おれをこきつかえ!政治家フジノ39才

「福祉のまち、横須賀」をめざして、今日も全力活動中(横須賀市議・2期目)

障がいのある方々の福祉・生活

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(2008年4月23日(水)の活動日記その1)

● 知的障害者更正施設『横須賀ヘーメット』を見学しました

 2月22日に雑誌の特集記事で対談を行なってから
 フジノは今年の目標を1つ、増やしました。

 それは、


 今年は知的障がいのある方々と徹底的に交流させてもらおう!


 です。

 (こちらをご参照ください。
  http://www.hide-fujino.com/diary.htm#080324


 そこで、知的障がいのある方々のご家族をはじめ、
 障がい福祉関係の方々にお願いをして、
 予算議会の終了から実行に移しはじめました。

 今日はその第3弾です。

 知的障害者更正施設『横須賀ヘーメット』を
 見学させていただきました!

 (横須賀ヘーメットHP:
 http://www.yokosuka-hemet.com/index.html

写真1枚目

 ヘーメットとは、ホームのこと。
 『家』という意味のスウェーデン語です。

 場所は、国道134号線の横須賀市と三浦市との市境の
 ちょっと手前、長井1丁目にあります。

 2001年4月にオープンしました。

 国道から見えるグリーンの屋根のきれいな建物で
 初めて行ったのですが、すぐに分かりました。

写真2枚目


 中に入ったのは初めてですが、建物を見たことは何回もありました。
 きっと市民のみなさまも見たことがあるはず。

 とても広くて、日当たりも良くて、いい感じ。

 こちらが入り口です。

 主に18才以上の知的障がいのある方々が

 この施設で暮らしたり(=入所)
 自宅やグループホームから通いながら(=通所)

 毎日の暮らしの中で必要な介護を受けたり、
 生活や作業の指導を受けたりするのですね。

 (明日以降に「つづく」)

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(2008年4月20日(日)の活動日記その2)

● 視覚障害者協会の総会に参加しました

 午後からは、横須賀市視覚障害者協会の
 年に1度の総会へ参加しました。

 今年もお招きいただいたことがうれしくて
 喜んで出席いたしました。

 この総会では来賓あいさつの時間を少し頂けるので

 「何をお伝えしようかな?」

 と、何日も前から毎年すごく考えます。

 お伝えしたいことはたくさんあって、
 例えば、視覚障がいのある方々の福祉の制度の変更点ですとか
 市議会でフジノが提案したことやその成果などを
 お話させていただいています。

 伝えたいことのどれを削るかは
 いつもとても悩みます。

 最終的に2つのことを今日はお伝えしました。

 1つ目は、予算議会の本会議で教育長に提案した
 『視覚障がいのある方々のミュージアムへのアクセスの向上』について。

 2つ目は、民生常任委員会で健康福祉部長に質問をした

 『点字図書館の場所が平坂上の障害者福祉センターの中から
  総合福祉会館の中に今年7月に移転するにあたって
  交通アクセスなど取るべき配慮』について。


● 視覚障がいのある方々に美術館に来てほしい!

 予算議会で教育長に提案した
 『視覚障がいのある方々のミュージアムへのアクセスの向上』ですが

 (http://www.hide-fujino.com/diary/2008/mar2.html#question

 美術館・博物館では今すでに
 動いてくれていることもあるのですね。

 例えば、まだ現在の横須賀美術館には
 彫刻など触れることができる展示作品はありませんが

 学芸員が一緒に館内をまわって『対話鑑賞』を行なうサービスは
 すでに行なっているのですね。

 でも、このサービスが広く知られているかといえば
 残念ながらまだまだ知られていないのですね。

 フジノは視覚障がいのある方々に
 ぜひこのサービスをご利用していただきたいのです。

 そこで、3月3日の本会議で教育長に
 「改めて周知をしてほしい」と提案したところ

 3月31日には早くも横須賀美術館のHPに
 こんなおしらせのチラシが掲載されました。

 (pdfファイルがチラシ実物です!pdfを見れない方は画像をご覧下さいね。
  http://www.hide-fujino.com/pdf/2008/mar/31universalaccess.pdf

 何度もこのHPでくりかえし書いてきましたが
 視覚障がいのある方々とは、僕たち自身なのです。

 生まれつきで視覚障がいのある方々は
 わずか5%ほどです。

 残りの95%は、糖尿病などの病気や加齢によって
 人生の途中で視覚障がいがある状況になるのです。

 視覚を失ったその時に、
 ミュージアムができることはたくさんあります。
 言うならば、心的世界を広げる大きな可能性が存在しています。

 だからこそ、このような提案をくりかえしてきました。

 今日の総会では、こうしたフジノの想いや
 市議会での提案と教育長の答弁、その後の対応などを
 お伝えいたしました。


● 視覚障がいのある方々に、まちを歩いてほしい!

