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東儀季芳 とうぎ-すえよし
1838−1904幕末-明治時代の雅楽家,作曲家。 天保(てんぽう)9年2月生まれ。東儀季誕(すえのぶ)の子。分家の東儀季郛の跡をつぐ。明治3年太政官雅楽局にはいり篳篥(ひちりき)を担当。松野クララにピアノをまなび,唱歌の作曲もおおく手がけた。海軍儀礼歌「海ゆかば」で知られる。明治37年2月9日死去。67歳。京都出身。 ○東儀家
本姓: 秦氏、阿倍氏 など数多くの家系あり。 種別: 地下家(楽家) 士族および平民 出身地: 近畿地方 主な根拠地 近畿地方 江戸 東京都 ☆著名な人物 東儀秀樹
東儀祐二 東儀鉄笛 東儀俊美 東儀兼彦 東儀季芳 東儀頼玄 支流、分家 数多くの分家あり。
東儀家(とうぎ け)は、奈良時代から今日まで1300年以上の間、雅楽を世襲してきた楽家(宮中・京都、南都・奈良、天王寺・大阪の楽師の家)の家系。 堂上することは許されない地下階級に属する下級官人の家系。
近衛府の下級の官職名を代々与えられていた。
遠祖は聖徳太子に仕えていた秦河勝(はたのかわかつ)で秦氏の末裔とされるが、真偽は不明である。
○東儀秀樹
基本情報 出生 1959年10月12日(50歳) 血液型 B型 学歴 成蹊高等学校卒業 國學院大學文学部第二部神道学科中退 出身地 日本・東京都 ジャンル 現代雅楽 職業 雅楽師、作曲家 担当楽器 篳篥琵琶(ひちりき びわ)、鼓類、チェロ、ピアノ、シンセサイザー 活動期間 1996年 - 現在 レーベル TOSHIBA-EMI(1996年 - 2004年) Universal Classics(2007年 - 現在) 共同作業者 TOGI+BAO 公式サイト togihideki.net 東儀 秀樹(とうぎ ひでき、1959年10月12日 - )は雅楽演奏家。東京都出身。奈良時代から続く楽家(がくけ)の家系に生まれる。身長177cm。 商社マンだった父親の仕事の関係で、幼年期をタイ、メキシコで過ごす。
成蹊高等学校卒業後に國學院大學の二部で学ぶかたわら、宮内庁式部職楽部の楽生科で雅楽を学ぶ。
1986年から10年間、楽師として活躍する。宮内庁の楽師として活動する一方で、1996年にファーストアルバム『東儀秀樹』でデビュー。
雅楽器とピアノやシンセサイザーといった現代楽器の珍しいコラボレートで話題となった。
同年宮内庁を退職しフリーランスでの活動をスタートさせる。
元々雅楽の世界に入る前は、海外での生活で耳にした洋楽のロックやポップスやJAZZなど 影響を受け、学生時代は友達とロックバンドを組み本人はエレキギターを担当した。
高校を卒業したらプロのギタリストでやっていきたいと本気で思っていたそうだが、 母親の東儀九十九(とうぎ つくも)から「どうせ音楽の世界に入るのなら、東儀家の血を引くものとして雅楽をやってみてはどうか」と勧められて宮内庁に入庁した。
古典芸能であった雅楽を現代音楽と結びつけ、その素晴らしさを一般に知らしめ、広く認知された。 この功績により2004年、文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。専門として演奏する雅楽器は篳篥(ひちりき)であるが、宮内庁の楽師はその過程ですべての雅楽器と舞をマスターするため龍笛、鳳笙なども演奏する。
また最近は雅楽よりも庶民的な芸能で、既に衰退してしまった伎楽の復興にも力を入れていて、コンサートなどでも度々上演している。
母親が東儀家出身。東儀家の先祖は渡来人であり、聖徳太子の腹心であった秦河勝(はたのかわかつ)とされるが、正確なことは不明。下級の官人なので、正確な系譜は伝わっていない。
楽家は下級の官人であったため、天皇への拝謁(はいえつ)はおろか、堂上に上がることさえ許されない家柄であった。
インターネットの一部の情報として、早稲田大学校歌の
作曲者である東儀鉄笛の子孫とする記載がみられる
が、東儀秀樹は徳川幕府に仕えた楽人の末裔であって、京の朝廷に仕えた楽士の家系(安部姓東儀・あべのとうぎ)である鉄笛とは直接の先祖−子孫の関係にはあたらない(藤原氏と同じく、東儀家も数多くの家系・分家がある)。
〔終わり〕
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