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そこはかとなく書き綴る撮影日誌
鉄道・飛行機・艦船・風景なんでもありのごった煮撮影碌

書庫国鉄型電車辞典〜近郊型編〜

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東海道本線に残った最後の3ドアー車。

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馬入川(相模川)の橋梁を通過する211系。特急「東海」のオマケで撮ったもの。

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JR東海所属の211系。シングルアームパンタに交換されているなど更新修繕がなされている。

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房総に転属した211系。113系の天下であったと言うだけに驚いたものである。

211系製造までの過程


 国鉄時代に製造された113系は全国各地の路線に配備され、近郊都市間の輸送に従事していた。
しかし、製造初年が1963年(昭和38年)という事もあって性能の陳腐化及び車内アコモデーションの老朽化が始まっていた。そこで新しい近郊型をと言う名目で軽量化と安価に製造出来る事をコンセプトとし、設計が開始された。
この時、既に国鉄は莫大なる負債を抱え込んでおり、エネルギーロスや塗装に掛ける費用を安く抑えようと考えた。
 そこで電動車率(MT比)の比率を減らしたり、205系等で採用されたボルスタレス台車、回生ブレーキ採用など113系とは違い、多くの点で新機軸の技術が盛り込まれた。
 車体構造の観点から見ると前面はFRP(強化プラスチック)を採用し、これまで鋼製車体をステンレスボディにするなどコスト面、技術面から見ても新時代の近郊型に相応しい性能を有していた。
 だが、いくらコストが低くなったとは言え、全国に散らばっている113系すべてを置き換える事は叶わず、地方では未だに車齢40年以上の113系が第一線で活躍しているのが実情である。


211系がもたらした事

211系の斬新な設計は後の車輌設計に大きな影響を与えた。
FRP製のマスクは以降、209系を初めとした電車に標準採用されるようになるなど様々な意味で鉄道史を語る上では外せない車輌となっている。
また、ステンレス車体を標準採用したのもこの世代の電車からでジュラ電(モハ63系のジュラルミンバージョン)以降の事であったので現在では見慣れてしまったものであるが、光をピカピカと反射するシブい銀色のボディには多くの人が驚いたに違いない。
 また、クモハ211系等の多くの派生型があった為、最長は15両、最短は2両編成と使い勝手が非常に良かった。
JR東海ではラッシュ時間帯以外ではこの2両編成が昼時に使用されている姿を目にする事が出来る。

現在の走行線区

 211系は113系の後継として国鉄末期〜JR化後初期に渡って製造された為、多くの線区で運用に就いている。東海道線(東京方面)ではダブルデッカーグリーン車を2両併結し、15両と言う長大編成で運行されている。
近年ではグリーンとオレンジの湘南色以外にも231系導入の影響で千葉に転属したものはイエローと薄いブルーの千葉色に変更された211系が運行されている。
113系の置き換えを目的としていたが、何せ世帯数が非常に多い事もあり、すべて置き換えるという事は叶っていない。すべてが置き換えられるのは東京方面に残ったものと高崎、宇都宮方面の211系を次世代型のE233系で置き換えなければならないのでまだまだこちらはまだしばらく安泰であろう。
なお、高崎、宇都宮方面の211系は気候を考慮した耐寒仕様の1000、3000番台が配備されている。
 一方、JR東海の所属車は313系等の新型が就役しているとは言え、未だに第一線級の車輌と言える。
こちらはすべてロングシートとなっており、駅間が著しく長い東海区間では評判はあまりよろしくない。
373系の性能に負けないようにと速度計の交換、ドアチャイムの追加、車椅子スペースの設置など時代の要請に合わせて改造されている事が分かる。その為、211系のみの単独運用以外にも313系などと混結しての運用も目立っている。
改造車は少なく、岡山で瀬戸大橋開業時に改造されたスーパーサルーン「ゆめじ」が唯一の例となっているのも特徴である。
製造数が比較的、多い事や車齢が若い事、度重なる更新修繕を行う事で新製するよりもコストが安く抑えられ、新型と遜色ない性能を発揮できると言った点が評価され、最後まで残る国鉄型となりそうである。

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湘南色。各地で見る事が出来る113系の代表的な塗装。


湘南色


 当時の電車は貨物用の電機から客車までがすべてぶどう色と定着していた。

しかし、すべての路線が焦げ茶の列車では乗り間違える事や明るさに欠けるという

問題があった。そこで国鉄側も「もっと明るい色を使おうぜ!!」という事になり、

その頃、東海道線に就役予定だった80系電車に濃いオレンジ色と深緑を調和させた

湘南色を生み出した。

この湘南色は後の211系やE231系にも使用される事となり、その人気ぶりが伺える。

後、80系電車ってどんな形って思った人は藤沢駅のキヨスクへGO!!

