着くこの心のゆとりはこんな所から来ているのではないでしょうか?最近の車両はダメだと一概に決めつけるわけではないですが、どうにもこの頃の車両は第一にコストパフォーマンスとエコが優先されてしまい、工業製品の美しさと言うのがないがしろにされている気がしなくもありません。やはり、モノづくりの民族と呼ばれた私たち日本人ですからこういう所からも『古きを温め、新しきを知る』と言う諺ではありませんが、何か新しい発見があるように思えてなりません。
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席番のプレート。ニス塗の窓枠と合わせて旅情を感じさせる。

 例えば、この席番プレートも今でも多くの車両についている至極当然の装備品ですが、なぜかこうして見るとニス塗の窓枠と合わせて旅情感じさせるものではないでしょうか?窓枠が木と言うのもあるのでしょう。冷たい感じがするプラスチックと違って木目は同じものが何一つとしてありませんし、木目の隙間に汚れやニスが溜まることで一色では表せない複雑な色になります。それが何度も何度も繰り返されて今のような姿になったと思うと時の長さを感じるはずです。

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灰皿・モケット、センヌキ、窓の金具、全てが懐かしい

 客車のモケットに身をゆだねてみると思ったよりもふかふかとしています。人間工学と言ったものがまだ今ほど考えられていなかった時代ですが、こうして長らく揺られていると不思議とリラックスした気分になるのは何故でしょうか?夜汽車の度とは本当に不思議なものですね。

JRもせっかく旧型客車があるのですから夜汽車の旅などを温泉宿とセットで売り込んでみればいいのになぁ…と思いますが、なぜか未だにそのような企画を見たことがありません。その手の発想が無いのかそれとも大人の事情で出来ないのかわかりませんが、この手の中小私鉄が工夫を凝らしてこのようなイベントを開いているのですから大手にも頭を捻ったイベントを企画して欲しいものです。





千頭での撮影会終了後、ターンテーブル上のC11は客車の元へ。蒸気機関車が客車に連結され、しばらくすると窓から白熱灯の明かりがこぼれてきます。準備も整ったので早速乗車。
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スハフ43‐3

スハフ43の車内。白熱灯ではないものの、夜汽車の雰囲気はバッチリ。ぼやーっとオレンジ色の光に包まれた車内は何処か別世界のよう。旧型客車が実際に現役で走り回っていた頃を経験していないけれど何処か懐かしいものです。既に蒸気暖房が作動し、C11から送られた蒸気で車内はほんのりと温かみを感じます。乗車開始からすぐに汽笛一声。ガシャッンと大きな音を立てて千頭駅を発車。今回はオハニ36-7に乗り込みました。
やはり、白熱灯装備のオハニ36‐7は大人気の為か凄い混みよう(汗)
逆にスハフ43は比較的、空いていました。純粋に夜汽車を楽しみたいのならばスハフ43の方に乗れば良かったかもしれません。

旧型客車独特の揺れにそろそろ慣れて来た頃で乗務員の人から豚汁とお弁当、お茶が配布されました。お弁当は比較的、豪華なもので量も多く、夕飯を食べていないすきっ腹にはなかなか有難いものでした。お弁当を食べたり、この客車が山陰本線で活躍していた頃に乗ったことがある人の話などを聞きましたが、当時は行商人などの専用車で荷物室には魚が山積みされており、生臭くてとても乗れたものではなかったとか。山陰本線で活躍していたオハニ36はこの7番以外にも高崎で活躍中の11番がいます。高崎の旧型客車はC61の復活をきっかけにドアの自動化、トイレの整備、無線アンテナなどの取り付けが新たに行われ、現役時とは様相も異なってしまっていますが、鉄道ファン相手では無いのならばそちらの方が都合が良いのかもしれません。
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と話をしたり、お弁当に舌鼓を打っているうちに家山へ到着。これまでのナイトトレインの企画では家山などの停車中に撮影時間が設けられていましたが、今回はその撮影時間も用意されておらず、対向列車の交換待ちの運転停車だけ。分かってはいたものの、私としては旧型客車から漏れる白熱灯の光と蒸気機関車と言った写真や夜の旧型客車の写真ももっと撮りたかったわけでして。そこが今回の旅で唯一、残念な点でした。次回から出来れば30分程の停車時間を用意して旧型客車の撮影もさせてほしいなと思います。ちなみに2枚目のオハニ36‐7車内写真は新金谷到着後に乗務員の方々にお願いして撮らせて頂いたもの。急いで撮影したのでブレ気味ですが、仕方なしですね。旧型客車の撮影は今後の課題となりそうです。

