「まちづくり」のコーディネート

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沼津市の中心市街地を対象にまちづくりコーディネート事業を行っております。沼津市町方町にあるNPOSIDAMの拠点施設では主要事業として地域のIT化、人材育成事業、町方町・大門町・通横町まちづくり支援事業、イベント支援事業、空き店舗対策事業、町方町街区再開発事業などを行っており、沼津市に限らずまちづくりには積極的に支援してまいります。
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2014年師走に思う事

2014年の師走に入り夜一人デスクに向かって思う事。

再開発事業に取り組んで9年の歳月があっという間に過ぎてしまい
ました。
財源も無く人も無く情報も無い中である意味で思い込みからの手探りのスタートだったように思います。

私の場合この事業に取り組むきっかけは、中心商店街の空き店舗対
策からでした。取り組んで行くうちにまちが衰退しやがてスラム化して行くという事実を各地の事例で知ります。

このライフサイクルから見ると自分たちが関わっているまちもやが
てスラム化するのではと言う危機感を感じ、阪神淡路大震災の教訓から建物の耐震構造がもろいと人命すら危ぶまれる事実につきあたりました。

この課題を解決する方法として再開発と言うおぼろげな目標に至る
訳です。

しかし、どんなに危機感を募らせてもそこに暮らす住民や土地・建物を所有する地権者が意識を持ってもらわない事には何もできません。

大学生を動員してイベントを行ったり有識者を招へいして講演会や
勉強会をしたり見える活動を行う一方で未来ビジョンを構築しスクラップ&ビルドを模索しました。

「まちづくり」と言うキーワードが見つかるまで3年の月日がかかりました。
商業色だけで構成された沼津の中心市街地は商業での再生しか念頭になかったのです。
地方都市の中心街で百貨店や専門店の相次ぐ撤退は商業では中心街の再生はできないことを示唆しています。

では何によって地域の再生はできるのか?

この素朴な問いかけから都市の寿命という考え方に行きつきます。

世界中の都市の歴史を調べて行くと廃墟になり遺跡になった都市もあれば、今なお脈々と繁栄している都市がありそこに共通点がある事に気付きます。

地政学的に恵まれた要所や常に進化させ文化芸術にまで高めた創造都市は何千年もの都市の寿命を永らえて繁栄している事実を知ります。

そこに暮らす人々が常に進化をし続け創造的な取り組みをする事が大事だと言う思考を持ちコミュニティを形成し活発な活動ができる場としてのまち。
安全で、安心して、豊かな心で暮らせるまち。
抽象的かもしれませんがこう言った「まちづくり」こそが重要なのだと。

そして抽象的な理由はその時代時代で価値観が違ってくるので多様であることに意味があると言うことも分かって来ました。

今最も大事な価値は未来永劫大事とは限らず、その時代の人たちが新たな価値を見出していく、そんな場作りこそがまちづくりの元なのだと感じるようになりました。

そんな思いを模索し、語り合い、ビジョンを描き経営計画や事業計画に落とし込んで再開発事業と言う手法が私たちの新たなまちづくりへの挑戦になっています。

全てのまちにこれが適応するとは思っていません。

でも私たちの沼津市町方町街区のまちづくりにおいては地権者の方々と何百回も議論を重ねこの道を選択しました。

今私たちのまちづくりは創造的であり、革新的であり、前例がありません。
建物が出来上がってもそれは創造し進化し発展させるための一里塚でしかないのです。

次の世代に連綿と伝えて行く通過点を悔いのないものにするという道すがらでしかありません。

大儲けして遊蕩三昧という世界とは全くかけ離れた、地道なものです。
そんなまちづくりを選択した地権者の方々に心から感謝です。

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129日 今日は風も無く温かいです。
昨日は沼津市中心市街地活性化協議会が開催され、中活のこれまでの歴史TMO設立以前からの中心市街地の都市計画やTMOに至る経緯、そして中活認定への道筋と今日に至るまでの実施状況の検証を産業振興部長から説明頂きました。
主な事業として駅北地区・狩野川地区のエリアデザインやマネジメントは当初の計画通り実現し、発展の可能性を持っていることが資料から伺われます。
今後の中心市街地の重点エリアは間違いなく町方町街区の再開発と言う行政サイドの強い意志を感じました。
 
