おれをこきつかえ!政治家フジノ39才

「福祉のまち、横須賀」をめざして、今日も全力活動中(横須賀市議・2期目)

こども家庭福祉

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]

イメージ 1

(2009年2月11日(水)の活動日記)

● やはり同じ想いを共有できていた/4才のこどもの死亡事件

 介護士をしていた祖母が
 わずか4才のお孫さんを突き飛ばして死なせてしまった事件について
 (http://www.hide-fujino.com/diary.htm#090116-2

 あの裁判をずっと傍聴してきた人々は
 「フジノと同じ想いを抱いているはずだ」と信じてきました。

 けれども、残念ながらこれまでこの裁判について
 誰とも意見交換をする機会は無くて、今日まで来てしまいました。

 けれども、ようやく同じ想いの方を
 見つけることができました。

 (2009年2月11日・毎日新聞より)
画像参照

 フジノは1度も吉田記者とお話したことはありませんが
 きっとジャーナリスト魂を持つ方なのではないかと思います。

 裁判を傍聴した人しか、実母の存在を知りません。

 傍聴にはたくさんの記者が来ていましたが
 裁判結果だけの記事を書くだけならば
 (こどもを結果的に死なせてしまった)祖母の実刑判決だけを書いて
 終わりで済むのです。

 でも、2度とこんな事件を起こさせない、と願うジャーナリストならば
 そんなステレオタイプのことを書いて終わりでは済まないはずです。

 けれども、それは特集スペースでも与えられていない限り
 どこにも記すことができないものです。

 こうして神奈川県版というスペースに
 順番にコラムを書ける毎日新聞だったからこそ、という条件はあっても
 お茶を濁すような事柄を書いて終わりにもできたのを

 あえて1ヶ月前の事件について触れてくれたことに
 フジノはとても感銘を受けました。

 絶対に風化させてはいけない事件ですし、
 あまりにも真実が報道されていない事件だから。

 率直に、吉田記者のこのコラムは素晴らしいと感じました。

---------------------------------------------

 正式な来年度予算案の発表は行なわれてはいないので
 現時点では非公式な情報として読んでほしいのですが

 来年度予算案には、この事件を受けての
 横須賀市としての新たな対応が必ず載ることになります。

 それは、予算書ではわずか1行しか載りませんので

 この裁判を気にかけていたような
 こどもたちを虐待から守りたいと願う人々にしか
 見つけられないものかもしれません。

 でも、フジノはその1行を見つけた時に
 横須賀市の『良心』を見た気持ちになりました。

 ああ、4才のこどもの死はムダにならなかった。

 少なくともフジノはそう感じました。

 いずれ、正式に来年度予算案が発表された時には
 どういう新たな取り組みが成されるのかをお伝えしたいと思います。

イメージ 1

(2009年1月16日(金)の活動日記その2)

● 4才のこどもは何故、死なねばならなかったのか

 ついに昨日、7月に起こった
 4才のこどもが祖母に押し倒されて死亡した事件の判決が出ました。

 (事件について:http://www.hide-fujino.com/diary/2008/july6.html#080728

 これまでフジノは裁判を傍聴してきたのですが
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2008/nov4.html#081127

 昨日はどうしても
 判決を聴きにいくことができませんでした。

 現時点では、判決の全文を手に入れていないので
 あくまでも新聞報道にその様子を頼るしかありませんが

 複数の新聞がベタ記事でしか報じない中で
 毎日新聞が最も詳しく報じていましたので、記事を引用させていただきます。

 執行猶予はつかずに、懲役3年の実刑判決でした。


 (2009年1月16日・毎日新聞・朝刊より)
画像参照

 (画像では読めない方の為に全文を引用します)

