おれをこきつかえ!政治家フジノ39才

「福祉のまち、横須賀」をめざして、今日も全力活動中(横須賀市議・2期目)

市民病院改革

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

イメージ 1

(2009年5月31日(日)の活動日記その1)

● 市民病院をずっと見守っています

 今日は、市民病院の関係者の方々と
 2時間以上にわたって意見交換をしました。

 蒲谷市長が公設民営化を打ち出して
 市議会もそれを認めた為に、

 市民病院の運営方法は
 これから『指定管理者制度』に変わってしまいます。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2009/feb6.html#090223

 フジノが2003年の初当選以来ずっと訴えてきた
 市民病院改革の姿とは、全く違う形になってしまいました。

 本当に残念です。

 けれども今、残念がっているだけでは
 政治家として失格です。

 僕自身が一市民として市民病院をずっと利用してきました。
 同じように西地区をはじめとする市民のみなさまが
 今も市民病院を利用しています。

 どんな状況になろうとも、決して利用者のみなさまにとって
 マイナスの影響が出ないようにします。

 その為にも、今日お会いした方のように
 新しく生まれ変わる市民病院の中で必死にがんばっている
 病院の職員のみなさまをフジノは応援し続けます。

 公設民営化された市民病院に
 残ってくれる職員のみなさん(公務員では無くなります)に
 フジノはこころからエールを送ります。

 今後も、市民病院で働く方々から
 定期的にお話をうかがい続けていくと共に

 市民病院が本当に愛される病院へと生まれ変われるように
 しっかりとサポートしていく決意です。

 絶対に、市民病院で働くみなさんを見捨てません。

 何故なら、みなさんを守ることは
 同時に、利用する市民のみなさまを守ることでもあるのです。

 市民に愛される市民病院として生まれ変わるまで
 たとえ10年かかろうとも、ずっと見守り続けます。

 職員のみなさま、フジノに意見をぶつけて下さい。
 生の声をぜひ聴かせて下さい。


● 現役の政治家の仕事は、選挙ではありません

 勝手連の活動の毎日の中で、
 HPでの話題がそればかりになってしまい、

 「今のフジノさんは選挙にしか関心が無いの?」

 と市民の方に言われてしまいました。

 そんなことは100%ありません。

 フジノは今も毎日、市民の方々からの相談を受け続けていますし、
 カフェトークも1度も休むことなく毎週続けていますし、

 先週の臨時議会でただ1人だけ
 蒲谷市長に対して本会議で質疑を行ないましたし、
 (http://www.hide-fujino.com/dispute/generalquestion/2009/0528.html

 採決にあたってはやはりフジノ1人だけが
 本会議場において討論を行ないました。

 来週に始まる6月議会でも、市長に対して質疑を行ないます。

 現役の政治家として
 いつもどおりの仕事を行なっています。

 新しい事務所で、ようやく1回、議会を体験しました。

 まだ荷物が片付いていないので
 いろいろな資料がどこにあるのか分らなくて
 質問づくりではかなり苦労しました。

 組み立て式の机を作る時間が取れなくて
 いまだにパソコンのモニターは段ボールの上に載せたままで
 作業をしているような状態ですが

画像参照

 それでも、しっかりと政治家として
 仕事を続けているつもりです。

 忙しくすぎて確かに時間が全く無くて、
 HPには勝手連以外の話題が書けていないのは
 事実ですが

 フジノは自分の成すべき仕事を
 いつもどおり果たしていますからね。どうぞご安心を!

イメージ 1

イメージ 2

(2009年4月7日(火)の活動日記その1)

● 本会議を10日に開催決定!/議会運営委員会

 今日は朝10時から、議会運営委員会が開かれました。
 テーマは『臨時議会の開催』についてです。

画像1

 まず、本会議を10日に開催して、市長が議案を提案します。

 その後、委員会での質疑と採決を行ない、
 その日のうちに再び本会議をひらいて
 採決(賛成か反対かの多数決)まで一気にわずか1日のみで
 行なうことが決定されました。

画像2

 議案は、市民病院の民営化についてのものです。

 先月25日まで行なわれていた予算議会にて
 市民病院を民営化することが決定しました。

 (フジノは民営化に反対しました。
  http://www.hide-fujino.com/dispute/discussion/2009/0303.html#antiprivatization

 『指定管理者制度』というしくみを導入して
 横須賀市は市民病院の直営(=公営)をやめて、
 民間の事業者に
 運営を任せることになります。

 今回の臨時議会では、具体的に
 『どの事業者に市民病院を任せるのか』が決定されます。

 その事業者を、横須賀市は公募していません。
 ある事業者を横須賀市が指名する議案です。

 何故、全国から公募しないのか。

 同じ民営化ならば、市民にとって最大の利益になるように
 全国から事業者を公募すべきだったのではないか。

 こんな重要な議案が
 市長の提案から、委員会での審議、本会議での採決まで
 わずか1日だけで行なわれてしまうことに
 フジノは強い違和感を抱きます。

 本当に、この民営化によって
 市民病院は市民に愛される病院へと生まれ変われるのでしょうか。

イメージ 1

イメージ 2

(2009年2月27日(火)の活動日記その3)

● 回復期リハビリテーションが市民病院に!?

