日々世の中で感じる事や呟き

一人暮らしの男の戯言、自分なりの価値観、人生観を綴ってみます。

仏教、密教的思想など

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懺悔、追悼、祈願の文

 諸仏諸神に申し上げ奉る
我が罪、穢れ、過ち、不浄なる行いを許したまえ。
我が愚かしさ、懈怠なるを許したまえ。
我が過去世の罪、咎、穢れ、過ち、不浄なる行いを赦したまえ。
我が業障、報障となるものを赦したまえ。
我が業障、報障となるものを消し去り、滅するべく、道を造り、道を開きたまえ。
我が現在世の過去に於いて、忘れたもの、覚えあるもの、犯した罪、咎、穢れ、不浄なる行い、無碍に傷つけてしまった人々、虫、生き物、時には殺生してしまったもの、我が何気にかけた言葉により、傷つけ、人生を狂わせたであろう諸々の行いを許したまえ。
 
我、懺悔の言葉を述べれども猶し、気付くと気付かざるに於いて諸仏諸神の御教え、御意に沿わぬ罪、咎となる行いをしている事でありましょう。
 
我がいたらなさ、愚かしさ我が弱き心を赦したまえ。
 
仰ぎ請い願わくば我が三真(心、身、魂)に諸仏諸神の御教えを刻み込みたまわらんことを、
 
我、砂漠の砂塵の砂の一粒の如く、諸仏諸神の片隅の隅に置いて御教えを聴聞させられん。
 
我自身を守り、我を頼る人の為、我に相応しき仏力を、お授け賜らん事、お願い申しあげ奉る。
 
我が強欲なる願い、不遜、不浄、愚かしき願いを赦したまえ。
どうか、我が身口意の三業、三真(身、心、魂)清浄ならしめたまえ。正しき道、正しき場に在らしめ給え。
 
御教えに従い行いをなさんとする時、我が内より来る障碍、我が外より来たる、見えざる不浄なる障碍する悪的を打ち払い焼き滅ぼしたまえ。
 
我が先祖代々の御霊、先祖代々水子となった御霊、我が先祖代々のゆかりの御霊、それぞれの罪、咎、穢れ、不浄、愚かしき行い、業障、報障となるものを赦し消し去りたまえ、正しき道、正しき場に在らしめ給え。
 
此度の東日本大震災にて、亡くなられた方の御霊、正しき道、正しき場に在らしめ給え。
 
震災以前に、墓に骨が納まっており、墓が壊れたり、土砂に埋まったり、流された墓の御霊、正しき道、正しき場に在らしめ給え。生き残っても生き惑い、立ち直れずにいる人々、ご加護と御教えを垂れたまえ、依って正しき道、正しき場に在らしめ給え。生きるに失墜し、孤独にも死なんとする人々、生きるべきものならば、生かさしめ、ご加護と御教えを垂れたまえ。正しき道、正しき場に在らしめ給え。その者共、死ぬるべきものならば、その御霊、正しき道、正しき場にあらしめたまえ。
 
福島の原発で被害を食い止めんと、事を知りたる人、何も知らずに働く人々、公の立場、企業の立場、私の立場で働く人々を守り導きたまえ、放射性物質の正しき処理方法が見つかり、なされんことを。
 
今後一切、放射性物質が扱われる事なく、地上から消えて行く方向に向かわん事を。
賃金をピンはねする輩を表に出し、焼き滅ぼしたまえ。
裏に在り、又は表に在り、金と権力、三毒(貪、瞋、癡)と五毒にまみれ、弱き立場、貧しき立場の者共より、吸血鬼の如く富と財を吸い上げ、色々と苛み(さいなみ)
 
