子沢山ステップファミリーの幸せめざして、日々いろいろ

ドタバタな日々が続く中子供達の笑顔に力をもらっています。

実家

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母からの便り

昨日母から郵便で手紙が届いた。
実は明日ねクリスマスイブが私のバースデー。
その私の誕生日にって。
中には母からの手紙とお金が入っていた。
いつもお疲れ様って。
なかなか助けてあげられなくてごめんね。
年金がもらえるようになって少しだけ自分の自由になるお金ができたから、誕生日になにもしてあげられないけど、たまには自分の物を買ってください。って書いてあった。
毎日頑張っているからプレゼントです。と。
母からの精一杯の気持ちが込められていた。
いつもなにかと気にかけて心配してくれている母。
ありがたいって思いました。
何かのときにはかけつけてくれたり、手助けしてくれたりしている。
おいしいお野菜もたくさん届けてくれたり。
それだけでも十分感謝している。
そんな母からの便りに目がうるんだ。
ありがとう。って電話をした。
昨日パパさんのお母さんからも電話があり、プレゼントしたいから、今日一緒に買い物に行こう、とお誘いがあった。子供達もママになにかあげたいから買い物に連れて行ってほしいと。
我が家の子供達日ごろはおこずつかいと言う形で定期的にお金をあげていない。
いるときに少しずつわたしているだけ。
それなのになけなしのおこずかいで何かしたいと・・・。
みんなの気持ちが嬉しい。
気持ちだけで十分嬉しい。
みんなの心が本当に嬉しいって思った。
幸せだなって。
みんなに感謝。
みんなの心に感謝。
みんなありがとう。
私のことを思ってくれて、ありがとう。
これからもこんなママをよろしくね。
ママからみんなには何ができるのかな?って考えた。
自分にできることをしよう。何かしら少しずつでも。
そう思った。
 
 
 

感謝

実は今週やっとギブスがとれました。でもまだ痛みは消えたわけではなく、なかなか不自由が残る最近。今週はじめから実家の母が泊まりでヘルプに来てくれました。ありがたかったです。
子供達もパパも家事からの解放もあり感謝。でも子供達すっかりぱあちゃんに任せてお手伝いそっちのけで遊びまくり。まぁそれだけ我慢してたところもあるのでしょうが・・・。
友人も心配して訪ねてきてくれたりとみんなに助けられてかなり元気になれました。みなさんありがとう。ニョロは相変わらず分断ではトラブルメーカーになっているようですが、とりあえず時間の点に関して今週は今のところがんばっています。
ありがとうございました。
ヘルプに来てくれている母といろいろな話しをしました。その中で父が母に対してパパのことを話していた話しを聞いて涙がでてきました。
パパは本当に子供達にたいしてよくやってくれている。がんばってくれている。ありがたい。
彼なら大丈夫だろう。私が一生ついていけばいいって話していたそうだ。
思いもよらない話だった。
それを聞いて涙があふれた。
父は彼に対していつもいいことは言わなかった。そしてひげはそってくるべきだ、とか、頭髪は整えるのが礼儀だ。とか最近太りすぎでメタボじゃないのか?とか、文句ではないがいいたいことを言っていた。
私にしてみればあまり気に入らないんだろうか?とすら思ったこともあった。
でも、違った。
前が前だった、それだけに・・・・。父としてもいろいろな思いもあったそうだ。
それでも彼に対して何度も何度も子供達との彼のやり取りや私達家族を見ていて本当に彼に信頼をもってきて母にそう話していたそうだ。それが嬉しかった。
いろいろぶつかることもあるかもしれないし、トラブルもあるだろう。でも大丈夫だろう。のりこえられる家族になるだろうと、私達の幸せを見守りたいってそうおもっていてくれたようだ。
何かがあれば面と向かっては言わなくても心配したり、ほっとしたり。
そんな心が嬉しかった。ありがたかった。
先日たずねてくれた友人に言われた。
心が不安定になったり子供のことで悩みは山だろう。でも、以前の私と比べたらぜいたくな悩みだよね。って。確かに。
元旦那のもとにいたころ。今のように子供のことで心配したりそれはいつも一人で抱え込んでいた。そしてそれすら考えることができない時期もあった。もっと違う悩みで心がマンパンだった。
でも今は違う。贅沢な悩みだよね。って。
笑われちゃった。あは。確かに。大丈夫、一人じゃない。それに気づかされた。
心の波はあるけれど、がんばろうって思えた。
みなさんありがとう。

