おれをこきつかえ!政治家フジノ39才

「福祉のまち、横須賀」をめざして、今日も全力活動中(横須賀市議・2期目)

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(2009年12月15日(火)の活動日記その4)

● 静岡県立大学での講義は、人生の素敵な思い出になりました

 さて、90分の講義を終えて、津富先生の研究室へ。
 いろいろなお話を聴かせていただきました。

 津富先生の研究室の前の廊下からの眺望は
 素晴らしいものがありました。

 ケータイのカメラだとその魅力は全く伝わってないのですが
 富士山が目の前にどかーんと見えます。

写真1枚目

 そして、静岡のまちなみも。

写真2枚目

 フジノは政治家であることを望んでなった訳ではありませんから
 いずれ遠くない将来に政治家を辞めるつもりです。

 (いつも身の振り方は考えてきました
  http://www.hide-fujino.com/diary/2006/july1.htm#060706

 でも、政治家を辞めても、大好きだったかつての映画会社へと
 戻ることはもはや不可能なのが現実ですから

 大学院で学ぶことを第2の人生として
 1度は選んだのでした。

 結局、大学院で研究生活に入ることは
 断念せざるをえなかったのですが
 僕は『学ぶこと』をこよなく愛している人間です。

 そんな僕の性格なので、
 津富先生の研究室におじゃまさせていただいて
 学生たちに対する津富先生の想いを聴かせていただくにつけても
 学ぶことの喜びがこころに広がっていくのを感じました。

 学生たちからも先生がいない所でたくさんお話をうかがったのですが、
 学ぶ環境づくりをすごく配慮して先生が創って下さっていることを
 学生たちもとても実感しているようでした。

 学生さんたちは本当に幸せだなあと感じました。

 下の写真は、研究室での津富先生とフジノです。
 本であふれかえっています(うらやましい!)。

写真3枚目

 津富先生が翻訳したばかりの本
 『犯罪の生物学』を頂いてしまいました。

 (http://www.bk1.jp/product/03159054
  読ませていただきます!ありがとうございました)

 最初は津富先生と2人きりでお話をしていたのですが、
 研究室に学生さんたちが少しずつ増えてきました。

 「ふだんから研究室には学生がたくさんいるんですよ」

 と学生さんが言うので、集まってきた学生たちに
 それぞれの所属している学部を尋ねると、みんなバラバラなのです!

 その先生のゼミに所属している学生が
 その先生の研究室に溜まるのは理解できるのですが

 この状況は、すごい!
 研究室そのものがコミュニティと化しているのです。

 こういうことって、可能なんですね。

 津富先生って、すごい。
 ファンになってしまいました。

 研究者として優れているのはプロとして当然としても、
 授業が下手っくそだったり、学生のことは放ったらかしだったり、
 という教授ってたくさんいますよね?

 津富先生は、そういうアカデミズムだけの人種とは正反対の
 人としてとてもすごく温かで大きな存在だなあと感じました。

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 1時間くらい、研究室で話した後、みんなでランチへ。

 上食のソファー席をとっておく、と1人の学生が10分ほど先に
 食堂へ行ってくれていました。

 上食というのは、食堂が2階に分かれているのですが、
 上の食堂のことだそうです。

 研究室で会話をしていた学生さんたちと。
 この学生さんたちは本当にみんな素敵でした。

写真4枚目

 1人1人が目指している将来の目標や進路を聴かせてくれたり、
 今、取り組んでいることを話して下さいました。

 それぞれに痛みを感じたり、迷ったり苦しんだりしながらも
 みんな、一生懸命それぞれにリアルな現実と向き合いながら
 前を向いて歩いているのだと感じました。

 みんなと出会えたことは、僕の人生にとって大きな財産です。

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 そして、『津富マジック』はさらにここからです。

 学生さんたちがこんなに増えてしまいました。
       ↓
写真5枚目


 講義の後にゲスト講師を囲む、
 っていうレベルの集まり方じゃないですよ、これ。

 学部もバラバラ、あらゆる立場の学生たちが、
 津富先生を慕ってこんな風にみんなでごはん食べてる訳です。

 感激でした。

 そして、14時ちょっと前くらいまで
 改めてみんなでいろいろなことを語り合ったのでした。

 9時から講義スタートですから、5時間もキャンパスで
 学生さんたちと過ごせたのは貴重な体験でした。

 フジノは政治家であると同時に精神保健福祉士ですから
 守秘義務がありますので、受けた相談や聴いた話はここには記せません。

 でも、みんな、大丈夫だよ。
 きっと、みんなならば乗り越えていかれるはず。

 どうか、また必ずいつか、お会いしましょうね!

