おれをこきつかえ!政治家フジノ39才

「福祉のまち、横須賀」をめざして、今日も全力活動中(横須賀市議・2期目)

プライベート・家族

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(2009年3月21日(土)の活動日記その2)

● 猫カフェ@石川町へ

 世の中は、3連休の中日の上に天気も快晴ということで
 外を歩いている人々はみんなとても幸せそうな笑顔でした。

 そんな雰囲気を僕も少しだけ味わおうと決めて
 仕事の用事が横浜であったのですが、

 その合間に、かねてから興味があった
 『猫カフェれおん』へ行ってみました。
 (http://www.nekocafe-leon.com/

 ここには、猫とたわむれることができるスペースとカフェがあって、
 ごはんを食べたり、お茶をしたり、猫スペースで猫と遊ぶことができます。

 フジノもぺペロンチーノを注文してから、
 配膳されるまでの間、さっそく猫スペースへ。

 どの猫もかわいいですね。

写真1枚目

 3連休だからなのか、猫好きの人が多いからなのか、
 僕が行った時間帯はとてもたくさんのお客さんが来ていました。

写真2枚目

 フジノのようにアパート住まいで
 猫好きなのに猫が飼えないというような人々にとっては

 自由に猫たちとくつろぐことができる
 猫カフェは、癒しの場になっているようです。大盛況でした。

写真3枚目

 やはり僕は、自宅で歴代にわたって
 真っ白い猫を飼ってきたので、白い猫に惹かれました。

写真4枚目

 そこで、エサ(別売り)をあげてみました。

写真5枚目

 お昼ごはん時なので猫も元気いっぱいにごはんを食べてました。
 僕のてのひらのエサを両手で必死に押さえている姿が
 とてもかわいらしいです(笑)

 おーい、ごはんは逃げないぞー。

 そして、この『猫カフェれおん』の店長である
 マンチカンという種類の猫である、れおん。

写真6枚目

 何よりも寝るのが大好きで1日の起きている時間は
 わずかだそうです。あまり寝ないフジノと、れおん店長は対照的ですね。

写真7枚目

 この気持ち良さそうな寝顔を見てると
 僕も一緒にぐうぐうと眠りたくなってきます。
 いいですね〜。

 ごはん(フジノのです)の時間も入れて
 合計60分の滞在は、あっという間に過ぎていきました。

 フジノのように仕事の合間の気晴らしに
 野良猫を探しながらウォーキングをするような猫好きには
 とてもくつろげるカフェです。おすすめです。


● 旧友との再会。

 猫カフェ@石川町での食事を終えて、
 横浜での仕事に戻り、バリバリと働いて仕事を終えたフジノは
 続いて、関内へと向かいました。

 同い年の親友がまもなく誕生日(3月27日)なので
 プレゼントを買いに行きました。

 かつてのカフェトークの会場であった『BUENO』の
 元店長だったAさんのやっているイタリアワインのお店へ行きました。
 (http://www.hide-fujino.com/communication/cafetalk/2007/1229.html

 おいしいワインがたくさんそろっているそうなので
 親友へのプレゼントにしようと決めて、
 Aさんとの再会をかねて、ここへやってきました。

 1年ぶりくらいの再会かなあ...。

 ふだん、なかなか友達とは会えないので
 この再会はとてもうれしいです。

写真8枚目

 フジノ&Aさん。そして、巨大なチーズ! 

 ここは販売がメインのお店なのですが
 小さなカウンターがあって、少しだけ飲むことができるのですね。

写真9枚目

 再会を祝って、1人で乾杯するフジノ。
 Aさんが仕事中なのでフジノ1人で飲んだくれて
 クダを巻きまくりました(笑)

 「うがー、もっと酒、持ってこいや!」

 みたいな(笑) 

 (当然ながら冗談ですよ〜。フジノはふだんからお酒をほとんど飲まないので
  ひとくち飲んだだけで顔がすぐ真っ赤になるタイプです。
  上の写真は、顔が赤いだけで、いつもどおりのフジノです...)

