おれをこきつかえ!政治家フジノ39才

「福祉のまち、横須賀」をめざして、今日も全力活動中(横須賀市議・2期目)

プライベート・家族

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(2008年11月20日(木)の日記)

● 七周忌と、とても大切な宿題

 毎年11月になると、とても体調が悪くて、
 本当に体が動かない日が続いて、どうにもなりません。

 これは、僕だけではなくて
 自死遺族の方々がみなさん感じていることなので

 おととしくらいから僕も自覚して
 ハッキリと意識して

 「おれは11月にはムリはしないようにしよう。
  どうしても動けない月なのだから、あきらめよう」

 と、日頃はムキになって意地で仕事をしがちなのを
 セーブするようになりました。

 けれども、今年は、いつもとはかなり違う11月になりました。

 大切な、宿題が出されていたのです。
 10月21日の活動日記に書いたあの原稿のしめきりが
 11月20日だったのです。

 (http://www.hide-fujino.com/diary.htm#081021

 テーマは、自殺予防に関するものでした。

 そして、今日がしめきりでした。
 そして、今日は七周忌の命日でした。

 僕は、「これは彼女からの宿題なのだ」と感じました。

 この1ヶ月間、そもそも自分にとって『特別な雑誌』に書く、
 という重圧がいつもずっしりとのしかかっていました。

 加えて、このテーマでこのしめきり日であるということに
 個人的に特別な意味を感じていました。

 11月は、とにかく体が動けないので
 ふとんで臥せってばかりいるのですが
 いつもどんな瞬間も
 アタマはこの原稿のことばかり考えていました。

 でも、何を書いて良いのか全く分かりませんでした。

 下書きを書く前に、
 構成を何十回書き直したか分かりません。
 下書きも、何十回書き直したか、数え切れませんでした。

 最終的に、文字数をオーバーした上に
 自分自身では100%の納得ができない文章でした。

 とにかく、しめきりに出さなければ
 迷惑をかけてしまいますので、その完成原稿をメールしました。



 もはや、その『特別な雑誌』に掲載されなくてもいい、と
 今は感じています。

 実際に、原稿を依頼される前までは
 その雑誌に書くのが夢でした。

 でも今は、自分の原稿のせいで
 その雑誌の水準を下げてしまうのがイヤなので

 編集長に判断をゆだねて
 載せるべきではないとお考えになれば掲載しないで下さいと
 お願いをしました。

 これまで、テレビやラジオなど
 たくさんのメディアにフジノは出演させてもらったり、
 原稿を書かせてもらってきました。

 でも、この原稿をもって断筆というか、
 うまく言えないのですが、
 今後はもうどこにも書かないし
 書けないというくらいの想いでエネルギーをふりしぼって
 政治家フジノの政治家生命をかけて書いてみました。

 仮に掲載されることがあれば、友達の大半は
 「なんだ、たいしたことないじゃん」と軽く受け流してくれそうですが

 多くの人々は、たぶんもっと僕のことをキライになるだろうなあと
 そう自覚しながらも、正直な気持ちで
 文章を書かざるをえませんでした。

 なんだろうなあ、この気持ち。

 片方では、100%のレベルじゃない文章しか書けなかったから
 こんなものしか書けない自分のふがいなさが悔しくてたまらないのに

 もう片方では、こんなにも1ヶ月間にわたって
 精神保健医療福祉と
 自殺予防総合対策についてを
 1ヶ月ずうっとアタマから離れないで考え続けて悩み続けて

 これ以上のものは自分にはムリだという
 自分の能力の限界が見えたというか...。

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 ふりかえるまでもなく、どこかでうすうす気づいていたけれど
 今年は、明らかに、ふつうの11月ではなかったなあ。

 今月は自分の人生を総括するような
 すごいロングインタビューに全身全霊で答えたり

 (終わった後、数日間ずっと体調が悪かったくらいでした)