 人生というのはなかなかたやすくはいかせてくれないので
 みなさんの夢や目標がすんなりと実現することは
 難しいかもしれません。くじけることもたくさんたくさんあることでしょう。

 でも、今みなさんが前を向いて歩き続けているように
 これからもずっと前へ前へと歩み続けて下さい。

 ゆっくりでもいい。遠回りしてもいい。くじけてもまた立ち直ればいい。
 大丈夫だよ。

 みなさんの未来が希望あるものとなるように
 政治家として僕が今できることを全力でやっていこう、
 そんな決意を強くしました。

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 こうして、学生たちと別れました。

 さらに津富先生は大学から宿泊先ホテルまで
 わざわざ車で送って下さって(ありがとうございます)
 その道中もお話する機会がありました。

 つくづく「良い先生だなあ」と感じました。

 昨日フジノがホテルのフロントやココイチの人たちに
 静岡県立大学の印象を尋ねてもみんな良い評価だったのは、
 なんだか分かる気がしました。

 素敵なキャンパス、学生たち、先生。

 フジノは講義の為にここまで来たのですが
 むしろフジノの方がもらって帰るものが多かった気がします。

 帰りの新幹線も恐怖心は沸き起こったのですが、
 学生さんたちとの5時間が本当にうれしかったので
 行きとは全く違う気持ちで帰ることができました。

写真6枚目

 新幹線の中でツイッターを見ると、県大の学生さんから

 「是非来年もこの授業で講義していただけたらと思います」

 と、温かいツイートを頂いていました。

 あらゆる講演とか講義とかから
 もう身を引こうと決めているのでフジノがお話をする機会は
 たぶん無いと思うのです。ごめんなさい。

 でも、いつかきっと違う形で、政治家としてではなくて
 僕自身も僕の目標を実現していきたいと思うんです。

 本当にありがとうございました。

 何百回、何千回とお礼を申し上げても足りないくらいに
 素敵な機会を今日は頂きました。本当にありがとうございました!

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(2009年12月15日(火)の活動日記その3)

● 1人から人権(いのち)を守る/18才のみんなへの半年間のラブレターでした

 さて、フジノがお話をさせていただいたのは
 全学共通科目の特別講義『人権問題を考える』でした。

 全学共通科目ということは、つまり、
 あらゆる学部の学生さんたちが集合しているのですね。

 薬学の学生もいれば、看護の学生もいれば、
 経営情報科学の学生もいれば、
 食品栄養科学の学生もいれば、国際関係学の学生もいるわけです。

 福祉なら福祉だけの学生にお話しするのとは違って
 とてもハードルが高いですよね〜。

 そこで、18才の時の自分の気持ちに立ち返って
 率直な想いをお話しすることに決めました。

 タイトルは『1人から人権(いのち)を守る』です。

 複数の想いをかけたタイトルにしました。

 『1人から』というのは、
 まずあなた1人から行動を、という意味でもありますし、
 世界の約60億人ではなくてまずあなたの隣にいる1人を、
 という意味でもあります。

 さらにいろいろな想いをこめているのですが、
 聴いてくれた方々がそれぞれに受け止めてくれたらいいなと思います。

 ついに、9時からスタートしました。

 まず、津冨先生からご紹介していただいて
 フジノをゲスト講師に招いた理由やいきさつなどをお話して下さいました。

 マイクが渡されて、そしてフジノがお話をしました。

 実は、この講師を依頼されたのはもう半年くらい前のことなのですが
 それから今に至るまで、まだ見ぬ学生さんたちのことをずっと想い続けてきました。

 そんな半年間想い続けてきた学生さんたちへの想いが
 ほんのわずかでも良いから届いてほしいと強く願いながらお話をしました。

 僕は話すのが得意ではないので、上手にはできなかったと思います。

 それでも約100人の受講している学生さんたちはみんな、
 じいっと耳を傾けて下さいました。

 何人もの学生さんが涙を流している姿を見るにつけても
 ああ、こうやってみんなに会いにこれて良かった、と感じた1時間半でした。

 本当に、あっという間の1時間半でした。

写真


 約100人の学生たちと、最後に記念写真を撮らせていただきました。

 人生80年の中の、18才のわずか90分間だけの接点ですから
 やがてこの100人のほとんどがフジノのことを忘れるでしょう。

 でも、人生というのは不思議なものですから
 いつかきっとこの学生さんたちの中で

 将来フジノと一緒に仕事をするようになる学生さんがいたり、
 あるいは、何かの機会に再会することがあるはずです。

 みなさんと出会えたことをこころから感謝しています。

 津冨先生、学生のみなさん、木苗学長、本当にありがとうございました!


