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昨日はいい夫婦の日だったそうだ。
昨日仕事を終えたパパさんが戻ってきてなんと、ケーキを買ってきてくれた。
あれ?っ今日なんの日だっけ?って私が聞くと
「いい夫婦の日だろ。」って。
いい夫婦の記念ケーキだって。
子供達を呼んでローソクまで立てて、ポンスケが大喜びでロウソクに火をつけた瞬間「ふっ」って吹き消した。
みんな大爆笑。ポンスケも。
それからもういちどローソクに火をつけてパパとママとで吹き消した。
そのあとみんなでケーキを食べた。
これからもいい夫婦でいれますように。って「いつもありがとう。これからもよろしくお願いします。」って。
パパに伝えた。
今朝のテレビでいい夫婦の秘訣は?っていうのをやってた。
一番は 「何でも言い合うこと」だった。
何でも話し合う、やっぱりそれが一番の秘訣のようだ。
その下にもいろいろな秘訣があった。覚えているのは、お互いにありがとう。と。
料理がおいしいこと。 仕事を持ち込まないこと。
我慢すること。 信頼しあうこと。一緒にお風呂にはいること。あとはなんだったか・・・
記念日等のプレゼントもあったなぁ。
なにはともあれ、お互いに思いやりをもって何でも話せる関係が秘訣のようだ。
私たちも何十年たって、そうやって話せる夫婦になりたいなぁって思った。
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再婚
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夕食時、実は我が家のパパさん好き嫌い多いんです。
そしてシソのみも食べたことないそうです。
食わず嫌い?と思い、私がパパさんに言った。
「少しだけでも味見してみたら?食べたことないならちょっと食べてみない?おいしいかもよ。」
パパは無言・・・・。
もう一度私が言いかけたとき、
アニジャが「そういうこと言われたくないと思うよ。無理強いするなよ。」
と。
するとパパがアニジャに「ありがとう。」って
そしたらアニジャが「いや、俺はただ、パパが機嫌悪くなるのいやだって想っただけで。」って。
みんなが笑った。
「確かに・・。あはははは」
パパも笑いながら「だから、それもありがとう。ママもありがとな。」
そう言って笑った。
パパも私が気遣いでも少しうっとおしいって想ってたんだろうな。それをアニジャが代弁してくれて
ホッとしたみたい。
でも、その裏の心をはっきり言われて逆になごんだようだ。
そのあとみんなでデザートを分け合って食べた。
オレの分も食べていいよ、とパパ。いいよパパがもう少し食べたら。とお互いにわけあって譲り合う。
こんなたわいない会話がなんかすごくほっとする。
食卓の食事を囲む中でいろいろな心の交差。
会話の中でからみそうになったりほつれたり、そんななごみのひと時。
あったかい空間。
幸せだなーって感じた。
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昨日、パパさんのお姉さん(きいちゃん)、といっても私よりむっつ歳下なので私は名前で呼ばせてもらっています。
きいちゃんのお子さんはポンスケと同じ歳。三ヶ月違いなんです。
そして一緒の児童クラブに入り、ちょくちょくご一緒させていただいています。
児童クラブの後声をかけてちょくちょく我が家で一緒にお昼を食べているんです。
そして昨日も。そのとき、ふと私が昔の話をしたんです。
昔といっても4年前のお話です。
私とパパが付き合いはじめ、そしてパパさんがそれを家族に話し、その後私と会って・・・。
その後きいちゃんの挙式のとき、私を一緒に招待してくれました。
そのときのパパの座席表の裏に書かれたきいちゃんのメッセージ。
パパに対して、○○は今幸せですか?
そう書いてあったんです。
弟に対しての姉の愛情を私はそのとき深く感じていました。
私とのお付き合いに対しての心配、そして不安、いろいろな思いがこめられていたように感じていたから。
ずっと私の中にそのメッセージはきざみこまれていました。
そのことを話しました。
きいちゃんは涙を浮かべて話してくれました。
あの頃、パパのご両親は私との付き合いに大反対だったそうです。
私はそんなことはみじんも知りませんでした。
彼は私にそんなことは少しも言わなかったから。
パパはそれでも少しも動じなかったそうです。
きいちゃんにしてみれば弟が好きになった人なら、そういう思いもあったそうですが、
それでもやっぱりいろいろな思いもあり、そうつづったのではないかな?