 前回に続いて、杉田さとる議員(新政会)が
 市長へ行なった質問のうち、フジノが関心を持った部分を紹介します。

 市民病院を民営化(指定管理者制度に移行)するにあたって
 市立うわまち病院との位置づけや、
 どのような機能分化をしていくのか、
 という質問がなされました。

 それに対する市長の答弁を、まずは読んでみて下さい。
 衝撃的な内容ですから...。

 (以下、市長の答弁です)
 *インターネット中継からのテープ起こしの為、正式な議事録とは異なります。
---------------------------------------

 市民病院への指定管理者制度への移行に関し、
 市民病院をどのような医療機関として位置づけるのか
 という点でございます。

 市民病院は、西地区において中核的な役割を果たしておりますので
 移行後も引き続き、急性期病院としての医療機能を
 維持することといたします。

 具体的にはご質問にありました
 救急・小児・周産期医療等の政策的医療の他に

 公的病院として求められる
 災害拠点病院、
 感染症指定病院などの機能、

 また市民病院の特色であります地域医療支援病院として
 地域医療連携を推進する機能についても維持をしてまいります。

 さらに西地区は老健施設等が多く
 入院期間が長期化する傾向がありますことから

 急性期を脱した患者を一定期間受け入れる
 回復期リハビリテーション機能も新たに加えて

 市立病院としての役割を担っていきたいと
 このように考えております。

 (引用おわり)

--------------------------------------

 本会議場で、フジノはわが耳を疑いました。

 「マジかよ、信じられない!
  市民病院が『回復期リハビリ病棟』に乗り出すのか!」

 自席から立ち上がりそうになるくらいの衝撃でした。

 これまでフジノは
 市民病院についてのあらゆる審議会を傍聴してきましたが
 公の場で市長が『回復期リハ』について触れたのは初めてのはずです。

 かねてからこの提案があらゆる方々から出されましたが
 (フジノもその1人です)
 今までは否定的な答えしかありませんでした。

 もしも事実ならば、本当に素晴らしいことです。


● リハビリテーション医療の流れ(3つのプロセス)

 『回復期リハビリテーション』とは一体どういうものか
 みなさまに知っていただく為には

 その流れをとても分かりやすく記してある
 『京都府リハビリテーション支援センター』のHPをご覧下さい。
 (http://www.pref.kyoto.jp/rehabili/nagare.html

 特に、こちらのPDFファイルは
 すごく分かりやすいのでぜひご覧下さい。
 (http://www.hide-fujino.com/pdf/2009/feb/27process.pdf

 PDFファイルが開けない方の為に
 簡単に説明しますと...