 (その4へ続く)

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(2009年12月15日(火)の活動日記その2)

● 講師はたくさんしてきたけれど、大学生たちとずっと語り合いたかった

 さて、講義を行なう校舎(一般教養棟)に入ると
 建物の外はレンガ造りなのですが
 内側は太陽の光がとても入る美しい構造になっていました。

 まだスタート30分前だったので、
 誰1人も学生は来ていませんでした(そりゃそうだ)。

写真1枚目

 フジノはこれまでいろいろな場所で講演してきました。
 小中学校で学生たちを相手にお話をしたこともあります。

 ただ、大学という場所で聴衆が一般の方々だったことはありますが
 学生たちも大学生を相手、というのは今日が初めてです。

 でも、大学生たちとお話をすることを
 本当に心待ちに楽しみにしてきました。

 何故ならば、僕自身の人生をふりかえると、
 リアルな意味での『その後の人生』に関わるお話を聴いたりしたのは
 物心が完全についた大学時代でのことだったからです。

 小中高校で感激したり感動したりしたことも
 もちろんこころに焼きついていて永遠に覚えてはいるのですが
 もっとリアルな意味で、その後の就職につながったりしたり
 その後の人生の選択につながったのは大学時代のことでした。

 僕は自分の大学は大キライでしたが、
 (先生も授業もロクなものがありませんでした)

 他大学から講師として来て下さる方々にはとても立派な方々が多くて
 すごくお世話になりましたし、今でも忘れることは決してありません。

 (慶応大学の佐藤方哉先生、東京工芸大学の神原和子先生、
  他にもたくさんの方々にお世話になりました)

 だから、自分の人生を通じていろいろな方々から受けてきたご恩に対して
 もしも僕自身が恩返しができることがあるとすれば

 かつてご恩を受けた方々に直接に何かをするのではなくて、
 僕が学生時代にそうしていただいたことを
 次の世代にしてあげることだと信じてきました。

 つまり、僕の想いや生き様を
 全身全霊をかけて次の世代へと伝えることだと考えてきたのです。

 僕は大学院も中退せざるをえませんでしたから
 研究者としては中途半端な存在ですが

 でも、生きてきた人生についてであれば、
 全ての人々に語るべきことがらがあるように、
 僕にも語るべきことがあるはずです。

 聴いてくれた全員に伝わることなんて元々ありえません。

 あくまでも、僕と同じような方向を見つめている人がいたら
 その人に少しでいいから想いが届けばいいなと願っています。

写真2枚目

 全身全霊で自分の想いを次の世代へと伝えること。
 それが、僕が今まで人生で受けたご恩へのお返し、になるはず。

 そんな気持ちで講義へと向かいました。


 (その3へ続く)

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(2009年12月15日(火)の活動日記その1)

● 静岡県立大学の美しいキャンパスを早朝に歩きました

 どんなふうに学生たちに語りかければ良いのかを
 改めて考えていたら、ほとんど寝る時間が無くなってしまいました。

 眠くて眠くてたまりません...。
 でも、十分に考え尽くしました。

 あとは全力で学生たちに向き合うだけですね。

写真1枚目

 宿泊先の隣にあったコンビニで買った
 サンドイッチと野菜ジュースを飲んで朝食を済ませました。

 ところで窓の外を眺めていたら、目の前は大きなお寺がありました。
 昨夜は暗くて気づかなかったけれど、お墓だったんですね〜。
 (http://www.hide-fujino.com/diary.htm#nightview