 中村ユキさんと出会って
 さらに統合失調症について突き詰めて考えたり

 昨日はNPOで中高生を相手に
 自殺予防についてやっぱり全身全霊を賭けて向き合ったり

 こんなに自分の人生をふりかえって
 絶えず

 「お前の人生はこれで良かったのか?」

 と、くりかえしくりかえし自省する1ヶ月間って、
 もう2度と無い、と思いました。

 たぶん、明日、原稿の推敲のことで
 (あるいは原稿を掲載しないということで)

 編集部の方とお話しするのだろうけれど
 もう、脳みそが全て使い果たされてしまったような気がして
 全ておまかせしてしまおうという気持ちがしています。

 ふだん僕は自分の文章をすごく大切にしているから、
 どんな時でも「おまかせしてしまおう」なんて気持ちには
 絶対にならないのですが、不思議なものですね。

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 墓前では、久しぶりに長い時間をかけて
 お話をしたような気がしました。

 今日も明日も、本当はただの同じ1日なのにね。

 人は、祝日とか記念日とか命日だとか
 ただ直線に進むだけの時間では恐怖を感じてしまうのか
 1年間を丸い輪っかにして、印をつけて、
 特別な想いや意味を見出していく。

 僕もまた、本当は今日も昨日も明日も何も変わらないと知っているのに
 11月20日という日を永遠に忘れることが無い日として
 ずうっとこころに刻み続けるんだろう。

 どうか、正しい道を歩き続けていかれますように。
 僕がいつまでもまっすぐ歩けるように、見守っていて下さい。

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(2008年10月3日(金)の活動日記その2)

● 好きならば、死ぬまでずっと好きでいたい

 今夜0時55分から日本テレビで放送された
 音楽&トーク番組『音楽戦士ミュージックファイター』なのですが、

 (公式HP:http://www.ntv.co.jp/mfighter/

 僕が中学時代から大好きな
 JunSkyWalker(s)がゲストで出演しました。

 (ジュンスカ公式HP:http://www.junskywalkers.jp/

 1時間の約半分がスタジオでのトーク、
 という構成なのですが

 画像の、スタジオ客席の最前列のど真ん中、
 ジュンスカ2007Tシャツ(渋谷ラママ&名古屋ELL)を来た男、
 実は僕です(笑)。

 ちょびっとだけ自慢の気持ちをこめて
 (行けなかった方々ごめんなさい)
 載せてしまいました。

 1ヶ月半くらい前に
 日テレのスタジオでの収録に参加してきました。

 以前に、タレントの千秋さんが5月22日のブログにて
 ジュンスカメンバーに囲まれて撮ってもらった写真と共に

 (千秋さんブログ:http://ameblo.jp/chiaki-777/entry-10098966401.html

 「高校生のワタシに言いたい。

  がんばってたらいいことあるからね!

  笑われても邪魔されても夢を追い続ければいいって」

 と、ずっとがんばりつづけていけば
 たくさんうれしいことが待っているよと高校時代の自分に
 伝えてあげたい、っていう感じのことを書いていたのですが

 僕も、おんなじことを感じました。

 (千秋さんの姿は2007年の名古屋ライブでもお見かけしました。
  同世代ですし、本当にジュンスカを好きなんだなあと思いました)

 けっこう今もジュンスカ好きだというと

 「まだそんなこと言ってるの!?」

 と、中学・高校時代からの友達の中には引いてしまう人もいて
 すごくさみしいのですが

 好きならば、死ぬまで好きでいればいいんだなあ、と。
 しかも、ずっと好きでいつづければそれなりに良いこともあるんだなあと

 僕はそんな風に信じています。

 年をとれば、好みも変わり、考え方も変わります。
 少しずつ保守的にもなっていくし、
 守るべきものもたくさん増えるでしょう。

 ただ、それはそれとして

 決して死ぬまで変わらない大切なこともあるはず。

 僕には、10代の頃から変わらない大切なものがたくさんあります。
 それは変えようとして変われるものではありません。

 しかたがないんです。好きなんだから(笑)。

 『ずっと変わらずに何かを好きであること』

 と、

 『年齢に応じて好きなものが変わっていくこと』

 とは

 別にどちらがエライとかそういう優劣の話ではなくて
 どちらもそれでいいんだと思います。

 ただ僕は、かつて大切だと信じたものを
 どれだけ時が経っても変わらずに大切にしたい、という気持ちを

 ずっと持ち続けて生きていきたい。

 そう思っています。

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(2008年8月31日(日)の活動日記その2)