 横須賀の孫暴行死:祖母に懲役3年判決
 地裁支部「しつけと言えず」

 養子縁組した孫のA君(当時4歳)を突き飛ばし死なせたとして、
 傷害致死罪に問われた横須賀市大矢部の介護士、B被告(46)に対し

 横浜地裁横須賀支部は15日、懲役3年(求刑・懲役5年)を言い渡した。

 猪俣和代裁判長は

 「しつけとは言えない犯行で、
  短絡的な動機・経緯に酌むべきところはない」

 と指摘した。

 弁護側は「衝動的犯行」と執行猶予付き判決を求めていた。

 判決は

 「事件の遠因は(育児放棄した)実母にあることは否定できず、
  養育によるストレスを受けていた中での衝動的犯行でもある」

 と一定の理解を示しつつも、

 「幼い命が理不尽にも失われた結果は重大」

 と退けた。

 判決によると、B被告は、
 事件約3カ月前に養子として引き取ったA君について

 「しつけがうまくいかない」

 と悩み、平手で顔を殴ったり、
 熱くしたライターの金属部分を手足に押しつけ謝罪を強いたりしていた。

 昨年7月26日午後9時45分ごろ、
 もういいかげんにしてほしいと怒りを爆発させ、

 A君の両肩を両手で突き飛ばし、
 フローリングの硬い床面に頭を打ち付け脳挫傷などで死なせた。
 【吉田勝】

 (引用終わり)


● 4才で死んだこどもは何故この世に生まれてきたのか?

 実刑判決は奪われた命の重さを考えれば、
 当然かもしれません。

 たとえ衝動的な行動であろうと
 人が人を殺めるということは、罰をもって償うべきでしょう。

 しかし、そんな一般論を語るのが今回の日記の目的ではありません。
 今回、裁判長の意見には、フジノは強く共感する点がありました。

 それは、

 「事件の遠因は(育児放棄した)実母にあることは否定できず、
  養育によるストレスを受けていた中での衝動的犯行でもある」

 という部分です。

 裁判を傍聴してきた中で、証言台に立った若き実母は
 フジノにとって、この事件での最重要な人物でした。

 証言に立つ時にも、
 裁判所には全く似つかわしくない肌の露出が多い服装で現れて

 さんざん泣いてB被告をののしる証言を行なったものの、

 自分の証言が終わると他の人々の証言を聴くこともなく
 あっという間に帰っていきました。

 弁護士、検察官、裁判官との質疑を通して
 語られた20代の実母の証言には、全く共感することができませんでした。

 その場その場しのぎで人生を生きて
 こどものことも本当に大切に考えてきたという彼女の言葉は
 上滑りしているようにしか受け止められませんでした。

 フジノは、この事件の本当の犯人は別に存在している、と書いてきました。
 本当の犯人は、2つ存在しているとフジノは考えています。

 1つは、物理的にAくんを死なせてしまったB被告です。
 このことは疑いようもありません。

 しかし、もう1つは、こんな生き方しかできない実母を
 生み落とした現代社会です。

 どんな理由があろうとも、こどもを棄てたのは、この実母でした。

 「連れ子がいるからつきあえない」と別れられた
 年下の男性との交際を復活する為に、

 「シングルマザーだとなかなか仕事に就けないから」と
 ウソの理由でB被告のもとへAくんを棄てていったのです。

 Aくんは、ある夜、何も状況の説明をされないままに
 突然、祖母であるB被告の家に置いていかれました。

 そのまま、実母は
 2度とAくんを引き取りにくることはありませんでした。

 また、他紙の報道によれば、
 すでに『示談』も済んでいるとのことでした。

 いきなり置いていかれたAくんの育児に必死に励んでいたB被告は
 戸籍の上でもAくんを養子縁組してあげていました。

 戸籍の上でもAくんとB被告は家族であるのに
 こどもを産んだというだけで
 現実的にはこどもを棄てた実母と
 何故あえて示談をせねばならないのか、フジノには理解できませんでした。


● 4才で死んだこどもを悼む為に政治が為すべきこと

 ほとんどのマスメディアが傍聴をしていたものの
 裁判の全てを報じることはスペース的にもできないですから
 この実母の存在が
 とりあげられたことはありませんでした。

 しかし、彼女(実母)のような『母親』の存在こそ
 政治家として『変えなければならない現実』だとフジノは確信しています。

 わずか4才で死なねばならなかったAくん。
 Aくんは、何の為に生まれてきたのだろう。

 実の母親からは、見捨てられてしまった。

 祖母(B被告)と祖父が誕生日には大きなケーキを作ってくれて
 一生懸命に愛情を注いで育てていこうと努力したものの

 Aくんには、祖父母の想いよりも
 実の母の帰りを待ち望む気持ちの方が強かった。

 でも、その実母は決して帰ってこなかったし、
 誕生日に電話1本かけてくるわけでもなかった。

 4才のAくんは、何の為に生まれてきたのだろうか?

 わずか4年の人生の中で、
 うれしかったことはどれだけあっただろうか?