ついでになぜ、各地で湘南色が見られるかと言うと当時の国鉄がこの色って結構人気があるし、

直流電車の標準カラーにしようとした為である。

直流電車の標準色をコレにする事で転属などがあっても他の色と混ざる事が無くなった。

しかし、後に地方色を出す動きが強まった為、様々な色を生み出し、

現在でも阪和線、嵯峨野線などで湘南色と西日本標準色との混結が見られるようになった。



スカ色


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 スカ色は80系が横須賀へ進出してくる際に考え出された色である。

よく「海と砂浜がモチーフ」という説があるが、

「1940年に開催予定であった東京五輪の色を転用した。」という説もあり、

真偽の所は定かではない。

当然、初めて横須賀線で採用されたから「スカ色」と言われる。

それが房総で採用されていたら「房総色」になったかもしれない。

現在、横須賀線からは113系が撤退してしまっているが、217系などにも継承されている。

現在、国鉄型でこの塗色が採用されているのは113系と115系(豊田電車区オンリー)

である。かつては73系にもスカ色が塗られており、新鮮な感じがしたという。

西日本標準色


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 電車にも地方のイメージにあったものを!!という事でJR西日本がリニューアルした113系

とかに車輌に施している塗装。線区に関係なくの色が充当される。

ベージュがベースの車体に窓周りが茶色、ヘッドライトとテールライトの間に

JR西日本のイメージカラーである青色の帯が入る。

ファンからは「カフェオレ」、「カプチーノ」と呼ばれる由縁は窓周りの茶色から。

嵯峨野色


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こないだも使ったじゃんと言わないでくれると助かります(・∀・)テヘ♪


 山陰本線 園部〜福知山駅の電化開業にあわせてに登場。

湘南色をベースにオレンジと緑の境目にクリームを流し込むとはい、嵯峨野色の

出来上がり♪

言われて見れば気付かないそんな塗色。

現在では次第に数を減らしており、221系の投入によって拍車をかけるものと思われるが、

今の所は113系で運行されている。(2006年度もそんな事言ってなかったけ?)


遜色急行


 やっぱりこんなに優秀な列車なので製造当初は急行列車に良く充当された。

代表的なものに「うち房」、「御岳もみじ号」、「初詣成田号」などがある。

これらに対する113系の充当は季節限定で165系等の急行型列車の慢性的な不足から

このような事になった。

でも、セミクロスシートの急行って一度、乗ってみたいぞ。
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東ではもう湘南色は見られない



113系の番台区分

0番台


 1963年(昭和38年)から製造が開始された113系の中では最も古いものに属する。

外見は111系とほぼ同じで主電動機出力が100kWから120kWに変更されたぐらいである。

なお、この電動機は165系急行型列車と同じものが搭載されており、電車の電動機を

一本化しようという動きが見て取れる。

 この番台は一時、1000番台の製造が急務となった為、製造を1970〜1973年の3年間中止

していたが、1974年に再び生産が再開される事となった。

しかし、1974年以降に製造された後期生産型は1000番台の影響が強く残るもので

前期生産型とは多少ばかり違ったイメージを受ける。

また、0番台として残存しているのは先頭車であるクハのみでその他の中間車は

後期生産型が組み込まれているちょっとした混結なっている。(まっ、普通は気付かないか。)


1000番台


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タイフォンが下側に取り付けられたのが最大の特徴。


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タイフォンが他と同じ配置でクーラーが分散式の1000番代は既に廃車。


東京駅地下ホーム開業に際して不燃、難燃化を施したのがこの1000番台である。

就役直前に東京地下区間がATC(Automatic Train control)信号に変更された

為、運転台の形状が若干、設計変わっており、乗務員室右側後部の窓が廃止され、

すっきりした感じがする。その他にもタイフォンが前面下側に取り付けが行われているなど

1000番台独特の顔つきとなっている。

現在では房総地区にしか残っていない番台となってしまった。

なお、ATC取り付け工事の配慮が行われる前の1000番代は使用不能とされ、

東海道線や房総地区のローカル線に転属されるといったドタバタ劇もある。




1500番台


 1000番台のシートピッチ(座席の空間)を変更して登場。

1000番台と同じく地下区間での難燃性が考慮された設計となっており、

1000番台の追加発注型とされる。

基本的には1000番台の構造を踏襲している事になるが、一部に後に生産される事と

なる2000番代の血が混じっており、一概に1000番台の改良型とは言えない。

また、トイレ無しとトイレ付きのバリエーションがある。

2000番台


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全険上がりの為かピッカピカ!!