一方で、郊外への大型ショッピングモール誘致も視野に入れ中活を26年度で終焉させその補助メニューとして国交省のリノベーション事業にエントリーすることで中心市街地へのこれまでの取り組みを怠ることなく推進するというシナリオが提示されました。
 
まちづくり3法の制定の背景についても行政は深く理解しており郊外への10000㎡以上の商業誘致、いわゆる大型店の出店に制限をかけ中心市街地をコンパクトにするという国の施策にのっとったまちづくりのための中活認定であった事も話されていました。
 
こう言った沼津市の基本路線にま逆の郊外ショッピングモール誘致を行う事に行政側としてもジレンマを抱えつつ、中心市街地の活性化も並行して行うという二足のわらじを選択している訳です。私個人の意見を言わせて頂ければ中心市街地活性化認定を延長しないで本当にリノベーション事業で補完できるのかどうか改めて内閣府や各省庁に確認する必要があると思います。
 
さらに、郊外への大型ショッピングモール誘致に伴う中心市街地への商業や交流人口の増減に影響がどの程度あるのかを調査分析する必要があると思うのです。
 
もし行政がどうしても郊外ショッピングセンターを誘致する場合、中心市街地への影響、特に今推進している町方町街区の再開発にどの程度の影響を及ぼすかシッカリと検証し、もしネガティブなデータが出た場合はそれに対する対策案を講じないと中心街は本当にスラム化すると思うのです。
 
東海大学の野須学部長からは沼津市の様々なデータを分析し、PDCA等のマネジメントツールを使って中心市街地の活性化を図るべきとの見識ある提案が有りました。
 
商店街連盟の芦川会長からは現状の中活の報告に対し、鉄道高架事業の遅延が中心市街地の民間活力を奪っているので早急にその対策を講ずるべきであるとの見解も示されました。
 
また空き店舗の実態調査をするように市川会頭からも指示が有りました。
中心市街地の商店街の魅力喪失の背景には20年以上も前の業態から抜け出すことなく、地域ニーズに応える商店街になっていないことが挙げられます。
消費者が何を求めどのようなサービスなら対価を払ってでもそれを受けたいと思っているのか、それをビジネスとして中心街の空き店舗にどのように組み上げて事業にするのか、まさにエリアデザインを描き実践する必要があります。
実は沼津市の課題は実践する組織が無いことが一番の問題なのです。
議論する場や組織をいくら作ってもそれを事業化する組織と場が無い限り空理空論になってしまいます。
 
上土商店街から若手の経営者が台頭し田舎と都会のテイストを持ちあわせる沼津の魅力を若い世代が評価しそれをブランディングし、注目を浴びていることも好材料として意見が出ました。
仲見世商店街でもYNAGIMANという異色のキャラクターを持った「よそ者」が沼津を愛し地域限定アイドルユニットを誕生させ、さらにまちづくりシンポジウムでグローバルに活躍する人を講師に呼び商店街の若手経営者から沼津の中心街に期待を寄せる経営者などを巻き込んで講演会を開催し意識変革に取り組んでいます。
 
こういったプラス要因を更にエリアマネジメントするための実務部隊、まちづくり会社の創設こそが今は最も重要なのだと感じています。
 

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平成26年 新春に思う

改めてみなさま新年明けましておめでとうございます
 
昨年は静岡県沼津市のまちづくりに関わるものとしてとても大きな出来事がありました。
 
そのひとつは長い間混迷している沼津駅鉄道高架事業に対し静岡県がPI(Public Involment)プロジェクトを立ち上げ市民から広く意見を求めた事です。
推進派、見直し派、反対派の市民が一堂に会し1年間以上にわたり議論をしました。
参加者からはさまざまな意見が出て、相手の立場に立って考える機会を得た事、また県からは毎回膨大な資料が配布され参加者からの些細な要望にもきめ細かい対応をして頂き、私個人としては建設的な会議であったと感じています。
ここで議論された内容はPI委員会を通じて県知事に報告され鉄道高架事業にどういった判断が下されるか知事の最終判断に注目したいと思います。
 
