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小学生って、油断してたら、すぐ楽な方に、流されますね。
または、すぐに惰性になったり。
先週まで、小学生の生徒さん、演奏試験に向けて、自発的に頑張っていました。
見ているこちらも、頼もしい気持ちでした。
そして、一回弾くごとに、可愛いシールを貼ると、更にやる気がアップしていく様子を見て、
演奏試験までの間、シールゲットで頑張ろう!っていう感じで、やっていました。
そして演奏試験は無事終わり、その後のレッスンです。
まだまだ「シールフィーバー」が残っていて、シールをゲットするために、その生徒さんは、やる気を出して、曲を弾きました。
が、それが、油断していたら、あらぬ方向へ!
シールを、楽にゲットしたいがために、弾けて当たり前な、簡単な曲ばかり弾こうとするのです。
こういうのって、いい大人でも、あることですね。
楽に儲けられる方へ流される。
その時は、いい気分で、ノリに乗っているけど、
後で、どんでん返しが来る。
周りの人から厳しくされたり、人生の荒波を経験したりすると、
決して、楽な方へは、流されなくなりますが・・・
小学生って、本当に、経験未熟なので、
周りから厳しくされたり、失敗したりして、学んでいますね。
ところで、だらしない大人の中には、失敗しても、失敗と思わずに、だらしない生活を続ける人がいます。
失敗を失敗だと気付ける感性も、周りの人の厳しさなどから、学んで身につくのでしょうね。
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日記
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ピアノレッスンにて、
生徒さんのタイプをあげたら、キリがないかもしれないけど、
私と似ている、と思ったタイプは、自分の意志で、ピアノレッスンをするタイプ。
それとは反対に、私と逆のタイプで、自分の意志など無いに等しく、周りの人達の温かい働きかけがあって、ピアノレッスンのやる気を出すタイプ。
その、私自身とは違うタイプを知るのに、けっこう時間が掛かりました。
随分と長い間、この生徒さんは、何をしにレッスンに来ているんだ? と批判的な気持ちで考え続けました。
それでも、来てくれているんだからと、精一杯、自分にできる働きかけもしましたが、
なかなか、的を得たことができません。
そのうちに、この生徒さんは、人間的な丸い丸い関わりがないと、動かないんだな〜、ということが分かってきました。
私自身は、理路整然と考えて、自分に必要なことを割り切ってするのが、当たり前になっていたから、
そんな自分とは逆だな〜、と思います。
その生徒さんには、お喋り、表情、笑い、思いやり・・・、そんな人間的な豊かさが必要です。
そういう豊かさの中で、やる気が出て、ピアノを弾く気持ちになります。
逆に、常識から考えて、親にお金を出してもらってレッスンに来たんだから、ピアノ弾くのが当然! なんていう理屈は、一切通用しません。
自分とは真逆の人間性との出会い、それもまた素晴らしいものです。
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ピアノレッスンにて。
小さい子供さんは、手が小さいので、鍵盤を押さえるだけで精一杯で、
指の形には、なかなか気がいかないものです。
こちらが、「指は伸びないように。手の中に卵のある感じ?で、丸くして弾く」ことを言っても、なかなかできないし、
一瞬できても、弾いていくうちに、やっぱり指がペタペタと伸びてきます。
それでも、最初のうちは、手指の形を言うだけで、嫌がられていました。
だから、あんまり言っていたら、ピアノ自体、楽しくなくなって、遠ざかってしまうな、と思い、何も言わないことにしていました。
それが、子供さんも、最近は、弾くことに以前より慣れたのか、
細かい指の形の忠告も、耳を傾けるように、なりました。
それだけでも、少しだけホッとしています
でも、なかなかできないです。
できないのは、当然ですから、
毎回、手首を柔らかくする運動とかして、ピアノを弾いたり、
手指の理想的な形を、毎回、10秒でも(汗)していると、
一年後には、今よりも、音も手指も、綺麗になっているかな・・・
長期戦だなー
ジワジワと少しづつだなー
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ピアノ教室の発表会を、あんまりアットホームで低予算の会場でし過ぎると、
全然、生徒さんに緊張感がなくなる。
緊張感がなくなって、ボロボロの演奏、・・・間違えだらけ、テンポも揺れまくりの演奏でも、全然、反省もなくなる。
講師のほうも、何となく「まあ内輪の発表会だし、仕方ないか」と思ってしまう。
ただ・・・、そんな気がしてならないので、今、所属しているピアノ教室から、ちょっと遠ざかりたい。
困ったものだ。
とはいえ、その低予算の会場ばかりでなくて、
他の、色んな子供さんの演奏試験にも参加するわけだから、
予算がかかってそうな、キレイで新しい会場も、行くわけです。
予算がかかってそうな会場では、子供さんの緊張感が増して、
演奏でミスをしてしまうと、子供さんは、すごく落ち込みます。
緊張感のない会場と比べると、かわいそうなほどです。
その代わり、色んなことに、気付いて欲しいな、と思います。
ところで、昨夜、テレビで、バラエティ番組を見ていました。
タレントさんに、そのタレントさんの嫌がることを仕掛けて、隠しカメラで撮り、
その反応を見る、という内容です。
ただそれだけのことに、大掛かりな仕掛けと、時間と人手を掛けているのが分かります。
そこまでやっていると、ただの嫌がらせでも、すごい面白いです。
面白さや、緊張感は、主催する側が、どれだけ手間暇・予算を掛けたかで、
見る方や、参加する人にも、伝わるものがあるのだなあ
この気付きって、色んなことに活かせるなあ、と思った、秋の夜長でした。
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「完成品」の反対は、「未完成品」。
人様に見せるものは、完成品でないと、その相手のやる気を引き出すことは、できない。
・・・なんていう当たり前のことを、子供ちゃんのピアノレッスンで、ひしひしと考えた。
だって、私が、苦心して、手書きで書いた楽譜は、子供さんたら、あんまり弾きたがらないし。
いいんですよ。さすがに、その理由、私も察しました。キレイな完成された楽譜じゃないと、やる気でないんでしょ。
プリントで、楽典の問題出すにしても、手書きより、やっぱり、市販の音楽ドリルや、ワークブックの方が、よく続くんです。
もし、私にも時間がふんだんにあって、体系立った問題集を自分の手で作れて、それを、手書きじゃなく、コンピューターで打ち込んで、製本できたら、どれほど満足か〜、
と、考えます。
いずれ、やってみたい。
ところで、完成品と未完成品。
本以外にも、あらゆる所にありますね。
完成品とは、誰の目にも要点が分かりやすく、すっきりまとめられている物。清潔感があり、美的センスも申し分ないもの。
カレーライスでも、美味しいのは完成品。変な味がしたら未完成品。
喋り方でも、分かりやすくウィットに富んだ喋りは完成品。要点も分からない喋りは未完成品。
服装もそう。
何につけても、完成品を目指すと、人に受け入れられやすく、自分にも相手にも、良い効果があるかと思っています。
少しづつ気をつけていきたいですね。
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