家山を発車し、大和田、福用、神尾と通過していくうちに金谷の街並みが見えてきました。その間に朝の受付時に貰ったくじ引きの抽選会が行われました。くじの三等はC11-190のナンバープレートを模したペーパーウェイト、二等がイカロス出版の蒸気本、一等が蒸気機関車の運転台にぶら下げてある運用表(本物)でした。私はなんとか三等が当たってペーパーウェイトを貰いました。
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くじ引きが終わり、列車はあっという間に新金谷へ到着。ファンらはターンテーブルへ向かってダッシュ。が、私はこの客車が撮りたかったので先の車内写真とこの写真を撮影してからターンテーブルへ向かいました。本当ならば早く列車を引き上げてターンテーブルへ機関車を向かわせたいのでしょうが、乗務員の皆さんはわざわざ待ってくれました。おかげでそれらしい写真が撮れました。有難うございます。多謝。

今回のナイトトレイン乗車はターンテーブルの撮影以上に楽しかったかも知れません。今度は乗るだけでも悪くないかもしれません。また、参加したく思います。今度は客車の撮影時間も設けて欲しいです!!(しつこいですね)
この後、機関車は新金谷のターンテーブルへ向かい、撮影会の第二弾が始まります!!




大井川の旧客達

 福用のお立ち台によるまでは新金谷で旧型客車を撮影していました。いつも模型では見ているものの実際に本物を見るとまた色々なことが学べるものです。今回は撮影してきた中から4両をピックアップしてみました。
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オハ35 857
大井川のオハ35のなかでは最終生産型に当たるオハ35ですね。妻面の屋根布押えが廃止されており、鋼板屋根になったことが分かります。と一見、近代的な外見をもつ同車ですが、車内は昔ながらのニス塗の茶色であるなど当時の客車がまだまだ発展途上であり、後の43系客車、10系客車への進化を知ることが出来ます。
 
ちなみに新製配置は尾久で後に大宮→佐倉→水戸と関東圏内で一生を過ごし、廃車後は大井川鐡道にやってきたという経歴を持っています。その際に千頭側の貫通扉は安全上の観点から鋼板によって塞がれています。
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オハ35 459
 先ほどのオハ35 857とは異なり、戦前型の形態をしているオハ35です。同じオハ35でも全然、形態が違いますね。1941年の製造なのでオハ35 857とは5年以上もの開きがありますので形態に差が出るのは当然と言えるかもしれません。今でも同じ車種でも5年すればモデルチェンジして随分と異なった形態になりますからね。
 
戦中に車籍簿が焼けてしまったのかそれとも機密保持の観点からかは分かりませんが、新製配置は不明で戦後は田辺→竜華→亀山と一生を紀勢本線で送り、その間に43系客車などと同等のアコモデーションを提供する為に更新工事が行われています。その為、先のオハ35 857とは外見、中身共に対照的な存在です。
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オハ47 398
元々はスハ43の軽量型であるオハ46なのですが、大井川鐡道に入線するにあたって車種の多様化を避ける為かどうかはわかりませんが、オハ47に改称されました。戦争の混乱も落ち着きを見せた1954年の製造で後期製造型に分類されます。初期製造に比べ、技術の革新が進んだことから重量の減量化に成功し、当初、名乗っていたスハ43も後の計量でス級から外れることが分かり、オハ46に改称されています。
 
新製配置は米子でその後、竜華→出雲→米子と里帰りを果たしています。活躍していたのは主に山陰本線での急行・普通列車での運用だったようです。車内は近代化工事を受けて後の12系などと同様の車内になりました。その際に施工されたアルミサッシ化もポイントでしょう。
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スハフ42 286
 オハ47 398と同じ1954年の製造。ただし、スハフ42はオハ46のように途中で重量クラスが変わることはありませんでした。車内はもちろん近代化改装済み。ただしオハ47 398のようにアルミサッシ化改造を受けていません。ちなみに高崎の旧型客車はスハフ32、オハニ36を除き、全車、アルミサッシ化済みです。
 
新製配置は長野。その後、名古屋→沼津など中部地方にゆかりのある車両だったようです。廃車は混合列車で名高かった清水港線。その為か大井川鐡道が蒸気機関車の復活運転を始めたころからいた古株のうちの1両です。同輩にスハフ42 184がいました。
 
とこのように今回は4両をピックアップしてみましたが、如何でしょうか?どれもばらばらな経歴を持つ車両たちですね。

雨宮21号に乗る.

