おれをこきつかえ!政治家フジノ39才

「福祉のまち、横須賀」をめざして、今日も全力活動中(横須賀市議・2期目)

市民病院改革

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(2009年2月15日(日)の活動日記その1)

● 父の転院、ようやく明日の出発へ

 父の転院がようやく実現することが決まりました。
 出発はとうとう明日です。

 新しい転院先の病院探しに約1年もかかり、
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2008/july6.html#080730

 転院先が決定してからも日程が二転三転してしまって、
 合計して約1年2ヶ月もかかってしまいました。

 これが小泉改革という名の、『ニセモノの医療制度改革』の現実です。
 絶対に僕は、こんな最低な政治屋を許さない。

 本当に必要な医療さえカットして
 何が改革だとバカバカしく思います。

 最近また小泉元総理の発言がテレビでとりあげられるのを観て、
 2度と舞台には出てくるな!と、つくづく不快に感じます。

 もう、あなたの出番は完全に終わったんだ。
 退場していろ。

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 1日前の今日から、父のいる病院へ向かって、病室の片付けをします。
 約3年半もこの病院にお世話になったので、
 たくさんの荷物があります。その片づけが必要なのです。

 明日の移動は朝早くて横須賀からでは間に合わないので
 今日は病院のそばに泊まります。

 行き先は、伊豆熱川です。

写真1枚目

 フジノの父は、2004年12月に脳出血で手術をして
 急性期(約3ヶ月間)は横須賀市民病院に入院していました。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2004/dec2.html#0412082

 やがて、急性期が過ぎると、
 植物状態になってしまった父へのショックも癒えないままの
 僕たち家族は「転院してほしい」と病院側からほのめかされました。

 (詳しい経緯はこちらをご覧下さい。
  http://www.hide-fujino.com/diary/2005/nov3.html

 けれども、転院先探しの為に『地域医療連携室』がしてくれたことは
 ぶあつい病院ガイドブックを僕たちに渡したことだけでした。

 ガイドブックを自分で読んで、
 そこに載ってる病院に自分で電話して、
 勝手に探してくれ、ということです。

 転院先探しがどれほど大変なのかを
 この時から何年間も続けて僕たち家族は体験し続けるのですが

 市民病院の相談室がいかに役立たずなのかを知ったのは、
 だいぶ後のことでした。他の病院と出会って、そのひどさが分かりました。
 (そこで、フジノはすぐに市議会で改善を提案しました。
  http://www.hide-fujino.com/diary/2006/mar2.html#060318

 他の病院の医療相談室はもっと家族に寄り添って
 転院先探しも一生懸命手伝ってくれます。

 ガイドブックを渡して自分で探せ、という扱いをされたのは
 それから4年のあいだ、市民病院の医療相談室だけでした。

 けれども当時の僕にはそんなことも分からず、
 自分でガイドブックを読んでただ必死に探すものだと思っていました。

 そうして転院先探しをしながら何ヶ月か経った頃、
 ある方の紹介で横浜脳血管医療センターと出会いました。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2004/dec4.html#secondopinion

 母と共に訪れて「転院をさせてほしい」とお願いをしました。

 結局、その願いは断られてしまったのですが
 ドクターはあまりにも憔悴しきった僕たち親子の姿を見て

 「遠くてもかまわないのでしたら...」

 と、伊豆の熱川温泉病院をご紹介して下さったのでした。
 (熱川温泉病院HP:http://www.atagawa.gr.jp/

 神奈川、東京、千葉、埼玉と、
 関東地方では全く転院先が見つからずにいた僕たち家族にとって
 これは本当に希望の言葉でした。

 「ぜひ、お願いします」

 そうして、2005年6月、熱川温泉病院に転院しました。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2005/june2.html#changinghospitals