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 夜、さっそくゲットしたワインを持って
 親友のもとへと向かいました。

 親友には家族ぐるみでお世話になっているので
 家族と一緒におじゃましました。

 お互いに34才。

 フジノは4月生まれなので、まもなく35才。
 あっという間。

 でも、全力を尽くしてお互いに生きてきたんだよなあ、と思う。
 たぶん、僕も彼も人生に悔いはあまり無いと思う。

 彼が言葉に出すことは無くても
 本当に厳しい人生を歩んできたことを僕は知っている。

 決してぐちをこぼすこともない彼の姿を僕は知っている。
 みんなをハッピーにしようといつもムードメーカーでいる彼のまわりは
 たくさんの笑顔があふれている。
 そんな彼に励まされて僕もまたハッピーになる。

 いつか僕がおかえしできないといけないなあ。

 これから先の人生も、お互いに前を向いて歩いていこうね。
 まだ数日先だけど、ハッピーバースデー!

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● ロックの学園、森純太さんの『ロックの授業』へ

 世の中は祝日でも、政治家にはカンケーありません...。

 予算議会の最終日に向けて
 全ての議案に対するフジノの態度(賛成か反対か)を決める為、

 毎日、明け方までインターネット録画中継で
 フジノが所属していない3つの委員会を傍聴しています。

 それが昨日の朝に何とか終わったので
 今は最終日に行なう『討論』の原稿を書きあげる為に
 資料を集めたり、徹底的に調べものをしています。

 という訳で、いつもどおりにとても忙しくて

 旧・三崎高校跡地で開催されている 
 『ロックの学園』に出かけたくても
 全く事務所を出られません...(涙)

 (ロックの学園HP:http://www.rocknogakuen.jp/

 僕がどうしても行きたかった理由は、
 夕方16時30分から始まる『ロックの授業』にて
 (http://www.rocknogakuen.jp/about/coursework/

 僕の大好きなバンド『JUN SKY WALKER(S)』のギタリスト、
 森純太さんが講師をするのです。
 (森純太さんHP:http://morijunta.com/mj/

 すでに会場の中で観る為の整理券は
 朝10時40分から配り終えられていて、

 会場内で、観られないのは決定済み。

 でも、別の教室で生中継(パブリックビューイング)があるので
 とにかく会場に行きさえすれば、無料で観られるのです。

 だから、15時30分になった時、
 (1時間あれば、何とか事務所から三崎高校まで行かれます)

 とにかく全ての仕事を途中で放棄して
 バイクに飛び乗って、出発しました。

 去年1年間、あれだけ心身ともに過労な日々を
 死なずに生きのびられたのは、
 1年間限定で復活してくれたジュンスカのおかげ。

 しかも、ギターの純太さんは、バンドが解散してからも
 ソロ活動も別のバンドでの活動も追いかけてきたくらいに大好き。

 彼の音楽があったからこそ、
 今の僕がある。

 とにかく三崎へ。ただひたすら走るしかない。
 祝日でとても道路が混んでいました。

 信号で止まるたびに、渋滞に巻き込まれるたびに、
 僕は何度も何度も腕時計を見てしまいました。

 間に合わない...。あきらめて、帰るか?
 いや、間に合わなくても、途中からでもかまわない。
 とにかく前に進むんだ。

 うおー、とか、ぐあー、とか、久しぶりに
 ヘルメットの中で叫びながら迷いを断ち切りました。


● がんばった人は神様が見ているものだ

 そして、16時30分ちょうどに
 旧・三崎高校跡地の『ロックの学園』に到着しました!

 どこがお目当ての『ロックの授業』の会場なのか
 全く分らないので、とにかく玄関から走りまくって階段を昇りました。

 3階まであがってやみくもに廊下を走るのですが
 よく分らないまま。落ち着いて地図を見るとかムリ。

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 そんな時、2階に下りたところで
 1人の男性と目が合いました。