● 映画『MY GENERATION』へ

 今夜は、東銀座での仕事を終えた後、
 新宿三丁目にある映画館『新宿バルト9』に行きました。

 解散から10年ぶりに1年限定で復活したバンド
 Jun Sky Walker(s)の

 ツアーを映画化した
 映画『MY GENERATION』を観る為です。

写真

 仕事を終えた後でクタクタでしたし、

 外が見えるガラスばりのエレベーターで
 しかも30人くらいぎゅうぎゅうに詰めきった上で
 映画館のある9階まで直通であがらなければならなかったので
 精神的にはかなりきつかったです。

 (僕はエレベーターがニガテで
  できれば乗りたくないのですね。特に透明で高層階は...)

 さらに映画館ロビーにつくと
 すさまじい数の人が集まっていて

 たくさんの人がいる場所がものすごくニガテな僕には
 かなりきつい経験で、
 上映開始まで
 30分も前に着いてしまったので
 逃げ出したくて本当にガマンするのが大変だったです。

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 それでも、チケットは席をしっかりと指定して
 かなり前から4番目の列の中央の座席にしてもらいました。

 これでガンガン涙が出てもまわりを気にすることなく
 DLPのすごいリアルな映像で、観ることができます。

写真


 予告編が10分くらいやっている間も
 『この空間から逃げ出したい発作』は続いていたのですが

 本編が始まると、食い入るように映画にのめりこみました。


● 青春は今も続いてる/生きている限り、青春は終わらない

 僕は仕事のスケジュールのつごうで
 このツアーには1本も行くことができませんでした。

 (ツアーの合間にあったライブには2回いけました)

 メンバーのツアー中の様子は
 ブログで読んでいたりしたのですが

 映像で観ると本当にみんなが
 「ファンの為を第1に」という気持ちのもとに

 本当にたくさんのことをしてくれたんだなあ、という想いで
 とてもありがたいと思いました。

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 ファンの数だけ、思い出や記憶や感じ方があると思います。