 その日から3年半に渡ってお世話になった
 伊豆の熱川温泉病院との出会いでした。

 本当に偶然のおかげです。いろいろな人にお願いをしてまわって
 ようやく見つけた、たった1つきりの病院でした。

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写真2枚目

 今日も伊豆に向かう電車は、観光客でいっぱいでした。

 パニック障がいで電車に乗るのが苦痛な僕は、
 本当に毎回、必死の想いで熱川と横須賀を往復したものでした。

 横須賀から熱川というのはとても遠くて、
 熱海まで行ったところでようやく道のりが半分なのですね。
 そこからさらにもう半分、遠くに向かいます。

 行きも帰りも観光客ばかりで、みんな楽しそうで、
 時には電車の中は集団の観光客の宴会場のような感じでした。

 植物状態の父を見舞う為に往復している家族にとっては
 楽しそうに騒いでいる人々の存在さえも苦痛でたまりませんでした。
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2007/june2.html#070612

写真3枚目

 今回もまた河津桜が満開になった日にぶつかってしまい、
 ものすごい混雑でした。

 いつの日か僕も、この桜を穏やかな気持ちで
 愛でられる日が来るのでしょうか。

 電車での長い道のりを終えると、最後はタクシーに乗ります。
 やがて川沿いにピンクの建物が見えてきます。それが熱川温泉病院です。

写真4枚目

 本当に、とても素晴らしい病院でした。
 僕は、この病院から受けたご恩を永遠に忘れないでしょう。

 いつも献身的な看護師さんをはじめ、理学療法士の方々、
 ケアワーカーのみなさん、医療相談室の方々、
 もちろん主治医の先生をはじめ、
 全ての関係者のみなさんの
 優しさと思いやりには
 ただただ感謝の気持ちしかありません。

 疲弊しきってしまった家族以上に
 父に対して献身的に接して下さるみなさんの姿を思い出すだけでも、
 僕は涙が出そうになります。

 僕の父を、ご自身のお父さんのように声をかけ続けてくれた
 熱川温泉病院のみなさんの姿は、
 僕の目に、僕のこころに焼きついています。

(その2へ続く)

市立病院運営委員会へ

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(2008年10月29日(水)の活動日記)

● 市立病院運営委員会へ

 今日は、『市立病院運営委員会』の傍聴へ。

 市民病院改革を1期目から重要な政策としてきたフジノですが

 (http://www.hide-fujino.com/diary/2008/jan4.html#080121

 2年以上にわたって傍聴しつづけてきた
 この委員会も、
 今まさに大詰めを迎えています。

 本来ならば前回(8月25日)の時点で、
 経営形態の変更を含めた『改革プラン(案)』が提案されるはずでした。

 けれども、その『改革プラン(案)』をつくるもととなる
 総務省の指示でなされた『医療環境調査』を実行したところ
 あまりにも結果が悪かったのです。

 (医療環境調査とは:
  http://www.hide-fujino.com/pdf/2008/oct/27document.pdf

 例えば、今後の患者数の推移が
 病院側の見込みよりもあまりにも少なかったり、
 地域の診療所からの評価の声が予想以上に厳しかったのです。

 根本的な見直しが必要だとの結論になり、
 『改革プラン(案)』の提案は、いったん延期となりました。

 こうして今回(第9回)は、
 調査を行なった(株)三菱総合研究所の担当者を招いて
 結果報告が行なわれました。

 その後、市議会が10月14日に決議した
 『中間審査報告書』についても報告がなされました。

 (http://www.hide-fujino.com/pdf/2008/oct/29document2.pdf

 すでにタウンニュース紙(画像参照)でも報じられているとおり、
 市議会の特別委員会では

 『市民病院は現在の市による直営ではなく、
  民間の指定管理者による運営、つまり公設民営に移行すべき』

 という主旨の提言が出されました。

 運営委員会では、

 ・何故、市の直営から公設民営(指定管理者)に移行するのか
  (http://www.hide-fujino.com/pdf/2008/oct/29document3.pdf

 ・あらゆる運営形態のメリットとデメリットの比較について
  (http://www.hide-fujino.com/pdf/2008/oct/29document4.pdf