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「ちばDC」(ちばディスティネーションキャンペーン)のPR列車。今は無い。


 0番台直系の子孫にあたる番台。

0番台の構造を大幅に近代化し、1000番台などで取り入れた新技術を導入している。

1000〜1500番台とは違い、地下でも地上区間でも何処でも使える汎用性が求められた。

主に東日本管区である東海道線、横須賀、総武快速線に投入された。

既に東海道線からも撤退してしまっており、東海地方でも新型電車313系の

増備によって姿を消してしまったが、西日本管区では新型車の投入が遅れており、

しばらくは大丈夫だと思われるが、221系、213系の増備によって姿を消すと思われる。



改造による派生型及び地方限定。


700番台


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0番台に寒冷地、ワンマン工事を行ったもの。園部駅で撮影。


 0番台を湖西線用に設計を変更したのが700番台である。

この700番台の特長ともいえるのが115系などでは当たり前の半自動化(寒冷地だから)

、タイフォンへのシャッター装備(雪が入っちゃうから)を行う事で沿線の気候が寒冷であっても

万全といえるような装備を取り付けて現れた。ちなみにスノープラウ(排雪装置)の装備

などもあり、115系の影響をかなり受けていると言える。

現在では高速化工事も施され、700に高速化改造の証である5000をプラスし、5700番台

を名乗っている。


2700番台


こちらも700番台同様に2000番台に寒冷地装備を取り付けて就役したグループ

である。700番台と基本的に同じ運用で組まれ、こちらも高速改造を施され、

7700番台を名乗る。生産数は地域限定とだけあって非常に少ない。


その3へ続く












 

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馴染みのある湘南色。蜜柑と茶畑がベース。


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スカ色。元々、横須賀線に施されたカラーなのでこの名前が付いた。


113系が生まれた経緯

 1950年〜1960年にかけて日本は敗戦からの復興で著しく発展した時期があった。

その時、東京以外の近郊地域(特に神奈川)にも住宅の建設ラッシュが始まっており、

大きく人口が増加した。その際、東海道線でこれまでに使用してきた153系、80系が

標準用として活躍していた。しかし、これらはすべて2ドア片開き扉で153系は急行型に

近い性格であったという事を考えると毎日の通勤輸送にはさほど適していないという事

が分かってきた。そんな中、同じく発展中の常磐地域の郵送を担う401系が試験的に投入

され、(常磐地域は交流区間)かなりの成果を上げているというニュースが耳に入って

いた。そこで401系の設計を変更して東海道線(東海道線は直流)でも使える列車を

作ろうという事になった。そこで開発されたのが113系の前身である111系であった。

今回説明している113系はこの111系の強化発展版である。

113系は111系をモデルにしたとされるが、大型列車種別表示機、貫通路は153系から

受け継いだものである。

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安房鴨川行きの各駅停車。スカ色のイメージは蒼い海と砂浜。


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在りし日の東海道線(東京口)今ではステンレス製の列車の溜り場となっている。


113系の構造

 113系で特徴的な構造は3つの両開き扉があった。

この試みは後に近郊型の標準となり、以降JR化後まで製造が続けられる211系にも

応用される事となる。次に説明するのが先にも解説した大型列車種別表示機である。

この表示機は当時の急行型として名を馳せる153系から受け継いでいるものであるという事

は先にも解説した通りである。今まではサボを掲出する事でこのようなお知らせをしたが、

この表示機を装備する事で手間はかなり省けた。(確かキハ40系もそうだったな)

これはスイスの私鉄を参考にされたとされる。

次に説明するのが貫通路だ。貫通路は気動車ではおなじみの代物だが、近郊型電車と

して装備するのはかなり画期的な事だといえる。貫通路の装備によって幅広い運行形態

が出来るようになった。(実際に千葉ではかなりアクロバティックな運行形態もある。

連結&解放を繰り返す。)

後、窓も153系から受け継いだユニット窓というものを使用する。

これの装備によって災害、事故時に窓からの脱出も可能になった。

窓からの脱出は結構、重要であり、

窓が狭かった為に大事故となった事件もある。※ex桜木町事故

次に車内の設備について説明する。

車内は通勤輸送や昼の閑散としている時間帯を考慮し、ロングシートとクロスシート

を組み合わせた※セミクロスシートが採用された。

これも後の近郊型に大きな影響をもたらす。



※桜木町事故


桜木町事故とは当時、通勤型列車の主力となっていた63系電車の電気系統が発火

し、耐火塗料が塗布していない木製のモハ63系は1両目が全焼。死者106人、負傷92人の

痛ましい事故だった。この原因はガラス不足による3段窓の為、脱出が難しく、

密室で閉じ込められた状態で焼死したものとされる。1951年 4月24日の事だった。

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クロスシート。旅も通勤もこれ1個でOK!!



            

※セミクロスシート

 セミクロスシートは先にも解説した通り、ロングシートとクロスシートの組み合わせ

である。これならば通勤輸送にも対応できるという優れ物だった。

しかし、さらに近郊地域が発展してくると113系でも対応しきれなくなり、

E217やE231のような通勤型の血も混じった近郊型も登場してきている。

これらの列車では大部分がロングシートになってしまったので旅の面白みがチョイと欠けて

しまった感がする。

その2へ続く

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