 両親の突然の離婚、実母に引き取られて暮らした日々、
 またも突然に祖父母の家に置いていかれて、

 あまりにも激変する環境の中でAくんは
 祖父母がどれだけ愛情を注いでも
 それを受け止めることができないほどに
 不安と不信の日々にいたのだろうか?

 4才のAくんの死から、政治家として学ぶべきことはたくさん受け取りました。
 きっと、横須賀市の児童相談所のみなさんもそうだと思います。

 いまだ母親や父親になる準備もできていない
 ただ肉体的に性的に成熟していて精神的には未熟な2人が

 こどもは生んだものの、
 こどもを育むという意識が2人ともに無くて

 お腹を痛めて生んだこどもだから
 こどもを愛するというこころは確かにあっても

 こどもの為に自分たちの暮らしを犠牲にするくらいなら
 こどもは棄ててしまえばいいという程度にしか
 こどもを想えない親の存在が、ものすごく多くなっています。

 こうした社会状況を変えることだけが
 4才で亡くなったAくんを本気で悼む為に
 政治家としてできるたった1つのことだとフジノは信じています。

 家族も地域社会も崩壊している現在の社会において、
 こどもたちをどうやって守るのか。

 こどもを生んだだけの物理的な親を
 本当の親に成長させるために為すべきこと。

 もちろん、政治の力だけではできない。
 だけど、政治がやらねばならないことはたくさんある。

 しかもそれは絶対に現実を変えることができる。

 Aくんのような悲しき人生を送るこどもが
 2度と現れないように、
 政治家にはやらねばならないことがたくさんある。

報道への違和感

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

(2008年11月28日(金)の活動日記その1)

● 報道への違和感

 昨日の活動日記に記した、
 4才のこどもを祖母が死亡させてしまった事件の裁判について
 新聞各社が朝刊に記事を載せていました。

 どの社の記事を読んでみても
 検察側の意見と、
 求刑(検察側が何年の処罰を裁判長に求めたか)を
 メインに書かれています。

 (2008年11月28日(金)の朝日新聞・朝刊より)
写真1枚目

 (2008年11月28日(金)の東京新聞より)
写真2枚目

 かろうじて、毎日新聞は
 弁護側が「執行猶予」を求めたことを記しています。

 (2008年11月28日(金)の毎日新聞・朝刊より)
写真3枚目

 これまで34年間、毎日、新聞を読んできたのですが

 自分が傍聴してきた裁判についての印象が
 こんなにも記事になると全く違ってしまうのかということに

 今さらながら、大きなショックを受けています。

 もちろん、新聞記事という限られた紙面の中で
 文字数のカンケーで全てを書きつくすことができないのは
 分かっています。

 けれども、これらの記事から受ける印象は、
 鬼畜のような祖母の姿です。

 熱せられたライターの口金部分を押しあてたり
 顔を平手で数回殴ったり、

 おもらしをしただけで怒りが爆発して
 最終的にこどもを殺してしまったり...。

 でも、フジノが傍聴してきた現場では
 この印象とは全く逆の感じ方をしました。

 もともとフジノは心理学を専攻していることもあって、

 何かの結果が起こるには、
 それが起こるに到った過程を見据えなければ
 何も解決しない、といつも考えます。

 確かに、こどもが死んでしまった1日前の状況だけをみれば
 これらの新聞記事が書いたとおりです。

 でも、裁判では、そこに至るまでの
 社会的な背景や、あらゆる対人関係や、心理的な動きが

 4時間以上にわたって
 被告、検察官、弁護士、3人の証人、3人の裁判官によって
 少しずつ少しずつ明らかになっていきました。

 フジノの意見は、すでに昨日書いたとおりです。

 報道というのは本当に難しいものだと
 つくづく感じました。

イメージ 1

イメージ 2

(2008年11月27日(水)の活動日記その1)

