おれをこきつかえ!政治家フジノ39才

「福祉のまち、横須賀」をめざして、今日も全力活動中(横須賀市議・2期目)

自殺予防対策

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(2009年12月15日(火)の活動日記その2)

● 講師はたくさんしてきたけれど、大学生たちとずっと語り合いたかった

 さて、講義を行なう校舎(一般教養棟)に入ると
 建物の外はレンガ造りなのですが
 内側は太陽の光がとても入る美しい構造になっていました。

 まだスタート30分前だったので、
 誰1人も学生は来ていませんでした(そりゃそうだ)。

写真1枚目

 フジノはこれまでいろいろな場所で講演してきました。
 小中学校で学生たちを相手にお話をしたこともあります。

 ただ、大学という場所で聴衆が一般の方々だったことはありますが
 学生たちも大学生を相手、というのは今日が初めてです。

 でも、大学生たちとお話をすることを
 本当に心待ちに楽しみにしてきました。

 何故ならば、僕自身の人生をふりかえると、
 リアルな意味での『その後の人生』に関わるお話を聴いたりしたのは
 物心が完全についた大学時代でのことだったからです。

 小中高校で感激したり感動したりしたことも
 もちろんこころに焼きついていて永遠に覚えてはいるのですが
 もっとリアルな意味で、その後の就職につながったりしたり
 その後の人生の選択につながったのは大学時代のことでした。

 僕は自分の大学は大キライでしたが、
 (先生も授業もロクなものがありませんでした)

 他大学から講師として来て下さる方々にはとても立派な方々が多くて
 すごくお世話になりましたし、今でも忘れることは決してありません。

 (慶応大学の佐藤方哉先生、東京工芸大学の神原和子先生、
  他にもたくさんの方々にお世話になりました)

 だから、自分の人生を通じていろいろな方々から受けてきたご恩に対して
 もしも僕自身が恩返しができることがあるとすれば

 かつてご恩を受けた方々に直接に何かをするのではなくて、
 僕が学生時代にそうしていただいたことを
 次の世代にしてあげることだと信じてきました。

 つまり、僕の想いや生き様を
 全身全霊をかけて次の世代へと伝えることだと考えてきたのです。

 僕は大学院も中退せざるをえませんでしたから
 研究者としては中途半端な存在ですが

 でも、生きてきた人生についてであれば、
 全ての人々に語るべきことがらがあるように、
 僕にも語るべきことがあるはずです。

 聴いてくれた全員に伝わることなんて元々ありえません。

 あくまでも、僕と同じような方向を見つめている人がいたら
 その人に少しでいいから想いが届けばいいなと願っています。

写真2枚目

 全身全霊で自分の想いを次の世代へと伝えること。
 それが、僕が今まで人生で受けたご恩へのお返し、になるはず。

 そんな気持ちで講義へと向かいました。


 (その3へ続く)

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(2009年12月15日(火)の活動日記その1)

● 静岡県立大学の美しいキャンパスを早朝に歩きました

 どんなふうに学生たちに語りかければ良いのかを
 改めて考えていたら、ほとんど寝る時間が無くなってしまいました。

 眠くて眠くてたまりません...。
 でも、十分に考え尽くしました。

 あとは全力で学生たちに向き合うだけですね。

写真1枚目

 宿泊先の隣にあったコンビニで買った
 サンドイッチと野菜ジュースを飲んで朝食を済ませました。

 ところで窓の外を眺めていたら、目の前は大きなお寺がありました。
 昨夜は暗くて気づかなかったけれど、お墓だったんですね〜。
 (http://www.hide-fujino.com/diary.htm#nightview

 さて、宿泊していたホテルをチェックアウトして
 静岡駅から2駅先の『草薙駅』まで移動しました。

 駅前は学生さんがたくさんいました。

写真2枚目

 昨日、ホテルのフロントの方々やごはんを食べにいったココイチなどで
 県立静岡大学について質問しまくって
 いろいろな情報を仕入れてきました。

 かれこれ7人くらいからお話をうかがったのですが、
 地元ではとても評価が高くて愛されている大学だということが
 よく伝わってきました。

 事前にフジノはインターネットでキャンパスの情報や
 大学の理念や学部学科の授業内容(シラバスですね)などを
 調べてはいたのですが、生の声にまさる情報はありません。

