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金谷山のレルヒ
街中・自然・日常で感じた事

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春の雁木通り

今日は孫の幼稚園で音楽発表会があり、爺は何時ものカメラマンでした。

久しぶりに歩いた横春日町雁木通り、ショーウインドーにお雛様が飾られいました。
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高橋孫左エ門商店(飴屋)さん
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太田商店
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電機屋さんにも
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お昼時、閑散としていました
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最賢寺本堂入口 一時は塞がっていましたが
そろそろ入れますかね〜イメージ 9

スキーの歴史

金谷山にある日本スキー発祥記念館

ここに展示してあるスキー中から私のスキー歴を思い出しました。
子供の頃、履いていたのは展示されていませんでしたが、単板の山型をしていたような記憶です。

カンダハーは、私が生まれる前からあったのですね。
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大人のスキーを履いたのが嬉しくて。(親戚からもらいました)
スキーを担ぎスプリングを首にぶら下げて歩いていました。
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新しいスキーを買ってもらったのは、この頃のスキーだったです。
合板で締め具はカンダハーでした。
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このスキーは、よく折れました
折れた場合は、スキー屋へ直行し修理してもらいました。
(高田の町にはスキーを製造販売している家内工業のスキー屋が何軒かありました)
修理は、折れた部分を薄く削り、接着剤で張り合わす方式でした。
見た目にはどこで接合したのか分かりませんでした。
2回修理してもらった経験があります。
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その次はメタルスーでした。
長谷川スキーは大好きでした。
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当時、スキーを選ぶときの条件は、腕を伸ばしてスキーのトップを握れる長さが標準でした。
私は2.05mで思い出すと、長くて重いスキーを履いていたのですね。
この頃から、転倒した時に靴が外れるセフティー機能付きの締め具が発達してきました。
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その後、グラスファイバーが発達して滑走面側がメタルで、心材の上にグラスを張り合わしたのが、メタグラでした。
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最後に購入したのはメタグラでした。
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写真はスキー発祥記念館で
以後、あまり滑ららなくなりました。
ストックだけは残っていて、今はスノーシューで使用しています。

スキー発祥記念館に行くと我が国のスキー発達の歴史を見る事が出来ます。


春の雪

季節は春に向かっているような気配ですね。
今朝、7時頃からかなり本格的な降りでしたが、間もなく止みました。
降った雪もすぐにへたりやはり春の雪ですね。

青田川放水路の雪景色
この様な光景もそろそろ見納めの頃かと思います。

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高田図書館 周辺

今日は朝から雨降りです。
先日の雪も半分になったようで、積雪深は35㎝(17:00)となっています。

図書館へ行って来ました。
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図書館は高田公園敷地内にあります
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図書館裏の外堀の様子(金谷山方向です)
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お堀に積もった雪も消えています
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今年一番積ったときの同じ場所の光景です(2019.2.14)
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今シーズンお堀が真っ白になることは無かったです。
多分、この日の積雪はピークだったと思います。

今朝も積もりました

3日連続の早朝除雪(雪始末)を行いました。
今朝はこれまでで、一番の積雪だったと感じました。
アメダスの観測記録によると、積雪深のピークは77㎝(5時)11時では71㎝になっています。

小学生の通学光景です
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行ってらっしゃい!!
(小学生は長靴を履いていますが、中学生・高校生になると長靴は履いていません)
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今朝の積もり具合です
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国交省 高田河川国道事務所の通信塔です
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上のアンテナカバーに付いていた雪が偶然、滑り落ちました
滑った場所と破片が分かりますか???
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