私にとってもその一言がすごく心に響いていました。
家族愛、兄弟愛、心のきずな。心配し思いやる気持ち、そんな思い。
きいちゃんは今これでよかったって。
そう言ってくれました。
お父さんも私の子供達のことも本当にかわいがってくれています。
それを見てきいちゃんもこれでよかったんだなって。そう思ったって。
二人で涙浮かべて話していました。
そんな話ができて嬉しかった。
そして、私は「今とっても幸せです。そしてパパもそう言ってくれている。それがとっても幸せ。」そう伝えた。
そしてその後はたわいない話やら子供達の話をいろいろした。
こうやって一緒にご飯食べたり子供の話、旦那さんの話とかいろいろな話をしようね。って。
これからもよろしく。って。
そう話してデザートを食べ夕方帰っていった。
私は私との付き合いを反対したのは当然だと思う。
誰がきいたって当たり前なんだと思う。
それでもいろいろな思いがあってパパさんの強い意志があって今がある。
そのことを改めて感じた。
パパの強い意志。
わかっていたようでわかっていなかったのかも。
いつかパパはきっと逃げるだろうっていつも思っていた。
だからそうなってもいいっていつも思わなきゃってそんなふうに考えていたりも。
今、本当に幸せ。
パパがいて子供達がいて、そして私がいる。
喧嘩もぶつかりもある。それでもパパと一緒にずっと生きていけるのかな。
喧嘩しても仲直りして、少しずつきずなも強くなっていくのかな。
周りの人達に安心してもらえる家族でいたい。心からそう思う。
そのためにはもっと私もがんばらなきゃね。
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夕べポンスケが寝た後パパさんにベットで寝るように声をかけた。
いつもはベットで寝る前に今日あったことや子供達のことやいろいろ話をして眠る。
でも最近のパパさんとママはすれ違いも増えていた。
ポンスケがなかなか寝ないせいもあるが、やっとポンスケを寝かしつけた頃にはパパも眠りにウトウトしかけて、眠いときのパパさんはとっても怖い。寝つき、寝起きは特に。
ここ連日なんだかんだで話をする時間もほとんどなくなってて子供達の話もなかなかできず伝えなきゃいけないことを伝え損ねていたり、それがもとで言い合いになったりも多かった。
そんなパパに夕べも話しをしようとしたら、機嫌の悪い返事。
私も話をするのやめようって思った、でもパパは話があるならさっさと言ってくれ。って。
少し前モーリがぼそっと。「最近のパパ、ママにも冷たいよね。」って。
私がそのことを伝えた。そしたらパパさん、
「仕事でへとへとなんだ、毎日40度を越える猛暑の中で何時間も働いているんだ。ヘトヘトなんだ、
だったら仕事を変わったほうがいいのか。」って。きつい口調。
私は何もいえなかった。
眠たいのもあってそれと本当に疲れていたんだろう。
パパさん、私達と再婚するために仕事を変えた。
収入が少なかったのもあったが私達家族の家計を支えるため、そして私を元だんなの職場から解放するためだった。 私もパパの大変さに気遣ってあげなかった自分に気づいた。
パパに気遣ってほしいって思って、パパさんを気遣ってあげられていなかった。
パパの仕事は製造業。夏はかなりきつい。そんなことわかってあげなきゃいけないのに。
もっと気遣ってあげればよかった。
ごめんなさい。って。
ポンスケのやんちゃ、夜泣きに疲れてパパに対して甘えようって思っていた自分に反省。
そのあと少しモーリと一緒におきてモーリは宿題、その横でいろいろ話をしながら時間をつぶした。
気分転換。
モーリとパパさんの話をした。
パパさん確かに冷たい言葉も増えた気もする。
でも、ある意味自分の感情に正直になってきただけなのかも。無理せずに言いたいこと言えるようになっただけ。
それっていい変化でもあるのかも。