 これまで総会の会場は
 平坂上にある障害者福祉センターだったのですが
 今年は汐入にある総合福祉会館で行なわれました。

 視覚障がいのある方々にご利用いただいている点字図書館は
 今年7月に移転をして、障害者福祉センター2階から
 総合福祉会館4階になります。

 総会は年1回みなさんが集まるせっかくの機会なので
 移転を前に足を運んでいただく目的があったのかもしれません。

 さて、 2つ目にお話したことは
 民生常任委員会で健康福祉部長に質問をした

 『点字図書館の場所が平坂上の障害者福祉センターの中から
  総合福祉会館の中に今年7月に移転するにあたって
  交通アクセスなど取るべき配慮』

 についてです。

 視覚障がいのある方々は、ややもすると
 とじこもりがちになってしまいます。

 でも、外に出てまちを歩くことは健康にもOKですし、
 家の中だけでなく世界が広がることは
 障がいがあっても無くてもすごく大切なことですよね。

 慣れ親しんだ障害者福祉センターから
 点字図書館の場所が汐入に移ってしまったとしても

 それで外出を恐れてしまうのではなくて
 むしろ、外出できる場所がさらに増えたのだと受けとめて
 ぜひどんどんまちに出てほしいと強く願います。

 すでに健康福祉部と視覚障害者協会の方々との間で
 移転で場所が変わるにあたっての話し合いも行なわれてきましたが

 点字ブロックや音声誘導装置の設置をはじめ、
 汐入駅や汐留・大滝町のバス停からダイエーの周辺一体を
 視覚障がいのある方々が歩きやすいように
 どんどん変えていく為に
 ぜひ提案をしていただきたいのです。

 さらに、総合福祉会館の設備が
 本当にバリアフリーなのかを再点検する良いチャンスです。

 この移転を、総合福祉会館がユニバーサルな建物として
 生まれ変わるきっかけにしたいのです。

 だから、不便だと感じることがあれば
 どんどん提案してほしいとお伝えしました。

 しつこくしつこく繰り返しますが、
 視覚障がいのある方々は僕たち自身がやがて体験することを
 今、先取りして体験してくれている貴重な存在なのです。

 視覚障がいのある方々がどんどん外出したくなるまちは、
 誰にとっても暮らしやすいユニバーサルなまちなのです。

 その為に、今の僕たちには気づくことができない
 あらゆる問題点をぜひ教えていただきたいのです、とお願いしました。


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 総会が終わった後も、たくさんの方々に
 直接にお話をうかがうことができました。

 このHPも「毎日観てますよ!」と言ってくれた方がいて

 音声読みあげソフトを使ってフジノHPを観てくれてる方が
 絶対にいるはずだと意識して
 文字を中心にしたユニバーサルなHPであるように
 こころがけてきたのはまちがっていなかった、とうれしかったです。

 これからも視覚障がいのある方々が
 暮らしやすいまちになるように
 政治家としてできることをいつも考えて行動していこう。

 改めて、そう決心しました。


 ぶっとおしで何十人もの方々とお話をうかがうと
 1日が終わると僕は疲れ果ててぐったりしてしまうのですが

 それでも自分の活動がまちがっていないのだと
 当事者の方々からじかに生の言葉で聞かせていただけると
 すごく大きなエネルギーをもらえます。

 さあ、これからもがんばろう。

 今日出会った、たくさんの方々に感謝です。
 本当にありがとうございました。

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(2008年4月20日(日)の活動日記その1)