もう一つは郊外への大型ショッピングモール誘致についてです。
沼津の中心市街地は静岡県東部における商都として戦前から今日に至るまで長い歴史を刻み沼津城を中心に政治の中心であり経済の拠点として都市を形成してきました。
静岡県を東部・中部・西部で分けて見るならば東部の中核都市として位置付けてきた訳です。
商業においても中部・西部に匹敵する百貨店や量販店、専門店などを中心市街地に置き交流人口の拠点でもありました。
人口増加に伴うバブル期前後には都市機能が中心市街地では賄い切れず郊外に病院、学校、行政機構などが転出して行きます。
実はこの時点で20年・50年先の中心市街地をどうすべきかを見据えた都市計画を立て官民協働のまちづくりをすれば良かったのですが、経済スピードに追い付くことができずに肥大化する訳です。
周知の通り道路政策が進み郊外のロードサイドの出店は中心市街地の商業にも大きく影響を与えます。
経済が一定の成長を遂げ熟成社会になり高齢化が進み生産労働人口の低下は消費を激減させデフレに入って行く訳です。
そのような中で国は全国の中心市街地の空洞化に憂慮し中心市街地活性化に取り組みTMO、まちづくり3法などさまざまな政策や法案を打ち出します。
地方自治体はごく一部を除き激変する中心市街地への対策がとれません。社会の流れのスピードに付いていけないのです。
空洞化し衰退する中心市街地こそがインフラが最も整備され投資も住んでいる地域なのですが行政がエリアデザインを描こうにも地権者同意が無ければ再開発もできません。
 
沼津においてもこの状況は全く同じで駅周辺の中心市街地の再生をなかなか手がつけられずにいます。
そのような中で清水町のサントムーンや富士市のイオンなどの大型の郊外型ショッピングモールには魅力的な商品が構成され何千台と言う車が駐車できるスペースまで確保し中心市街地では得られない顧客満足度の高い商業が台頭します。
丸井・ニチイ・西武百貨店などの中心市街地からの撤退は商都沼津の終焉でもあり、市民もここで自分たちの中心市街地をどのようにすれば良いのか、これまでの歴史から新たな高次都市機能を備えた地方都市として沼津はどうあるべきかを、商業で再生するのではなくまちづくりと言う視点で再構築する絶好のピンチをチャンスにする機会を得た訳です。
 
従って行政も民間も今こそ沼津の中心市街地をどのような都市にするのか真剣に考える最大のチャンスなのですが、突然郊外に大型ショッピングモールを誘致する方針を打ち出しました。
幕張のように巨大なショッピングモールを作りその周辺に居住棟を配置し新たなまちを作ると言うのなら解りますが、沼津の中心市街地が空洞化を起こしている現状に置いて最も固定資産税を始め事業税や雇用の大きいエリアにテコ入れせずに郊外に単独で大型商業施設を誘致することの沼津市の利は本当にあるのでしょうか。
 
もし郊外に大型ショッピングモールを誘致するならば行政は以下の事を調査し検証する必要があります。
1.      環境負荷の問題 移動手段としては車を使う以外になく毎日数千台の車から排出される二酸化炭素をどのように考えるのか
2.      高齢化し車依存できない市民の買い物難民そうかに対する対策はどうすべきか
3.      国道一号線バイパスの交通渋滞の対策はどうすべきか
4.      商業集積されている中心市街地の商店への影響はどうなるのか
5.      更に行政経費の増加が当然予測されるのでその手当てはどうするのか
6.      国は中心市街地への再投資を図りコンパクトな都市経営を目指している中で国の施策に逆行しないか
あげればまだまだ課題が出てきます。
これらの調査と分析で沼津の都市経営がそれでもなおメリットが有るとの判断ならばこれに異を唱えるものでは有りません。
 
沼津市は中心市街地活性化基本計画の内閣府の認定を取得し平成26年でその期限が終了することに対し、継続することを止め新たな国交省のリノベーション事業の取得で中心市街地活性化を郊外ショッピングモール誘致と併せ技で推進するようですが、戦略的に都市の活性化を図っている地方自治体は中心市街地活性化の認定と併せ技で内閣府の特区認定や、経産省の補助メニューも取り、更に国交省のリノベーション事業、総務省の定住自立圏などあらゆる補助メニューを獲得して中心市街地とその周辺の地域活性化を図り都市経営をしています。
 
遺憾ながら沼津市はそういった方針を取らずに他の事業メニューを捨て国交省のリノベーション一本に絞りこんでいます。
 
まちづくりは官と民の協働の総力戦でなければ簡単にはできません。
今こそ沼津市には市民のため沼津の将来の発展のため高い視野に立って都市経営をして欲しいと思います。
 
そのような中で私どもも民間のNPO法人として地域経営に真摯に取り組み安全で安心して暮らせる地域の実現にまい進してまいりたいと思います。
 
本年もどうかよろしくお願い申し上げます。  

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長年の夢であった富士山が世界文化遺産に登録される事になりました。
富士のふもとに生まれ育った私には大変嬉しく思います。
 
