福縁譚

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"守仁格竹"説

王陽明先生の心学の理論の骨幹の一つの”格物致知”について、以前の記事にいろいろ書きましたが、
ご興味や本節の予備知識としてご覧になりたい方は、リストから検索してください。

”格物致知”、王陽明先生が初創した言葉ではない。
南宋理学の鼻祖朱熹が初創した言葉であります。
理学の”格物致知”とは:自然の物に天理がある、だから自然を入念観察して天理を得ることを提唱した。
そして、”存天理、去人欲”へ道引くのである。
(自然の撮理を従い、人の欲望を捨てることは道徳のある道だと言う)

青年時期の王陽明(名守仁)が、理学を熱中に習う。
親の官邸の庭に多く竹が植えていることがあって、
理学の”格物致知”を実践し、自然物からなにか”天理”を得られないかと、
庭の竹を7日夜間に頑固に観察しつづ、飯食を忘れ、苦思瞑想したいた。
あの光景は”釈迦様が菩提の樹の下で閃く”を連想させますだが・・・
7日目で体調が崩した。
体調が回復後に思うと7日の観察から得たものや閃きもなにもなかった。

それから、王陽明先生が、自己反省モードに入りました。
自己小結として、”方知天下之物本無可格者、其格物之功、只在身心上做。”
((竹との格闘から)漸く物だけからはどれも窮究しても天理を得られない。格物ということは、実に自分の身と心にある仕事だ)
つまり、修身と養心は天理を得る第一の仕事で、身と心の準備ができてない内で、いくらものを観察しても分かるものがない。

このことは佛教の”修行”から”修禅”への道乗りと彷彿します。
(修行は行動で禅への道を開き、修行だけは悟らない。
修禅(冥想)により佛の真意が悟る。
心は自然の鏡である、
修行とは鏡上の埃を拭くこと、
修禅とは鏡の歪みを治すこと。
最終的に天地の佛を心に現れることは悟ことです。
素性がよい人は心鏡に埃がないから佛と縁があると言う。
修養のよい人は心の鏡にが歪みがないから、”悟性”があると言う。)

陽明先生のこの反省文は”心学”の先河を開いた。
心学と理学の根本の違いは
理学は天地自然と人の意識を割離してた。人が自然へ溶け込むべきと主張しているだが、
心学は人や人の意識も自然の一部で、天地の間の自然で、だから人の意識も天理である。

そこから、”人の欲望”は悪ではなく、天理の一つであって、
欲望があるから悪いではなく、人の行動は欲望だけに落ちなければよいと
実は”中庸”の道へ戻った。(左右を偏らなく、中間のを取ることは大事という理論。
人の行動は環境諸要素のバランスを取ることです。)

更に、欲は悪くないから、人の行動さえ慎重で公正の道を歩けば、だれでも聖人になれると
”決然以聖人為人人可到、便自有担当了。”
(だれでも聖人になれると人に分からせれば、人は自己覚悟して行動に責任を取るようになる)
と理学とは断然違う道徳への道を示した。

ここで”守仁格竹”の典故を一段落にして、骨董鑑定者があるべき心態を話す。
自分が勉強不足であれば、壺を目の前にして一所懸命観察しても識別できない、あるいは認識間違いにある。
だから、修身養心は大事だと、壺と格闘ではなく、自分の心にある認識との格闘である。

博物館や下見会へ見学は”格物”、
骨董文献や考古論文から勉強も”格物”
歴史や文化を習うことも”格物”ですから、
上の格物内容がなければ、街の古物商レベルから超えない。

また、格物ならこれだけは足りないと陽明先生はこういう。
”知行合一”が必要。
知るだけでは物足りない。実践も必要。

実践してから、現在の知識にある過ちを発見できる。
実践して勉強、更に実践へとその繰り返して、最終的に”天人合一”と
つまり、自然に存在している天理と認識上の天理が漸く合致したところで、
わが身が聖人になる。

骨董愛好者の場合は、買って勉強し、知識修正、更に買うと
その繰り返しだけは、本物の鑑識者になることです。
この中途半場な私も実にここまで来ると買うことは止まったことがない。

骨董愛好者も、”値上げの欲”は当たり前の天理ですから、悪欲ではないから、
それを狙って集まってることは当然の話であるながら、
これ一本だけじゃなく、歴史や文化、鑑賞性、保全性などほうほう面々の欲望も考慮に入れるべきに、
”中庸”の道を忘れてはならない。
一旦欲への答えを左右に偏ってしますと道徳の道から外される悪になる。
そうならば、一生成功できないとの自覚もなさるべきでしょう?

最近にも嬉しく感じたことですが、内の常連様のことですが、
その方は数年渡りに内のお世話にしていた方ですが、
最近の話で、物の見る目やとその判断方法や認識は目覚ましく躍進して、
敬服と一言です。
やはり、これぐらいを買わないと”格物”にはならないと思う。

”コピー”がいっぱいあるから買いに怖がることは”聖人”にはなれない、
理論だけで、紙上論兵の”好龍の葉公”になるぐらいだから、
失敗買いは決して無駄なことではないと思います。

王陽明先生は時代の聖人と評判されたことは、
陽明先生の心学理論は素晴らしいだからだけではない。
陽明先生は学問のほかに、国政、軍事いろんな方面を実践し、
明正徳年間で、巨大な文治武功の成果を作り、公爵、侯爵まで封賞を得った。

”私が聖人になれる”と石破天驚の一言に励ましされて、
陽明の身後にどれほど歴史の風流人物が登場した。
それは、曽国藩、毛沢東、小平、習近平などがいる。

福縁堂主人

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