おれをこきつかえ!政治家フジノ39才

「福祉のまち、横須賀」をめざして、今日も全力活動中(横須賀市議・2期目)

プライベート・家族

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(2009年10月1日(木)の活動日記その2)

● 「いのち」とは何か?「死」とは何か?/父のお見舞いへ

 父が植物状態になってしまってから、
 早くも4年10ヶ月が経ちました。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2004/dec2.html#0412082

 長らくお世話になった伊豆の熱川温泉病院から転院をして
 今は鎌倉にある、療養病床に入院しています。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2009/feb4.html#090215-2

 この病院の方針として、家族に定期的にお見舞いに来てもらう為に
 医療費の支払いは病院の窓口に直接行かねばなりません。
 (とても良い方針だと思います)

 忙しくてどうすることもできなかったのですが
 8月分の医療費20万円の支払いが滞っていました。

 あらかじめ支払いが遅れることをお詫びと共に伝えてはいたのですが
 さすがに2ヶ月も滞納する訳にはいきません。

 いつも市議会の開会期間中に
 プライベートでの用事は行なわないようにしているのですが

 今後も日程が取れそうに無いので、
 今日、行ってきました。

写真1枚目


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 父の病室に着く前、ナースステーションで
 看護師さんに呼び止められました。

 発熱してしまった父の熱を下げる為に
 これから抗生剤を点滴で投与するそうです。

 「父が肺炎を発症する間隔はどうなっていまか?」

 と僕が尋ねると

 「医師がいないので分かりかねます...」

 との返事。

 心配だけれど、もともと「余命1年」と言われた父の命だ。
 仮にその命が数ヶ月短くなったとして、僕はドクターを責められない。

 それに責めたとしても、
 この国の医療の貧困は何も解決しない。

 問題の本質は、これまでの政府がすすめてきた
 財政論だけの医療費削減政策にあるのだから。

 政権交代によって、医療を守る政策が実現されることを祈っています。

 加えて、何が本当に『尊厳ある死』なのか、
 政治家であるにも関わらず、僕にはまだ分かりません。

 昨日読んでいた参考文献、

 『高齢者医療難民〜介護療養病床をなぜ潰すのか〜』
   (吉岡充他著、PHP研究所、2008年
    http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/32177000

 の69ページには、こんな文章がありました。


 「一般に、欧米ではものを食べることができなくなり、
  飲み込むことができなくなったときが死なのです。

  つまり、経管栄養といった延命治療を行なうことはあまりありません。
  高齢社会に至る長い間に、
  彼らの間でそれがコンセンサスになっているのですね」


 この文章を読んだ時、僕は吐き気がしました。

 「じゃあ、僕の父は欧米では死んでいると扱われるのか?」

 と、憤りを感じました。

 やがて父の病室に僕が到着してしばらくすると
 父のごはんの時間になりました。

 父のごはんは、お腹にあけた穴から胃まで
 管を通して栄養分を流し込んでいきます(=経管栄養)。

 まさに、上に紹介した本に書いてある状態です。

写真2枚目

 父は自分で呼吸をしているのに
 栄養を与えずに餓死をさせることが欧米流の死なのでしょうか。

 父が生きていることで、僕はとても救われています。

 入院費用はすさまじくて、この約5年間の末に
 僕は借金だらけになりました。

 同世代の友人みたく家も車も買っていないのに
 ローンを抱えているのと同じくらいの借金を毎月支払っています。

 生活を送る上での負担は確かに僕にとって
 とても苦しいです。

 それでも、父が生きているということが
 母をはじめとする僕たち家族を救っています。

 お金に換えられない尊い存在なのです。

 僕たちは家族のつごうで父をムリヤリ生かしているのでしょうか。
 欧米の人々は僕たちを「人でなし」と呼ぶのでしょうか。

 この本を読んだ昨夜から
 何度も何度も繰り返し考えましたが

 「欧米流の死」を「父の死」と受け止めるような気持ちには
 全くなれませんでした。

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 政治家として、フジノは一刻も早く正式な学校教育のカリキュラムの1つに
 『死生学』『死の準備教育』が組み込まれることを訴えてきました。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2007/feb2.html#070208-2

 いのちとは何か?
 死とは何か?

 父のような状態になった時、それは生きていると呼ぶのか?
 家族はそれを死として受け止められるのか?

