|
(2009年11月29日(日)の活動日記その2)
● 突然の訃報
僕は会社員時代にアルバイト担当を任されて、
大学生たち約100人を相手に
面接・採用から
出勤のシフト作成などを行なっていた時期があった。
新卒で入社したばかりの23才の会社員と、
18〜22才のアルバイトでは年齢がとても近くて、
僕以上に仕事ができるアルバイトもたくさんいて、
新入社員としてできることはただひたすら必死に働くことだった。
とにかく映画会社というところは
毎日がずっとお祭りのような状態で
週末ともなれば、数千人のお客さまを相手に
映画興行の現場でアルバイトたちと徹夜で働いたものだった。
その激しい仕事の日々の中で
僕がアルバイトたちと築いた信頼や絆は
会社の同期入社組メンバーたちに対する想いよりも
とても強く深くて、むしろアルバイトたちを同期だと思っていた。
政治家に転職する為に会社を辞めた2003年から
全く1度とも会社の同期と連絡は取ったことがないのに
当時アルバイトだった『同期』たちとは
何度も集まったり、飲み会に読んでもらったりして、
本当に大切な存在としてずっと想いを抱いていた。
会社員時代には全てのアルバイトたちに対して
同じように接するのが原則だから
誰に対しても好悪の感情なんて
絶対に見せなかったけれども
それでもやっぱりこころの底では
とても深く信頼していたり、友情を感じていた存在が何人もいた。
特にそのうちの1人は絶対的に信頼していて、
僕が政治家に転職する時には、
わざわざ半日間、応援に来てくれたりした。
僕はすさまじくガンコな人間で
会社員時代に少しでも関わりのあった人々を
選挙になんて関わらせないように徹底的に拒否していた。
そもそも辞める本当の理由を
会社の人には、3名にしか話さなかった。
(この3名は今でもこころの底から信頼する恩人です)
僕のガンコさかげんは、身近で接した人なら分かると思うのですが
とにかく初選挙の時から「同級生や友達は応援するな」と言いまくって
選挙期間中は武山(約30年間暮した地域)には
1度も近寄らないようにしていたくらいです。
とにかく政治家は地元代表じゃなくて
市全体の代表だという想いと
政策だけで判断してほしいという想いが強くて
徹底して自分1人きりで
しがらみとか地縁・血縁とかを捨てて
2003年の選挙に飛び出したのです。
そんな中、選挙最終日の前日に
どうしようもなく体調が悪くなってしまって
立っていられないくらいの状況になってしまっていました。
でも、自分の選挙活動スタイルというのは
ただひたすら市内を歩いては5分ほど演説して、
また少し歩いては立ち止まって5分ほど演説して、というのを続けていて
最終日もそれを貫くことしか考えられませんでした。
15〜20kmくらいを歩くだけならまだ良いのですが、
当時の僕は、ケンカ上等で、訳の分からない人々に怒鳴られたりすると
大声で怒鳴り返したりしていたので
よくチンピラに胸ぐらをつかまれたりしていました。
このスタイルを明日の最終日、
最後、夜8時にYデッキまでたどりつけるかどうか
不安でたまりませんでした。
その時、僕の脳裏に浮かんだのは、
アルバイトだった『彼』のことでした。
ひどい言い方ですが、彼ならば
僕のことをどんなことがあっても信じて守ってくれる、
そう感じたのです。
さっそく電話して、事情を話したところ、
ふたつ返事でOKをしてくれて、
翌日、埼玉からわざわざ横須賀まで
朝8時には到着して一緒に市内を歩いてくれたのでした。
そして、お昼3時くらいには用事があるからと
笑顔で帰っていき、
「最後までがんばって下さいね」
と彼は言うと、別れたのでした。
僕は、当選の電話を彼にかけて、それ以来でした。
約7年間、会うことがないままに、
でも、何か機会があるといつも思い出しました。
この10月31日に、会社員時代のアルバイトだったみんなと
一気に数十人と会えるチャンスがあったので
もちろん『彼』にも連絡をしてほしい、と
幹事役に頼んだのでした。
でも、連絡がつかないということで、
すごく残念に感じていました。
その『彼』が亡くなった、という連絡をさっき受けました。
癌だった、ということです。
僕からの「会いたい」という連絡がいった10月中旬には
状況からしてすでに闘病していたのではないかと思います。
そんな闘病のことを全く知らないままに
どうしても会いたい、と感じていたのに
きっとまた会えると信じ込んで僕は、のほほんと過ごしていました。
お通夜は、4日に行なわれます。
本会議のある日で、きっと市議会は夕方まで続くでしょう。
葬儀場は埼玉県なので間に合わないかもしれません...。
5日の葬儀の日は、朝から僕は
日本臨床死生学会に参加する為に東京大学へ...。
今も12月議会のスタート直前なので
市長への一般質問の原稿を書かなければいけないのですが
泣けてしかたがなくて
仕事が手につきません。
年下だけどとても信頼していて大好きで
ガンコで他人に助けてもらうのが大嫌いな僕が
『彼』には助けを求めた...。
そんな『彼』への恩返しはただ1つ、政治家として仕事をすること。
全力を尽くし続けること、それしかありえない。
働かなければ...。
頭はそう強く命令しているのに、こころが機能しない。
あまりにも早すぎる。悔しい。
自分が代わりに死んだら良かったのにと強く感じる。
働かなければ、がんばらなければ...。
どうして世の中はこんなことになっているんだ。
何故『彼』なのだ。あまりにも理不尽すぎる。
悲しい。
|
辛いね・・・。
2009/12/1(火) 午前 10:20
お友達は、市民の為に懸命に働いているフジノさんを、遠くで見守っていた事と思いますよ。
フジノさんの意志を、意気に感じていたからこそ、お手伝いされたのでしょう。
最後まで頑張って下さいね・・
とは、あきらめないでと言うこと。
彼も、最後まで生ききったのだと思います。
きっと、お2人の心はつながっているはず。
先立たれた方は、黒いアゲハ蝶に姿を変えて、又、大切な人に会いに来ると言います。
その時は、心で対話が出来ますよ。
きっと、きっとね・・
お友達の御冥福を、心よりお祈りいたします。
2009/12/1(火) 午後 11:33 [ - ]
お2人ともありがとうございます。
今日の議会運営委員会の展開を見ていたら
どうやら運よく4日の本会議は夕方前には終わりそうです。
お通夜になんとか間に合えばいいなあと願っています。
これからもがんばっていきます。
『彼』の分まで。ずっと。
2009/12/2(水) 午後 1:33 [ 政治家フジノ39才 ]