おれをこきつかえ!政治家フジノ39才

「福祉のまち、横須賀」をめざして、今日も全力活動中(横須賀市議・2期目)

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(2009年10月4日(日)の活動日記その3)

● 高次脳機能障害の世界を理解する/びまん性軸索損傷

 午後からは、逸見のウェルシティにて
 『ココロと福祉の相談会inよこすか』が開催されました。

 テーマは『高次脳機能障害の世界を理解する』です。

 (チラシはこちら:http://www.hide-fujino.com/pdf/2009/oct/04leaflet.pdf

 プログラムは、3つ。

 まず、実績報告として
 久里浜障害者支援センター『ゆんるり』からのお話。
 (ゆんるりHP:http://shalomura.or.jp/soudan/soudan.htm

 続いて、高次脳機能障害のあるご本人のお話と、
 サポートをしているご家族からのお話です。   

 最後に、基調講演として
 神奈川リハビリテーション病院リハビリ科部長である
 大橋正洋先生からお話がありました。

画像参照

 そして、これらと同時に別室にて『相談会』も開催されました。

 大橋先生の講演は、脳の画像をたくさん使って
 びまん性軸索損傷の具体的な様子をはじめ、
 高次脳機能障害についてとても分かりやすくお話してくださいました。

 改めて自分の理解を整理しなおす、
 とても良い機会になりました。


● 障害者総合福祉法(仮称)の実現に向かっての決意

 それにしても、久里浜に行くたびにいつも目の前を通るのに、
 最近は『ゆんるり』のおにぎりを食べていません。食べたいなあ。

 最後に訪れたのは、昨年2月でした。
 今では市長になった雄人と2人でお昼ごはんを食べたのでした。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2008/feb3.html#080215-2

 加えて、フジノは忙しさにかまけて
 家族会であるマリン横須賀の方々ともすっかりごぶさたしてしまいました。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2006/oct2.html#marinyokosuka

 高次脳機能障害についての勉強は今も続けていますし、
 こうした講演などの機会があれば必ず行くようにしているのですが

 もっと政治家として力を入れなければならないと
 改めて感じました。

 本音を申し上げると、高次脳機能障害についてだけではなくて
 全ての障がいに対して今の時期、『地方議員』として
 どのような行動が取れるかを悩んできました。

 この数年間、政治家フジノの活動は、
 障がいのある方々の暮らしを壊してしまう法律である
 障害者自立支援法との闘いがメインでした。

 そもそも法案の段階から反対してきたこの法律を
 まず廃止することが第1の目標でした。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2005/aug3.html#purposeformeeting

 法案が成立してしまってからは、第2の目標として
 政府が作ったこの悪法を、どうやって市として向き合っていくか、
 つまり、どれだけ国がダメでも、
 地方政府がバリアになってはねかえすことを
 いつも主眼において活動をしてきました。

 けれども、民主党へと政権交代がなされて
 障害者自立支援法が廃止へと着実に向かっている今、
 フジノのこれからの活動も変わらねばいけません。

 新しく提案される予定の『障害者総合福祉法(仮称)』案に対して
 どれだけ積極的に現実の姿をもりこんでいかれるか

 例えば、高次脳機能障害もそうですが、
 障がいの範囲の決定など、絶対に『制度のはざま』に追い込まれて
 見捨てられる方々を生み出さないことが必要です。

 そうした想いをどんな形で新しい政府に対して
 地方議員として意見を届けられるのか、

 喜ぶべきことだったのにも関わらず
 政権交代後は、逆にしばらくの間、悩んでいました。

 けれども、今日の講演もそうですが、
 この数日間、集中的に
 障がいのある方々やご家族のお話をうかがってきて

 悩んでいる場合では無い、とにかくやるべきことを全てやるのだと、
 覚悟を決めました。しっかり活動していきます。

 今度こそ、障害者権利条約の理念などをはじめとする
 本当の福祉の実現に向かって、全力を尽くしたいです。

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(2009年10月4日(日)の活動日記その1)

● 上田副市長、今まで本当にありがとうございました

 本日10月4日をもって、上田副市長の任期が終わりました。

 上田副市長、今まで本当におつかれさまでした。
 こころから感謝を申し上げます。ありがとうございました。

 昨日の神奈川新聞には、上田副市長の退任が
 その『功績』について紹介された記事ではなくて

 「吉田市長のもとで副市長がゼロになること」についてが
 メインテーマとして報道されていました。

 メディア的にはそういうことになるのでしょうが
 率直にフジノはこの論調を残念に感じます。


 (2009年10月3日・神奈川新聞より)
画像1枚目参照


 フジノは今、上田副市長の『横須賀市への貢献』を
 純粋に高く評価したい気持ちしかありません。

 これまでも尊敬する歴代の市職員の方々が退任する時に、
 フジノはその方々への想いを率直に記してきました。

 例えば、

 2005年の森田副市長の退任、
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2005/sep4.html#MrMorita

 今年7月の杉本副市長の退任、
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2009/july1.html

