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(2009年7月1日(水)の活動日記その4)
● 静岡県立大学で「講義」をすることになりました
人生とは本当に皮肉なもので、
上智大学大学院の退学が正式に決まったその数時間後に
静岡県立大学のA准教授からフジノに講義をしてほしい、
というご依頼を頂きました。
(静岡県立大学HP:http://www.u-shizuoka-ken.ac.jp/)
『人権問題を考える』という15回の講義のうちの1回を
フジノがまるまる1コマ、語ってほしい、というものでした。
カリキュラムを見せていただくと、
・人権とは何か
・部落差別と人権
・アフリカと人権
・少年司法と人権
・女性の人権
・ジャーナリズムと人権
・障がい者と人権
・薬物濫用者の人権
・来日女性の人権
・在日外国人と人権
・性的マイノリティの人権
など、フジノの他のスピーカーの方々は素晴らしい方々ばかりで
フジノが適任かどうか悩みましたが、
与えていただいたテーマが
『自殺予防』『精神保健福祉』についてでしたので
フジノは「やるしかない」と決心しました。
12月中旬の予定です。
これまで市内のNPOや、秋田県、横浜市に招かれての講演ですとか
市内の小中学校でお話をしてきたことは何度もありますが
(例えば、野比中では:http://www.hide-fujino.com/diary/2007/oct3.html)
大学での講義を担当するのは、初めてです。
慶応大学SFCの教授になったアサノ知事から
かつて2年連続で「講義でしゃべってよ」との
ありがたいご依頼を受けたのですが
その日がどちらも市議会の本会議とぶつかってしまって
実現しませんでした(アサノ知事との共演って、僕の夢です...)。
いずれにしても、政治家フジノの仕事は
自殺予防対策と精神保健福祉の向上について
全国を相手に広めていくことだと深く自覚しております。
がんばります。
● 久しぶりにお酒を飲みました/そしてまたがんばるのだ
でも、上智大学大学院を退学したことは
本当に苦しい出来事でした。
入試の勉強も2年間必死でがんばりましたし、
その努力も全てこれで消えてしまいました。
基本的には政治家になった時からフジノは
自分の欲求よりも
他人の希望の実現を最優先してきました。
そんな僕にとって、大学院で学ぶことは
たった1つの『夢』であり『希望』でした。
しかも、退学の正式な決定が降りたその日に
ありがたいお話なのですが、
大学での講義を1コマ受け持つというお話をいただいて
僕のこころは、やりきれなくなってしまいました。
そこで、今夜は20時すぎにいったん仕事をきりあげて
僕が本当に信頼している親友に会ってもらって
一緒にお酒を飲みました。
親友は、いかに僕が大学院で研究することを望んでいたかを
当時から知っていましたし、ずっと全ての相談を聞いてもらっていました。
けれども退学のことだけはまだ言えていなくて
今夜、とうとう聞いてもらいました。
4時間かけてビールを3杯しか飲まなかったのですが
アルコールに酔うというよりも、人生の来し方を考えてしまいました。
一体、僕にはもう何が残っているんだろう。
僕自身には何の希望も見えない。
大切な人を自殺で亡くし、いくら自殺対策でがんばっても
彼女自身が命をふきかえすことは絶対にありえない。
やっと親子の会話ができるようになった3日後に
植物状態になってしまった父親との日々を通じて
このまちの、いや、この国の介護・医療・福祉の問題に直面して
政治家としていくら特養の待機者を減らせたとしても
もう僕の父親と会話をすることは絶対にありえない。
もともと政治家になんかなりたくなかった映画会社の社員が
突然に政治家に転職をしてしまったが為に
たくさんの友達を失ってしまった。
どんなに努力をしても、
すさまじい努力をしたけれども友達との復縁はできなかった。
僕のアイデンティティは政治家ではないのに
まわりの人々は日が経つごとに
僕を政治家としてしか見てくれなくなっていく。
一体、何なんだろう。
僕は全力で社会に対して『希望』を語り続けてきたけれど
僕自身には『希望』が何も見えないでいる。
そんな気持ちを、親友に聴いてもらいました。
僕が親友を絶対的に信頼している理由は、
親友はすさまじい苦労人で、でも決してそれを言葉にすることもなく、
いつも笑顔であろうと努力をしていて
年下ながらこころから尊敬できる存在だからです。
父や母やきょうだいなどの家庭環境のいろんな困難も
僕のうちと親友のうちとはとても似ていて
それだけど親友は、笑顔で前に歩こうとしつづけている。
2人でお話をしたのは数年ぶりだったけれど、やっぱり会えて良かった。
ありがとう。
僕は1度この親友を失いかけてしまって
仲たがいしてしまったせいで、連絡も取れないし、音信不通になって
でも、どうしても僕には必要だったので
きっと何年かかっても待っていれば
同じこの空の下にいて、同じ空気を吸っているんだから
いつか再会できると信じて、待ち続けてきました。
今こうして再び2人で会話ができるようになったことを
神様に感謝したいと思います。
お互いに忙しくて、会えるのはきっと年1回あるかどうか...。
でも、こうした親友がいるからこそ
決して訳の分からない政治屋になることなんかなく
僕は僕であることができているのだと信じています。
ありがとう、マイフレンド。
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