 お話をうかがった全員がとても愛着をもって
 『県大(けんだい)』と大学を呼ぶのを聴いて

 なんだかとてもうれしくなってきました。

 また、事前情報では、高校生たちの通学の時間と重なると
 大学方面への電車がかなり混むかもしれないとのことだったので
 早めの電車で移動したのですが、

 逆にフジノはちょっと早く出発しすぎて
 大学へも早くつきすぎてしまいました。

 でも、そのおかげで静岡県立大学の美しいキャンパスを
 じっくりと散策することができました。

 フジノが転職する前に働いていた映画会社・東宝の作品に
 本広克行さんが監督した『少林少女』という映画があります。
 (映画『少林少女』サイト:http://www.shaolingirl.jp/

 この中で、敵のアジトへ向う主人公(柴咲コウさん)が
 すさまじい人数の敵の部下たちと激しいアクションを演じるシーンがあります。

 のぼり坂を走りながら同時に多くの人数の敵と戦うシーンを
 柴咲コウさんが演じきったことにプロ意識の高さを感じたものですが
 同時に、そのロケ地になった場所がとても印象的でした。

 その場所が、静岡県立大学なのですね。

写真3枚目

 上の写真は正門をくぐったばかりの場所からです。
 この坂の両脇に、各学部の校舎が建っています。

 フジノが講義する校舎はすぐ目の前にある左の建物なのですが
 いちばん上まで坂を歩いていってみました。

写真4枚目

 いちばん上まで来ると、こんな風になっています。
 映画ではここでのアクションシーンがとても印象的に撮影されていました。

 昨日お話をうかがった静岡の方々は
 みなさんが1度はこのキャンパスに
 ご家族などで訪れたことがあるとのことでした。

 芝生がきれいですし、建物はレンガ造りで眺めも素敵です。

 僕が散策していた時間も、学生ではない多くの方々が
 ここを通り抜けていっていました。
 とても地域になじんでいるキャンパスですね。

写真5枚目

 上の写真は、坂のてっぺんからキャンパスを眺めたところ。

 さて、散策も終えて、ついに講義へ向かいます!


 (その2へつづく)

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(2009年12月7日(月)の活動日記その2)

● 朝日新聞『窓〜論説委員室から〜』でフジノが紹介されました

 11月15日に取材を受けた
 朝日新聞・論説委員の石橋智昭さんから
 (http://www.hide-fujino.com/diary.htm#interview

 「今夜の夕刊に掲載予定です」

 と、わざわざご連絡をいただきました。
 (石橋さん、ありがとうございます)