● 横須賀市腎友会の結成総会に参加しました

 今日はヴェルクよこすかで行なわれた
 『横須賀市腎友会』の結成総会に参加しました。

 慢性腎不全によって人工透析をされている方々から
 市議会に陳情が何度か提出されたことがあって

 担当の委員会である民生常任委員メンバーとして
 ずっと関心がありました。

 けれども、実際に人工透析をされている方々や
 腎臓移植をされた方に直接お話をうかがったことが
 今までありませんでした。

 お話をうかがえる機会をずっと待っていました。

 このたび、別々に活動を続けてきた2つの団体が
 1つの団体として活動をしていくとのことで
 その結成の場にお招きいただいて、すごくうれしかったです。

 参加者の方々は割と高齢の方が多かったのですが
 フジノと同い年の方もいらっしゃいました。

 同い年である親しみやすさもあって
 開会前に30分ほどお話をうかがいました。

 1回4時間にわたる人工透析を週3日行なっていること、
 そうした中で仕事を続けていくことなど
 やはりとても大変なのだな、と感じました。

 また、横須賀市で腎臓移植した方は6名、とのことでした。
 まだまだ腎臓移植はハードルが高いんだな、と思いました。

 腎友会のみなさん、本当にありがとうございます。

 (画像1枚目参照)

 来賓席から写真を撮ったので全て逆光になってしまいました。
 見づらくてごめんなさい。

 (画像2枚目参照) 

 会長の櫻井さん。 

 人工透析を15年、30年、35年されている方々に
 表彰がありました。こういう表彰って、とても良いなあと思います。

 (画像3枚目参照)

 表彰風景

 午前中は結成総会、お昼ごはんをはさんで、
 午後から腎臓疾患に関するドクターの講演会でした。

 フジノはお弁当をみなさんと一緒に食べてから
 午後は別の用事があったので途中で退席いたしました。


● 切ない再会

 お昼ごはんの時に、うれしい再会がありました。

 かつてフジノがYデッキで演説をしていた約4年半、
 毎日のようにお会いしていた女性Aさんがいらっしゃいます。

 お互いに体が強くないので、
 フジノがYデッキで街頭演説をしばらくやれない時期が続くと
 Aさんはとても心配して下さって連絡をくれました。

 Aさんは通勤でYデッキを使っていたのですが
 逆にAさんを見かけない時には
 フジノもいつもAさんを心配していました。

 「体が悪いから家族は
  仕事を辞めてほしいと言っているの」

 と、Aさんはよくおっしゃっていました。

 毎日お会いして言葉を交わしてきた方だから、
 僕はAさんがとても大好きでした。

 だから、ある日を境に
 Aさんを全く見かけなくなってしまってから今日に至るまで

 一体Aさんはどうしてしまったのだろうか。
 まさか亡くなってしまっていないだろうか。

 と、フジノはすごく心配していました。

 そうしたら、今日の総会の会場に
 なんとAさんがいらっしゃったのです!

 うれしかった!Aさんから手を振ってくれました。
 お元気そうで本当に安心しました。

 「Aさん、ずっとお会いできなかったから
  ものすごく心配だったんですよ。

  お体が悪いというのは、
  腎臓疾患のことだったのですね」

 フジノがこう尋ねると

 「そうなのよ。

  かれこれ5年間くらい人工透析と仕事と両立してたんだけど
  どうしても難しくなっちゃってね。
  仕事を辞めたのよ。

  私もフジノくんがどうしてるかすごく気になってたけど
  顔もふっくらしたし、体調も大丈夫そうね?」

 と、Aさんが答えました。

 「僕の顔がふっくらしているのはメタボです(笑)」

 なんて笑いながらお互いの思い出話をしつつも
 Aさんが人工透析をしていたことを全く知らなかったことに
 フジノはショックを受けていました。

 毎朝あんなに早くから通勤されていたAさんが
 1回3〜4時間、毎週3〜4日も人工透析を受けながら
 仕事に通っていたなんて知らなかった。

 しかも、ご家族に反対されながらも続けていた
 大好きなお仕事を辞めねばならなかったなんて知らなかった。

 再会できてうれしかったですし、
 何よりも亡くなってなんかいなくてホッとしたのですが

 毎日のように言葉を交わしていたのに
 僕はAさんのことを何も知らなかったんだなあと
 とても切なくなりました。

 やっぱり政治家は、他人なんだなあ。
 そりゃ、そうだよね...。

 でも、大好きなAさんの為にも
 できることを僕は全てやろう。

 つまり、慢性腎不全/腎疾患のある方々への暮らしをサポートする為に
 政治家として果たせる役割を全力で取り組もう。

 そう改めて決意しました。


● 人工透析と当事者活動

 透析療法が日本で行なわれるようになって、
 約40年になります。

 人工透析には、1ヶ月で約50万円以上もの医療費がかかります。

 かつては、何の補助も無かったので
 こんな大金を支払うことができない方々が多く
 治療を受けられず

 「お金の切れ目が命の切れ目」

 と言われた、悲惨な時代がありました。

 昭和42年に保険が適用されるようになってからも
 自己負担分(20〜30万円)が
 ふつうのお給料ではとても支払えず
 家などの財産を切り売りして何とか治療を受けたのです。