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雨宮21号にはやっぱり森林が似合いますな

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客車は営林所時代に使われていた客車をそのまま利用。日によって編成も変わる。

 営林所が使っていた客車にそのまま乗れる事とはそう無いので乗ってみた。
編成はかつて営林所職員を輸送していた客車が2両、現役当時のチョコ色とクリーム色に塗り分けた車輌と丸太を積載した混合列車風編成の二つがあるらしい。高校生以上は500円と言うので乗車券を買い求め、発車までは園内に展示してある旧型客車を観察したり、ロケハンをしたりしてヒマを潰す。
発車5分前になったのでホームへ赴く。
 既に蒸気圧は上がっており、シューーーっとナロー蒸機でありながらその迫力は十分。
車内はおこちゃまばかりで高校生の自分がかなりKYである事がすごぶる恥ずかしかったが、
気にしない事にする。
 発車時間になると機関士が加減弁を引き、汽笛を鳴らす。

5/30追加


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S字カーブで蒸気機関車を狙う。動画も撮りたかったんだけどねぇ・・・。

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 客車区。なかなか立派なものである。

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雨宮21号専用の車庫。手厚く町民の手によって守られているのですな。

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貴重な腕木式信号機。ローカル線の必需品。塗りなおして末永く保存してもらいたいものだ。
  流石に小振りな機関車だけ有り、石炭は後ろに山積みされている。
「テンダーが無いのね〜。フムフム。」と思わず、前に張り付いている子どもと共に見入ってしまった。
(失礼 汗)
鉄橋を渡る時に大きく汽笛を「ブオーーーーー!!」と鳴らす。D51などの大型蒸気機関車とは違ってまた、良い音である。
 最初の鉄橋を越えるとロッジを備えた森林の中を走り去る。ちょうど白樺が葉を付け始めた季節なのでとこどころ、木漏れ日が差し込んできて気持ちが良い。
森林地帯を一周すると一旦、駅に戻り、今度は転向の為に草原地帯を一周してくる。
 先ほどの森林地帯とは打って変わって明るい草原地帯に早代わり。所々に芝桜が咲いていて美しい。
撮影をするのであればここがお奨めだろう。
様々な機関車や客車が留置されている車庫を横目に180度ぐるりと線路は再び、駅へと向きを変える。
 天気も快晴と言うべきで沿線で蒸気機関車を撮影する方が多い。
私は腕木信号機と絡めるポイントにしたが、全般的に言うと白樺の森を抜けてくるポイントの方が名高いようである。ポイントを渡り、ノンビリとホームに進入した。10分ほどの短い旅ではあるが、風景の変化に富んでいてなかなか面白かったように思う。


 
 



 

初めに


 今回は日本で唯一、旧型客車で定期的に運行されているSL急行に乗車した。
4月4日に乗車し、その時の記憶等を細かくまとめたメモをつくり、今回の乗車レポに使用した。
記憶がうっすらとしないうちに書いたのでかなり繊細な乗車レポが完成した。旧型客車のよさを少しでも感じ取ってもらう為に出来るだけ、写真も多く掲載した。かなり長いレポになったが、力を込めて書いたので最後まで読んで欲しいものである。これによって旧型客車に対する憧れが出来た、あるいは乗ってみたくなったと思われたのであればこれほど、嬉しい事は無い。



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オハ35 559の車内。昭和17年製の古強者である。

SL急行乗車!!

本日の撮影を終えて千頭駅に向かう。千頭駅は1931年の開業で現在は大井川鐵道本線の終着駅であり、また日本唯一のアプト式鉄道が走る井川線の始発駅でもある。駅は完全な和風では無く、少しばかり洋風建築が混じっており、構内の昭和風ホームと程よく、マッチしているように思われる。
 窓口でSL急行券を購入。560円で蒸気機関車牽引の旧型客車に乗れると言う1粒で2度美味しい切符である。大井川鐵道に来られた際は是非、お試しあれ。
さてさて切符に書かれた号車は3号車。ブログの材料にする為、旧型客車の車内をすべて廻りたいという気分から7号車に乗車。一両、一両とカメラにこの古きよき時代を収めてゆく。
7号車ではSL車掌がしばしの休息。お休みの所、スイマセンと会釈を交わして通過。
運の良い事に3号車は戦前製のオハ35 559であった。リベット鋲が光るボディが素敵だ。
荷物をシートに置いて、ひとまず外に出る。財布はズボンのポケットだし、カメラは手に持っているから置き引きの心配は無いだろう。4〜5枚スナップして、黒ずんだ色に光るドアノブをひねって、座席に戻る。初めて乗る親子もいるらしく、今の列車とは違って、横にドアがスライドしないので悪戦苦闘。
少しばかり可哀想なのでドアノブをひねって開けてあげる。SLの乗車は初めてのようで当然ながら旧型客車の乗車も初めて。まぁ、普通のドアのように開けるなんて最初は思わないだろう。
再び、座席に戻り、しばしニスの香りを楽しむ。「あぁ、喉が渇いてきたな。お茶ぐらいケチらずに買えば良かった…。」と嘆いても後の祭り。仕方無い。金谷駅で買う事にしよう。