写真3枚目

 僕たちは、医療が激しく進化した時代に生きていながら
 こころや気持ちは昔から変わらないままに生きています。

 変化に合わせてこころや気持ちも変える必要があるのか、
 死や生についての考え方を変えていくべきなのか、

 もっと日常的に議論をしていかなければいけないはずです。

 すでに超高齢社会に突入しているわが国で
 父と同じ状況に追い込まれている方々はすさまじく多くいらっしゃいます。

 父と同じ病室にも、隣の病室にも、その隣の病室にも
 父と同じ状態の方々が入院していらっしゃいます。

 さらに、小泉元総理が決定した療養病床の廃止という政策によって
 行き場が見つからない多くの方々が入院も入所もできずに
 自宅でご家族が必死にケアをしています。

 こうした人々はみんな死んでいると考えるべきなのでしょうか。
 日本には日本なりの考え方や受け止め方があるべきではないでしょうか。

 そうした議論が全くといって良いほど、
 ふだんの暮らしの中には存在していません。

 だからこそ、政治がしっかりと市民のみなさまに
 こうした議論がスタートできるきっかけを作らなければいけないはずです。

写真4枚目

 たくさんの方々から批判をいただきながらも
 数年前からフジノは父の姿をあえてHPに掲載しています。

 真実の姿を知っていただかなければ、議論なんてできないからです。
 机上の空論では何も進んでいかないからです。

 これまでフジノは父の姿を紹介すると同時に、

 ・特別養護老人ホームの待機者の解消の必要性

 ・療養病床を廃止するという小泉元総理の政策の完全な誤り

 などを市民のみなさまに語りかけてきました。

 今日のこの活動日記では、
 市民のみなさまに
 「何が死なのか」「生きているとはどういう状態なのか」などを
 ぜひ一緒に考えていただきたいと願いながら書いています。

 もしも僕の父が「死」なのだとすれば、
 では、この栄養を止めるべきなのでしょうか。

 いつ止めるのか。誰が止める決断をするのか。
 それはドクターなのか。僕なのか。

 栄養を止めることは餓死をもたらすけれど、
 それは犯罪=殺人では無いのか。尊厳死と呼べるのか。

 あなたはどうお考えになりますか?

 あなたの大切な方が僕の父のようになった時に、
 あなたなら、どうお考えになりますか?

閉じる コメント(5)

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これからは、自分が病気になったとき「どのような治療を希望するか」という点について、家族に伝えておく時代に入ったと思います。一昔前の「どのような状態であっても命を繋ぐ」という価値観が変化しつつありますね。ドラマで「救える命を見捨てるのは犯罪だ」というセリフがありましが、それは救命救急の現場の話であって、藤野さんのケースでは、お父様の病気前の「意思」がどうだったかによりますね。わたしは、本人の「意思」を尊重しますが、その「意思」が取れてない場合は、藤野さんと同じ行動を取ると思います。

2009/10/5(月) 午前 11:59 [ key ]

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>keyさん

こんにちは、コメントありがとうございます。

「父の意思」についてはかつて過去の日記に書いたことがあるのですが、「適切なリハビリをうけて元通りになりたい」というものです。

「意思」が紙に書かれていたとしても、家族がそれを実際に実行できるかどうかというのは、本当に難しいことだと思います。

2009/10/5(月) 午後 0:05 [ 政治家フジノ39才 ]

うん、真の姿と、偽りの無い、事実。
誰かが、やらないといけないこと。
よく、頑張られてるな〜〜〜(ゝc_,・*) っと、いつも、覗かせていただいてます!!「頑張って!!」

2009/10/6(火) 午前 8:06 kimiちん

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先日父を亡くしたものです。
写真を拝見する限り同じような症状で3年ほどがんばってもらいました。もらいましたと言うのは本人の本心がどうであったか確認する術がなかったからです。
私は人が息をしている限り生と思いますし、存在しているだけで心の支えになっていたのは紛れもない事実です。
自身が愛をもってなしていることは必ず伝わっているはず。
後悔することなく愛せる限り愛してあげてください。

2009/12/26(土) 午後 10:46 [ bun ]

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>bunさん

「もらいました」というコメント、僕も全く同感です。父の姿を見つめながら、父の前では決して口にしないようにしているのですが、「父さん、本当はどうしてほしい?」と聞きたくてたまりません。父の意思がここには介在しないままに、僕は父にがんばってもらっています。

手元の貯金残高も底をついて、今も毎日お金の工面のことばかり考えてしまいますが、できうる限り、父に長生きしてほしいと願っています。

コメント、ありがとうございました。

2009/12/27(日) 午後 5:18 [ 政治家フジノ39才 ]


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