 などがそれにあたります。

 もちろん行政職の方々の在任中は、
 『市議会議員』と『行政側職員』の間には絶対に越えてはならない
 『立場の違い』がありますから、決して親しくすることはありえません。

 もしも親近感を抱いた瞬間があっても
 フジノはそれを相手には絶対に伝えません。

 いつもどおり、フジノはムスッとした表情で接し続けていきます。

 仮に親しさを表明してしまえば、いざという時に市議会議員としての判断が
 情に流されたり鈍る可能性があるからです。

 けれども、せめて退任なさった時には
 きちんと本音で感謝の気持ちを記したいと思うのです。


● 政治家フジノの想いを最初に真正面から受け止めて下さった方でした

 上田副市長は、フジノが政治家に転職した2003年当時、
 健康福祉部長の立場にありました。

 自殺予防対策と精神保健福祉の向上をメインの政策にして
 市議会にいのちをかけて乗り込んできたフジノにとって

 その政策について誰よりも最初に激しい議論をしたのが
 まさに上田健康福祉部長だったのです。

 かつて森田副市長の退任にあたって記した活動日記にて
 激しい怒鳴りあいを繰り広げたエピソードを初めて記しましたが

 実は、その怒鳴りあいより
 もっともっと早い時期に、

 フジノの感情爆発をまともにぶつけた最初の相手こそ
 上田健康福祉部長でした。当選1年目の12月のことです。

 当時はまだ日本全体で自殺予防が全く話題にもならなかった頃です。

 横須賀でも、全く自殺予防対策に取り組む気配すらありませんでした。

 そこでフジノは、何故、自殺予防対策に取り組まないのかと
 健康福祉部長室で上田部長にかみついたのです。

 けれども、その時になされた激しい議論がきっかけで、
 フジノは上田部長に対して揺らぎない強い信頼感を抱きました。

 2009年の今でこそフジノは市職員のみなさんは
 このまちを一緒に変えていく強力なパートナーと確信していますが

 そもそも2003年に立候補した時点では

 「市役所なんか100%信頼できない」

 という激しい不信感と疑念を持って政治家になったフジノにとって

 上田部長との激しい議論は
 市役所と市役所で働く方々そのものへのフジノの印象が
 根底から変わるきっかけになりました。

 つまりフジノは、上田部長をとおして
 市役所全体への印象が変わっていったのです。

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 副市長の任期が終わる10月4日まで
 全議員が集まっている日程は9月16日が最後ということで

 去る9月16日の本会議終了後、
 上田副市長が全会派の控え室をあいさつにまわりました。

 無会派の控え室にもいらした時に、
 最後に記念写真をお願いしました。

画像2枚目参照

 もう一緒に激しく議論をすることも無いのだと思うと
 本当に残念でしかたがありません。

 できればフジノが政治家を引退するまで
 行政側の大きな壁として、対峙していてほしかったです。

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 残念ながら、行政職員の働きぶりは
 ふだん市民のみなさまに伝わることはありません。

 けれども、上田副市長によって
 このまちの保健医療福祉行政は大きく推進されたことは
 ぜひ記しておきたいと思います。

 例えば、全国に誇れるほどに
 横須賀市の自殺予防対策がこれだけ実現してきたのは

 政治家としてフジノが
 提案し続けてきたからだけではなく

 行政側にもその提案を
 真摯に受け止めてくれる存在がいてくれたからこそだと感じています。

 (もちろん最終的な決裁をするのは時の市長ではありますが...)

 個人としても、政治家としても、
 上田副市長の存在に、強く感謝しています。

 改めて、これまで長い間、おつかれさまでした。
 今まで本当にありがとうございました。

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(2009年10月1日(木)の活動日記その2)

● 「いのち」とは何か?「死」とは何か?/父のお見舞いへ

 父が植物状態になってしまってから、
 早くも4年10ヶ月が経ちました。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2004/dec2.html#0412082

 長らくお世話になった伊豆の熱川温泉病院から転院をして
 今は鎌倉にある、療養病床に入院しています。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2009/feb4.html#090215-2

 この病院の方針として、家族に定期的にお見舞いに来てもらう為に
 医療費の支払いは病院の窓口に直接行かねばなりません。
 (とても良い方針だと思います)

 忙しくてどうすることもできなかったのですが
 8月分の医療費20万円の支払いが滞っていました。

 あらかじめ支払いが遅れることをお詫びと共に伝えてはいたのですが
 さすがに2ヶ月も滞納する訳にはいきません。

 いつも市議会の開会期間中に
 プライベートでの用事は行なわないようにしているのですが

 今後も日程が取れそうに無いので、
 今日、行ってきました。

写真1枚目


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 父の病室に着く前、ナースステーションで
 看護師さんに呼び止められました。