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ドアーも木製。素直に開いてくれないのはご愛嬌

千頭駅発車オーライ!!

 15:23、今回の旅の主役、C56 44が「ホォーーー!!」と汽笛を鳴らして定刻通りの出発。
SL列車独特の引っ張られる感覚がまた、心地よい。ガックンと急に引っ張られて、びっくりする方もおられる。ドレン排出(シリンダー内に溜まった水及び低温低圧の蒸気を捨てる)を行い、加速してゆく点、銀河鉄道999のアニメ描写はあながち間違っていないのだろう。松本零氏もかなり梅小路のC62をかなり研究されたと言うからそのこだわりようも半端では無い。閑話休題、SL急行は最初の鉄橋である第4橋梁を渡る。大井川には大きい鉄橋(とはいえトラス式だが…)を4回渡る。第1橋梁、第2橋梁は鉄から見れば有名撮影地である。ここで車掌がアナウンス。さっき休んでいた人だな。「本日は大井川鐵道、SL急行列車にご乗車いただきまして有難うございます。」とアナウンス。初めて、乗ったときは自称、SLおばさんが担当していたが、そのハイテンション振りに疲れてしまった点がある。今回の車掌はその点、落ち着いている。牽引機であるC56の説明を淡々と始める。自分でもある程度、知っていたが、前回、記事にした靖国神社に保存されているC56 31号機と共に泰緬鉄道に「出兵」し、奇跡的に戻ってきた1両であるという事などであった。そんな事を頭でリプレイしている内に最初のトンネルである汽笛を一声、代トンネルへ突入する。
 下りの蒸気機関車にとっては田代坂と呼ばれる「急勾配」であるが、これは上り。下り坂だから速度も上がる。つい窓を開けっぱにしていたので咽ると思ったが、そうでも無い。むしろ石炭の香ばしい香りがふわっと入ってくる。後で分かった事だが、外国産の石炭を混ぜ、炭素保有量を多くした無煙炭と呼ばれるものだそうだ。
 つまり日本製の悪質な石炭では無いので完全に燃焼し、トンネル内で窓を開けてもさほど咽ないという事である。もしも、日本製の石炭を使っていたら…。と思うと少しばかりぞっとする。第3橋梁を渡り、崎平駅を通過。続いて第2橋梁を渡る。早いものでもう、3つの鉄橋を渡ってしまった。


旧型客車のアコモデーション

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ホンモノの網棚。時代を感じる。

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今回、座ったシートを撮影。壁は木製ニス塗りです。

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センヌキ。使った事ある人、居ますか?

 さてここで旧型客車のアコモデーションについて見ていこう。
このオハ35 559は昭和17年(1942)に製造された車輌で当然ながら、旅の情緒を楽しんでもらう為に
白熱灯から蛍光灯に交換されている以外は特に製造時から変更はされていないようである。
白熱灯が蛍光灯に交換されているのは残念であった。元々、白熱灯が装備されていたソケットはプラスチック製のカバーに覆われてしまっている。
白熱灯の方が光に温かみがあっていいのだが、温暖化という問題がそれを許さないのか、それとも販売が縮小されている為か、分からないが、そこがチョイと面白みに欠けるのは事実である。
私の近くに座っていたテツらしき人も「7号車のオハフは当たりだな…。」と嘆いていた。
「分かるぞ。同志よ…。」と思ったが、これ以上、突っ込みを入れるとバチが当たる。
今度から座席指定にして欲しいと願いつつ、旧型客車の旅を楽しむ事にする。
 次に網棚を見ていこう。最近の網棚は金属やプラスチック製のものが多いが、コレはホンモノの網棚。網は何本ものの糸を束ねて一本の丈夫な糸になっている。それを組み合わせて、網にするのだからスバラシイ。もはやコレは工芸品モノです。
 壁には国鉄時代おなじみの温度計と地図がある。それには「日本国有鉄道案内図」とある。こういう演出がたまりません。デッキに至るドアーもそのままで磨りガラスに「3等車」と書かれている。
まさに999の世界。鉄郎の懐かしむ気持ちもまんざらでは無い。とは言ってもアレは「旧式の蒸気機関車牽引特急を模したハイテク宇宙列車」なのだが…。そんな事を考えているうちに駿河徳山停車。
少しばかりお客が乗車してくる。