母の入院

一昨日母が入院したと父から連絡を受けた。病状は蓄膿から脳内に膿がたまって頭痛をひきおこし、それにより炎症をおこし発熱、嘔吐を繰り返したらしい。
母は私が子供の頃にも2度にわたって蓄膿の手術をうけていた。子供心に手術後の母の姿がえらそうでくるしそうで見ているのもつらかった記憶がある。
また、なのだろうか? ふとその記憶がよぎった。もともと鼻の弱い母、父も心配でその夜は一睡もできなかったらしい。それでも入院して点滴治療で随分楽になったようだ。
昨日パパと姉と一緒に見舞いに行った。痛みも随分落ち着いていてホッとした。
身体はあまり丈夫ではなく私が子供の頃も入院を繰り返していた。私たちが小さかった頃は父が家事も育児もやってくれていた。そして、私たちがおおきくなってからは、母の変わりに私が家事をうけもっていたこともあった。60をこえ、随分身体もむりがきかなくなっているのもあるだろう。
日ごろの疲れも。無理せずに早くよくなってくれるといいなぁ。と思った。
今日は子供達も一緒にお見舞いにおばあちゃんの顔を見に行きたいっていうので子供達を連れて行こうと思う。いつもいろいろ子供達のためにがんばってくれているおばあちゃん。
早く元気になってね。父も一人で寂しそうだった。
今度は母の看病で父が倒れなければいいけどって思った。

娘達とニョロ

今日のお昼に実家の両親が収穫したお野菜をたくさん持ってきてくれた。
とれたてのトマトやナス、ピーマンにおくら、ししとう、パプリカ、ごぼうにニンジン、玉ねぎ、モロヘイヤ。スイカ、きなうり 本当にたくさんの新鮮なお野菜。とっても嬉しい。たびたびたくさんの取れたてのお野菜を分けてくれる両親に感謝。
そして訪れたじいばあちゃんに付いていきたいーって娘達。
本当はニョロも「行きたいなー」ってぼそって言ったのだけど、ちっとも言うことをきかずわがままだらけのニョロは却下されてしまった。少し寂しそうに「いいよ、行かない」と言ったニョロ。
帰り際には「ニョロも言うこと聞くならくるか?」と聞いたじいちゃんに「行かない。」と一言。ちょっぴり寂しそうだった。
でもそれも仕方ないのかなぁ。私自身女兄弟で育ってきた。その女の子を育ててきた両親にとって男の子のパワーはついていけないことだらけ。
毎回、もう無理。と男の子達には音をあげている。
先日も廊下に置いてあった瓶をけりで割って廊下中を水浸しにしたニョロ。
後片付けが大変だった。片付ける際にガラスで手を切ってしまったママ。
そして落ちていた破片で足を切ったウサコ。
男の子のパワーがあまっているのか大変な毎日。そんなこんなで母の神経では確かに男の子達は大変だろう。
そして女の子達が出かけてしまった後ニョロはママの金魚のフン状態。
ママが移動すれば移動して、ついてまわっていた。寂しかったんだろうな。
アニジャは今日は朝から友達とでかけて留守だった。
それで余計にだろう。最近兄弟がいるとママの側にはりついていることはほとんどなかっただけになんか笑えた。
やっぱりまだまだ甘えんぼのようだ。
末っ子の甘えんぼ、人一倍ママっこたったニョロ。最近ではそうでもなかったのだけど久々にママにべったり。まだまだだなぁ。
それでも今年の年末にはお兄ちゃんに。
どんなお兄ちゃんになるのかなぁ。
今から楽しみ?不安・・・・。まぁ楽しみかな?。あは。