悪事を省みず笑う輩共、一族諸共、焼き滅ぼしたまえ。これらの輩の不正になしたる、財物を剥奪し、弱き立場、貧しき立場の者共に等しく戻しわけあたえられんことを。
飢餓と渇きに苦しむ立場に追い込まれた者共、
少しの食料と薬が有れば助かる命、生きるべきものなら、御救いと御教えを賜り、正しき道、正しき場に在らしめ給え。死ぬるべき者ならば、御霊、正しき道、正しき場に在らしめ給え。
このような立場に追い込み、殺戮、金と権力、資源盗奪、三毒、五毒によりて悪事をなしたる者、その協力者、家族、一族郎党、悪を見て見ぬ振り、見過ごしてきた物、同罪にて、打ち払い焼き滅ぼし給え。不正になしたる財物、剥奪し、弱き者共へ等しく分け与え、戻されん事を。
この世において、心を正し、正しき道、正しき場にあらんとする者を護り導きたまえ。三毒妄念、五毒にて障碍をなさんとするもの、悉く焼き滅ぼし給え。
 
南無懺悔、懺悔、六根清浄、我が罪、咎、穢れ、不浄、過ち、愚かしさ、弱き心、強欲、不遜、懈怠なるを赦したまえ。
 
(了)
 

密教と仏教は別物ではありません。仏の教え、悟りに近づく為の修行の方法がシステマティックに組み上げられたもので、市井の仏教寺院が謂う「大乗仏教」の発展版といえます。諸派が「教学」とすれば「その教学を含め、それを深めて実践する、神仏を感じる事ができる。教えが、なんらかの形で現れる。悟りへの道が速まる。とされる」宗派です。ただ、密教は正式に入門して、師子相承、伝承を受けなければ、或る事は教えてもらえても、それ以上の或る事は教えられない、越法(おっぽう)とされる禁があります。それは、規則儀礼に則って行わないと危険が潜んでいるからです。

在家でも、修行、修法を学びたい方は、寺院などで得度、受戒を受ける事からのスタートとなるものと思います。加行、一尊法を授かるのにもです。書籍の真言、陀羅尼などは、誤魔化し、ぼかし、倒置、変言、置き換えが在り、余り、役に立たないそうで、実際の唱え方を門人以外、教えない、教えられないとのこと。また、流派により、修法、真言、陀羅尼など、方言の如く微妙に異なるそうで、自身の知に在るものと違うと言っては、ならぬ、誇り、自尊、こだわりを捨て無私になり、法を授ける師に素直に受けよ、従えなくば去れということです。

 

四諦(四聖諦) 

〇苦諦:苦という真理
 
〇集諦(じったい):苦の原因という真理
 
〇滅諦:苦の滅という真理
 
〇道諦:苦の滅を実現するという真理
 
 
☆苦は「知り尽くすべきもの」⇒(遍知=あまねく、偏り無く知る)
 
☆苦の原因は「滅するべきもの」⇒(滅除)
 
☆苦の滅は「実現すべきもの」⇒(成就)
 
☆苦の滅を実現する道は「実践すべきもの」⇒(修習=心と体に深く刻み
 
込む修練)
 
 


 般若心経の経文の中に「無苦集滅道(むくしゅうめつどう)」と在ります。
 
 
◎「集」
 それは、生きるうえで、色々な難儀に逢う時、その事に、こだわりして、あぁでもない、こうでもないと、一つ間を置いて物事を考えない事により、苦しみの種を“あつめる”事かと存じます。
 

  
 五毒⇒苦の因となるもの(羅我=心の清浄を悪へ と駆り立てる因となるもの)
 
 〇性欲
 
 〇物欲
 
 〇名声欲
 
 〇自尊心
 
 〇競争心
 
 
 ☆(障・・・さわり、禍の元、妨げになるもの)
 

 五障の災い
 
 〇転輪聖王
 
 〇帝釈天
 
 〇梵天
 
 〇第六天魔王
 
 〇仏になれない者・・・女性(差別ではなく、そういうものを魂に背負っているという事を謂うのだと思われます。)、その他鬼神、鬼道の魂、羅刹、厭魅、妖魔、餓鬼、畜生道の魂、修羅道の魍(もの)