 僕の場合は、中1の時にジュンスカの音楽と出会って
 だから、13才か14才くらいの時に初めて聴いて

 「音楽ってこんなに自由でいいのか」

 「こんなに気持ちをストレートに表現していいのか」

 という衝撃を受けて、

 「バンドなら自分の気持ちを他人に伝えられる」

 と感じて、バンドにのめりこんでいきました。

 僕はライブではオリジナルを作って演奏していましたが
 ふだん家で練習する時はジュンスカの曲をよく練習しました。

 ギターのフレーズや演奏の仕方だとかはもちろんですが

 自分の想いを歌詞にどうやって変えるのかとか

 そもそも人生って何なのだろうかとか
 それでもあえて前向きに行くんだとか

 そういう気持ちはジュンスカの歌に教えてもらったと思います。

 そんな10代の気持ちを僕は
 20代になっても30代になっても忘れたことは無かったし

 ジュンスカの歌で感じた気持ちや想いを
 現実に行動に移していこうという想いで生きてきたし

 お腹は少し出てしまったことをのぞけば
 あの頃と何も変わらないままの自分で
 生きてこれたと思います。

 だけど、少しずつまわりの友達たちが
 結婚していき、こどもができて、仕事も忙しくなって

 現実が見えてきて、背負うものが増えてきて

 昔みたいにバカ話をすることも
 あぶなっかしい冒険をすることも

 かつて語りあった夢を実現しているヤツは
 ほとんどいなくなっていて

 さみしくてたまらなくなる時もたくさんありました。

 政治家になっても青臭い理想ばかり訴え続けて
 現実主義(?)のまわりの人々の中で
 すごく浮いてしまっている自分をいつも感じ続けてきました。

 でも、40代になっても演奏を続けていて
 そしてかつて僕が10代だった時以上のクオリティを持って
 ライブ活動をしつづけるジュンスカの姿に

 率直にすごく感動しました。

 まわりの友人の中には「ジュンスカは青春だった」と
 『過去形』で話す人もいますけれども

 僕は今だって自分は青春のど真ん中を歩いていると思うし
 まだ何も『過去形』にするつもりは無いよ、と思い続けています。

 ジュンスカは世の中を斜めに見たりしないし
 できることから目の前のこの世界を変えていこうというメッセージを
 聴き続けてきたからこそ

 (幼い時にはまさかこんな仕事になると思わなかったけど)

 僕はいま政治家になって
 現実を変えられるようにがんばっているんだなと思います。

 彼らの音楽が無かったら、
 明らかに僕の人生は変わっていたと感じます。

 映画を観て、昔の気持ちに戻る、とかじゃなくて
 まわりの人たちはみんな大人になっていってしまったけれども

 変わらない気持ちで前を向いて歩き続けている自分は
 「まだこのままでいいんだよ」と言ってもらえた気がします。

 これからも
 まっすぐに、Keep Walkingだい!

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 缶バッジ、買ってしまいました。

子猫のその後(報告)

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(2008年8月29日(金)の活動日記その1)

● わが家の猫のその後(報告)

 7月12日のこのコーナーで
 (http://www.hide-fujino.com/diary.htm#080712-2

 親猫が交通事故で亡くなってしまい
 きょうだいともはぐれて1匹だけ取り残されてしまった子猫を
 わが家で引き取ったことを書きました。

 それ以来、しばしば市民の方々から

 「その後、猫ちゃんは元気ですか?」

 と話しかけられるようになりました。

 動物が大好きなフジノとしては、
 同じように子猫のことを心配して下さる市民の方々のことを
 とてもうれしく、とてもありがたく感じています。

 本当にありがとうございます。

 そこで、今日は活動日記(番外編)ということで
 その後の子猫の状況をご報告しますね。

 7月9日にフジノの実家で暮らしはじめてから
 1ヶ月と3週間が経ちました。

 現在、体重は1.9kgです。まだまだちびっこです。

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 でも、ポニョに負けずに
 とてもわんぱくな女の子に育ちつつあります。

 机にもひょいと飛びのったりできますし、
 すでに障子は真ん中くらいまでビリビリに破れています。

 夜、みんなと離れてケージの中で眠る時には
 さみしくて「ピー!ピー!」と少しだけ鳴き声を出しますが
 ふだんは全く鳴きません。

 抱っこされるのが大キライで、おもちゃで遊んでもらうのが大好きで、
 いつも元気いっぱいに家の中を駆けずり回っています。


● 2回目のワクチンが終わりました

 さて、今日は2回目の予防接種が終わりました。

 いつもは暴れん坊なのに
 獣医さんの診察台に久しぶりにあがったら、
 すっかり固まってしまいました。

 下の写真では、目がウツロですね。

 耳そうじをしてもらったのですが
 かなり衝撃の体験だったみたいです(笑)。

写真

 ワクチンを打つ時に
 獣医さんによっては、

 「洗濯物用のネットに猫を入れて連れてきなさい」

 と言うところがあると知人に聞いて、驚きました。

 でも、かかりつけの獣医さんはとても注射がうまいのに加えて
 動物が大好きな方なので

 わが家の歴代の猫たちはみんなそうだったのですが
 なでられたりしてうっとりしているあいだに
 暴れることもなく一瞬で終わります。

 ネットに入れて押さえつける獣医さんなんて
 イヤですね...。

 さて、2回目の予防接種が完了すると
 僕が通っている獣医さんでは『予防接種証明書』を発行してくれます。

写真

 これで、ひとまず安心です。


● 来月中旬に避妊手術をします

 さて、うち弁慶のわが子猫は
 家に帰ってきた途端に大暴れでした。安心したんでしょうね。

写真


 でも、ホッとしたばかりの子猫にはかわいそうなのですが
 来月の中旬には、避妊手術を行ないます。

 歴代のわが家の犬や猫たちは
 必ず1回は出産をした後で避妊手術をしてきたのですが

 (合計4回、出産に立ち会いました。
  生まれた子たちは、ほぼ全て里子としてもらっていただきました。
  残った子たちはわが家でそのまま飼い続けました)