 さて、宿泊していたホテルをチェックアウトして
 静岡駅から2駅先の『草薙駅』まで移動しました。

 駅前は学生さんがたくさんいました。

写真2枚目

 昨日、ホテルのフロントの方々やごはんを食べにいったココイチなどで
 県立静岡大学について質問しまくって
 いろいろな情報を仕入れてきました。

 かれこれ7人くらいからお話をうかがったのですが、
 地元ではとても評価が高くて愛されている大学だということが
 よく伝わってきました。

 事前にフジノはインターネットでキャンパスの情報や
 大学の理念や学部学科の授業内容(シラバスですね)などを
 調べてはいたのですが、生の声にまさる情報はありません。

 お話をうかがった全員がとても愛着をもって
 『県大(けんだい)』と大学を呼ぶのを聴いて

 なんだかとてもうれしくなってきました。

 また、事前情報では、高校生たちの通学の時間と重なると
 大学方面への電車がかなり混むかもしれないとのことだったので
 早めの電車で移動したのですが、

 逆にフジノはちょっと早く出発しすぎて
 大学へも早くつきすぎてしまいました。

 でも、そのおかげで静岡県立大学の美しいキャンパスを
 じっくりと散策することができました。

 フジノが転職する前に働いていた映画会社・東宝の作品に
 本広克行さんが監督した『少林少女』という映画があります。
 (映画『少林少女』サイト:http://www.shaolingirl.jp/

 この中で、敵のアジトへ向う主人公(柴咲コウさん)が
 すさまじい人数の敵の部下たちと激しいアクションを演じるシーンがあります。

 のぼり坂を走りながら同時に多くの人数の敵と戦うシーンを
 柴咲コウさんが演じきったことにプロ意識の高さを感じたものですが
 同時に、そのロケ地になった場所がとても印象的でした。

 その場所が、静岡県立大学なのですね。

写真3枚目

 上の写真は正門をくぐったばかりの場所からです。
 この坂の両脇に、各学部の校舎が建っています。

 フジノが講義する校舎はすぐ目の前にある左の建物なのですが
 いちばん上まで坂を歩いていってみました。

写真4枚目

 いちばん上まで来ると、こんな風になっています。
 映画ではここでのアクションシーンがとても印象的に撮影されていました。

 昨日お話をうかがった静岡の方々は
 みなさんが1度はこのキャンパスに
 ご家族などで訪れたことがあるとのことでした。

 芝生がきれいですし、建物はレンガ造りで眺めも素敵です。

 僕が散策していた時間も、学生ではない多くの方々が
 ここを通り抜けていっていました。
 とても地域になじんでいるキャンパスですね。

写真5枚目

 上の写真は、坂のてっぺんからキャンパスを眺めたところ。

 さて、散策も終えて、ついに講義へ向かいます!


 (その2へつづく)

(2009年12月14日(月)の活動日記その1)

● 副市長人事についての市長への質疑/本会議にて

 次のとおり、市長へ質疑を行ないました。
 全文を掲載いたしますね。

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 藤野英明です。よろしくお願いします。

 (はじめに)

 議案137号と138号、副市長選任についての両議案に対して
 一括して質疑を行ないます。

 つまり、吉田市長が提案した2名の副市長人事案について
 5点にわたって、市長に質問します。

 まず、質問に入る前に誤解が無いように
 僕の質問の意図をはっきりと申し上げます。

 これから僕が市長にうかがうことは
 マニフェスト実現を41万市民に約束した吉田市長の
 『政策実現の手段としての人事政策』の考え方についてです。

 つまり、「市役所という巨大な組織のリーダー」としての市長は
 組織の可能性を最大限に活かすマネジメントを
 行なう必要がありますが、
 その手段の1つとしての副市長人事
 という観点からの質問です。

 言うまでもなく、マニフェストの完全なる実現を目指す上で
 市長に次ぐナンバー2である副市長の存在は非常に重要です。

 巨大な組織が最大限に効果を発揮すべくマネジメントするには
 どれほどカリスマ性のあるリーダーであっても
 1人きりの努力では不可能です。

 そこで副市長のリーダーシップや行動力によって、
 マニフェストの実現可能性が大きく左右されることになります。

 だからこそ、あくまでもマニフェスト実現を目指す観点から
 市長の考えをうかがう質問なのだと
 はじめにご理解いただきたいと思います。

 逆に僕が市長にお聞きしていないことは
 今回提案された2名の方々の「個人としての側面」です。

 人柄や生き方などのあらゆるプライベートな側面については
 全く関係がありませんし、質疑にはそぐわない事柄です。

 そこで、吉田市長にも答弁に際してこの2名の方々を
 念頭には置かずにお答えいただきたいと思います。

 それでは質問に入ります。


 <質問1.脱官僚を訴えてきたことに矛盾しないのか?>

 吉田市長は今年6月の市長選挙において
 36年間続いた官僚政治を終わらせて
 『新しい横須賀』の実現を市民のみなさまに約束しました。

 実際、選挙においても、3種類お配りしたマニフェストの全てにおいて
 官僚政治の打破をうたいましたし、
 「マニフェスト解説版」では
 表紙にも大きく『脱官僚宣言!』と記しました。