 その人は僕の着ているパーカー(by森純太)を指さして
 笑顔で話しかけてきました。

 「お、カッコいいやつ、着てるじゃん」

 そりゃそうだよ、他人に何と言われようとも
 僕がこれをずっと着続けているのは
 あなたのパーカーなんだから。

 なんて返事をすることもできないままに
 僕は完全にフリーズしてしまって

 目の前にいる森純太さんに、なかなか返事ができませんでした。

 まわりを取材陣(カメラさん、音声さん)に囲まれたまま、
 なんと森純太さん本人が
 僕に話しかけてくれたのでした。

 「純太さん、この後がんばってください!」

 「おー、ありがとう!」

 それしか言えずに僕は
 とにかく純太さんの後についていきました。

画像2枚目

 そのまま会場までついていくと、
 たくさんの入り待ちの方々がいました。

 1人1人に握手してあげたり、プレゼントを受け取ったり、
 とても親切な純太さん。そして、ついに会場の中へ。

 僕は会場には入れないので、
 別の会場で行われている生中継(パブリックビューイング)を観る為に
 別の階へと走っていきました。

 でも、生中継が観られる教室も満員で
 中には入れないままに、廊下で声だけ必死に聴きました。

 30分間の授業は、あっという間でした。

 ファンというものは我ながら不思議なもので
 今日のお話のほとんど全ては知っていることばかりなのですが
 それでもうれしいものですね。

 授業が終わると、大急ぎで
 授業の会場へ向かって走りました。

 もちろん、『出待ち』です!

 出てきた純太さんは、たくさんの人々に囲まれながら
 スタッフの方々と共に会場を後にしました。

 僕は来た時と同じように、純太さんの後ろに付いていきました。

 やがて純太さんは、控室に入っていってしまいました。
 もちろん僕たちファンは、入れません(当たり前ですね)。

 でも、僕はこのまま、30分くらいは粘ろうと決めました。

 こうやって遭遇できたのはきっと
 この3か月間、死んでもおかしくないくらいに働いてきたから

 たぶん神様が僕のがんばりを
 見てくれているからではないのかという気がしました。

 (寝不足すぎておかしくなっていたのかもしれません)

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 そして、30分後、奇跡が起こりました。

画像4枚目

 まさかのリアル森純太さんと
 2ショットです。

 信じられない。

 でも、強く願えば、必ず叶う。
 必死に努力し続けていれば、願いは必ず叶う。

 そんなジュンスカの世界観そのままに
 僕なりに必死に努力して生きてきたんだ。

 この奇跡も決して不思議ではないと感じている自分がいました。

 握手も何回もしていただいて、サインまでいただきました。

 僕がこんな風に写真を撮ってもらったのを見て
 まわりのファンの方々も純太さんに写真を撮ってもらってました。

 手が震える、というファンの方が居たので
 僕がカメラを順番に預かって、
 シャッター押してあげる係みたいになりました(笑)

 でも、僕も足が震えていました。
 中学時代からの憧れの人とすぐそばで過ごす、というのは
 本当にすさまじい衝撃です。

 ほんと、みんな良かったですね。

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 政治家フジノが「ジュンスカを大好きだ」ということは
 このHPでも、いろいろなメディアの取材でも、
 あらゆるところで話してきたせいで

 今年の『ロックの学園』に森純太さんが来ることが決まった時に
 わざわざ教えてくれたメディア関係者の方々がいるのですね。

 その方々に、

 「絶対に2ショットで写真とってもらいます」

 なんてフジノは言い続けていたのですが
 ふつうならば、冗談だと思うでしょう?

 でも、こころのどこにも僕は
 それを冗談だと思っていなかったんです。

 そう自分に言い聞かせ続けることで
 絶対にそうなる、実現する、と信じていた自分がいました。

 人生って、時々は良いことあるね。
 明日も何とか生きのびれそうだ。

 純太さん、サイコー!
 本当にありがとうございました!

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(2009年3月14日(土)の活動日記)

● 父のお見舞い&入院料の支払いへ

 自分が所属していない3つの委員会の予算審議を
 インターネット録画中継で朝まで観続けて

 明け方に4時間ほど寝て
 すぐ起きて仕度を始めたのですが

 慢性的な寝不足から、曜日と日付の感覚が全く無くなり、
 雨戸を開けなければ時計を見ても
 朝なのか夜なのか分からなくなりました。

 それでも「えいや!」と飛び起きて、
 今日はまず鎌倉へ。

 静岡県・熱川温泉病院から2月16日に転院を果たして以来、
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2009/feb4.html#090215-2
 ようやく、おやじのお見舞いに行きます。

