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(2月1日(金)の活動日記)
● 性的マイノリティと教育について/下北沢に行ってきました
今夜は、東京・下北沢まで行ってきました。
『性的マイノリティと教育』という大切なテーマで
トークイベントが行なわれたのです。
遠藤まめたさん(RainbowCollege所属)のコーディネートで
ゲストはこちらの方々。
石坂わたるさん(元・養護学校教諭)
田中和子さん(国際基督教大学ジェンダー研究センター長)
福島みずほさん(社会民主党党首)。
居場所が無くてもそれが当たり前なんだと思ってきた
『性的マイノリティと教育』の現在と未来は?
というサブタイトルのこのイベントは
とても重要なテーマで、参加して良かったと感じました。
取り組むべき問題だと考えていたからこそ参加したのですが
改めてその重要性を認識しました。
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政治家冥利に尽きることなのですが、
面識の無い、それぞれ異なる3名の方々から
「このイベントに来て下さい!」
というお誘いをいただきました。
特に、このイベントの紹介記事として
つなさんが書いた文章に、こころをうたれました。
(http://www.delta-g.org/news/2008/01/post-61.html)
このHPでも繰り返しこのように記してきましたこともあって、
みなさまからお誘いをいただく前から
このイベントの存在を知っていて関心を持っていたのですが
頂いたメールのおかげで
さらに『やる気スイッチ』が入りました。
お誘いいただいたみなさま、ありがとうございます。
会場は、下北沢駅から徒歩5分、『下北沢NeverNeverLand』です。
中の写真を撮らなくて、看板だけだと雰囲気が伝わりませんが
沖縄料理の食べれるライブもできそうな広さのいい感じのお店でした。
ここを貸切にして、
50人以上(もっとかな?)の参加者で立ち見もたくさん出て
ゲスト3名とみんながすごく近い距離で熱気に満ちていました。
● 性的マイノリティとは何か?
そもそも『性的マイノリティ』=『LGBT』とは何でしょうか?
Lは、レズビアン。
Gは、ゲイ。
Bは、バイセクシャル。
Tは、トランスジェンダー。
レズビアンの方々は、女性が好きな女性。
ゲイの方々は、男性が好きな男性。
バイセクシャルの方々は、男性も女性も好き。
トランスジェンダーの方々は、
体の性別と自分が認識している性別が一致していない。
すさまじく省略して書くと、こんな感じです。
さらに様々な形で性の在り方が存在しています。
こうした方々は、人数的な側面でいうと少数=マイノリティです。
だから、『性的マイノリティ』と呼ばれています。
(フジノはこの呼び方そのものが好きではありません)
では、マイノリティではない=マジョリティは何かというと
S、ストレート。異性が好き。
体の性別と自分の認識している性別が一致している。
という状態の人々ですね。
この状態の人々が今の社会では多数派なので
そうではない人々がかなり厳しい状況に追い込まれている訳です。
世界の人口の3〜10%以上は
性的マイノリティの方々は存在すると言われています。
10人に0.3〜1人も存在しているのに
それをマイノリティと呼ぶこと自体がおかしいですし、
いろいろな在り方があってこその人間であって、
バラバラで様々であってこそ社会が成り立っていくのに。
だから、ある方が言ってたのですが
『性的マイノリティ』ではなくて『性的バラエティ(多様性)』なのだ
という言葉がフジノにはしっくり来ます。
(だから、このHPでは
『性的マイノリティという社会的な状態に押し込められている人々』を
文字量が多いのを減らすだけの理由で省略して
『性的マイノリティの方々』と記しています。
もっと良い記し方が見つかれば、すぐに直したいと思います)
● 何が問題なのか
人はみんな大切な人と幸せに生きる義務がある、と
フジノは考えています。
でも、それが難しい状況に追い込まれている。
いや、それ以前に、生きていくことさえ難しくなってしまっている。
これが問題なんです。
例えば、去年12月9日に報道された
岡山大学大学院教授・中塚幹也教授の調査によると...
岡山大学病院を受診した全国661人に聞き取り調査
・「自分の性に違和感を自覚したのは小学生時代」と
回答した方がほとんど
・回答者の4人に1人が不登校を経験
・回答者の5人に1人が自傷行為・自殺未遂を経験
・回答者の68%が自殺を考えた
これは、本当につらいですよね?
早くも小学校時代から違和感を抱いているのに
何故に不登校や自傷・自殺未遂へと
追い込まれなければいけなかったかといえば
彼ら/彼女らをサポートしてくれする人が存在しなかったからですよね?