 などの資料が配られて、議論が行なわれました。


● 市立病院運営委員会の結論は「指定管理者による公設民営化」に

 2時間の議論の結果は、
 市議会の特別委員会と同じ結論となりました。


 (1)西地区にとって、市民病院の存在は不可欠である。

 (2)したがって、病院そのものの存在は廃止してはならない。

 (3)しかし、現在の市直営の公務員型の経営ではダメだ。

 (4)議論の結果、民間の指定管理者による運営が効果的ではないか。

 (5)次回の運営委員会で、最終的な市長への報告書を決定する。



 しかし、フジノはこの2時間の議論を終えて
 大きな徒労感が残りました。

 かねてからフジノは、
 現在のまま(地方公営企業方の一部適用)ではダメだと
 くりかえし訴えてきました。

 市による直営を維持しながらも
 自らの改革をすすめていく為には

 地方公営企業法の『全部適用』こそが
 新しい経営形態としてふさわしい、というのが持論でした。

 けれども、今日の病院管理部長・病院長の数々の発言を聞くにつけても
 こんな風に述べているようにしか聞こえませんでした。

 もはや自力での経営改善・病院の再生は不可能です。
 公務員には経営はできません。あとは民間にお願いします。

 つまり、自ら白旗をあげて
 降伏をしたようにしか聞こえませんでした。

 本当にこれで良かったのか、大いに疑問です。

 フジノは市民病院で働く方々を何人も知っています。
 彼ら/彼女らはリアルに病院を変えようと連日連夜、努力をしています。

 また、市立病院運営委員会が提言を行ない、
 病院内部のプロジェクトチームによって作られた
 『経営健全化計画』も
 まだ最後まで実現すらできていません。

 それなのに、内側からの改革はあきらめて
 ただ民間に委ねることで本当に良いのでしょうか。

 フジノはこのHP上では
 『民間委託による運営』も提案してきましたが、
 (http://www.hide-fujino.com/diary/2005/jan3.html#privatazation

 市議会の正式な場での発言としては
 直営のままの『全部適用』のみを訴えてきました。

 『民間による運営』ではなく
 『経営判断の自由度が高い公による運営』である
 地方公営企業法の『全部適用』のみを
 あえてフジノが提案し続けてきたのは

 市民病院で働く全ての方々への
 エールでもありました。

 愛される病院に生まれ変わらせることができるのは
 自分たちの力なのだと自ら改革を実現してほしいと願ってきました。

 それを、病院管理部長や病院長は
 今日、完全に白旗をあげたように感じました。

 フジノにはそれが残念でたまりません。
 自助努力は不可能だということを認めたのですから...。

 また、同じ市立病院とは言っても、

 完全に公務員型であった市民病院と、
 民間によって運営されているうわまち病院とでは
 『職員の待遇』も全く違います。

 うわまち病院に勤めている方々は
 民間によって採用されています。

 多くの知人・友人が勤めていますが
 非常に低い給与で働いています。

 医療・看護・介護に関わる方々の待遇については
 もっときちんと成されなければいけないとフジノは考えています。

 根本的には国の政策の誤りが原因ですが
 経営を黒字にする為に
 官製ワーキングプアが産みだされるようなことがあっては
 絶対にいけません。

 うわまち病院の医療の質はとても高く、
 個人的にしばしば利用する僕にとっては
 ありがたい存在です。

 けれども、うわまち病院に対して
 市議会で何らかの提案を行なっても届きにくいと感じています。

 (例えば、精神科医の確保問題など
  http://www.hide-fujino.com/diary/2008/june1.html#collapsing

 やはり、公設民営という経営形態は
 直営とは全く異なるのだとフジノは感じています。


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 運営委員会が終わった後、
 委員会メンバーの1人がフジノを呼びとめました。