 予算議会のまっただなかなので
 プライベートな用事の為に時間を使うことに
 罪の意識を感じつつも

 かばんに大量の予算議会資料を詰め込んで
 とにかく電車に乗りました。

 転院した病院の良いところは、
 『入院料の支払い』が
 『口座からの自動引き落とし』ではダメなところ。

 きちんと病院を毎月訪れて
 『手渡し』で清算しないといけないのですね。

 これならば、僕みたいな仕事中毒人間でも
 支払いの為に足を運ぶと同時に
 お見舞いが成される、というメリットがあります。

 やっぱり、意識があろうとなかろうとカンケーなく、
 家族の声、家族が手や頬に触れること、そばにいることが、
 最大のケアですよね。

写真1枚目

 転院した病院は、江ノ島のそば。
 さすがに熱川とは違って
 予算資料を読んでたらあっという間に到着しました。

 やっぱり「病院が県内にある」って
 ラクで助かります。

 今日の海は、とても波が高かったです。

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 父の病室は4人部屋です。

 大部屋に空きが出ないので『差額ベット代』を支払っています。
 (この金額が毎月になっちゃうと、僕の財政的にはかなりキツイ...)

 同じ病室の、隣のベットの方が
 もともと横須賀市民の方でした。

 いつもお見舞いに行くと、
 フジノが政治家として「おかしい」と訴えていることの
 リアルな姿を改めて目の当たりにします。

 自分の訴えの正しさを、改めて実感します。

 うちのおやじもこの方も、横須賀には居られない。
 地元には居場所が存在しないからだ。
 (http://www.hide-fujino.com/dispute/generalquestion/2008/1204.html#criticalcondition

 それは、政治・行政に責任がある。

 こんな現実がまかり通っている国はおかしい。
 医療政策はとにかく財政を抑えることしか考えていないから
 誰も幸せにできていない。最低だ。

 国がどれほど無能で無策でダメでも、
 地方自治体の権限でやれることは全てやればいい、とフジノは考えて

 これまでもフジノはいろいろ提案してきましたが、
 蒲谷市長はそうした提案をことごとく拒否しまくりました。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2008/dec3.html#ourpain

 一体、何なんだ?

 総理も厚生労働大臣も市長も
 自分だけは年を取らないとでも信じているのだろうか。

 あるいは、自分たちだけは大金を使って
 最高の医療を受けられるから
 こんなひどい医療体制でも何も心配は無いというのだろうか。

 こんな日本、こんな横須賀のままでは絶対にダメだ。
 ふつうに暮らしている僕たち市民にとっては
 誰も『長寿を喜べない社会』になってしまった。

 本人も家族も追い込まれて、とても苦しんで生きている。

 こんな社会は、絶対に変えなければならない。
 今だって遅すぎるくらいだ。今すぐ変えなければいけない。

 世の中は今、いろんなことが本当にめちゃくちゃだ。
 特に政治は最低だ。

 政治は命を守るのが仕事だ。
 その当たり前が今は完全に機能していない。

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 予算議会の資料の読み込みがまだ全く終わっていなかったので
 ひたすら電車移動の時間を使って資料を読みたくて