 けれども、やがて医療費が支払うことができなくなり、
 失われた命も多くあったそうです。

 そうした状況を当時のマスコミは
 「お金の切れ目が命の切れ目」と表現したのです。

 こんな状況を変える為に、患者さんたちが自ら立ち上がりました。

 横須賀市では昭和46年2月に
 『横須賀人工腎共励会』をたちあげました。

 (今回結成された腎友会の前身ですね)

 さらに全国レベルでも
 昭和46年6月に
 『全国腎臓病協議会』が結成されました。

 病身をおして患者さんたち本人によって
 厚生省・大蔵省などへ積極的な陳情・請願を行なったことによって

 昭和47年10月に
 身体障害者福祉法が適用されることになり、
 『透析医療費の公費負担』が実現しました。

 人工透析などにかかる医療費の自己負担(本人負担)は
 1ヶ月に1万円で済むようになったのです。

 さらに、この1万円の自己負担も
 神奈川県と横須賀市の補助が出ますので、
 自己負担なし(ゼロ円)で人工透析を行なうことができます。

 こうして、慢性腎不全の方々も
 安心して治療を受けられるようになりました。

 現在、横須賀市では
 約950人の方が人工透析を受けています。


● いのちを守るのが政治家の仕事のはず

 しかし今、財政的な理由から神奈川県は、
 優れた制度であった自己負担への補助を引き下げてしまいます。

 1万円の自己負担のうち、
 神奈川県が3分の1の補助を、
 横須賀市が3分の2の補助を出してきました。

 こうした神奈川県の動きは
 非常に残念です。

 慢性腎不全に苦しむ方々が40年前のように
 「お金の切れ目が命の切れ目」になってしまわないように

 いのちを守るのが政治家の仕事です。

 財政が厳しいからといって
 単純に医療と福祉をカットするのではなく

 財政改革をしっかり行なう、つまり、
 歳出と歳入の在り方を同時に改善していくことで
 いのちを守る為に必要な財源を確保していくことこそが
 政治の仕事だとフジノは信じています。

 今日の腎友会結成総会に出席して
 改めてその確信を強くしました。

 その信念をしっかりと実践していきたいと思います。

(2008年4月4日(金)の活動日記)

● スワンベーカリーでお昼ごはん

 この1週間のフジノの活動日記を見ていると
 アメリカ兵による殺人事件ばかりに忙殺されているみたいですけど
 そんなことはありません。

 メインの政策である障がいのある方々の福祉のこと、
 自殺予防対策のこと、いつも考えています。

 今日は、お昼ごはんの為に
 上町1丁目のフジノ事務所から20分ほど歩いて県立大学駅へ。

 フジノの大切な夢である『スワンベーカリー』へ。
 お昼ごはんを食べました。

 (フジノの大切な夢の実現であるとは...
  http://www.hide-fujino.com/diary/2006/mar1.html#060303

 1ヶ月に何回かはここを訪れて
 店内でごはんを食べながら、
 働いている方々や訪れるお客さんの様子を眺めています。

 かつて「スワンベーカリーを横須賀へ」と
 ヤマト福祉財団にフジノが必死にお願いしたことだとか

 沢田前市長自らが
 京急ウィズに足を運んで働きかけてくれたことだとか

 たくさんの関係者のご尽力があって
 ようやく2年前にオープンが実現したことなんて

 パンを買う人も作る人も売る人も
 誰も今ではそんなことは知りません。

 でも、提案者であるフジノは、
 何年過ぎても足を運ばずにいられません。

 いつもドキドキしながら、パンを食べています。

 そして、働いてくれている人々の元気いっぱいの声が聴けて、
 おいしいパンをたくさんの人々が買ってくれて、
 まちにお店が溶け込んでいるという
 その事実をいつものように確認すると、安心します。