何故たまたま性的マイノリティに生まれただけで
こんなにも長く苦しみ続けなければならないのかと言えば
それはこの国が『ふつう』であることしか許さない社会だからです。
でも、本当は『ふつう』なんて存在しない。
あるのは、1人1人みんなが違う、誰もが違う、という現実です。
それなのに「みんな同じでなければダメ」みたいな圧力が
それを受け容れられない人々を排除していくのです。
性的マイノリティだけじゃなくて
この国はいつだってそうです。
例えば、結婚した女性の多くは
「おこさんはいつ?」「こどもは作らないの?」
とか言われる。傷ついた方はたくさんいるはずです。
妊娠できない方々がものすごく多いのがこの国の現実なのですが
「みんな同じでなければダメ」圧力は
そんな1人1人の事情を無視して、
こどもを産む=良いこと、こどもを産まない=悪いこと、という
圧力をかけてきます。そして、たくさんの人たちが苦しめられている。
誰が圧力をかけるのかというと、『ふつう』の人々です。
本当は『ふつう』なんて存在しないのに
自分のことを『ふつう』だと信じている人々によってです。
「いろいろな在り方がある」ことを認めない態度が
たくさんの人々を死に追い込むほど苦しめているのです。
さて、話を『性的マイノリティ』に戻しますね。
去年9月9日に朝日新聞で報じられた
京都大学院医学研究科の
日高庸晴客員研究員らが実施した調査によると...
ゲイ・バイセクシャルの男性5731人に対する調査結果
・回答者の約半数が学校でいじめにあったと回答
・回答者の3人に2人は自殺を考えたと回答
・回答者の14%は自殺未遂の経験があると回答
うーん...。
● 僕たちは変わらなければいけない
こうしたデータとしてあらわれている実態だけでなく、
生の体験として、
あなたも記憶にありませんか?
「おかま」とか「ホモ」という言葉によるいじめ。
僕も学生時代、
そういう言葉を平気で投げつけてきました。
でも、そうした浅はかな言葉がたくさんの人を傷つけて
さらには不登校や自傷行為や自殺にまで
追い込んできたのです。
死ぬ必要の全く無い大切ないのちが
無理解から失われていくとしたら、それは間違っています。
僕たちは、変わらなければいけません。
人はみんな違う。
それが当たり前。
これまで僕たちは、学校の授業の中で
性的マイノリティについてきちんと正しい知識を習うことも無かった。
そして、もしも自分が性的マイノリティだとしても
誰にも相談できないし、どこにも相談できるところが無かった。
でも、今は明らかに時代は変わりつつあります。
性別というものは、
生まれた時の肉体の性別だけが全てではありません。
そして、性的な在り方が様々なのは
例えば、ゲイであったり、レズであったりするということは
決して特別なことではないのです。
もしもこれを読んでいるあなたが
「そうはいっても気持ち悪い」とか
「いや、理解できない」と思うとしたら
まだあなたは現実を知らないだけなのです。
あなたが今そう思った気持ちやその感じ方だって
これまで僕たちが受けてきた教育によって作られているだけです。
『性的マイノリティ』という事実を
これからの教育の中できちんと教えていく。
あるいは、相談機関を作る、その存在を知ってもらう。
こうした活動によって、性的マイノリティは性的バラエティへと
価値観は必ず変わっていくはずです。
僕たちは、変わらなければいけないのです。
● 性的マイノリティの方を求めています(再再掲)
フジノは『性的マイノリティ』の方を求めています。
これまでも当事者の方々からお話をうかがってきましたが
できることならばもっとたくさんの方々のお話をうかがいたいのです。
今日のイベントのおかげで
インカレのサークルにお邪魔させてもらうお願いをしたり
機会は広がりそうな感じはあります。
カミングアウトをしていない方もまだまだたくさんいらっしゃるでしょうし
「お話を聞かせてください」とフジノが言ったからといって
「じゃあ、話します」なんていかないのは分かっています。
昨日お会いした方も
「フジノさんにメールをしようとずっと思っていたけれど
タイミングが分からなかった」
と話していました。
だから、あなたのタイミングで
もちろん匿名でOKで
(カフェトークもいつも匿名でやってますし)
ぜひお話を聞かせてください。
よろしくお願いします!
(お話を聞かせていただきたい理由はこちら
http://www.hide-fujino.com/diary.htm#080116)
● 保坂展人さん(教育ジャーナリスト・衆議院議員)に会えた!
あまりにも下の写真のフジノの顔、ひどすぎるのですが
1枚しか写真を撮れる時間が無かったのであえて掲載(涙)
画像右:保坂展人さん。
衆議院議員、社会民主党。
(http://www.hosaka.gr.jp/)
すでにいろいろな所で書いてきたとおり、
僕は小学校も中学校も、学校にきちんと行けないこどもでした。
今では不登校という言葉を使いますが
僕の頃は登校拒否と呼ばれていました。
そんな時に、すごく励みになったのが
保坂展人さんの書いた本でした。
当時の保坂さんは10代の味方でした。
大好きな本の著者というだけで顔も知らなかった存在だったのですが、
20年くらい前から教育ジャーナリストしての保坂さんを尊敬してきました。
それが政治家なんかになってしまって(涙)。
もう10年も経つのですね(涙)。
そんなことを書いているフジノも今は政治家だなんて(涙)。
しかも、もうすぐ転職丸5年(涙)。
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