 リハビリテーションはケガや脳出血などが起きてから
 どれくらいの時期なのかによって、内容が違ってきます。

 発症1ヶ月以内→急性期リハビリ
 発症2ヶ月〜6ヶ月以内→回復期リハビリ
 発症6ヶ月以上維持期リハビリ

 (『京都府リハビリテーション支援センター』のHPより)
画像1枚目参照

 このうち、回復期のリハビリテーションでは、
 障がいの内容や程度に即して、

 ご本人のふだんの生活を細かくイメージしながら、
 いろいろな種類の集中的なリハビリテーションを行ないます。

 回復期リハは、発症から2週目〜3ヶ月間の期間で
 長くても6ヶ月間に相当します。

 その理由は、発症〜3ヶ月間は、
 リハビリテーションの十分な効果があるのですが

 逆に、その後の改善は少なくなるからです。

 急性期(発症直後〜1ヶ月)に引き続いて、
 機能障がいの回復をはかると同時に、

 基本動作能力、歩行能力、身の回りのことや
 家事動作、その他趣味活動、仕事などについての可能性・目標を見極めて

 実際にご本人がこれから送っていく生活を
 一緒に考えながら、リハビリテーションを進めていきます。

 この回復期リハなのですが、日本では2000年4月から、
 回復期のリハビリテーション専門の病棟ができています。
 (回復期リハビリテーション病棟と呼びます)。

 この病棟になる為には、
 リハビリテーションをより充実して行えるような病棟としての
 一定の基準を満たさなければ指定を得ることができません。

 市長の答弁どおりならば、
 市民病院がこの『回復期リハ病棟』の指定を受ける、ということです。

 実現すれば、これほど素晴らしい事はありません。
 切れ目の無い地域医療の実現に向けて
 大きな第1歩となります。

 日頃、フジノが政府に対して怒りをぶつけている
 『慢性期の療養病床カット』という愚策を取り戻す為の方法は
 2つあります。

 1つは、慢性期の病床カットをやめること。
 これによって、行き場を失なってしまった方々が救われます。
 (これは政府が方針をやめればすぐできます)

 けれども、より長期的に見て
 本質的な意味があるのは
 第2の選択肢としての回復期リハの充実です。

 急性期の段階から、ご本人の将来の暮らしを見据えた支援を行なうことで
 たとえ慢性期になっても寝たきりにはなるべくならないように、

 その人らしい暮らしにつながるように
 しっかりとしたリハビリを行なうのです。

 僕は自分の父が受けられなかったリハビリに対して
 長い間、知識が無かった自分への怒りと共に

 もし知識があったとしても
 身近な地域にそれが可能な施設が存在しないことに
 いつもいつも憤りを覚えてきました。

 それがこの市長の答弁によって
 救われたような、光がもたらされたような気がしました。

 これでこの先、横須賀市民が僕の父のように倒れても
 現在の父のような植物状態で苦しむ人々は減るだろう。

 市長の答弁に、フジノは感動すら覚えました。


● 市長の言葉は、ただの構想だった...

 そこで、本会議終了後、すぐに
 病院管理部の関係者にヒアリングに向かいました。

 「市長の答弁にあった
  回復期リハビリテーション機能の導入についてですが
  本当に実現できるのですか?

  県に対して、ベットの転換などの申請や
  根回しは始めているのですか?」

 すると、

 「フジノ議員、申し訳ありませんが
  あくまでも答弁は、構想の段階を申し上げたのみです。

  県に話したり、ということは現段階では一切ありません。
  実現の可能性は今の段階では完全に未定です」

 との答えがかえってきました。

 (その時のフジノのメモ)
画像2枚目参照

 なんてことだ。

 あまりのことに、呆れてしまった。

 ただ市長は「できれば、こうしたい」という想いを
 語っただけに過ぎないなんて...。

 ひどい。市長の答弁が、そんなに軽いものでいいのかよ...。
 実現可能性が無いのにそんな答弁をするなんて...。

 期待させられただけに、落胆はあまりにも大きい。

 フジノは一人で期待に胸をふくらませて、
 その30分後には、再び一人で激しく絶望したのでした。

イメージ 1

(2009年2月23日(月)の活動日記その1)

● 市民病院の民営化問題、委員会では可決

 予算議会での委員会1日目がスタートしました。
 まずは補正予算の審議です。

 1日目の今日は、民生常任委員会が行われました。
 フジノは事務所にて、インターネット生中継にて傍聴しました。

 (インターネット中継はこちらからご覧いただけます。
  http://www.gikaitv.net/dvl-yokosuka/2.html

 民生常任委員会では、
 健康福祉部、こども育成部、病院管理部、消防局、環境部の
 4部1局にカンケーする議案を話し合います。

 何といっても今日の民生常任委員会での
 最大のテーマとなったのは

 市民病院を公設民営化するのかしないのか、
 つまり、『指定管理者制度』を導入するか否か、

 を決める議案についてでした。

 最終的に『反対』をしたのは、共産党(ねぎしかずこ議員)と
 ネットワーク運動よこすか(瀧川きみえ議員)の2人のみでした。

 残り8人(新政会、研政連、自民、公明、ニューウィング)はみな、
 『賛成』にまわりました。

 民生常任委員会では『可決』で通過したこの議案は
 27日(金)の本会議にて改めて全議員の多数決によって決まります。

 フジノは本会議で『反対』します。

 『市民病院改革』は6年前の初当選以来、
 フジノの重要な政策ですが
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2008/oct4.html#081029

 蒲谷市長が打ち出した改革の方向性には、いくつもの問題があります。

 これまでフジノは市民病院を民営化するのではなく、
 まずは公による直営のまま、運営体制を変えることを提案してきました。

 (専門用語で言うと、現在は地方公営企業法の『一部適用』という体制ですが
  これを地方公営企業法の『全部適用』に切り替えることを提案してきました)