 この子猫については、かわいそうな気持ちも強いのですけれども
 初回の発情前に避妊手術をすることにしました。

 ある程度、赤ちゃんを育ててからもらいてを探す、という作業が
 今のわが家ではかなり難しそうなのが理由です。

 僕はうまく言えないのですが、動物の避妊手術をするのって
 人間に置き換えたらとんでもないことですよね。

 本人(猫や犬たち)の意思なんてカンケーなしで
 人間のつごうだけで...。エゴですよね。

 うーん、悲しくさみしい気持ちですが
 でも、しかたがないことですね。子猫よ、本当にごめんね。

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 市民の方にお知らせです。

 横須賀市では、犬と猫の去勢・避妊手術をした場合、
 補助金が出ます。ぜひこの制度をご利用ください。

 (下の文章は市HPからの引用です)

 市では望まれない子犬・子猫が生まれるのを防止するため、
 市内で飼われている犬、猫の飼い主に対して、
 去勢、避妊手術料の補助を行っております。

 市内で開業している獣医科医院、
 もしくは横須賀三浦獣医師会会員であればどこでも補助が受けられます。

 犬の場合、登録と、
 その年度の狂犬病予防注射を実施していることが条件になります。

 また、飼い主がわざわざ保健所に出向かなくても良いように
 開業獣医師が補助金を立て替えてくれる方式を採用しておりますので
 手続きはすべて獣医科医院で済みます。

 犬1頭あたりの補助金額
  雄2,400円、雌4,000円

 猫1頭あたりの補助金額
  雄2,100円、雌3,400円

 詳しくは保健所の
 生活衛生課動物愛護担当(電話824−9871)まで
 お問い合わせ下さい。

 (引用終わり)。

 猫の避妊手術の金額は、メスの場合は、
 1万5,000円くらいから3万円くらいまでいろいろみたいです。
 1泊入院させるところもあれば、日帰りのところもあります。


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 以上で、わが家の子猫のその後の報告を終わります。

 猫好きのみなさん、犬好きのみなさん、
 また動物のお話しましょうね。

 ではでは。

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(前回よりつづく)

● 大好きなおじいちゃんと過ごす

 僕にとって祖父は、
 親族の中でこころを許せるたった1人きりの大切な存在です。

 父がすでに植物状態になって3年半が過ぎた今、
 家族の中で、祖父だけが僕の大切な頼れる唯一の存在なのです。

 僕が何かとても重大な『決断』をしなければならなかった時には、
 おじいちゃんのもとを訪れて、その報告を聞いてもらいます。

 もう92才になる僕のおじいちゃんは
 今もすごく明晰で判断能力が高くてしっかりしていて
 おじいちゃんの決して多弁ではない言葉に
 人生の深みと人としての優しさを感じます。

 今日は、父の転院について
 藤野家の長男として僕がしなければならなかった決断を
 祖父に聴いてもらいにいきました。

 厳しい決断をしたのです。

 決断をしてからだいぶ日がたった今でも納得している訳ではなくて、
 これから先もずっと僕は自分の決断に悩み続けるだろうなと

 それを一人きりで抱えているのではなくて
 できることなら祖父に支持してほしくて
 平塚の祖父宅へと向かいました。

------------------------------------------

 いつものように、訪れることの連絡を事前に一切せずに
 突然におじいちゃんの家に行ってみました。

 スポーツ大好きな祖父のことだから
 きっと居間でオリンピックを観ているかと思ったら

 ...いません!

