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(2008年11月27日(水)の活動日記その1)
● 4才児は何故、死なねばならなかったのか
今日は、裁判所へ傍聴に行ってきました。
7月に起こった、
4才のこどもが祖母に押し倒されて死亡した事件の裁判です。
(詳細はこちら:
http://www.hide-fujino.com/diary/2008/july6.html#080728)
雨の降る中、裁判所へ向かう坂をのぼりながら
この悲しみに満ちた事件のことを改めて想い返しました。
もちろんどんな死も悲しいけれども
これは、あまりにも悲しい事件でした。
画像1参照
始まる20分ほど前に到着すると、
児童相談所長をはじめとする
こども育成部の課長や担当者が傍聴に来てくれていました。
かねてから、
「どうかこの裁判の傍聴に来てください」
と、フジノは児童相談所の方々に
お願いをしてきました。
基本的に、児童相談所というのは
こどもとの関わりが終わってしまったら
もうそれ以上は、公務としては関わる義務が消えてしまいます。
今回の事件ではすでにこどもが死亡してしまった訳ですから
児童相談所が『関わる義務』は無くなっています。
したがって、裁判を傍聴する『義務』もありません。
けれどもフジノは、少なくとも刑法上の判断が下されるまでは
この亡くなってしまったこどもに対する
本市の義務は消えないのだと考えています。
目の前の結果だけではなくて、
あるいは法的な報告書の提出だけではなく、
何故このような悲劇が起こったのかを
深く掘り下げなければ、再発は防げないのだと僕は考えています。
その為にも、くりかえし傍聴をお願いしていた訳ですが
実際に傍聴に来てくれて、本当に良かったと感じました。
● こどもを本当に殺したのは何だったのか
政治家は市民のみなさまの目や耳のかわりですから
政治家として得たあらゆる情報はいつも全てオープンにするのですが
今日の裁判での詳しい内容は、
ここに記すべきではないと判断しました。
ただ、フジノの考えは、傍聴を終えた今も
7月のこの活動日記に書いた考えと全く変わりませんでした。
(http://www.hide-fujino.com/diary/2008/july6.html#reason)
物理的には、確かに報道のとおり
祖母がこどもを押し倒したことが死亡の直接の原因です。
裁判でも、被告である祖母は完全にそれを認め、
事実を争点にすることはありませんでした。
そして、検察側は実刑として懲役5年を求めました。
弁護側はそれに対して執行猶予を求めました。
2ヵ月後に判決が出ることになります。
けれども、フジノは裁判のあいだずっと
いや、今もずっとこの想いが消えません。
「こどもを殺してしまったのは、本当は誰なのか?」
フジノが考えるこの悲しき事件の
本当の犯人は祖母ではありません。
確かに、物理的にも、刑法的にも、
こどもを殺してしまったのは事実です。
けれども、フジノにはそれが
『本当の答え』だとは全く考えられないのです。
彼女を処罰したとしても、
このまちの児童虐待は絶対に無くならないでしょう。
仮に有罪の判決が出てこの事件が終わったと考えるならば
こども家庭福祉に関わる人間として、失格です。
僕は、祖母をかばっているのではありません。
また、特定の誰かを犯人扱いするつもりでもありません。
そうではなくて、
「この事件が起こった背景を、絶対に無視してはいけない」
と言いたいのです。
その背景を意識して政治・行政は動がねば、
こうした悲劇はこれから先も何度でも起こるでしょう。
裁判を傍聴していない市民のみなさまには
フジノがいったい何を伝えたいのかは
この文章では理解してもらえないのは分かっています。
また、誤解を与えかねない文章である危険性も
十分に承知しています。
それでも、プライバシーを守る為に書ける範囲で
フジノが市民のみなさまに今お伝えできることは、以上です。
たくさんの傍聴席の人々が裁判のあいだ、
ずっとたくさんの涙を流していました。
僕は、こぼれそうになる涙をひたすら堪えて、
同じような事件を2度と起こさない為に
政治・行政ができることとやるべきことを必死に考えていました。
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やがて、定刻を大幅に過ぎて
裁判は終わりました。
外は、真っ暗になっていました。
画像2参照
わずか4才のこどもの失われた命。
何の為に生まれてきて、
そして消えていかねばならなかったのか。
その死をムダにしない為に
僕たちはこの死から絶対に学ばなければいけない。
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