 30分間にわたって意見交換をしましたが
 フジノと同じ想いであることを強く感じました。


 公の責任のもとで成される医療とは、一体何なのか。

 本当に公務員型の経営では、市民病院は自らを改革できないのか。

 かつてこの運営委員会で提言して作られた
 市民病院の経営健全化計画は無意味でしかなかったのか。

 そもそも市立病院運営委員会の約2年間の活動は、
 病院の現場で働く方々の想いとはクロスできなかったのか。

 今後、公設民営になったとしても
 絶対にその新しい病院をしっかりとチェックし続けること。

 市民の為の病院だからこそ
 市民病院という名前を名乗っていることの意味を
 絶対に忘れないこと。


 そうしたことを意見交換しました。

 くりかえしお互いに確認したことは
 最終的なゴールは

 単に財政を良くすることでは無いこと

 です。

 市民に愛される病院として
 再び生まれ変わることこそが真のゴールであること

 を改めて確認しました。

 こういう方が委員会のメンバーとして参加してくれていて
 本当に良かったとフジノは感じました。


● 最後は、蒲谷市長の判断です 

 市議会はすでに公設民営化の提言を行ないました。

 学識経験者や市民公募の委員らがメンバーの
 市立病院運営委員会も、今回、ほぼ提言内容が決まりました。

 どちらも、公設民営(指定管理者制度の導入)を提言しています。

 最後に決めるのは
 蒲谷市長です。

 年度内には『改革プラン』を総務省に提出するのですから
 きっと12月議会には、蒲谷市長から意思表明があるのでしょう。

 蒲谷市長の正式な決断が
 迅速になされることを強く期待します。

 どのような結論になろうとも
 (廃止は論外ですが)

 西地区をはじめとする多くの市民の方々にとって
 市民病院が重要であることに変わりはありません。

 より良い病院となるように
 フジノも全力を尽くし続けていきます。

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(2008年10月7日(火)の活動日記)

● 7年連続の赤字、市民病院の決算

 病院管理部の決算(2007年度)によると
 市民病院の決算はとても厳しい結果となりました。

 2007年度の純損失(赤字)9億2050万4886円。
 未処理欠損金(累積赤字)46億7354万8166円。

 赤字は7年連続となりました。

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 1日の平均入院患者数は326.5人
 (昨年よりマイナス40.5人)、

 1日の平均外来患者数は923.7人
 (昨年よりマイナス24.3人)。

 こうした原因の1つには、
 ドクターの欠員がとても大きなものです。

 例えば、ドクターが実質的に減ってしまった消化器科と婦人科では
 1年間の収入が

 ・消化器科 昨年よりマイナス4億3724万円
 ・婦人科 昨年よりマイナス7577万円

 と、非常に厳しい経営成績となっています。

 これは、経営面から見れば収入のマイナスですが
 患者さんが適切な治療を受けられていないという側面から見ると
 金額以上の大きなマイナスです。

 また、その他の数値としては

 1年間の救急での患者数は1万1397人
 (昨年よりマイナス1992人)。

 1年間の健康診断等の受診者数は1万5820人
 (昨年よりマイナス733人)。

 となっています。

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 こうした市民病院の現状に対して、フジノは
 市民病院みずからが
 生まれ変わろうとする努力を信じて
 『市民病院経営健全化計画』の実行を見守ることとしてきました。

 この計画は3年間のものです。

 フジノはこの3年間だけは、
 赤字であっても決算を認めようと考えています。

 しかし、ますます厳しい経営状況を見るにつけても
 今年度内にも
 蒲谷市長の決断が必要です。

(2008年4月25日(金)の活動日記その2)

● 現場のドクターと、もっと語りあいたい

 市内の病院で内科のドクターをしていらっしゃる方と
 たまたま知り合いになって、
 今夜、30分ほどお話をすることができました。

 日頃から、医療の現場の想いを日頃から受けとめて
 市議会でこれまでも発言してきたつもりですが

 やっぱり現場で患者さんの命と直接に向きあっている
 ドクターご本人の想いをうかがえることは
 フジノにとって、とても大切な機会です。

 今夜うかがったお話は、

 医療の現場で働く人々と
 福祉の現場で働く方々の連携の必要性

 についてでした。

 例えば、特別養護老人ホームで暮らしている
 認知症の高齢者の方が病気になって、病院に入院したとします。

 治療が終わって退院できる時期になっても
 特別養護老人ホーム側が再発を恐れて引き取ってくれない、
 ということがしばしばあるそうです。

 そんな時にドクターが感じることは
 こういう追い込まれた状況では冷静に対話もできないので
 ふだんからもっとコミュニケーションが取れていれば
 良かったのに、ということだそうです。