 つい先日も、

 「もっとスワンベーカリーが市内にたくさんあればいいのに」

 と市民の方から提案されました。

 スワンベーカリーは本当に良いお店ですよね。

 政治家としてもっと働く場を増やせるように
 どんどん良い政策を提案していきますからね。


● 自殺予防対策とは、憎しみではなく生きていく為のもの

 午後、ベテランの臨床心理士さんと
 自殺予防対策の在り方について意見交換をしました。

 先日ある機会で出会った自殺予防に取り組んでいる方の
 活動スタイルは怒りに満ちていて、
 フジノは違和感でいっぱいになりました。

 語られる話は、
 他人への憎しみ、怒り、憎悪でいっぱいだったのです。

 そういう想いを抱えた方が自殺予防対策に取り組むことは
 とてもネガティブな影響が大きいと感じて
 すごく残念なことだと感じました。

 一方、フジノが信じる自殺予防対策の在り方とは
 遺された方もまた元気になれるように
 誰もが生きていくことを
 もう1度意味のあるものだと信じられるようにしていくことです。

 こうした自殺予防対策の在り方の違いについて
 大先輩である臨床心理士さんと意見交換をしました。

 フジノは、正しいと信じる在り方で
 自殺予防対策をすすめていきたいと思います。

 憎しみや怒りは、悲しみのプロセスの最初の方の段階です。

 悲しみのプロセスをきちんと体験しないままに
 活動に飛び込んでいくことはとても危険だと僕は考えます。

 その方自身がまず自分の悲しみのプロセスに
 しっかりと向き合っていくことが必要だと考えます。

 つまり、その方はまだ他人に自殺予防対策を語るべき立場ではない、
 とフジノは強く感じました。

 いろいろな団体が現在では活動していて
 いろいろなスタイルが存在していても良いのかもしれませんが
 僕は何でもありだとは考えていません。

 憎しみにもとづいた活動は
 正しくないと考えています。

 これまでは、団体と団体のカンケーというのを大事にして
 他の団体に意見を述べることを避けてきました。

 けれども今後は、フジノなりに信じる活動の在り方を
 例え他団体とのカンケーの悪化があるとしても
 そうした意見もきちんと伝えていこうと思いました。

 もしもそうした意見を述べることが団体間のカンケーを悪化させるなら
 フジノは『地方議員有志の会』代表を辞めるのもいいかもしれません。

 もうただ自殺予防対策を訴えていれば良い時期は終わりました。

 これからは本当に効果がある対策が
 取られなければいけない時期です。

 そんなことを今日、改めて考えました。


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 明日はまたアメリカ兵による犯罪の問題で
 雑誌社の取材です。

 でも、フジノのメインの政策はいつも
 自殺予防対策をすすめることと精神保健福祉の向上です。

 ひとり親家庭(特にシングルファーザーのご家庭)のサポートと
 市民病院改革も片時も忘れたことはありません。

 さらに今年は公立保育園の民営化問題もあります。

 高次脳機能障がい、視覚障がい、慢性期の脳血管障がい、
 などがある方々の暮らしをサポートすることも
 フジノの大切な政策です。

 また、知的障がいのある方々と
 1年間かけてじっくりと交流することも大切なテーマです。

 いわゆる性的マイノリティとされる方々の人権を守ること、
 性的な多様性を保障する為の活動も今まさに始めたばかりです。

 1つのテーマが続くと(例えば今回はアメリカ兵犯罪)、
 フジノが他の政策を忘れているかのように
 市民の方からメールを頂くのですが

 そんなことは絶対にありません。
 どうか、ご安心ください。

 さあ、明日もお互いにがんばりましょうね!

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(2008年4月3日(木)の活動日記その2)

● 知的障がいのある方々との対話と交流

 3月24日の活動日記で書いたとおりで、
 フジノはこれから1年間を通して
 1人でも多くの知的障がいのある方々と対話をしていきたい、と
 決心をしました。

 (3月24日の活動日記
  http://www.hide-fujino.com/diary.htm#080324

 今日は、その第1弾として
 ケアホーム『第3あすなろの家』にお邪魔しました。

画像参照

 (ケアホーム、というのは
  障害者自立支援法によって新しく作られた用語です。
  フジノHPでは、日本グループホーム学会での議論に基づいて
  ケアホームもグループホームのどちらともグループホームと呼びます)

