|
(2009年6月10日(水)の活動日記その1)
● 父のお見舞いと医療費の支払いへ
今日は、夕方から父のお見舞いへ行きました。
僕は、毎月必ず月はじめに医療費の支払いに行かねばなりません。
病院側の方針で、全ての患者さんのご家族は
1日でも多くお見舞いに来てもらう為に
入院費用の支払いは病院の受付での直接でのやりとりのみで
銀行での振込みとか引き落としは無しなのですね。
でも、先月は忙しすぎて病院に行ったのが月末になってしまいました。
(http://www.hide-fujino.com/diary.htm#090520-2)
そのことで病院にも迷惑をかけてしまったし、
やっと同じ県内に父を転院させることができたのに
なかなかお見舞いに行けないことは僕にも大きなストレスでした。
今月にはもう今日の午後しかスケジュールの空く日がありません。
ふだんは議会シーズンには
プライベートの用事は入れないようにしていますし
今は6月議会のまっただなかですが、
やむをえず今日、病院へ向かうことにしました。
--------------------------------------------------
お見舞いに『行く』のはとてもイヤです。
行く時にはつらいイメージしか沸かないからです。
実際には『帰る時』にはたくさんのエネルギーをもらったように感じるので
お見舞いを終えると「ああ、行ってきて良かった!」と思うのですが
『行く』という決心をするのはなかなか難しいのです。
それこそ医療費を支払わなければならないという義務が無ければ
なかなか足が病院へ向かってくれません...。
しかも、僕はパニック障がいなので
江ノ電の混雑が大のニガテです。
特に最近は忙しくて眠っていないので
睡眠時間が少なかったり疲れていると
クスリをのんでもパニック発作が出やすくなってしまうのです。
今日もまた、観光客で鎌倉はいっぱいでした。
僕は逃げ出したい気持ちでいっぱいになりました。
画像参照
そこで、友達にメールをしてわざと宣言してみました。
「いま鎌倉。お見舞いに行ってくるよ」
するとすぐに
「お父さんから元気をもらっておいで!」
と、こころのこもった返事をもらいました。
彼女は先月おじいちゃんをみとったばかりなのですが
おじいちゃんが闘病の為に入院していた半年間は
彼女がお見舞いに行かれるように
逆に、僕の方が背中を押していました。
彼女はシングルマザーでお子さんが2人いて、
複数の仕事をかけもちしながら長い時間を働き続けているので
毎日とても忙しくて
なかなかお見舞いに行く時間を作ることができません。
でも、末期がんだったおじいちゃんとの
最期の時間を一緒に過ごしたいという気持ちが
とても伝わってきていました。
「おじいちゃんコだったからお見舞いに行きたいんだけど
なかなか休暇を取るふんぎりがつかなくて...」
と迷っていた彼女に、
僕はときどきメールを打って、
「お見舞い、行かれた?」
とか
「がんばってこどもたちとお見舞いに行っておいで」
と、やんわりと促し続けました。
ムリ強いされているような気持ちだとか
追い込まれないくらいの頻度で、ごく時々に。
でも、みずからお見舞いに行こうという勇気が出るくらいの頻度で。
この頻度というかタイミングは
闘病中の家族を持つ人間にしか分からないものがある気がします。
家族は、とても自責感を持ちやすいのです。
いつでも、「行かなければ」という気持ちを抱えているのです。
だから、何気ない言葉でもけっこうズシリと傷つくのです。
今、彼女はもうすぐ四十九日の法要を迎えるのですが
笑顔でおじいちゃんのことを語ることができています。
本当にとても良いことですよね。
やっぱり、最期のその瞬間を見送ることができなくても
「できる限りのお見舞いに行けた」という気持ちは持てるということが
人には、とても大切なことだと思います。
僕も、やがて来るその日にそなえて
笑顔でいられるように、しっかりとお見舞いに通いたいです。
(つづく)
|