● 4才児は何故、死なねばならなかったのか

 今日は、裁判所へ傍聴に行ってきました。

 7月に起こった、
 4才のこどもが祖母に押し倒されて死亡した事件の裁判です。

 (詳細はこちら:
  http://www.hide-fujino.com/diary/2008/july6.html#080728

 雨の降る中、裁判所へ向かう坂をのぼりながら
 この悲しみに満ちた事件のことを改めて想い返しました。

 もちろんどんな死も悲しいけれども
 これは、あまりにも悲しい事件でした。

画像1参照

 始まる20分ほど前に到着すると、
 児童相談所長をはじめとする
 こども育成部の課長や担当者が傍聴に来てくれていました。

 かねてから、

 「どうかこの裁判の傍聴に来てください」

 と、フジノは児童相談所の方々に
 お願いをしてきました。

 基本的に、児童相談所というのは
 こどもとの関わりが終わってしまったら
 もうそれ以上は、公務としては関わる義務が消えてしまいます。

 今回の事件ではすでにこどもが死亡してしまった訳ですから
 児童相談所が『関わる義務』は無くなっています。

 したがって、裁判を傍聴する『義務』もありません。

 けれどもフジノは、少なくとも刑法上の判断が下されるまでは
 この亡くなってしまったこどもに対する
 本市の義務は消えないのだと考えています。

 目の前の結果だけではなくて、
 あるいは法的な報告書の提出だけではなく、

 何故このような悲劇が起こったのかを
 深く掘り下げなければ、再発は防げないのだと僕は考えています。

 その為にも、くりかえし傍聴をお願いしていた訳ですが
 実際に傍聴に来てくれて、本当に良かったと感じました。


● こどもを本当に殺したのは何だったのか

 政治家は市民のみなさまの目や耳のかわりですから
 政治家として得たあらゆる情報はいつも全てオープンにするのですが

 今日の裁判での詳しい内容は、
 ここに記すべきではないと判断しました。

 ただ、フジノの考えは、傍聴を終えた今も
 7月のこの活動日記に書いた考えと全く変わりませんでした。

 (http://www.hide-fujino.com/diary/2008/july6.html#reason

 物理的には、確かに報道のとおり
 祖母がこどもを押し倒したことが死亡の直接の原因です。

 裁判でも、被告である祖母は完全にそれを認め、
 事実を争点にすることはありませんでした。

 そして、検察側は実刑として懲役5年を求めました。
 弁護側はそれに対して執行猶予を求めました。

 2ヵ月後に判決が出ることになります。

 けれども、フジノは裁判のあいだずっと
 いや、今もずっとこの想いが消えません。


 「こどもを殺してしまったのは、本当は誰なのか?」


 フジノが考えるこの悲しき事件の
 本当の犯人は祖母ではありません。

 確かに、物理的にも、刑法的にも、
 こどもを殺してしまったのは事実です。

 けれども、フジノにはそれが
 『本当の答え』だとは全く考えられないのです。

 彼女を処罰したとしても、
 このまちの児童虐待は絶対に無くならないでしょう。

 仮に有罪の判決が出てこの事件が終わったと考えるならば
 こども家庭福祉に関わる人間として、失格です。

 僕は、祖母をかばっているのではありません。
 また、特定の誰かを犯人扱いするつもりでもありません。

 そうではなくて、

 「この事件が起こった背景を、絶対に無視してはいけない」

 と言いたいのです。

 その背景を意識して政治・行政は動がねば、
 こうした悲劇はこれから先も何度でも起こるでしょう。

 裁判を傍聴していない市民のみなさまには
 フジノがいったい何を伝えたいのかは
 この文章では理解してもらえないのは分かっています。

 また、誤解を与えかねない文章である危険性も
 十分に承知しています。

 それでも、プライバシーを守る為に書ける範囲で
 フジノが市民のみなさまに今お伝えできることは、以上です。

 たくさんの傍聴席の人々が裁判のあいだ、
 ずっとたくさんの涙を流していました。

 僕は、こぼれそうになる涙をひたすら堪えて、
 同じような事件を2度と起こさない為に
 政治・行政ができることとやるべきことを必死に考えていました。


-----------------------------------------------

 やがて、定刻を大幅に過ぎて
 裁判は終わりました。

 外は、真っ暗になっていました。

画像2参照

 わずか4才のこどもの失われた命。

 何の為に生まれてきて、
 そして消えていかねばならなかったのか。

 その死をムダにしない為に
 僕たちはこの死から絶対に学ばなければいけない。

イメージ 1

(2008年9月4日(木)の活動日記その2)

● 出産した時にもらえる一時金が増えることは増えるのですが...

