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みなさんが異動に反対している人々でいっぱいの会場でしたから
もともと「誰あんた?」みたいに完全アウェーな逗子に
1人でのりこんできてるフジノは
泣きながら顧問の先生を戻してほしいと訴えていた女子生徒たちに、
すさまじい怒りの表情でニラみつけられまくりでした。
会場中から嫌がられているという空気は
とても重いものがありました。
保護者の方々も、OB・OGの方々も、
「何でこんなヤツを呼んだんだよ」状態になりました。
終わった後も、誰からも名刺をくれとも言われませんでした。
会場中からフジノへのイヤな空気を感じましたが
この意見を言おういうのは依頼をもらった時から決めていました。
自分の部活動の顧問の先生が異動したら
部活動がもうできないなんて泣き言は、顧問の先生にも失礼です。
顧問が変わったら一気にレベルダウンするような
そんな程度の部活動しかしてこなかったのか、
そんなに他人任せで活動してきたのか、と感じたからです。
僕は小学校時代にやりたい部活が無かったから新しく作りましたし、
高校時代の部活動には顧問の先生が実質的にいませんでした。
でも、どちらでも全力を尽くしましたし、
成果としても良い結果を出せました。
指導者とか顧問の問題じゃなくて、
個人や仲間たちの努力でやれることはたくさんあります。
だから、いち個人の人事異動の話なんかで
泣き喚くのではなく(あえてそう書きます)
この学校の特色はこの部活動だ、とか
この学校の特色はこの分野が強いからだ、とか
今ではそういう情報によって中学生たちは
高校の受験校を選んでいるのですから
それを信じて受験したのに
入学したらその学校の特色である部活動や様々な活動の
先生方が異動していたとか後継者の先生も育っていなかっただとか
つまり、特色として中学生たちを惹きつけておいて
実際にはその高校の中身にウソがある、というような状況が
他の生徒たちに2度と起こらないように
教職員の人事異動制度に
こどもたちの声、保護者たちの声、現場の先生の声が
もっと反映される仕組みをつくるべきだ
と、問題をもっと大きく考えていくべきだと
あえてフジノは政治家として断言します。
最初のきっかけは
好きな先生が異動でいなくなることだったかもしれない。
今はただその先生を取り戻したい気持ちだけしかないかもしれない。
でも、人事異動という制度は
組織を運営していく上で必要不可欠な制度なのです。
そこに、どれだけ生徒・保護者・現場の先生の声が反映できるか。
それが問題の本質であるはずです。
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そんな訳で、政治家フジノの逗子デビューは
スケジュールせっかくやりくりして電車代払って逗子まで雨の中
わざわざ嫌われる為に来たのかという
イタいだけのものに終わるかと思いました。
そうしたら、
すでに大学生で法学部で学んでいる学生から
いくつかの法的な側面からの反論がありました。
フジノの言わんとすることを受け止めてくれた学生が
1人だけでも存在した訳で、とてもうれしかったです。
僕はこの1人の学生が理解してくれただけで
行ったかいがあったと感じました。
フジノは政治家として、横須賀市民の方々に媚びることはありません。
相手がたとえ逗子市民であっても誰であっても同じです。
「よし、じゃあ、異動を撤回する為に全力を尽くします」
なんてセリフは死んでも言えません。
問題の本質は、一体どこにあるのか。
それは本当に問題なのか。
問題ならばどこを変えていくべきなのか。
どうやって変える為の活動をすべきなのか。
涙をたくさん流せば世の中が変わるなら
障がい福祉はもう完璧な日本になっています。
けれどもそんな世の中じゃない。
闘わなければ、絶対にこの国は変わらない。
必要があれば、一緒に知事のところでも教育委員会のところでも
いつだって言ってあげるのはかまわない。
でも、それが本当に意味のあることでなければ
自分たちで自分たちの行動を「エゴ」だと言ってるレベルなら
そんなのにつきあうのは絶対に政治家の仕事では無い。
けれども最初に書いたとおり、
僕は高校生たちが自ら問題意識をもって
政治家まで呼んで話し合いの機会を持ったことを高く評価しています。
だからこそ、こどもだとは一瞬も考えずに
大人を相手にする時と全く同じ態度で向き合いました。
過去に1度も撤回されたことがない人事異動の発令を
涙だけで変えられるはずが無い。もっと違う闘い方を考えろ、と語りました。
帰りの電車で
「ああ、厳しいことをたくさん言ったから
これでまたおれは敵を増やしたなあ...」
と感じつつ、
でも、いつか高校生たちは気づくはずだ、と
僕は彼ら彼女らのことを信じたいと思いました。
がんばれ、高校生たち。
がんばれ!
夢にときめけ!明日にきらめけ!
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