こちらも上手に心を伝え合っていけばいいかな。って。
パパさんのいいとこもいっぱい、モーリとパパさんのいいとこ探しをした。
次々とでてくる、でてくる。一緒に二人で笑った。
そんな会話の中かなり心落ち着いた。
今朝目覚めたパパは疲れているせいで私にそっけなかったことを反省していたのか、
「おはよう。愛してるからね。」って。ぎゅって。してくれた。
私も嬉しくてぎゅーって抱き返した。
疲れるとお互い心遣いがなかなかできなくなってくる。
そんなときこそ相手を思いやる心忘れないようにしなきゃって、反省。
すれ違いもたくさんだけど、大好きだから。
その気持ち忘れないようにしなきゃね。
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パパは初婚、そして私は再婚、それも4人子持ち、そんな私とパパが付きあって再婚してあっという間の2年半早いなーって思います。再婚して式を挙げそしてポンスケがお腹にできポンスケが生まれてもう一年5か月、
あれよこれよとどたばたしながら何とか日々生活しています。
子供たちも日々成長してみんなそれぞれ中学3年1年、小学6年4年、反抗期、思春期もともなって本当に日々いろいろ、パパさんも逃げ腰なときもあったけど最近はみんなだいぶ落ち着いて?というかどたばたに慣れてきたのもあるかな。 ギャンブル好きなのがたまに傷できあるけど、それでも子供達に対しては冷静にそして的確に向き合ったりときには距離をおいて本当に頑張ってくれています。
私とパパとはどんな夫婦になつていきたいのか。先日そんな話をしていました。私の過去についての傷はなかなか消えません。いまだに夢でうなされることもしばしば。パパの感情的な言葉ひとつに震えてこわがってしまったりも。パパは違うっておもっていても、ほんとうにささいなことでも過呼吸をおこしたり。
パパもあきれてもう少し強くなってくれよーって吐き台詞。
でも私にはやっぱりそれがまだまだかなり難しいことで、
申し訳ないって思ってます。こんな私でごめんなさいって何度も何度も謝ったり、それでもパパはきまってそれでもいいよ。無理せずに、いつかのりこえられるよ、と言ってくれています。俺はどこにも逃げたりしないし、ずっと一緒に頑張っていけばいい。と。
ほんとうに些細な言葉に怯えたり、ふるえたり、泣き出したり、感情のコントロールができなくなってしまうことも。
そんなときの私は病的なんだと思う。
そんな私と一緒にいられる人ってそういないんじゃないかって思う。
こんな私とパパ、子供達が育って大きくなった後私達はどんな夫婦になっていたいかなって。
そのころ私はのりこえているんだろうか。
そのころパパは幸せだと思っていてくれるんだろうか。
パパが幸せだって思えれるような夫婦になっていたいって思う。そしたら私も幸せなんじゃないかって。
昨年末にパパの祖父が亡くなった。一緒に広島までお葬式に行った。
パパは仏さんの前で「今までいろいろありがとう。」そう言って涙していた。
ありがとう。そして一緒に送り出しをした後、パパは私にも「一緒に見送ってくれてありがとう。」
そう言った。私はその言葉にこの人と一緒になれたことを改めてよかったって思った。
両親だけじゃなく離れて暮らす祖父にも感謝の心をもっていられる人。
男は人前で泣くなって言うのがパパの口癖。
そんなパパの涙に心が゜とっても熱くなった。
そして帰り道、いろいろあるけどおじいちゃんおぱあちゃんになっても一緒にすごしていきたいなっ。って。
そんな夫婦になっていけたらいいなって改めて思った。
まだまだ喧嘩、トラブルも山だと思う。
いろいろな苦しみもあるかもしれない。上手にのりこえていけるかな。
難しいときもあるだろうな。それでもそうやっていけたらいいなって。
そう思った。
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