 一方で、フジノが市民の方からうかがったお話では、
 全く逆のケースもありました。

 ご家族や施設の職員の反対を無視して
 病院を退院させられて
 まだ治療が十分に終わっていないのに施設に戻された高齢者の方が
 施設に戻ったわずか2日後に亡くなってしまった、
 というケースをフジノは相談を受けたことがあります。

 どちらの場合にしても
 こうした事態が起こるのを防ぐ為には
 医療職も福祉職も、お互いに理解しあう必要があります。

 顔と名前がお互いに一致するくらいに
 ふだんからコミュニケーションが取れていれば、
 誤解や意思疎通の困難が必ず減っていくはずです。

 今は、医療の現場で働くドクターをはじめとする方々と
 介護や福祉の現場で働く福祉職の方々とが
 情報交換や意見交換をする場が全く存在していないそうです。

 だから、医療と福祉がもっと顔の見えるカンケーになれるように
 政治・行政がサポートしてほしい、と要望されました。

 フジノもこの要望にとても賛成です。

 在り方としては、私的な集まりでもいいと思うのです。
 公的な場ではなかなか本音も出づらいかもしれません。

 ぜひドクターの方々で
 こうした場を持ちたいという方はご連絡ください。
 フジノの側は、福祉の現場の方々をご紹介できると思います。

 もっともっと三浦半島の保健・医療・福祉が良くなるように
 みんなでネットワークを作っていきましょうね!


● 市立2病院のドクター・看護師・職員の交流を提案しました

 実は、こうしたネットワークづくりについて
 いろいろな形の在り方を提案してきました。

 福祉の現場で働く方々、
 特に高齢者の介護現場で働く方々は別の施設で働く方々と
 ほとんど交流が無いということについて
 場づくりを提案しました。

 (施設長クラスになると施設長会議があるそうですが
  若手クラスにもフェイストゥフェイスのカンケーが持てるといい、と
  考えたのです)

 また、医療と看護についても
 横須賀市には2つの市立病院があることをメリットと捉えて
 交流や合同研修を通しての連携について
 2年前に提案しました。


 (2006年3月8日・民生常任委員会より)
 <フジノの質問>
  まず、2病院の連携の推進ということで、
  確認をしたいことが1つあるのですが、

  市民病院とうわまち病院は同じ市立病院ということで、
  こういった連携も進めてきていると思うのですが、

  2病院間のドクターや職員の交流や合同での研修などは
  行なっていらっしゃいますか。

 <市民病院長の答弁>
  ドクター同士の交換会というのはございます。

  横須賀・三浦の小児科医会というのがございまして、
  これが年間に5回か6回開かれていると思うのですが、

  ここで勉強会などをやっておりますし、
  お互いに情報交換会をそこでやっております。

 <フジノの質問>
  それは、例えば、
  2つの病院の中で異動が相互にある
  などということでは無いのですね。

 <市民病院長の答弁>
  特に異動があるからという形ではございません。

  小児科医会というものの中で、
  勉強会、情報交換会をやっております。

 <フジノの質問>
  医局制の弊害の話が昔からよく出てきているとは思うのですが、
  2病院体制になってさらにドクターの確保が必要という話の中で、
  外からドクターを連れてくるということも
  だんだんできるようになってきているので、

  2つの病院の間で人事交流などができれば、
  また違った動きができるのではないか

  と思って質問いたしました。

  これについては、
  看護師もそれが行えれば職域が広がるのではないか

  片や慢性期も見る、
  片や急性期を集中的に見るという意味で、

  離職者対策にもなるのではないかと考えているのですが、

  今後、そういったことについては
  検討される余地はありますか。

 <市民病院長の答弁>
  先ほどの言葉が足りませんで、申しわけございませんでした。

  ドクターだけの医会と、それから、
  あとは勉強会のときは看護師も呼んで開いておりますので、

  そこでお互いに情報交換などもやれるのではないか
  と思っておりますが。

 <フジノの質問>
  勉強会に加えて、
  人事交流のようなものというのはいかがですか。

 <市民病院長の答弁>
  市民病院が市の直営で、
  うわまち病院は平成18年度から協会の指定管理ということで、
  組織がまず違うわけですから、
  人事交流というのはなかなか難しいのではないかなと思います。