 そこで仕事の合間を縫ってバイクに乗って、
 汐入駅の売店で朝日新聞の夕刊を買いにいきました。

 帰宅ラッシュで混みあう駅前の売店に寄りかかりながら
 新聞をひらいて読んでみました。

 足早に帰路につく人々はかつての会社員時代の僕と同じで
 自分自身の名前が載った新聞を読むことになるなんて
 思ったりはしないことでしょう...。

 僕は自分がこんな人生を送ることになるとは
 想いもしませんでした。

 ただふつうに暮らせれば
 それだけで良かったのに。

 決して悪い意味では無くて、そこに描かれていた僕の姿は、
 僕と同じ名前だけれども僕自身では無いような気がしました。

 政治家として誰よりも歯を食いしばって
 仕事をしている自負心はあるけれど

 それは美談でも何でもない。

 現実の世界でキーボードを打って
 これを書いている僕は、

 今この瞬間もあらゆることに悩み迷いもがいていて
 何ひとつ乗り越えられていないし、

 前に歩もうとしても足が前に出ずに
 立ちすくんでしまう瞬間がたくさんあります。

 ただのどこにでもいる存在でしかない僕が
 今こうして生きていることに苦しみを感じます。

 そんな自分をあえてとりあげてくれた
 石橋論説委員に感謝しています。ありがとうございます。

 下が記事の全文です。

 (2009年12月7日・朝日新聞・夕刊より)
画像参照

 窓〜論説委員室から〜
 『心のガードレール』

 いつしか心を病んだ恋人を、懸命に支えてきた。
 回復の兆しが見え、距離を置いて見守っていたある日、
 彼女は突然、命を絶ってしまう−。

 そんな経験をした藤野英明さん(35)は、
 初めは自分を猛烈に責めた。
 見かねた親友に

 「自殺のない世の中をつくればいいじゃないか」

 と、諭された。

 政治家ならできることがあるはずと、勤め人を辞め、
 地元神奈川県横須賀市の市議になったのが
 6年半前のことだ。

 まだ、自殺の問題を議会で口にするのがはばかられたころだった。
 市の幹部の1人は

 「勝手に死んだ人の面倒まで、行政は見ていられない」

 と言った。

 だが、藤野さんの訴えは次第に共感を広げてゆく。
 06年に成立した国の自殺対策基本法も、追い風になった。

 市独自の「いのちの電話」を立ち上げる。
 消防局に自傷行為で救急出動したデータを報告させ、分析する。
 保健所の協力で、自死遺族の集まりを開く。

 2年前の市議会では、
 市長が初めて施政方針の演説で自殺予防に触れた。

 遠い身内や、知り合いの知り合いに自殺者を持つ人は少なくない。
 ごく身近な悲劇を減らすことこそ、地方政治の仕事ではないか。

 そう考える藤野さんは
 「地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会」を結成し、
 情報交換を進める。

 交通事故で命を奪われる6倍もの人が自死している日本。
 街のあちこちに、心のカーブミラーやガードレールを、
 取り付けてゆきたい。

 (石橋英昭)
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 (引用おわり)

 現在フジノは代表を交代しましたが
 『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』では
 今も全力で活動をしています。

 (有志の会のこれまでなど:
  http://www.hide-fujino.com/suicideprevention/index.html#localpoliticiansnetwork

 18日には、福島みずほ自殺対策担当大臣をはじめ、
 副大臣・政務官に『有志の会』として直接にお会いして
 自殺予防対策のさらなる推進を訴えにいきます。

 地方議員は、国会議員よりも現場に近い存在であって、
 本気で働けばいくらでも自殺対策に乗り出すことができます。

 これを読んでいるあなたが地方議員で
 もしもあなたが自殺対策を本気で進めていこう
 と考えているならば、ぜひ一緒に活動してみませんか。

 誰もが希望を感じて生きられる社会へと
 身近なまちから変えていきたいと願う方がいれば、
 ぜひ一緒に活動していきましょう。

 必ず自殺を減らすことはできます。

 もっともっと暮らしやすいまちへと変えていくことは、必ずできます。

 その為に、どうかあなたの力を貸して下さい。
 一緒に『生きやすい社会』を創っていきましょう。

 そして、市民のみなさま。
 必ず自殺は減らすことができます。

 自殺に追い込まれる犠牲者をゼロへとしていく為に
 どうかみなさまの力を貸して下さい。

 お願いします。

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(2009年12月15日(土)の活動日記その2)

● 人は『希望』を持ってより良い未来へ変えていかれると僕は信じている

 本来ならば朝7時くらいに家を出て
 『日本臨床死生学会』に向うつもりだったのですが、

 (日本臨床死生学会HP:http://jsct.umin.ac.jp/

 朝から行くのはやめることにしました。
 やっぱり、葬儀に行きたかったのです。

 けれどもあまりに昨日憔悴しきってしまって
 もう1度、葬儀へ出席する為に埼玉まで行くだけの
 気力・体力を奮い起こすことはできませんでした。

 だから、葬儀が行なわれている時間帯だけでも
 出席できないかわりに
 せめて大切な後輩のことを想いながら過ごそうと決めました。

 ひととおりの読経や儀式が終わった後、
 やがてついに『彼』の肉体が灰になってしまうとしても
 『彼』に対する僕の想いが消えてしまうことだけは絶対に無い。

 昨日、僕は死ぬまで生き続けようと
 改めて後輩と約束をしたんだ。
 どれだけつらくても、生きていくのだ。

 『彼』のことを思い浮かべるたびに、
 笑顔か汗を流しながらがんばっている姿しか浮かばなくて、

 本当に『彼』は素敵な人だったのだ
 と思いました。

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 大切な喪の時間を終えて、
 11時半くらいに横須賀を出発して本郷三丁目へ向かいました。
 会場は、東京大学・本郷キャンパスです。