保険

今日実家にいたころ作った保険の名義変更のために実家にうかがった。

実は結婚する前につくった年金保険の名義と住所変更をまだしていなかったので。

そして、入籍はしたものの、まだ保険の名義等はほとんど書き換えていない。

とりあえず、ひとつずつかえなければ。

正直私の保険、いまだに元旦那が受取人になっている。

そのままだったから。

でも、今それはさすがにいけないだろう。ととりあえずひとつ名義と住所変更、そして、受取人の変更をおこなった。

離婚した後元旦那に何度もいわれていた。

お前が死んだら、・・・。その言葉をふと、おもいだした。

そう離婚後何度その言葉をきいただろう。

何度も何度もそういわれた。お前が死んだらの話しをしようと。

私はなにも答えなかった。確かに大きな問題なんだとは、思う。

でも、そんなことを繰り返し言われて私はなにも言えなかったのだ。

そして、今までまだすべて、保険の名義もうけとりも変えていなかった。

でも、今それは今の主人に対して申し訳ないと思う。

それで私の死亡時の受取人の変更もしておかなければ。と。

もちろん、今の主人はそんなことに対してなにもいわない。

私が死ぬ、なんてことは考えないから。そう言っている。

でも、現実そうなったとき、私は少しでも今の主人に迷惑をかけないようにしたい。

そして、彼が困らないようにしたい。

自分の葬式代、そして、子供達の学資金くらいは残してあげたい。

そのための手続きをしなければ。

実は実家にいるときに作った保険は受取人が父親になっていた。

そして、住所変更のとき、父が言った、。「受取人はどうせ俺のほうが早死ぬんだから旦那にしとけよ。」と。

母はわらっていた。確かにと。 みんなで笑って、「それもそうか。」って。

それを見ていて保険屋さんが言った。本当に明るくて楽しい素敵な家族ですね。と。

母が今日私に言った。

「私は何もしてあげられない。でも、子供のお前達がこうやってちょくちょく来てくれる。

それがとっても嬉しい。正直お前達が2人とも嫁いだ後。お父さんと2人で本当にさみしかった。

でも、今14年たってやっと慣れたのかもしれない。お父さんと2人、そして、ちょくちょく娘達が来てくれることがとっても嬉しく思う。これからもそうしてくれ。」と。

私の離婚のときもなにもできない母は自分がもどかしくもあったようだ。

なにもしてやれないと。ただ、ただ、見守ることしかできない。と

でも、その思いだけで十分だとおもっていた。なにかをしてもらいたいなんてかけらも思っていなかったから。

私は今幸せだよ。と、今の旦那さんがいてくれるから。子供達も私もまもってくれているから。と。

母は「本当にそのとおりだ。」と。

父も母も本当に今の主人に感謝している。

そして、主人の両親にも。 人にはいろいろなことがあると思う。

人生いろいろ。でも、人間、やり直しは何度でもできるそうだ。

父や母が年をとったなーって感じて寂しくおもったりしたこともある。

でも、みんな年をとっていく。そして、そのときにどう生きるか。なんだろうな。

父と母は、幸せなのかな。? 父と母にとって幸せであってほしい。

娘心にそう思った。

2人で肩寄せあって助け合っていつまでもいい夫婦でいてほしいなー。そう思った。

そして、私も両親のような夫婦になっていけたらな。と改めて感じた。

父と母、結婚して38年になる。変わらずこの先いてほしいな。

娘達ともそう話していた。おじいちゃんとおばあちゃんみたいになれたらいいよね。と。

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