 夜19時にお邪魔して、
 あすなろの家で暮らす5人の方々&世話人さんと
 みんなで一緒にお夕飯を食べました。

 1つのテーブルを囲んでごはんを食べながら
 いろいろなことを語り合うのはとても楽しいですね。

 ごはんを食べた後は、みなさんそれぞれの部屋に戻って
 お風呂に入ったり、洗濯をしたり、テレビを観たり、
 趣味の時間を過ごしたり。

 みなさんの部屋にそれぞれお招きいただいて
 とても感激しました。

 グループホームというのは『生活の場』です。

 これまでも政治家として
 グループホームそのものを見学する機会は何度もありましたが
 個人の部屋というのは見学の対象ではありません。

 共有スペースやキッチンなどは「あり」でも
 個人の部屋に入るというのは個人のお宅にあがるのと
 全く同じ訳ですから、それは見学とか視察の場では「無い」のですね。

 でも、今夜はみなさんのお部屋に招いていただいて
 得意な絵を見せていただいたり、
 ミニカーのコレクションを見せていただいたり、
 カーペットに座り込んで一緒にお話をさせていただきました。


● 「知的障がい者」なんて存在しない、と分かった

 グループホームの世話人の方から

 「Aさんがあんなに話すのを初めてみました」

 とお褒めいただいたほど、Aさんをはじめ、
 みなさんからいろいろなお話をしてもらえました。

 就職していた時に障がいの無い同僚から
 いじめにあった話を聴かせて下さった方もいらして、

 フジノが目指している障害者差別禁止条例の必要性を
 改めて実感したりもしました。
 (http://www.hide-fujino.com/problem/welfare/antistigma/index.html

 また、うれしい再会もありました。

 小中学校時代の顔見知りの後輩の方が
 グループホームにいらして元気そうな姿にとても感激しました。

 フジノはとてもラッキーだと思いました。

 こうして2時間を過ごして、1つハッキリと分かったことがあります。

 3月24日の活動日記には
 知的障がいのある人ともっと対話がしたいのだ、と書きましたが

 そんな人は存在しない、ということです。

 今日お会いしてお話した5人の方々は、
 僕にとって今日からはもう
 Aさん、Bさん、Cさん、Dさん、Eさん、という名前を持つ個人であって

 そのAさんにたまたま障がいがある、
 というだけの話なのです。

 文章で伝えるのは難しいのですが
 この感覚があなたにうまく伝わっているでしょうか。

 知的障がい者、という人間は存在しないのです。

 『藤野英明』という人間は存在しても
 『知的障がい者』という人は存在しないのです。

 藤野英明という人間の1つの側面として
 障がいがある、というだけの話なのです。

 1対1のカンケーで対話をしたり交流をしたりしたことがないと
 まるで『障がいのある人』という存在があるように感じてしまう。

 でも、それはあくまでも統計だとか手帳の有無だとか
 データ上での話でしかないのです。

 1人の尊い個人が名前を持って人生を生きていて
 たまたまその人の側面の1つに障がいというものがあるだけなのです。

 僕は、精神障がいについては
 僕の人生の半分以上の時間を通じて関わりがあるので
 そのことを理解していました。

 病気は個人の全てではなくて、
 個人のわずかないち部分でしかないのです。

 僕は、精神障がいのある方々と接する時に
 病気という側面を意識することはほとんどありません。

 今日は、知的障がいについても
 全く同じなのだということを体験として理解することができました。

 接しなければ、こんな大切なことが見えなくなってしまう。
 こんな当たり前のことを忘れてしまう。

 僕はそんなことにならなくて
 本当にラッキーでした。


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 2月に雑誌の企画で座談会をした時も、

 「知的障がいのある方々と1ヶ月くらい暮らしてほしい。
  自分たちの生活を知ってほしい」

 と言われました。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2008/feb4.html#roundtabletalk

 今日も、

 「フジノさんは今日しか来ないの?」

 と言われました。

 今日は2時間だけの滞在でしたが
 また機会があれば何度でもうかがいますよ〜。

 すでに、別の施設に勤めている方からもメールを頂いていますし、
 今年1年間はじっくりと知的障がいのある方々ご本人と
 対話と交流を重ねていきたいと思っています。

 お話してもかまわないよ、という方は
 どうかフジノにご連絡ください。

 よろしくお願いします!


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