 五障五蓋〘雑阿含経〙
 
 〇貪欲蓋
 
 〇瞋蓋
 
 〇睡眠蓋
 
 〇棹悔蓋
 
 〇疑蓋
 

 
 五障〘大集法門経〙
 
 〇楽欲障
 
 〇瞋恚障
 
 〇睡眠障
 
 〇悪作障
 
 〇疑惑障
 

  三障
 〇煩悩障(ぼんのうしょう)⇒六煩悩((驕暴・慢心・邪心・貪欲・無癡・欺  瞞))、睡眠欲、食欲
〔餓鬼・畜生・修羅などの三毒(貪・瞋・癡)から来る障り〕
 〇業障(ごっしょう)
〔五逆罪や十悪による業から来る障り〕
 〇報障(ほうしょう)
 〔三悪道を行じた結果の報い、背負わされた償い=血縁、先祖の他人への酷い仕打ち、怨みを持たれる行い〕
 

 四魔
 
 〇(五)陰魔(いんま、おんま)=五縕魔(色・受・想・行・識)、㊣⇒五陰  魔
 〔五体(頭、首、胴、手足、全身)から来る病気等によるもの〕
 〇煩悩魔
 〔煩悩から来る妄惑〕
 〇死魔
 〔西洋で謂うところの、死神〕
 〇天(子)魔
 〔第六天魔王による〕

 
 ☆五逆罪
 
 父を殺す、母を殺す、阿羅漢を殺す、仏身より血を  出す、和合僧を破す
 

 
 ☆十悪・・・身の三悪、口の四悪、意の三悪
 
 殺生、偸盗、邪淫、妄語、綺語、悪口、両舌、貪欲、瞋、愚癡
 

 色蘊(しきうん=かたち)
 
光のさすところに、形、いろ在りと視ても、それ、闇に包まれれば形もいろも失せるなり、人、それを昼と夜と呼ぶが如し、悉多(心)にても同じ、それ、うつろなり、こだわりもてば苦を生む実(じつ)となるなり。
 
世間の形式、習慣、作法、ものごとはそうあるべきと、こだわる。心に形作られたもの。

受蘊(=情け、情をかける)
 
他人の事を思う、愛着のあるものを思う、助けを求められていないのに可哀想だからとなさけをかける。愛しみの在る者への思い、叶わぬ思いに苦しむ。気にかけなくても足りる事を気にかけ、因を造り縁を結び苦しむ。
 
助けを求められれば、情け、慈をかければよいのである。
 
☆路傍の石仏に供物を与える。寺院の参道に在る石仏になさけをかけ、手を合わせる。
 
交通事故死者の弔いの地蔵菩薩像になさけをかける。
それらには、
未成仏のさまよう霊、現世に、なつかしみを持ってさまよう霊、誰にも振り返ってもらえない事、供養を受けない事により、現世の人間に強い憎しみと怨みを持つ霊、死んだ時の苦しみ、痛みから逃れられず痛み苦しみをそのまま、抱えた未成仏霊、魑魅魍魎を封じ込めた石碑、封印が解けてしまっているものが在る。それらになさけをかけるは、因と縁を結ぶ事になり、憑依される危険性を孕み、憑かれれば、人生を狂わされ、酷い時には、家族、一族、親戚まで不如意に難病や横死(不慮の死=事故死、殺人、強姦)、自死(自殺)など多発し、一族全て、滅びの方向に向かう。
 
未成仏の魍(もの)が見えても、話しかけられても、知らぬ振りをするべきものである。見える、聞こえるが因となり、それに受け答えするに縁を結ぶ事になる。また、後になって、つらつら、思う、思いをめぐらすのも、因と縁を造り苦しむ種になる故に「想う」は禁忌なり。
 

 
 
書きかけの記事でございます。
 
機会を見て書き足しをしようと思います。では、皆様よろしゅうに。

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