世界遺産は189各国で総数が962件その内訳は以下の通り。
文化遺産 745件
自然遺産 188件
複合遺産  29件
危機遺産  38件
 
この中で日本の世界遺産は16件。
文化遺産
1.法隆寺地域の仏教建造物 (1993年12月)
2.姫路城 (1993年12月)
3.古都京都の文化財 (1994年12月)
4.白川郷・五箇山の合掌造り集落 (1995年12月)
5.原爆ドーム (1996年12月)
6.厳島神社 (1996年12月)
7.古都奈良の文化財 (1998年12月)
8.日光の社寺 (1999年12月)
9.琉球王国のグスク及び関連遺産群 (2000年12月)
10.紀伊山地の霊城と参詣道 (2004年12月)
11.石見銀山遺跡とその文化的景観 (2007年6月)
12.平泉‐仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺産群 (2011年6月)
自然遺産
1.屋久島 (1993年12月)
2.白神山地 (1993年12月)
3.知床 (2005年7月)
4.小笠原諸島 (2011年6月)
 
そして恐らく2013年12月富士山が登録されるのだと思います。
ご存知だと思いますが世界遺産のなりたちは1972年のユネスコ総会で採択され、世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約「世界遺産条約」に基づきます。
公式の分類では文化遺産は「顕著な普遍的価値を持つ建築物や遺跡など」・自然遺産は「顕著な普遍的価値を持つ地形や生物、景観などを持つ地域」・複合遺産は「文化と自然の両方について、顕著な普遍的価値を兼ね備えているもの」とされています。
 
富士山のふもとで生まれ育った私には文化遺産より自然遺産の方がふさわしいと思うし、実際自然遺産登録を試みたのですが残念ながら実らず文化遺産になった背景は関係者の方々はよくご存知です。
 
実際マスメディアが取り上げるや否やその反響はすさまじく富士山はもとより周辺の観光施設の賑わいは相当なものです。
この機に便乗しようとするのは至極当然ですが、それが際立てば際立つほど富士山の雄大さを眺め育ったものとしては複雑な心境になります。
文化遺産としてのマネジメントをしっかりすることと、地元の人からすれば自然遺産としての価値を見出しそれを大事にしたマネジメントもしなくてはならないと思います。
 
普遍的な価値を真に具現化するならば富士山の持つ霊性を大事にし「心象の富士」をどう高めていくかも重要なことではないでしょうか。
経済効率を優先する観光の目玉にするという事がだめだとは思いません。
この機会をどう受け止め雄大な富士山に並び称される人格品性を育む事にも注意を払ってはどうでしょう。
雨の日も嵐の日も暑い日差しにもどっしりと構え雄々しく聳え立つ富士山を見て多くの人が心洗われているのではないでしょうか。
実際私も頂上に立ち朝日を見た時、ご来光の神々しさを体験しました。
その光景は今でも心の中に鮮やかによみがえります。
 
富士山の世界文化遺産を喜ぶとともにこれからこの富士さんとどう向き合って行くか私たちは問われているのだと思います。
 
 
 

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沼津市では沼津駅の鉄道高架事業を巡っておよそ20年間近く賛成・反対・見直しと市を二分する論争が続いています。
すでに都市計画決定の事業となっており用地買収もかなり進み、駅周辺整備事業は確実に進展しています。
これまで市長選挙の争点はいつも鉄道高架事業でそのほかの重要な施策に対する論点は置き去りにされてきた感があります。
市長選でも賛成派・推進派が勝利し議会でも決議されていますが、静岡県が主体者であることや県知事の事業の見直し提案などがねじれの原因なのですが、共同歩調と言うにはちょっともどかしさを感じます。
 
そんな中で静岡県がPIプロジェクトを立ち上げました。
PIとはPublic Involvement の略で静岡県PIプロジェクトのホームページには以下のような概要が書かれています。
 
