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(2009年10月13日(火)の活動日記)
● 県外視察を欠席させていただきました/パニック障害の診断書
本来でしたら、教育経済常任委員会のメンバーであるフジノは
今日から2泊3日で『県外視察』へ出発していたはずですが
『欠席』とさせていただきました。
政治信念として『県外視察を廃止すべき』と
かねてから提案をしてきたのですが
現在の横須賀市議会では、
『委員会規則』で出席が義務づけられている『正式な公務』です。
正式な公務ですからフジノ個人の信念とは別に、
当然ながらフジノにも『出席すべき義務』があります。
『義務』を守るのは『公人』として当然のことだとフジノは考えています。
ですから、今回の欠席は、
個人的な政治信念とは全く別の理由です。
(どうかこの点をまずご理解ください)
今回の欠席の理由は、『パニック障害』による病欠です。
市議会から診断書の提出を求められましたので
下に、その診断書のコピーを掲載いたします。
画像参照
フジノは22才の夏からパニック障害にかかってしまい、
それ以来、バスや電車などの
交通機関をはじめとして、
エレベーターやエスカレーターなどにも
ストレートに乗ることができません。
日頃は、クスリをのみながら
いろいろな工夫をして目的地に到着しています。
例えば、特急電車には乗らずに各駅停車を乗り継いだりすることで
1時間で行かれる場所ならば数時間かけて向かったり、
飛行機を使うような遠距離の移動が必要な場合には
前日から新幹線(各駅のヤツです)を利用して
1日かけて移動をして、前の日のうちになんとか到着して
翌日に合流するような形で何とかスケジュールをこなしてきました。
エレベーターやエスカレーターは
たいていの場合、階段を使うことでクリアしてきました。
バスや車には乗れないので
バイクや自転車を使って移動してきました。
映画会社での5年間の勤務の間も
自宅から勤め先の有楽町までストレートに乗り継げば
わずか1時間半で行かれる行程を
2時間半から3時間以上かけて
必死に通い続けました。
目的地に到着してしまいさえすれば、仕事は完璧にこなします。
交通機関などの利用が困難なだけで、
あらゆる日常生活において問題はありません。
だから、これまでの人生を通じて、パニック障害を理由にして
仕事や何かの行事を欠席したことは1度もありません。
病気を盾にするような『疾病利得』も
1度もしたことはありません。
どんな時でも根性と意地をつらぬいて、
他の方々がまだ眠っていられる早朝から起きて出発して
必死に、交通機関を乗り継いで
乗っては降り、降りては乗りを繰り返しながら
目的地へと到着してきました。
しかし、残念ながら、今年は特に体調が悪く、
横浜や品川くらいの行き慣れた場所であっても
乗り降りを繰り返さなければ前に進むことができず、
(父のお見舞いに使う江ノ電の30分でさえ苦しくてたまりません)
移動に要する時間が
あまりにも長くかかるようになってしまいました。
その為、今回の県外視察において
10名の議員の方々や議会事務局の方々と
同じスケジュールでの移動はかなり困難だと判断いたしました。
そこで、フジノの主治医の先生をはじめ、
所属する教育経済常任委員会の正副委員長と
議会事務局の方々と相談させていただき、
あらかじめ『欠席』の決断をさせていたきました。
正副委員長をはじめ、委員会メンバーのみなさま、
議会事務局の随行の方々、
そして誰よりも、視察受け入れ先のみなさまと
視察に要する多額な予算を
税金から出していただいている横須賀市民のみなさまに対して
こころから欠席のお詫びを申し上げます。
本当に申し訳ございませんでした。
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世の中には、同じ病に苦しんでいる方々が
たくさんいらっしゃいます。
僕は大学4年の時に発症をしました。
毎日、横須賀から高田馬場まで平気な顔で電車で往復していたのに
ある日から突然に山手線に乗れなくなりました。
全く家を出れないほどの症状が重い時期も長く続きました。
けれども僕自身は臨床心理学専攻の人間ですから
パニック障害の存在をそもそも知っていましたので
ドクターに自分の症状を説明して
治療を求めることに抵抗はありませんでした。
クスリもそれ以来、のみつづけています。
(残念ながら薬を使えばすぐに治る、というのは
必ずしも全員にはあてはまりません。
フジノはもう10年以上、服薬して闘病しています)
当時、横須賀に新しく設立された
同じ病気の方々の集まりである
『横須賀パニック障害の会』にメンバーとして参加しました。
(現在、同会は解散しました)
自分自身の症状に本当に苦しみながらも
多くの同じ病に苦しむ方々が克服しようとがんばっている姿に
とても励まされました。
だから、夢だった映画会社に就職が決まって
通勤を始めて長距離を移動しなければならなかった5年間は
この会のみなさまの姿に励まされて
自分が外出できるようになったように
僕が動けるように必死に通っている姿を
会のみなさまにお見せすることで
今度は自分が励ませる側になりたいと願ってがんばってきました。
それが僕の長年の想いでした。
ある日突然に政治家に転職しなければならなくなってしまい、
勤め先はそれまでの有楽町から
基本的に地元・横須賀のみになりました。
無所属であるフジノは長距離の移動であっても
1人きりで行動する為、
新幹線を使うような移動であっても、
誰か他人に迷惑をかけることはなく、
今まで必死に乗り降りを繰り返してきました。
繰り返しになりますが、交通機関などの状況だけが問題であって
それ以外のあらゆる日常生活場面では全く問題がありません。
だから、政治家としてあらゆる公務をこなしてきました。
また、移動に関する問題を抱えている為、
他人以上に努力をしてきたつもりです。
僕は、自分のパニック障害を隠したことはありません。
本当に多くの方々が苦しんでいるこの病の実態を知ってもらい、
世間の理解が進むことで副次的な苦しみが減って
多くの方々が生きやすくなることを願ってきました。
今回、県外視察を欠席するというご迷惑をおかけしたことに
こころからお詫びの気持ちを抱きながらも
この機会をパニック障害への理解を促す
チャンスにさせていただきたいと願って
改めて、このような文章を書きました。
どうか、同じ病気に苦しむ方々が
少しでも早く苦しみから抜け出せますように...。
誰もがかかる当り前の病気です。
その当たり前を、この国では偏見が強くて
助けを求めたくても他人に伝えることができません。
どうか、この病気のことを知らない多くの方々が
正確な知識を得て理解を深めていただけますように...。
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