福縁譚

ご覧になりたい古陶磁テーマをリスト画面の検索バーで検索してください。

全体表示

[ リスト ]

本章は福縁堂出品の”定窯官用手劃龍文碗”の特徴を故宮蔵品と対照し、その時代整合性を論じる


イメージ 1
イメージ 2

古作、時代感、黄味がやや強い象牙白、底釉少し抜けがありますから、釉掛け工法は定窯早期的なもので、
特に口縁の削り様相は下記中華博物誌掲載安徽博物館品”五代 定窯官字銘 浮彫五弁蓮花式深鉢”と全く同じであります。
(図、五弁蓮深鉢 底部に”官”字銘あり)
イメージ 3


私は個人的でも、本品を五代官用手との認識があります。仕上げ上と工法上は故宮蔵の北宋官用手よりやや古い感じが強くあります。
なぜ、最終的に本品を”北宋”と時代の位置付けを定めたかとの理由は、本品の造形と装飾手法は基本的に一致するものが、故宮博物院は北宋定窯と命名しているから、
おそらく、北宋時代の墓出であるとの理由があったかと思われます。
(故宮蔵 同類品 造形と工法は同じで、内部劃文は違うだけ)
イメージ 4
イメージ 5



引き続き、本品の細部特徴から一つ一つ館蔵定窯遺品と対照論証しながら、本品だけではなく、早期定窯官用手について一つ明瞭な手引きのような文章にしたいと思います。


*先入感的な時代判定を修正:
定窯の製品は五代の時代からすでに官用されていた。上図のように多くの五代定窯の遺品に官字銘文が入っています。そのほか、苗字や”尚食局”などの刻文もあります。
銘文は”劃く”という方法で入れる、成形直後の製品の底部に爪楊枝のような細い竹の棒で字を書き入れる。だから、基本的には行書体です。

五代の定窯製品に唐の時代の金属器の造形を真似して、瓜棱状の外壁の造形が多いです。宋へ進むと、瓜棱状外壁がだんだん簡易化され、本品のように、形は円形であるだが、外壁に六当分に縦線を劃いて、線の先の縁部をちょっと凹みを削ることで、瓜棱のイメージだけが表現している。要するに唐の遺風であります。
(故宮博物院蔵 五代 定窯葵形碗)
イメージ 15

本品はすくなくとも五代後期〜のものでありますが、北宋最初の五年まで(乾徳元年)だと考えています。なぜならば、乾徳元年からは定窯が宋朝廷に徴用されたから、当然、新しい朝廷に新しい風格が求まれるので、それから5年間の官用手定窯ものは宋の時代の五代の名品の一つになります。

北宋定窯官用手の造形は極めてシンプルで、後の宋汝窯もの、宋官窯ものの造形と同様に”宋の美学”と呼ばれます。
官定の装飾も、五代の浮彫や劃花から、流暢でお洒落な片切りの削り技法(剔花)へ変化しました。
(図 北宋定窯官用手 剔花盤)
イメージ 16



*上節で話している外壁の棱線と対応に、本品の内壁に凸筋線六本があります。これは故宮蔵参照品と同様な現象で同様な工法を示している。
内壁の筋線は劃いたものではない。印模によるものです。轆轤成形後に、碗状半球形の模型の上で形を揃える。
定窯器が薄い作りですから、縁部ほど薄いので、内部の空気を上手く抜けるために、半球形模型上に六本の空気抜け凹みを刻んである。
内壁に筋線ができる原因でありますが、
定窯の遺品の中でこのような工法は早期的なもので、北宋以降はだんだん見られなくなります。
本品と同時期と思われる器に、内壁に筋線がないものもあって、これらの茶碗の内部中央に劃文はしない。

内壁の筋線は内底中央の劃文と関連しているようです。

劃文という技法は器の方面に字を書くような感じで模様を削り出す。団龍や団鳳など複雑な模様を綺麗に劃くため、正直作業者の個体差がありまして、
練習しないと上手く書けないことは自明であります。
そのため、予め、文様の筋書きを模型の頭上で刻む、整形と同時に碗の内底中央に劃く予定の模様の筋を浅く模印してから、劃いたほうができばいがいい。
つまり、文様が刻む模型の頭に空気が貯まるから、その逃げ道を作ってあげることは壁の溝である。

(故宮蔵 金の時代 定窯劃双魚文碗 劃文技法ですから同じく内壁に筋線があります)
イメージ 17


以上は私は2種類定窯碗の工法を比較した上の物理的な結論です。

(故宮蔵 北宋定窯 近似品 内壁筋線ない、内底劃文なし)
イメージ 6

イメージ 7


*本品中央の団龍文は宋定窯の龍文様式か?または劃手が下手そうに見えますが、以下故宮蔵北宋定窯劃龍文碗の参考写真を一点がありますので、
比べてみますと、基本的に同様な下手であると思います。

(江陰博物館蔵定窯劃龍文碗 造形整形は本品と同じです。内部の劃く龍文があると説明しているですが、
龍文の写真は見当たりません。)
イメージ 8
(故宮博物館蔵 定窯劃龍文盤2点 龍文は基本的に本品と同様ですが、あまり綺麗に描いてないと思う。)
イメージ 9

イメージ 12

(定窯の龍文模様を模写したスケッチです(故宮博物院)。
龍の頭部分はほかの時代と違って特徴的です。また立体的描きできない時代でイマージの龍頭を平面的な展開した様子です。体が太いこともこの平面展開の原因だと思います。平面上に押しつぶされた様子です。
イメージ 10

(本品の龍文をもう一度見る。)
イメージ 11


つまり、五代〜北宋早期の劃文様式の模様はみんな下手でした。それも定窯が下手ですはく、その時代に立体的描く技法はまた生まれていないため、宋画のように立体を平面上に押しつぶされた感じで描いている。

定窯の装飾文が綺麗で芸術的な匠心的なものに変化したのは北宋官用手以降であります。そこでは、劃く技法ではなく、片切り技法が応用始まったのである。片切り技法は一切で線の陰陽面を広く出すことができた。
(故宮蔵 定窯官用手 刻蓮花水鳥文盤)
イメージ 13

ご覧の通り、非常に流暢でお洒落んなイメージですが。芸術性が技法から生まれたということを実証しました。


更に、金元時期は印文という模型を使って模様を嵌めるので、早期の印模よりは複雑で作りがよいと思います。
イメージ 14


劃く→片切り→印文の変化は生産技術の進化過程であり、無から有へ、有るから良いへとの進化であります。
模様を劃く時代は一種の初期的な簡易方式であると分かります。


*本品最後の疑問点ですが、高台裏に”二”のような二本線を書いている。縦に見れば”宮”の輪郭にも見えるですが、
輪郭の中は字の部品らしき書きがないので、断念して”二本線の記号”と断定するしかない。
(本品)
イメージ 18


定窯器は底部に発注者を表す字や記号を劃く習慣があります。しかも全部ではない。
発見されている銘文入りのものは極一部であります。

そのため、本品は底部記号を解明できなであれば、品の製式は官用品とまったく同様であるため、特に龍文入りですから、”官”と同様に識別符号になるので、
献上手と定義してよろしいと思う。

(定窯劃”官”字一例)
イメージ 19




小結:定窯器は北宋朝廷に徴用された僅か5年の間だけではなく、その前代の五代の時代から、とその後代の金元までに、製造精良な官用品や献上手が生産しています。
本品は北宋早期定窯製の宮廷用様式であります。



東洋美術福縁堂主人

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事