 家族が「一緒にお見舞いに行こう」と言うのを断って
 今日は、僕1人だけで来ました。

 でも、逆にそれがとても良かったです。

写真2枚目

 おやじと1対1でじっくり語り合えました。

 たまには男同士でいろいろ語り合うのもいいよね。
 1時間近く、2人でじっくりと語り合いました。

 僕には、おやじが生きているというその事実だけで
 とてもすごくうれしい。

 おやじは何も僕に語ることができなくても
 僕の声が物理的には届いていなくても

 僕はおやじの存在に助けられている。

 家族や親戚から僕は頼られることが多くなってきて
 自分が頼れるような身内はいなくなってしまったけれど、

 おやじの存在には、いつも頼っている。

 おやじが、生きているから
 僕も何とか生きていかれる。

写真3枚目

 そう言えば、最近このHP・ブログを読み始めた後輩が

 「お父さんの写真まで載せていてスゴイですね」

 と言ってたけど、現実を知ってほしいからだよ。

 だって、人間って想像力があるから
 もっと他人の痛みを理解してくれるかと信じて期待していたけど
 世の中は全然、他人に関心なんて持ってくれない。

 リアルな姿を見せる以外に、
 他人のことをイメージしてもらう手段が無いんだよ。

 だから、自分のことも、おやじのことも、なるべく世間に知らせているんだ。

 何年も前に決心したことだけれど、
 自分の父親の姿をこうして世間にさらすことは
 息子として本当に苦しい。

 警察官時代には白バイ隊員だったカッコいいおやじの姿を
 覚えている僕にとっては、特にそうだ。

 でも、今のこの姿だって、カッコいいと思う。
 おやじ、闘ってるもん。

 おれだって、闘うよ。


● 祖父宅へ

 鎌倉を後にして、江ノ電で藤沢駅へ向かって、
 JRに乗り換えて、平塚の祖父宅へ。

 明日は、祖母の命日なのです。

 いつも仕事にかまけてばかりの僕は
 年末年始さえも、おじいちゃんの家に行けませんでした。

 親戚一同の中で誰よりも僕は
 おじいちゃん子なのに、本当に忙しくて動けなくて
 さみしい気持ちでした。

 そこで、父のお見舞いとあわせて「エイヤ」と決心しました。

 実は、昨年暮れからおじいちゃんには心配なことがあって、
 これまで右耳の聴力に問題は無かったのに
 ついに聞こえが悪くなってしまったのです。

 左耳は医療ミスのせいで
 10年前からほとんど聴こえなかったのですが
 これで両方の耳の聴力が厳しくなってしまいました。

 そこで補聴器をつけはじめたそうで
 それを聴いてすぐに会いに行きたかったのですが、
 数ヶ月が過ぎてしまいました。

 だから、ようやく会うことができました。

写真4枚目

 明日が命日のおばあちゃんにお線香をあげて
 予算議会の最中だから、と
 滞在わずか1時間であっという間に帰ったのですが

 祖父と会うたびに 
 本当に会えて良かったと感じます。

 父と祖父と会うことだけが、僕にとって
 生きていくことに安心と信頼を無条件で感じることができます。

 対世間では、政治家としてフジノは
 『希望』を語らなければいけない立場にあります。

 でも、個人としての僕にとって
 唯一の『希望』は、父の存在であり、祖父の存在です。


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 さあ、仕事に戻らなければ。
 また朝まで仕事だ。がんばろう。

転院、出発の朝

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(2009年2月16日(月)の活動日記その1)

● 転院、出発の朝

 ついに今日、伊豆を発ちます。朝からとても緊張しています。

 浅く短い眠りから起きてまずインターネットを開いて

 アメリカ海軍のイージス艦と
 日本の民間のプレジャーボートが衝突した事件の続報を読みました。
 (http://www.hide-fujino.com/diary.htm#collision

 アメリカ海軍が調査に協力しない姿勢をとっている、とのこと。
 日米地位協定に、公務中の事件は
 米軍の捜査が優先されるとの条項があるから、ということらしい。

 あまりにも馬鹿げています!

 アメリカ海軍はすぐに調査に協力すべきです。
 日本国内で起こった事件は、日本が捜査するのが当たり前です。

 日本はアメリカの植民地ではないのだから、
 いいかげん偏った地位協定は改正すべきです。

 確か、今日はクリントン氏が来日するはず。
 その会談の場で外務大臣か麻生総理がこの問題を発言すべきです。

 民間救急車で移動中も、ケータイでニュースはチェックできるので
 時々この件についてチェックしつづけていかなければ...。

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 朝食。サラダとフルーツがたくさん使われていて、おいしい。

 今日は移送が終わるまで僕もごはんが食べれないので、
 このごはんをしっかり食べれば元気が付きそう。

 でも、父さんは移送に備えて
 朝食も昼食も抜きなんだよな...。

 僕だけ食べるのは気がひけるよ。父さん、ごめん。

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 ペンションに泊まったので、食事も食後も
 宿泊している人たちは大きなリビングで会話をしなければいけなくて

 (義務な訳じゃないけれど、ユースホステルと同じで
  会話好きなオーナーが居て、自然に集まるという感じかな)