ハーモニカの音

 駿河徳山発車。再び、「ホォーーーーーー!!」と長声一発。
隣には元南海のズームカーが2両編成で停車中。長い坂をグイグイ上って、まるでズームレンズで覗くように近づいてくる事からこう呼ばれるようになったとか。
C56はシュンシュンとドレンを切りながら客車を引っ張る。「ゴゴーン!!」と連結器がぶつかる音が聞こえる。しばらくすると車掌がハーモニカを鳴らしながら「隅田川」と「SL音頭」を演奏。
途中で音程がずれているが、キニシナイ!!車掌自身も気にしているようで「ところどころ音程がずれていますが、気にしないでください。」と言っていた。ハーモニカの演奏が終わると再び、トンネルに突っ込む。トンネルを抜けると茶畑を横目に下泉停車。下泉〜塩郷間は県道と並走しており、車が行きかう姿を見る事が出来る。確か、この区間でザ・鉄腕DASH!!で自転車と蒸気機関車が対決した話があったよなと反芻。TOKIOも頑張ったけど、結局、貢献したのはやはり競輪選手だよなぁと思うがそれは言ってはいけない。C11に挑むとは良く、プロデューサーは考えたものだ。脱帽。
SL撮影地で有名な第一橋梁を越えると川根温泉笹間渡。旧駅名は笹間渡だったが、温泉で有名になると改称された。
川根温泉笹間渡駅を過ぎると里山から人里に下りてきた感がする。桜並木が目立ってきたもうすぐ家山駅である。車掌の話ではここで団体さんが乗るそうだからと言っていた。
荷物を網棚に移す事にしよう。
桜が咲き乱れる家山駅に到着。阪急のガイドに連れられてきた親子等が次々と乗り込んでくる。
私の前にも2人組が座る。お話を伺ってみると、春休み最後の休みを利用して、SLに乗りに来たのだと言う。家山を発車すればもうSL急行の旅も後半戦である。

夕日を見ながら

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日本国有鉄道の路線図。こういった細かい配慮が良い。

 いつの間にか大井川の流れは進行方向左側に移る。川には鯉のぼりが掲げられており、4月の桜の時期から端午の節句である5月5日まで大井川を泳ぐ姿を見る事が出来る。
だがだがこの鯉のぼり、風が強い日になると一尾、そしてまた一尾と泳ぎだしてしまう事があり、川下で見つかる事が毎年のようにあるという。年によっては半月経つと欠員が目だって絵にならなかったと言う話もある。鯉のぼりの持ち主も可哀想だなと思ってしまう。
 蒸機撮影地として有名な「福用お立ち台」を横目に福用駅を通過。
蒸気機関車は最後の走ると言うだけあって速度を上げる。
するといきなり「ホッ、ホッ、ホッ、ホォーーーー!!」と連続で非常汽笛を鳴らす。
窓から少しばかり覗いてみると鉄がいる。多分、線路内乱入だろう。危険な行為はやめましょう。
たぬき村で有名な神尾を通過。神尾たぬき村は一旦、土砂崩れで埋まってしまったが、ファンや住民の好意によって再び、復活に漕ぎ着けたというエピソードがある。ファンもこうであってほしいものです。
神尾を通過すると駅間は一気に短くなり、五和、日切、代官町を一気に通過。
 代官町を抜けると大井川鐵道最大のターミナルである新金谷駅に到着。既に今日の団臨で使われた旧型客車が側線で寝ている。ここでいままで乗っていた人達がどっと降りる。
程ほどに混雑していた車内は一気にガラガラに…。ローカル線の昼下がりのような光景である。
先頭を行くC56が最後の気笛を鳴らし、新金谷を発車。その気笛は心なしか寂しく聞こえる。
大井川の支流である大代川鉄橋を渡る。90度程、ぐるんと向きを変えて東海道線と並走。
夕日が窓に差し込んで幻想的であった。
金谷には16:53に7分の遅れを持って7両の堂々とした編成は滑り込んだ。先の非常汽笛はこの為か。
ドアノブを引いてドアを開け、ホームに降り立った。1時間半の長いようで短いトリップだった。






 
 

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