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(2008年11月15日(土)の活動日記その2)
● 明晴学園に行ってきました!
フジノの大切な政策である『ひとり親家庭のサポート』の為に
重要な話しあいが行なわれている
『ひとり親家庭等の自立支援のあり方に関する検討会』を
今日はたった30分で抜けだして、東京・品川区へ向かいました。
2年にわたって続いているこの検討会を
フジノはたった1度も
途中で抜けたことは無かったです。
それくらいに、大切なことだったのです。
何故ならば、日本でたった1校しか存在しない
『日本手話で教え、
日本手話で学ぶ、ろう児の為のろう学校』
を訪れる為です。
その名は、『明晴学園』です。
(http://www.meiseigakuen.ed.jp/index.html)
たくさんの方々の長い闘いの末に
ついに今年4月にオープンした、素晴らしい学校です!
写真1枚目
フジノは4月のスタートと同時に
見学に行きたかったのですが
開校してからずっと全国から
あまりにもたくさんの見学・視察・取材申し込みが殺到して
授業にさしつかえてしまい、見学をストップしているとのことでした。
(現在は、毎月1日だけ学校見学ツアーがあります。
http://www.meiseigakuen.ed.jp/inspect/index.html)
だから、こどもたちの邪魔にならないように
事前申し込みがOKされれば一般参加もできる
学芸会(『第1回・明晴祭』)が行なわれた今日、
(http://www.meiseigakuen.ed.jp/event_album_folder/index.html#2008meiseisai)
ついに願いが叶って
フジノは明晴学園へ来ることができました!
● 『日本手話』という1つの独立した言語(自然言語)の存在
日本に暮らす人ならば
日本語を話すのが当たり前だ
と、なんとなく誰もが考えているのではないでしょうか?
でも、それは事実ではありません。
例えば、現在は日本の国土であっても
アイヌの人々にはアイヌ独自の言葉と文化があります。
琉球の人々には琉球独自の言葉と文化があります。
日本に暮らしていても、
日本語だけが母語(第1言語)ではありません。
今日フジノがお話したいのは、
『日本手話』という言語の存在です。
それは、手話という言葉からよくイメージされる
「あ」という日本語には「あ」という指文字がある、
「い」という日本語には「い」という指文字がある、
というようなものではありません。
「今日、公園に赤い花が咲きました」
という日本語に対して
「今日」という単語、「公園」という単語、「に」という単語、
「赤い」という単語、「花」という単語、「が」という単語、
「咲く」という単語、「ました」という単語、
を1つずつ対応させていくものを
『日本語対応手話』と呼びますが、
フジノが話したいのは、この手話のことではありません。
分かりやすさの為に
あえて、極端に書きますね。
名前はまぎらわしく『手話』と呼ばれていますが
実際には、これは『日本語』でしかありません。
日本語の単語や助詞などの言葉と同じ順番で
1対1で対応させるようなイメージのものは、『手話』ではありません。
それは、『手話』と呼ばれてはいるものの、
日本語をただ通訳しただけの
『日本語対応手話』という変形した『日本語』なのです。
そうではなくて、『ろう者』の方々が
自分たちの言葉(第1言語)として持っている『手話』があります。
第1言語、というのは、言い換えると
『自然言語』といえるかもしれません。
人が生まれてから、親から子へと伝えていかれる言葉。
『ろう者』の方々にとって自然言語とは、『日本手話』なのです。
それは『日本語対応手話』とは文法も全く異なる
別のものです。日本語とは異なる、正式な言語なのです。
つまり、世間一般でイメージされている手話とは
明らかに全く別の、手話が存在しているのです。
それが『日本手話』です。
下に書いたのは(へたくそでごめんなさい)
この説明をフジノが図にしたものです。
写真2枚目
この事実を、初めて知ったあなたは
なかなか理解できないことと思います。
本当はもっときちんと説明したいのですが
今のフジノの能力では、こんな大雑把なものが精一杯です。
いずれにしても、『ろう者』の方々の母語(第1言語)とは
『日本手話』というものなのです。
だから、『ろう者』の方々が『日本語』を学ぶということは、
第2言語を学んでいるということなのです。
つまり、あなたが『日本語』を第1言語として育った後で、
小学校高学年か中学校くらいから
新たに第2言語として
『英語』を勉強して学ぶのと同じです。
『ろう者』の方々がふだん日本手話で生活しながら
仕事や勉強のカンケーで日本語を使う時、
それは、バイリンガルである、ということなのです。
2つの別々の言語を使っている、という状態なのです。
そんな事実が、この国では知らされてきませんでした。
言うならば、封じ込められてきました。
この75年間、日本で暮らす『ろう者』は
第2言語である『日本語』を第1言語であるかのように
使うことを強制させられていました。
極端な言い方ですが、あえてフジノはそう表現します。
約75年間にわたるその歴史を変えるのが
今日、訪れた明晴学園だとフジノは考えています。
写真3枚目
明晴学園では、こどもたちに『日本手話』で教育します。
『ろう者』ではないこどもたちが
幼稚園や小学校で『日本語』で教育を受けていくのと同じように
『ろう』のこどもたちは明晴学園では
『日本手話』によって教育を受けます。
先生も『日本手話』で教えて、
生徒も『日本手話』で学びます。
すごく自然なことですよね?
けれども、日本では日本語も使えた方が
日常生活の中では当然ながら便利な訳です。
そこで、まず第1言語(『日本手話』)によって
しっかりと学んでから
それから(あるいは同時に)
第2言語(外国語)としての『日本語』を学ぶのです。
つまり、バイリンガル教育ですね。
こうしたバイリンガル教育こそが
『ろう者』の方々にとって、わが国の在るべき教育の姿だ
と、政治家としてフジノは信じています。
(さらに詳しく知りたい方は
NPOバイリンガル・バイカルチュラルろう教育センターのHPを
ご覧になってください。ぜひ見てくださいませ。
http://www.bbed.org/what_bb_folder/)
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