 今日は、国民健康保険運営協議会を傍聴しました。

 (http://www.yokosuka-benri.jp/db/g_info/l100050712.html

 これは、国民健康保険法にもとづいて
 横須賀市が設置しているものです。

 メンバーは、こうした方々です。

 (1)保険料を支払っている方々(被保険者)を代表する方(5人)
 (2)保険医または保険薬剤師を代表する方(5人)
 (3)公益を代表する方(5人)
 (4)被用者保険等保険者を代表する方(1人)

 ひとことで言うならば
 国民健康保険の運営について意見交換をする場ですね。

 今日の議題は5つで、

 ・平成19年度決算について
 ・平成20年度の現状
 ・特定健診、特定保健指導について
 ・出産育児一時金の支給額の決定について
 ・その他

 でした。

 赤ちゃんを出産した時に国民健康保険から
 現在は35万円の出産育児一時金が支給されています。

 これが平成21年1月1日から3万円、増額されて、
 38万円がもらえるようになります。

 でも、これは決して出産時にかかる費用の負担を
 サポートしようという意図ではありません。

 今後、新たに設置される医療事故に対応する保険のせいで
 産科での『分娩費用』が約3万円、値上がりする見込みです。

 つまり、出産する時に市民の方が病院で支払う費用が
 3万円値上がりする見込みなのですね。

 その3万円分を国と市の補助で上乗せする、というものです。

 フジノとしては、現在の出産育児一時金を増額して
 出産費用の市民負担をゼロ円にすれば良いと考えています。

 ただでさえ、全国的な産科医の不足で
 横須賀市民の方でも他のまちで出産をしている方々がいる現状で
 出産には多額の費用がかかります。

 だから、せめて出産費用は全額を税金から出す、というように
 思い切った予算配分をすることも必要だと考えています。


● 『無保険』のこどもを守らなければならない!

 さて、この数日間にわたってメディアでとりあげられている
 『無保険』のこどもたちの存在、という問題があります。

 以下、共同通信社の記事を引用させていただきます。

-------------------------------------------------

 「無保険」児童の調査開始 厚労省、受診控え懸念も

 親など保護者が
 国民健康保険の保険料を滞納したため

 医療費がいったん全額自己負担となるなど
 「無保険」の状態になった子どもについて、

 厚生労働省は2日、
 全国の地方自治体を通じて実態調査を始めたことを明らかにした。

 保険料を1年以上滞納すると、
 保険証を返還して代わりに資格証明書を交付され、

 医療機関で受診すると
 窓口で医療費をいったん全額支払うことになる。

 経済的に苦しく滞納している世帯では、
 子どもが病気になっても医療費が払えず
 受診を控える恐れがあり

 「責任がない子どもに犠牲を強いるのはおかしい」

 と見直しを求める声が上がっている。

 2007年6月現在で
 資格証明書を交付されたのは約34万世帯。

 厚労省は今回、この中に乳幼児と小学生、中学生が
 どれだけいるか9月末までに報告させ、
 10月中旬にも調査結果をまとめる予定。

 (引用終わり)

-------------------------------------------------

 今日の運営協議会が終わった後で
 健康保険課長にヒアリングをしたのですが

 残念ながら横須賀市にも
 『無保険』のこどもが約30世帯で存在することが分かりました。

 約30世帯のうち、何名のこどもがいるかまでは
 詳細には分かっていません。

 横須賀市としては
 親たちにしっかりと国民健康保険料を支払うように
 指導をする以外に方法は無いとのことでした。

 ほとんどの場合、幼いこどもがいる世帯では
 こどもは小さい時ほどいろいろな病気にかかりやすいので
 病院にかかることが多いことから

 国民健康保険料を支払っている割合が高く、

 この約30世帯というのは
 家計があまりにも厳しくて支払えないという理由では無い、
 という分析を横須賀市では行なっています。

 (経済的に厳しいご家庭には分納をおすすめしたり
  様々な形での相談・指導をしているとのことです)

 フジノは、こういう親が意図的に支払わないが為に
 こどもが『無保険』になってしまうような状況は

 児童虐待のひとつである
 ネグレクト(育児放棄)にあたるのではないか

 と、個人的には考えてしまいます。

 まだ、児童相談所にはヒアリングをしていないのですが

 こうした親たちに対しては
 国民健康保険の担当部署ではなくて
 児童相談所のケースとして対応すべきではないのだろうかと
 フジノは考えます。

 いずれにせよ、こどもたちを守ることが最も大切です。

 横須賀市としてやるべき対応をしっかり行ない、
 必要な医療が受けられないような
 『無保険』のこどもをゼロにするようにしていきたいです。

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
政治家フジノ39才
政治家フジノ39才
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事