 また2枚の法定ビラのうちの1枚にも
 大きく「脱官僚」の3文字を記しました。

 そうした経緯からしても、ナンバー2である副市長人事では
 例えば、外部の民間企業出身の方を登用するのではないかと
 多くの市民の方々がイメージしたのは当然のことでした。

 しかし、9月と11月の2回の内内示において吉田市長が
 副市長候補として名前をあげた方々は、本市の官僚OBでした。

 脱官僚を訴えた吉田市長が何故、官僚OBを登用するのかと
 多くの疑問の声が出されました。

 けれども今回提案された2名も、現役の官僚の方々でした。
 『脱官僚』を掲げた吉田市長であるにも関わらず
 これまでの本市の行政に
 深く関わりのある方々を選んだことに
 吉田市長の脱官僚宣言に共感して投票した方々が
 強い違和感を覚えたのは当然のことです。

 ましてや吉田市長に投票をしていない市民の方々であれば
 「脱官僚宣言とは単に選挙向けのキャッチフレーズだったのか」と
 なおさら疑問に感じていることでしょう。

 したがって、吉田市長には説明責任を果たす義務があります。

 例えば、マニフェスト実現を果たす為には
 現役の官僚であろうと官僚OBであろうと
 市役所の現実を深く知っている存在こそ必要なのだとか、
 吉田市長自身の考えをきちんと説明すべきです。

 そこで、第1の質問です。

 (質問1)
 『脱官僚』を市長選挙のテーマにしてきた吉田雄人市長が
 何故あえて現役の官僚を副市長に選んだのでしょうか。

 自らが掲げた『脱官僚宣言!』と
 矛盾を感じていないのでしょうか。

 市長の考えをお聞かせ下さい。


 <質問2.官僚文化に自分が染まらないと言えるのか>

 就任からわずか半年も経っていないにも関わらず
 すでに吉田市長がこの市議会の場で
 時に蒲谷前市長よりも「官僚的な答弁」をすることに
 失望している市民の方々もたくさんいます。

 悪い意味でどんどん吉田市長が「官僚的」になっていくことに
 僕自身も強い懸念を持っています。

 それにもかかわらず
 市長に最も近い立場である副市長に現役官僚を置くことで
 市長自身が官僚文化に染まってしまわないのか。
 今までの市長とは違う改革を本当に実現できるのか。

 とても不安があります。

 そこで、第2の質問です。

 (質問2)
 たとえ副市長が現役の官僚や官僚OBであっても、
 「悪しき官僚文化」に吉田市長自身が染まることは決して無く
 必ずマニフェストの実現ができると約束できるのでしょうか。

 市長の考えをお聞かせ下さい。


 <質問3.何故、外部の民間企業から登用しないのか>


 さて、市民の方々の多くは、
 脱官僚政治を掲げた吉田市長であれば
 改革派としてこんな人事を行なうのではないかという期待と
 具体的ないくつかのイメージを持っていました。

 そうした想いに対して、市長の考えをお聞かせ下さい。

 まず、最も多かった意見としては、官僚文化を打破するには
 民間企業で経営に従事してきた方々を登用することで
 旧来の市役所には無い民間の企業文化や
 スピード感ある経営手法を市役所へ持ち込むことが必要だ
 というものでした。

 当然、それは僕も同じ想いでした。

 市役所職員全体の意識を変えるには時間がかかりますが、
 経営陣全体を刷新することが最も有効な手段であることは
 言うまでもありません。

 そこで市長にうかがいます。

 (質問3)
 副市長は『外部』から『民間企業』出身の人材を選ぶべきだ
 と吉田市長はお考えにならなかったのでしょうか。

 お答えください。


 <質問4.内部から抜擢人事を行なうべきではなかったか>

 市役所の中にも優秀な人材はたくさん存在していますから
 2名の副市長とも『外部』から選ぶのではなくて
 1名は市役所『内部』から選ぶのも当然のことだと
 僕自身は考えてきました。