  とりあえずは、情報交換的な形で進めていくというのが
  現実的ではないかなと思っております。

  現に、一部ではそういったことも行われている
  ということでございます。

 <フジノの質問>
  運営形態が異なるというのもよく理解しているのですが、
  同じ市立病院としてそれぞれ共通の問題を持っていて、

  例えば
  電子カルテの導入についてはうわまち病院が先んじている、

  そういった場合には
  市民病院から派遣をさせていただいて、

  実際にうわまち病院で働きながら研修をする
  ということがあってもいいと思います。

  そんな連携も視野に入れておいてもらえたらと思っております。

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 政治家は、いろいろな立場の方々をつなぐことができる
 恵まれたポジションにいる存在です。

 だからこそ、異業種の方々を
 積極的につなげていきたいと思いますし
 そうすべき責任もあると考えています。

 カフェトークの場も、まさに異業種交流の場になっていますが
 それ以外にも日常的に
 『つながり』を作る活動をしていきたいと思います。

(2008年4月8日(火)の活動日記)

● 市民病院、副院長に看護部長を登用へ!

 本日、34才の誕生日を迎えました。

 0時を迎えてすぐに
 他県の方から市民相談のお電話をいただきました。

 34才としての1年も、仕事に生きる日々にしたいと思います。

 さて、そんな34才最初の活動日記は
 良い報告からスタートします。

 まずは、2年前の本会議(2006年9月28日)で
 フジノが行ないました提案をご覧下さい。

 市民病院改革についての提案です。


 <2006年9月28日・本会議より、フジノの一般質問>

  (5)副院長は常に1名を「看護部長」から登用すべきではないか

  欧米では古くから看護師が副院長に就任しており、
  病院の経営・管理運営を行なってきました。

  わが国でもここ数年、看護師副院長は増加しており、
  すでに川崎・横浜の市立病院でも
  看護師副院長が実現しています

  「看護師副院長の存在が
   組織の意識改革や活性化につながる」

  との研究報告もあり、次のようなメリットが挙げられます。

   1.看護部は組織の過半数を占める大集団であり、
    看護職が副院長であることは
    その組織力を経営面にも有効活用できる。

   2.看護職は院内の情報把握が容易な立場にあり、
    職域を超えた調整が容易である。

   3.看護部長は最大規模の部門を
    管理するという経験を持つ強みがある。

  市民病院でも常勤職員の60%を占める
  看護職の代表である看護部長が
  経営に直接関与する立場に就くことは
  看護職全体の
  モチベーションアップにもつながるはずです。

  (質問)
  今後、副院長は常に1名を「看護部長」から
  登用していくべきではないでしょうか。

  市長の考えをお聞かせ下さい。

---------------------------------

 そして、こちらをご覧下さい。
 2008年4月2日付で出されたプレスリリースです。
 (http://www.hide-fujino.com/pdf/2008/apr/02newad.pdf

 この4月1日から、市民病院の副院長に
 看護部長を登用することが発表されました。

 フジノの提案、実現です!

 病院経営の関係者でないと
 なかなかこのすごさが理解していただけないのが残念ですが、
 全国的にも看護部長が副院長の病院はとても少なく
 画期的な取り組みです。

 看護職は、病院組織で最も大きい部署です。
 そのトップである看護部長が経営に携わる意味はすごく大きいです。

 フジノはこころからこの改革を喜んでいます。

 しかも、今回の看護部長・副院長に就任された方は
 かねてから非常に評価の高い、素晴らしい方です。

 本当に良かったです。

 これからも良い政策提言を続けていきたいと思います。

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