静岡県では、沼津駅付近鉄道高架事業に関する有識者会議の報告書を受けて、平成23年6月に公表した県の推進方針に基づき、沼津駅付近鉄道高架事業等の方向付けをするため、沼津高架PIプロジェクトを立ち上げました。
沼津高架PIプロジェクトでは、沼津高架PIプロジェクト実施計画(平成24年4月策定・平成25年3月改訂)に基づき、市民や関係者の皆さんと徹底したコミュニケーションを図りながら、オープンに議論しています。
今回策定した「ステップ2(目標の設定)地域づくりの目標」は、ステップ2の成果であり、勉強会、車座談議、オープンハウスなどで多くの市民や関係者の皆さんから頂いた多様なご意見を整理し、とりまとめたものです。
この「ステップ2(目標の設定)地域づくりの目標」を今後の議論における基点として、ステップ3以降を進めます。
詳細については下記URLをご覧ください。
 
このようにもう一度原点に返って地域の再生にとって鉄道高架事業を市民・団体が賛成・反対・見直しの立場で広く情報を共有し議論する事は私は意義ある事だと思うのですが、すでに議決までして事業を推進してきた沼津市にとってはこれまでの長い年月をかけて取り組んできた事に対しやはり抵抗があるようです。
 
私がこのお話を静岡県の担当者から頂いた時、参加する事に何の抵抗もなかった訳ではありません。
なぜなら、鉄道高架事業については都市計画決定まで橋上駅にして欲しいという提案をし続けてきた背景があります。
しかし、議論し尽くし都市計画決定し、事業を達成する事が議会で方針として出た訳ですから一刻も早く実現し、中心市街地を南北で二分し回遊性を損なっている現況を解決して欲しいと思ったからです。
 
そう言った点では新知事が見直し案を提案しPIによる委員会で再考するという事は議会制民主主義の決定を覆すものでこう言った事をこれからいろいろな事業で行われたらそれまで積み上げ実現可能な事業も同じように覆されては時間ばかりたち結果市民にとってマイナスにしかならないからだと感じたからです。
 
でもなぜ参加する事にしたか。
それは沼津市の中心市街地の再生のため鉄道高架事業と言う大きな事業で賛成・反対・見直しのそれぞれの立場の人たち、団体が不信感を募らせているからです。
 
信無くば立たず これは論語の一節ですが、目的は個人の利害ではなく公共の事業であり、その事業によって公益性を図る事だからそのために同じ市民同士が不信感を持ったり政争で争う事は本末転倒だと感じたからです。
いろいろな意見や主張を相手の立場になって聞き、広く会議を開いて合意形成を図る場を静岡県が作った訳ですからこれに参加しようと決意した訳です。
 
実際テーブルについてみると思わぬ成果がありました。
鉄道高架事業が広い範囲に関わっているため、反対する方々の地域の実情もわかりましたし、見直し案を提案する方々の言い分も至極もっともだという事も理解できました。
 
そう言った中でこれまで進めてきた事業を活かしながら今後の計画の作り直しの難しさも実感できます。
お互いが胸裏を開いて沼津市の発展のために冷静に議論を戦わせる事は実にすばらしい事です。
 
まちづくりの視点でも多くの学びの場になっています。
参加者全員が個人の損得ではなく、貴重な時間をさいて無償で参加し責任のある発言をしている姿を見ると沼津もまんざらではないと感じます。
まだまだ伸び代もあるし、有為な人材があふれ、こう言った人たちや団体が団結しまちづくりを真剣に実行すれば間違いなく素晴らしい沼津市になると感じてます。
 
そして何より今回感銘を受けたのが静岡県沼津土木事務所の職員の方々のこのPIプロジェクトに対する取り組み姿勢です。
パブリックマネジメントと言う理念を実によく解っており、県の方針を押しつけることなく一人一人の意見に耳を傾け公平に取り上げています。
人間のやる事ですから過不足は有りますがその姿勢は見事です。
静岡県の行政マンには脱帽です。
こう言った人たちが県の発展の礎として目立たないところで活躍している事を発見し嬉しくなりました。
 
沼津市の行政もきっと同じように考えている方々は多いと思います。
 
公益を構築して行く上で官民が我が地域の将来を語り合い、情報を共有し、共に役廻りを担って働く事ができればきっと素晴らしいまちづくりができると思います。
 
PIプロジェクトは遅きに失した感が無い訳ではありませんが、今この時に再度プロジェクトとして広く市民団体に考え発言する場を作った事は決して将来の沼津市、静岡県にとって無意味ではないと確信し、これからも前向きに取り組んで行きたいと思います。
 

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