 そこで滞在理由を尋ねられたので
 父の転院の為ですとすなおに答えたら

 他の宿泊客である中高年のご夫婦から
 さんざん褒められたり、たくさんグチられたりしてしまいました。

 たくさんお酒を飲んだオーナー&このご夫妻に
 僕と僕の父のことを酒の肴にさんざんされて

 それぞれの持つこころの痛みや悲しみを
 たくさんたくさん聴かされて、昨夜は疲れ切ってしまいました。

 どこに行っても、プライベートでも、
 いつも僕は仕事をさせられているなあと
 つくづく感じました。本当にきつかったなあ...。

 だから朝食の時、そのご夫婦がとても静かで
 会話をしなくて済んだので、僕は本当にすごく助かりました。

 いつもの仕事モード全開の毎日ならば良いのですが
 他人の悲しみを背負うのは、今日だけはどうか勘弁してほしいです。

 今日は特別な日なのだから...。


 (その2へつづく)

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(2009年1月4日(日)の活動日記)

● 空白の1年間を少しでも取り戻すために

 昨夜、実家に立ち寄ると、甥っこが泊まりにきていました。
 小学校3年生の甥は僕にとてもなついていて、
 僕もとてもかわいがってきました。

 その甥から

 「(叔父である僕に)最後に会ってから、どれだけ経ったか知ってる?」

 と尋ねられて、昨年は電話ばかりで
 ずっと会えていなかったことを思い出しました。

 「もう12ヶ月も経ったんだよ」

 と言われて、その事実に我ながら大きなショックを受けました。
 (実際にはもう13ヶ月も会っていませんでした)

 昨年はプライベートで起こる様々な『現実』から逃げ出す為に
 ひたすら仕事に没入していました。

 明らかに『仕事依存症』なのだと自覚しながらも
 目をつぶってひたすら働き続けました。

 やがて周囲の方々のサポートのおかげで
 ネガティブな『現実』を直視できるようになってきた頃、

 ただひたすら働き続けてきたことで
 自分が犠牲にしてきたいろいろな物事が見えてきて
 愕然としました。

 今回も、そうです。

 僕は仕事の為ならば、大切な甥の成長を
 13ヶ月も平気で見過ごせるすのかと思うとゾッとしました。

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 という訳で、今日は1日、甥っこと一緒に過ごしました。

 1日に過ごすだけで空白の1年間を取り戻すことはできませんが
 それでも修復の第一歩になると信じて。

 朝、バイクで甥っこを迎えに行きました。

 幼い頃、なかなか休みをとれないおやじが時々僕をつれて
 バイクでどこかに連れてってもらうのが大好きでした。

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 これまではバイクの後ろの席に1度も乗せたことが無かったのに、
 すっかり平気な顔で甥っこは楽しそうに乗っていました。

 ああ、大きくなったんだなあ、と感心。

 今日の目的地は2つ、
 大好きなカフェ『RRROOM』でのおもちつきに参加することと、
 映画館で『ウォーリー』を観ること、です。

 さあ、出発!


● おもちつき@RRROOM、大盛況でした!

 カフェトークの会場として利用させてもらっている
 カフェ『RRROOM』は今日、恒例のおもちつき大会でした。

 (RRROOM公式サイト:http://rrroom.net/

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 ぽかぽかと気持ちよく晴れた『RRROOM』には
 30人以上もの人々が集合!
 店内には入りきらずに外にもあふれていました。
 通行人の方々もニコニコと眺めながら歩いていきます。

 先日は野比・長沢のシーサイドキッチン『RICE』で
 おもちつきを見学させてもらったのですが
 (http://www.hide-fujino.com/diary.htm#090101-2

 どちらのカフェも個性的なカラーがあって素晴らしいなあと思いました。

 『RICE』には、僕たちの同世代とそのこどもたちが集まっていました。

 『RRROOM』では、たくさんのこどもたちを中心に
 上はおじいちゃん・おばあちゃんの世代まで
 あらゆる世代がまんべんなく集まっていて、『大きな家族』のようでした。

 カフェでの集まりというのは、当然ながら強制参加でもなく
 お願いされて人数を集めたものでもありません。

 世代を超えてこれだけの人数が集まるのですから
 やっぱり地域社会が崩壊した今の社会で、
 『新しいコミュニティ』の可能性をカフェが持っていることを実感します。

 (すでに『コミュニティカフェ』という言葉が存在していることも
  それを証明していますよね)

 幼い頃の僕は1人で本を読んで過ごすこどもだったのですが
 甥っこには小さな頃から僕たちのBBQに参加してもらったりして
 たくさんの人々の中で顔見知りになることなく
 ワイワイ過ごせるようになってほしいと願ってきました。