 飼っているインコのぴーちゃんだけが楽しそうに
 首をふる扇風機の上にのって、居間にいました。

 他の部屋を探してもいないのですが、
 何の緊急性や事件性も感じられないので

 まずはおばあちゃんの仏壇に
 お線香をあげることにしました。

 と、その時、庭のほうから音がしました。

 窓から外を見ると、おじいちゃんが庭の手入れをしていました。

写真1枚目

 とても92才とは思えないでしょう?
 このしゃきっとした姿がわが祖父です。

 ここ数年、祖父宅を訪れても
 僕が滞在できるのが数時間しかなくて

 庭に出ている祖父の姿を見たのは数年ぶりのことでした。
 (本人的には毎日出ているのですけれど)

 そこで、庭の草花を一緒にみてまわって
 庭石のかげのトカゲを見つけてうれしい気持ちになったり

 誕生日に僕が贈った植木鉢の花が
 庭に根づいている姿に感激したり、

 ホッとした気持ちになりました。

 それから、屋内にもどって一息ついてから
 僕の話を聴いてもらいました。

 途中でさえぎることなく僕の話を最後まで聴いてくれた後、
 祖父は僕の決断について

 「それでいいと思うよ」

 と言ってくれました。じいちゃん、ありがとう。


----------------------------------------------------

 今日はラッキーなことに、タイミングが合って
 おじいちゃんが健康の為にしている散歩に
 一緒に行かせてもらいました。

 散歩、といっても、100mくらいのコースを
 3周くらい早足で歩くのですね。

写真2枚目

 2週目を歩いたところで
 おじいちゃんが言いました。

 「英明、たった2週目でもう両足がパンパンなんだ。
  (年をとるということは)フシギだろう?」

 僕にとっておじいちゃんといえば、
 若い頃は陸上部で大活躍で、
 戦後になってからも会社の運動会などで大活躍だった、という
 イメージがあります。

 そんなおじいちゃんも、92才になると
 わずか200mほど早足で歩いただけで足がパンパンになるんだ、
 ということに強く感動しました。

 僕のおじいちゃんは、僕にリアルな言葉で
 肉体が『老いる』ということを説明してくれます。

 おじいちゃんの精神はいつも明晰で記憶力も良いのですが

 『肉体』には明らかに年齢相応の衰えが出てきています。

 それを、僕に丁寧に説明してくれます。

 例えば、止むことの無い耳鳴りのことや
 関節が少しずつひろがっていってしまう指のことや
 いろいろなこと。

 僕はおじいちゃんに会うたびにそうしたお話を聴くのが
 畏怖の気持ちが起こるのと同時に

 「生きるってこういうことなんだ」

 と、いつもとてもすごく腑に落ちるので
 大好きだ。

 僕も、おじいちゃんのように生きたい。
 おじいちゃんに会うたびにそう思う。


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 一緒に夕飯を食べた後、祖父宅を後にした。

 おじいちゃんと会うとがすごくホッとする。

 帰りの電車の中ではリスカの本ではなくて
 『週刊福祉新聞』を読みながら過ごした。

 1面トップの記事は

 『障害者差別の事例収集へ〜内閣府が調査研究〜
         「合理的配慮」を明確に 年度内にパンフ作成』

 というものだ。

 障がい者差別禁止条例をつくりたいフジノにとって
 政府が動き出したのは(遅すぎるけど)グッドニュースだ。

 国連の障害者権利条約を日本政府は『署名』そのものはしたけれど
 日本の障がいのある方々に関する現在の法律では

 国連の条約の基準に達していないので
 『批准』することができないのだ。

 (つまり、口では「約束を守るよ」と言っているけれども
  行動では示せていない、というのが現在の日本の状態です)

 そこで、ようやく政府は計6000人規模のアンケート調査を
 8月下旬から2回に分けて行なうことを決めた、という記事だ。

 さあ、横須賀に戻って
 またがんばらなければ。


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