画像1枚目参照

 『赤門』っていつ来ても、誰かしら写真を撮っていますね。
 フジノもつられて、撮っている人々とかわりばんこに写真を撮りました。

 さて、第15回日本臨床死生学会のテーマは、
 『臨床現場で生きる/活かす死生学』です。

 (第15回学会HP:http://www.l.u-tokyo.ac.jp/dls/15jsct/

 自殺予防対策をメインの政策に掲げていれば、
 生きることと死ぬこととの意味については
 日常的に常に向き合ってい考え続けているのですが、

 ふだんは、働きながら学んでいく、
 体を通じて体験が蓄積していく、ということばかりです。

 あるいは、父とのかかわりの中で
 死の在り方と生きていくことの在り方を体験しています。

 そんな風に僕は体感的に死生学と接しているので
 せめて学究的な知識を年1回くらいは
 吸収していかなければいけないと考えています。

 だからこその学会への参加です。

 そうして得た知識や情報を日常の仕事に反映していかれれば
 より良い市民相談や政策に活かすことができると思います。

 そんなフジノの想いはまさに今回の学会テーマ、
 臨床現場で生きる/活かす死生学と合致していますね。

画像2枚目参照

 下の写真は、メイン会場の安田講堂の前で、
 学会パンフレットを持つフジノ。

 中学生時代のフジノにとって、安田講堂という言葉は
 特別な響きを持っていました。

 学生運動の是非はともかく、
 理想とする社会を実現していく為に
 あれだけの活動を多くの学生たちが行なったという事実が
 当時の僕を強く惹きつけました。

画像3枚目参照

 自分の机や生徒会室の壁に、
 日大全共闘の言葉をマジックで書いていたりしました。

 正確かどうか自信が無いのですが、こういう言葉です。

 「生きてる 生きてる 生きている
  バリケードという腹の中で 生きている
  毎日 自主講座という栄養をとり
  友と語る という清涼飲料剤を飲み
  毎日 精力的に生きている

  生きてる 生きてる 生きている
  つい昨日まで 悪魔に支配され 栄養を奪われていたが
  今日飲んだ解放というアンプルで 今はもう 完全に生き変わった
  そして今 バリケードの腹の中で生きている

  生きてる 生きてる 生きている
  今や青春の中に生きている」

 僕は自分のことを『左翼』だとは思いません。

 左翼の中にある要素の1つである、
 「未来は常に良い方向へと必ず変えていかれる」ということを
 僕は信じています。

 それはマルクスの言うような、
 一方向へと進化を続けていくという意味ではなくて

 人には未来に対する『希望』を持つ、という力があることを
 僕は深く信じているのです。

 その『希望』だけは、中学時代も今も、変わることはありません。
 政治家になろうが、中学生の時であろうが、変わりません。

 人間の未来への希望を、僕は強く信じています。

 つらいことがあるたびに、大切な人が亡くなるたびに
 その信念はいつも試練に直面させられます。

 けれども、失われてしまった多くの物事にさみしさを覚えても
 それでも、僕は明日は今日よりも良い世界になっていると信じたいのです。

 そこに根拠は無くて、
 根拠無くただその想いへと立ち返ってしまうのです。

 そこに根拠が感じられるならば僕はきっと
 悩むことが無いままに、生きていかれるんだろうなあと思います。

 でも、そんな風にはなれないので、
 ただひたすら悩みながらも、
 常に『希望』を信じながら転んでも転んでも立ち上がる、
 それしかないのです。

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(2009年11月27日(金)の活動日記その4)

● 論説委員の方から取材を受けました/長く闘いつづけることの大切さ

 本会議を終えて、事務所で大急ぎで仕事をして、
 上町のカフェ『RRROOM』へと向かいました。

 朝日新聞の論説委員の方から取材を受ける為です。

 先日に取材を受けた石橋さんも
 (http://www.hide-fujino.com/diary.htm#interview

 朝日新聞の論説委員ですが「東京本社」の方でした。

 本日お会いした伊藤智章さんも論説委員なのですが、
 「名古屋本社」がメインの仕事場でして

 わざわざ今日はこの取材の為だけに
 名古屋から横須賀まで来て下さいました!