 特に、幼稚園や小学校の同級生だけではない
 世代を超えたいろいろな人々に幼い頃から出会ってほしいなあ
 と、叔父フジノは願っています。

 上下・左右・ナナメのいろんなカンケーの中でこそ
 こどもたちの可能性はひらかれていくのだと思うのですね。

 ...話を戻して、

 さて、おもちつきはと言うと、なんと合計5回も行なわれて
 たくさんのおもちをみんなでたらふく食べました。

 ついた後のおもちは、
 こどもたちがちぎって丸める体験をさせてもらいました。

写真3枚目

 こういうことをどんどん今のこどもたちに体験してほしい

 という『RRROOM』オーナーの想いに、フジノはすごく共鳴しています。

 体験重視が教育の場では提唱されてとても長い年月が経ちました。
 でも、学校だけに全てを押しつけるのは間違っていますよね?

 とはいえ、これだけ家族の在り方も変化した現代ですから
 学校以外=家庭、だとはフジノは考えていません。

 共働きが当たり前の現代では、
 家庭の力にも過度に期待するのも間違っています。

 こうした想いのある民間企業・地域の人々が
 一緒に子育てをしていく『子育ての社会化』が重要だとフジノは考えています。

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 あんこ、きなこ、大根おろし、ごま、その他にもいろいろな味付けがされて
 おいしくおもちを頂きました。

 さらに、アメリカ人の常連さんが『アメリカのお正月料理』を持ってきてくれました。
 これもたらふく食べてすっかり食べ過ぎてしまいました...。

 みんな笑顔です。

写真5枚目

 『RRROOM』では、書初め(これも恒例)もやりました。
 フジノが書いた言葉は『希望』です。今年は希望の年にしたいですね。


● 身体を動かすこと、イマジネーションの世界にひたること

 食後の運動もかねて、すぐそばにある中央図書館のわきの
 緒明山公園に行きました。ここはフジノも大好きな公園です。

写真6枚目

 ここは自然が豊かな公園で、
 斜面地の段差を活かした3つの広い面、違う表情があるのですけれど
 その上から下まで甥っこの走ること走ること!

 34才の叔父は、息切れはしないものの、
 完全にクタクタでした(笑)

 学校では社会が好きで地域の名前などを調べたりするのが好き、
 と甥っこが言っていたのを思い出して

 一緒に、緒明山公園の名前の由来などを記した案内板を見たり
 中央図書館ができる前のここは何だったのかなどを話しました。

 郷土の歴史が市民に分かるような案内板が
 横須賀市にはたくさん設置されているのですが、
 そういうものって、とても大切ですよね。

 そして、最後に汐入・ダイエーの映画館、
 横須賀HUMAXシネマズ8へ出発。

 映画を観る前に、ダイエー(スーパーの部分です)へ。
 一緒におかしを買いました。

 「おかしは合計300円までね」

 と説明して、一緒に足し算をしながら店内をまわりました。

 会計の時にはレジで
 「どうして買い物袋をもらわないようにするのがエコなの?」
 というお話をしました。甥っこは一生懸命に説明をしていました。

写真7枚目

 そして、映画を観ました。

 その後、実家にバイクで一緒に帰って
 こたつに入りながらプラモデルを見せてもらいました。

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 1日一緒に過ごしただけなのですが、やっぱり楽しいですね。

 しかも、甥っこと一緒に出会うあらゆることが
 政治のテーマに直結しているのを実感しました。

 フジノはこの活動日記を通して
 プライベートの感想をそのまま書いていますが

 改めて読んでみると、
 ある法律への反論であったり、市の施策への応援であったり、
 社会に対する想いであったり、いろいろなことを書いているものですね。

 そして今年は、現実逃避として仕事だけに没入するのはやめて、
 甥っこ・姪っこ・僕のおやじを筆頭に
 家族みんなと過ごす時間を大切にしたいなあと思いました。

 さあ、明日からはついに官公庁もスタートします。
 ガンガン働いていこう!

 ...なんか、3行前に書いたこととすぐに矛盾してしまった。
 やりなおし。

 今年は、仕事もプライベートも
 しっかりと全力で向き合っていきます!


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