 しかし、率直に申し上げて、市民病院が本当に良い方向に変わるなら
 フジノにとって「体制なんてどれでもいい」のです。

 公による直営であろうが
 民営化(指定管理者、独立行政法人など)であろうが
 本当はどれでもかまわないのです。

 何故ならば、体制がどう変わるかなんてただの『手段』であって
 「市民のみなさまに愛される病院に生まれ変わること」こそが『目的』なのです。

 目的の実現の為なら、手段は何を選んでも構わないんです。

 けれども、現在の市長が示している方向性での
 民営化(今回の場合は『指定管理者制度の導入』)では、

 市民のみなさまにとって
 本当に意味がある良い変化が起こせるのか、
 いくつもの大きな疑問があります。

 だからフジノは『反対』します。

 『市民の為』の病院だからこそ、市民病院です。

 それが実現できない可能性があるならば、
 今回の民営化はやるべきではありません。

 民営化は方法を間違えると、むしろサービスの質の低下につながります。
 (ソレイユの丘を運営している(株)横須賀ファームがその代表です)

 それではフジノのめざす
 「市民に愛される病院として生まれ変わる」ことを目的とした
 『市民病院改革』ではありません。

 今回の民生常任委員会での
 指定管理者導入の可決はとても残念です。

------------------------------------------------

 翌日、神奈川新聞が報道してくれました。

 (2009年2月24日・神奈川新聞より)
画像参照

 (画像では読めない方の為に、下に全文を引用します)

 指定管理者の導入議案を可決
 市民病院で横須賀市議会

 横須賀市議会2月定例会は
 23日の民生常任委員会で、
 市立市民病院(同市長坂)への指定管理者制度導入を定めた
 市病院事業条例改正案を賛成多数で可決した。

 3月3日の本会議でも可決される見込み。

 「公設民営」の指定管理者制度に移行すれば
 病院職員は公務員でなくなるが、

 市は組合との合意がないまま
 同改正案を議会に提出した。
 2010年4月からの移行を目指している。

 条例改正案には、
 公明、新政会、自民、研政連、ニューウィングの8人が賛成。
 共産、無会派の2人が反対した。

 委員会では、条例改正で
 診療科目を容易に変更できるようになる点や、
 市民や職員の意思の反映方法、
 指定管理者になる予定の地域医療振興協会との協議状況などについて
 委員から質問が出た。

 質疑の中で、宮島幸男病院管理部長は

 「市民病院の経営状況は厳しく、一刻も早く移行したい」

 と理解を求めた。一方で

 「指定管理者制度への移行は市民に影響を及ぼさない」

 として市民意見を募集するための
 パブリックコメント(PC)は実施しない考えを明らかにした。

 また、

 「(振興協会が運営している)市立うわまち病院との連携・分担も
  移行の狙いのひとつ」

 として、状況によっては産科医を
 一方の病院に集中させるなどの方策もあり得るとの見解を示した。

 (引用、終わり)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

(2009年2月15日(日)の活動日記その2)

● 父の転院、ようやく明日の出発へ(その2)

 父が植物状態になって4年間も経つ、というのは
 家族にとっても残念でたまらないことですが

 何よりもまだ69才になったばかりの父本人にとっても
 本当に無念で悔しいことだろう、と僕はいつも思います。

 絶対に忘れない。
 僕は死ぬまで忘れない。

 何よりも、父はしっかりと意識があるままの状態で
 自分の足で市民病院まで歩いていって

 入院をドクターから言い渡された後も
 ベットに座りながら

 福祉や医療に詳しい僕といろんな話をしながら、
 僕たち家族が心配しないように
 たくさんのくだらない冗談をとばしながら

 「英明、リハビリをすればまたこの手のしびれはとれるのか」

 とつぶやいたり、

 「オレンジジュースが飲みたい」

 と言うので買ってきたジュースをおどけながら飲んでみせて
 とにかく僕たち家族を安心させようと父は努力をしていました。

 父は自らの手が動かせなくなったり
 ろれつが回らなくなっていく、明らかに悪化していく状況を
 どれほど不安に感じながらいたのだろうかとその内面の恐怖を思うと

 いつも僕は吐き気に襲われます。

 何故、僕はもっと必死にナースステーションでわめかなかったのか。
 何故、僕はもっと大声でドクターが来るように叫ばなかったのか。

 何故あの時、何度も何度もナースコールを押したのに
 市民病院のナースは1人も来てくれなかったのか。

 何故、ドクターはいつまでもいつまでも父を放っておいて
 容態が悪くなっていく一方の父を診てもくれなかったのか。

 セカンドオピニオンを求めた
 横浜脳血管医療センターのドクターがおっしゃったように、

 「最初からうちに運ばれていたら今もお父さんは意識があったはずです」

 ということを思うにつけても、

 決して戻ることのない父の意識と、母と過ごせたはずのこの4年間を、
 家族みんなを苦しめ続けた日々を、
 僕をすさまじい借金に追い込んだ莫大な医療費を、
 あらゆる全ての恨みと怒りを市民病院に抱かずにはいられません。