 しかもカメラマンの方まで...。感激です。

 (伊藤さん:http://www.asahi.com/shimbun/kouen/koushi/cate06.html#lec05

画像1枚目参照

 お会いする前に伊藤さんについてインターネットで検索したら
 長良川河口堰やダム建設の問題をはじめとする
 環境と公共事業についての取材がメインの方、というイメージでした。

 でも、実際に今日お会いして
 2時間以上いろいろお話してみると

 本当に長い間、自殺予防対策についても
 取材をしてきて下さったことが分かって、
 フジノはすごく感激しました。

 例えば...。

 2005年5月30日に参議院議員会館で
 自殺予防対策のフォーラムをNPOライフリンクが開催しました。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2005/may4.html#0505302

 (当時はフジノもライフリンクのメンバーでした)

 その場に、伊藤さんも取材で居て下さったそうです。

 あの頃、自殺に関する話題は本当にタブー視されていましたし、
 マスメディアでとりあげてもらう機会も本当に少なかったです。

 お互いに『あの場』に居たけれど
 当時は知らない者同士だったのが

 今も変わらない問題意識を持って
 こうしてお会いして語り合っているという機会が与えられたことを
 僕は神様にとても感謝したい気持ちでいます。

 誰も見向きもしてくれない頃から
 強い問題意識を持ってくれた方々が道を切り拓いてきたから

 だから、今では政府もこの問題に取り組んでいる。
 社会も今では完全にこの問題の切実さに気付いている。

 それは、こうして一緒に取り組んできてくれた
 様々な立場の、本当に気合いの入った方々が存在してくれたから。

 そうした方々がそれぞれに全国で活動を起こして
 最初のマッチの1本の役割を果たしてくれたからこそ
 今では大きな炎として燃え始めているのです。

 今日の取材はフジノにとって、
 何年間であろうと歯を食いしばって活動し続けることの大切さを
 改めて確認させてもらった貴重な機会でした。

 加えて、伊藤さんの自殺予防に対する想いを聴かせて頂いたり、
 これから進むべき方向についての意見交換をさせて頂いたことは
 とても大切な時間でした。

 政治家とマスメディアという肩書を超えて
 「自殺を無くしたい」という
 想いでつながっている同志なんだ...

 そんな風に強く感じたのでした。

 伊藤さん、本当にありがとうございました!

 (この取材の結果がいつ掲載されるかとか
  そうした事柄はまた決まったら報告しますね)

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 それにしても、プロのカメラマンの方って
 本当にすごいのですね!

 カフェの中でもずっと撮影していたのですが

 「群衆みたいな感じで人がいる雑踏で撮影したいですね」

 と言われて、フジノが思わず

 「横須賀には渋谷みたいに人がたくさん居る場所は
  この夜の時間帯でもありません...」

 と答えたのですが、

 あらかじめ取材の前に、
 駅のまわりをロケハンしていたカメラマンさんは

 「駅の方に降りていくと、いい場所があると思います」

 と言いました。

 そして、撮影したのは、ここです。

画像2枚目参照

 平坂の途中にある不動産屋さんの前でした。
 偶然にもフジノ事務所の賃貸契約をお願いした不動産屋さん!

 ここの灯りを活かしながら、中央方面のライトを背にして
 さらには坂を上ってくる人々を風景として撮影すると...

 完成した写真は、別世界の風景でした!
 すごい腕前です。本当にプロですね。

 (デジカメ一眼レフだったので、その場で見せて頂きました)

 この場での写真が記事に載るのかは分かりませんが
 プロは本当にすごい、と感じました。
 ぜひみなさまに観てほしかったです。


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