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(2008年11月20日(木)の日記)
● 七周忌と、とても大切な宿題
毎年11月になると、とても体調が悪くて、
本当に体が動かない日が続いて、どうにもなりません。
これは、僕だけではなくて
自死遺族の方々がみなさん感じていることなので
おととしくらいから僕も自覚して
ハッキリと意識して
「おれは11月にはムリはしないようにしよう。
どうしても動けない月なのだから、あきらめよう」
と、日頃はムキになって意地で仕事をしがちなのを
セーブするようになりました。
けれども、今年は、いつもとはかなり違う11月になりました。
大切な、宿題が出されていたのです。
10月21日の活動日記に書いたあの原稿のしめきりが
11月20日だったのです。
(http://www.hide-fujino.com/diary.htm#081021)
テーマは、自殺予防に関するものでした。
そして、今日がしめきりでした。
そして、今日は七周忌の命日でした。
僕は、「これは彼女からの宿題なのだ」と感じました。
この1ヶ月間、そもそも自分にとって『特別な雑誌』に書く、
という重圧がいつもずっしりとのしかかっていました。
加えて、このテーマでこのしめきり日であるということに
個人的に特別な意味を感じていました。
11月は、とにかく体が動けないので
ふとんで臥せってばかりいるのですが
いつもどんな瞬間も
アタマはこの原稿のことばかり考えていました。
でも、何を書いて良いのか全く分かりませんでした。
下書きを書く前に、
構成を何十回書き直したか分かりません。
下書きも、何十回書き直したか、数え切れませんでした。
最終的に、文字数をオーバーした上に
自分自身では100%の納得ができない文章でした。
とにかく、しめきりに出さなければ
迷惑をかけてしまいますので、その完成原稿をメールしました。
もはや、その『特別な雑誌』に掲載されなくてもいい、と
今は感じています。
実際に、原稿を依頼される前までは
その雑誌に書くのが夢でした。
でも今は、自分の原稿のせいで
その雑誌の水準を下げてしまうのがイヤなので
編集長に判断をゆだねて
載せるべきではないとお考えになれば掲載しないで下さいと
お願いをしました。
これまで、テレビやラジオなど
たくさんのメディアにフジノは出演させてもらったり、
原稿を書かせてもらってきました。
でも、この原稿をもって断筆というか、
うまく言えないのですが、
今後はもうどこにも書かないし
書けないというくらいの想いでエネルギーをふりしぼって
政治家フジノの政治家生命をかけて書いてみました。
仮に掲載されることがあれば、友達の大半は
「なんだ、たいしたことないじゃん」と軽く受け流してくれそうですが
多くの人々は、たぶんもっと僕のことをキライになるだろうなあと
そう自覚しながらも、正直な気持ちで
文章を書かざるをえませんでした。
なんだろうなあ、この気持ち。
片方では、100%のレベルじゃない文章しか書けなかったから
こんなものしか書けない自分のふがいなさが悔しくてたまらないのに
もう片方では、こんなにも1ヶ月間にわたって
精神保健医療福祉と
自殺予防総合対策についてを
1ヶ月ずうっとアタマから離れないで考え続けて悩み続けて
これ以上のものは自分にはムリだという
自分の能力の限界が見えたというか...。
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ふりかえるまでもなく、どこかでうすうす気づいていたけれど
今年は、明らかに、ふつうの11月ではなかったなあ。
今月は自分の人生を総括するような
すごいロングインタビューに全身全霊で答えたり
(終わった後、数日間ずっと体調が悪かったくらいでした)
中村ユキさんと出会って
さらに統合失調症について突き詰めて考えたり
昨日はNPOで中高生を相手に
自殺予防についてやっぱり全身全霊を賭けて向き合ったり
こんなに自分の人生をふりかえって
絶えず
「お前の人生はこれで良かったのか?」
と、くりかえしくりかえし自省する1ヶ月間って、
もう2度と無い、と思いました。
たぶん、明日、原稿の推敲のことで
(あるいは原稿を掲載しないということで)
編集部の方とお話しするのだろうけれど
もう、脳みそが全て使い果たされてしまったような気がして
全ておまかせしてしまおうという気持ちがしています。
ふだん僕は自分の文章をすごく大切にしているから、
どんな時でも「おまかせしてしまおう」なんて気持ちには
絶対にならないのですが、不思議なものですね。
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墓前では、久しぶりに長い時間をかけて
お話をしたような気がしました。
今日も明日も、本当はただの同じ1日なのにね。
人は、祝日とか記念日とか命日だとか
ただ直線に進むだけの時間では恐怖を感じてしまうのか
1年間を丸い輪っかにして、印をつけて、
特別な想いや意味を見出していく。
僕もまた、本当は今日も昨日も明日も何も変わらないと知っているのに
11月20日という日を永遠に忘れることが無い日として
ずうっとこころに刻み続けるんだろう。
どうか、正しい道を歩き続けていかれますように。
僕がいつまでもまっすぐ歩けるように、見守っていて下さい。
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