 発熱してしまった父の熱を下げる為に
 これから抗生剤を点滴で投与するそうです。

 「父が肺炎を発症する間隔はどうなっていまか?」

 と僕が尋ねると

 「医師がいないので分かりかねます...」

 との返事。

 心配だけれど、もともと「余命1年」と言われた父の命だ。
 仮にその命が数ヶ月短くなったとして、僕はドクターを責められない。

 それに責めたとしても、
 この国の医療の貧困は何も解決しない。

 問題の本質は、これまでの政府がすすめてきた
 財政論だけの医療費削減政策にあるのだから。

 政権交代によって、医療を守る政策が実現されることを祈っています。

 加えて、何が本当に『尊厳ある死』なのか、
 政治家であるにも関わらず、僕にはまだ分かりません。

 昨日読んでいた参考文献、

 『高齢者医療難民〜介護療養病床をなぜ潰すのか〜』
   (吉岡充他著、PHP研究所、2008年
    http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/32177000

 の69ページには、こんな文章がありました。


 「一般に、欧米ではものを食べることができなくなり、
  飲み込むことができなくなったときが死なのです。

  つまり、経管栄養といった延命治療を行なうことはあまりありません。
  高齢社会に至る長い間に、
  彼らの間でそれがコンセンサスになっているのですね」


 この文章を読んだ時、僕は吐き気がしました。

 「じゃあ、僕の父は欧米では死んでいると扱われるのか?」

 と、憤りを感じました。

 やがて父の病室に僕が到着してしばらくすると
 父のごはんの時間になりました。

 父のごはんは、お腹にあけた穴から胃まで
 管を通して栄養分を流し込んでいきます(=経管栄養)。

 まさに、上に紹介した本に書いてある状態です。

写真2枚目

 父は自分で呼吸をしているのに
 栄養を与えずに餓死をさせることが欧米流の死なのでしょうか。

 父が生きていることで、僕はとても救われています。

 入院費用はすさまじくて、この約5年間の末に
 僕は借金だらけになりました。

 同世代の友人みたく家も車も買っていないのに
 ローンを抱えているのと同じくらいの借金を毎月支払っています。

 生活を送る上での負担は確かに僕にとって
 とても苦しいです。

 それでも、父が生きているということが
 母をはじめとする僕たち家族を救っています。

 お金に換えられない尊い存在なのです。

 僕たちは家族のつごうで父をムリヤリ生かしているのでしょうか。
 欧米の人々は僕たちを「人でなし」と呼ぶのでしょうか。

 この本を読んだ昨夜から
 何度も何度も繰り返し考えましたが

 「欧米流の死」を「父の死」と受け止めるような気持ちには
 全くなれませんでした。

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 政治家として、フジノは一刻も早く正式な学校教育のカリキュラムの1つに
 『死生学』『死の準備教育』が組み込まれることを訴えてきました。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2007/feb2.html#070208-2

 いのちとは何か?
 死とは何か?

 父のような状態になった時、それは生きていると呼ぶのか?
 家族はそれを死として受け止められるのか?

写真3枚目

 僕たちは、医療が激しく進化した時代に生きていながら
 こころや気持ちは昔から変わらないままに生きています。

 変化に合わせてこころや気持ちも変える必要があるのか、
 死や生についての考え方を変えていくべきなのか、

 もっと日常的に議論をしていかなければいけないはずです。

 すでに超高齢社会に突入しているわが国で
 父と同じ状況に追い込まれている方々はすさまじく多くいらっしゃいます。

 父と同じ病室にも、隣の病室にも、その隣の病室にも
 父と同じ状態の方々が入院していらっしゃいます。

 さらに、小泉元総理が決定した療養病床の廃止という政策によって
 行き場が見つからない多くの方々が入院も入所もできずに
 自宅でご家族が必死にケアをしています。

 こうした人々はみんな死んでいると考えるべきなのでしょうか。
 日本には日本なりの考え方や受け止め方があるべきではないでしょうか。

 そうした議論が全くといって良いほど、
 ふだんの暮らしの中には存在していません。

 だからこそ、政治がしっかりと市民のみなさまに
 こうした議論がスタートできるきっかけを作らなければいけないはずです。

写真4枚目

 たくさんの方々から批判をいただきながらも
 数年前からフジノは父の姿をあえてHPに掲載しています。

 真実の姿を知っていただかなければ、議論なんてできないからです。
 机上の空論では何も進んでいかないからです。

 これまでフジノは父の姿を紹介すると同時に、

 ・特別養護老人ホームの待機者の解消の必要性

 ・療養病床を廃止するという小泉元総理の政策の完全な誤り

 などを市民のみなさまに語りかけてきました。

 今日のこの活動日記では、
 市民のみなさまに
 「何が死なのか」「生きているとはどういう状態なのか」などを
 ぜひ一緒に考えていただきたいと願いながら書いています。

 もしも僕の父が「死」なのだとすれば、
 では、この栄養を止めるべきなのでしょうか。

 いつ止めるのか。誰が止める決断をするのか。
 それはドクターなのか。僕なのか。

 栄養を止めることは餓死をもたらすけれど、
 それは犯罪=殺人では無いのか。尊厳死と呼べるのか。

 あなたはどうお考えになりますか?

 あなたの大切な方が僕の父のようになった時に、
 あなたなら、どうお考えになりますか?

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