 父の手術が終わってセカンドオピニオンをもらいに行った頃、
 全国紙の新聞記者で医療過誤について追っている方や
 弁護士の方が僕の相談にのってくれて

 「裁判を起こせば必ず勝てる。やるべきだ」

 と言ってくれました。

 でも、当時の僕には
 父のことで倒れて入院してしまった母を守ることや
 とにかく医療費を捻出することだけで毎日が過ぎていくばかりで
 訴訟を起こすことはできませんでした。

---------------------------------------------------

 父の脳は大半が死んでいて、
 生きているのは中脳と脳幹だけだそうです。

 だから、意思疎通は全くできない。
 目はあいていても視力は無く、音声刺激もほとんど伝わっていない。
 それが医学的な正式な診断です。

 けれども、病室を訪れるたびに僕は父に
 元気だった頃のようにきちんと全てを説明して聞いてもらいます。

 「父さん、ようやく待たせてしまったけれども転院が決まったよ。
  突然なんだけれども、明日なんだ。

  行き先は、鎌倉の病院だよ。
  かつて父さんが働いていた頃に一時期、鎌倉にいたね。
  きっと懐かしく感じるよ。

  明日、おれが民間救急車に父さんと一緒に乗って
  鎌倉まで移動するよ。母さんたちは、鎌倉で待っているよ。

  父さんに親切にしてくれた、熱川温泉病院のみなさんに
  今日のうちにどうか感謝とお別れを伝えておいてね」

写真1枚目

 僕にとって父はいつも魂のレベルで
 僕の言葉を理解している、と受け止めてきました。

 僕はこれを真剣に書いています。
 理解している、とハッキリと感じます。

 「そもそも転院する理由は、父さんの寿命がもってあと1年半と言われたよ。、
  だから熱川温泉病院に全く何も不満は無いけれど
  身体が弱い母さんがお見舞いに来れないから
  横須賀に近いところに
  父さんに移ってほしいんだ。

  同じ残り1年間から1年半の命ならば
  父さんだって、母さんやおれたちと毎週会えるほうがいいよね。
  だから、おれの独断で転院先を探させてもらったよ」

 そう説明した時にも、父は理解した、と感じました。

--------------------------------------------------

 病室には、たくさんの千羽鶴や手紙やFAXが飾られています。

 父の同期生(警察官だった父の同期の方々です)がしばしば訪れてくれたり、
 僕たち家族が書いた手紙やFAXを病院の方々が
 いつも音読して父に聞かせてくれていました。

写真2枚目

 千羽鶴は4年間のあいだにあまりにもたくさんになって
 いただいたお守りの数もすごく多くなってしまいました。

 それらを全て大きな段ボール箱に詰め込んで
 その他の荷物を全て整理しました。

 明日、民間救急車(転院する場合、自分で契約するのです)に載せて
 次の病院でもすぐにこれらを病室に飾れるといいなと思います。

 片づけは、看護師さんたちの協力もあって
 たくさんあったにも関わらず、わずか1時間で終わってしまいました。

--------------------------------------------------

 病院の目の前には穏やかな川が流れています。

 この上流には俳優の別荘があるそうで、
 毎日のように釣りをしているそうです。

写真3枚目

 この穏やかな川の流れを
 僕は穏やかな気持ちで見れたことは今までありませんでした。

 いつの日か、観光地である熱川を
 僕は観光で訪れることがあるだろうか。

 そんなことを考えながら、明日の転院に向けて
 緊張感は高まっていきました。

 民間救急車での移送は、父のような容態の方々にとって
 常に死と隣り合わせです。

 (これは民間救急車だから悪いという意味ではなくて
  ほんのわずかな衝撃でも大きなダメージになるという意味です。
  むしろ移送のプロが振動を少なくする為に見事な運転をしてくれます)

 だからこそ、僕が同乗することを希望しました。
 どんなことがあっても、長男の僕が全てを見届けると決めたのですから。


 (その3へ続く)

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.
政治家フジノ39才
政治家フジノ39才
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事