 ただし、36年間の官僚出身の市長のもとで
 長く勤め続けてき部局長クラスの方々は、
 すでに従来の官僚文化に染まりきっている
 と考える市民の方々が多いのは当然のことでしょう。

 だからこそ『内部』から人材を登用するならば
 官僚文化に染まりきっていない若手の熱意ある人材を抜擢すべきだ
 と僕は考えてきました。

 そうした人材を登用するのであれば、
 『脱官僚宣言』とも矛盾しないはずです。

 優秀な人材であっても埋もれさせてしまう
 「年功序列」の慣行がまだまだ一般的な日本の風土の中で
 吉田市長ご自身が若くしてリーダーになりましたから
 優秀な人材は勤務年数とは関係ないことを
 身をもって知っていたはずです。

 そこでうかがいます。

 (質問4)
 市職員にはとても優秀な若手がたくさんいる中で
 マニフェスト実現に全身全霊をかけるという
 やる気のある若手職員を副市長に抜擢すべきだと
 吉田市長はお考えにならなかったのでしょうか。

 お答えください。



 <質問5.女性を積極的に登用すべきではなかったか>

 そして、最後にうかがいたいのは
 『男女共同参画社会の実現』という観点からです。

 僕は、蒲谷前市長が副市長と教育長に女性を登用したことを
 とても高く評価してきました。

 そもそもこのお2人の女性は
 「女性だから」登用されたのではなく

 「人材として優秀であったから」こそ登用されたと
 僕は受け止めてはいます。

 しかし、一方でお2人が女性であるという事実は
 男女共同参画社会の実現という観点からは
 「象徴的な大きな意味合いを持っていた」ことも事実です。

 ・市役所という巨大な組織のナンバー2に女性が就任したこと。

 ・教育委員会という教育行政のトップに女性が就任したこと。

 この2つの人事は

 いまだ男性があらゆる意味で優遇されている
 男女共同参画が実現していない我が国において

 「ガラスの天井」と戦いながら働く女性のみなさんにとって
 本当に大きなメッセージだったと僕は考えています。

 それが今回、副市長案の2名共が男性であったことは
 本当に残念でした。

 ・1度目の内内示においても2名ともが男性。

 ・吉田雄人市長の後援会の新しい役員も全員が男性。

 ・さらに今回の副市長人事案も2名ともが男性。

 という事実から、

 僕は吉田市長には
 『女性の積極的な登用』という観点が欠けているのではないか
 と感じざるを得ませんでした。

 そこで市長にうかがいます。

 (質問5)
 優秀な人材であると同時に女性である方々は
 『外部』にも『内部』にも多数存在している中で

 男女共同参画社会の実現を目指す上でも
 2名の副市長のうち1名は女性を選ぶべきだと
 吉田市長はお考えにならなかったのでしょうか。

 お答えください。

 以上、5点について、市民のみなさまが納得できるように
 市長は説明責任をしっかりと果たしていただきたいと思います。

 これで僕の質問を終わります。


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 質疑の結果については、
 非常に情けない答弁が返ってきました。

 吉田市長にとっては

 「官僚とは中央の官公庁で働く職員のことであって
  市の職員は官僚ではない。
  だから、今回、官僚を選んだつもりはない」

 とのことでした。

 要するに、「詭弁」です。

 議案を通して副市長を選任する為に
 その場だけをとりつくろう無意味な言葉を吐き続ければ

 吉田市長はいつかその自分自身の吐いた詭弁の山に
 押し潰されることになるでしょう。

 さらに言えば、

 民間企業から外部の方々を登用するつもりもなく、
 若手を抜擢するつもりも全く無く、
 女性を登用する考えも全く無いそうです。

 あまりにも保守的で、リベラルだとか改革派とか
 そういう姿勢は全くありません。

 吉田市長に見えていた改革派というイメージは
 ただ単にイメージでした。

 官僚出身ではないにも関わらず、
 今日もずいぶんと官僚的な吉田市長の答弁でした。

 もはや市長選挙の時に掲げていた「脱官僚宣言!」は
 事実上、「ウソ」であったことが分かりました。

 吉田市長の現在の在り方には大いに失望しています。

 残念です。

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