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先日、さわやかな晴天に誘われて、近くの七国山方面をぶらぶらと歩いてまいりました。
暑いくらいでした〜
ここは「町田ぼたん園」です。初めて入ってみました。入場料500円。
園内の開花はまだ3割程度ということでしたが、
美しい立ち姿です。癒されます〜
園内にはボタン1730株とシャクヤク400株が植えられているそうです。
というか、素人の私にはボタンもシャクヤクも同じに見えます。
それもそのはず、ボタンもシャクヤクも同じ「ボタン科ボタン属」なんだそうです。
園内の方に教えて頂いたところによると、違いはズバリ「木」か「草」か。
茎の部分を見てみると、それが木のようにしっかりしたものがボタン(木本植物)。
太めの草の茎になっているものがシャクヤク(草本植物)であります。
ほんとだ。初めて見た気がする。笑
冬は、ボタンは木の姿で越冬し、シャクヤクは根だけが残っているそうです。
翌日、さっそく友人に知識をひけらかしました。笑
↑園内のお休み処でいただいたご当地ソバ。冷たくて美味しい〜♪ お団子もチラリ♪
ボタン園を出て七国山(ななくにやま 標高128、5メートル)をとぼとぼ登って行きます。
鎌倉古道に出ました。
鎌倉時代頃、鎌倉と上州方面を結んだ道なのだそうです。
いざ鎌倉!の時は、この道を鎌倉武士が駆けて行ったのですね。
久しぶりにゆっくり散策を楽しめて満足な休日でした〜\(^o^)/
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先日、長男とアスカちゃんの結婚式が無事終わりました\(^o^)/
遠方からいらっしゃる方も多いので、
新幹線が便利な新横浜の式場でとり行いました。
日本晴れの良い天気〜\(^o^)/
大安〜\(^o^)/
私ふくみみ、やはり黒留袖が似合わないのでありました。
着付けでギュッと締められて体カチカチ。苦しい(汗)
おまけにメイクですっかりタヌキ顔と来ています。老けてるし。とほほ(>_<)
長男とアスカちゃんは昨年春に入籍して、すでに香川県・高松で一緒に暮らしているので、
式は一応のけじめ。
感動・・・あり?かなあ?
しかし、チャペルの扉が開いて、そこに新郎と新婦が並んで立っている姿を見た途端、
私ふくみみ、涙がこみ上げてくるのをどうすることもできませんでした。
胸がいっぱいになりました。
勤務先の方々はご招待せず、少ない親戚と、友達だらけとなった披露宴は、
幼馴染から大学まで、それぞれのテーブルで盛り上がり、
笑いあり涙ありの宴となりました。
みんなに祝福されて、息子とアスカちゃんは幸せだなあ〜
私もサイコーに幸せ〜と思うのでした\(^o^)/
息子よ、おめでとう!
そしてありがとう!
アスカちゃんの笑顔がずっとずっと続きますように。
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3月27日、トッパンホールへ行って来ました。
山路みほ&山口友由実デュオリサイタル
〜箏とピアノが奏でる、和と洋の出会い〜
ピアニストの山口さんは友人のお嬢さんなのであります。(鼻が高い・笑
しかし。
今回は何やら難解なリサイタルのような気が。
箏はお正月以外に聴いたことないし。
正直ちょっと敷居が高いです。
私のような素人に理解できるのだろうか(汗)
箏は弾き方によって、ハープのようにもギターのようにも感じられるものなのですね。
恐ろしく繊細で、そしてものすごく躍動的で、かっこいいのでした。
山路さんの箏の演奏は、凡人の箏に対するイメージを粉々にしてくれました。
感動しました。
そしてピアノと箏の共演では、暗い夜、雲の間から満月が現れ、
それを見上げる侍のシルエットが見えるようでした(勝手な想像。笑)
奥行きがあって、大きくて、私が映画監督なら挿入曲に使いたい。
また、ある曲ではジャズのような?リズムに、
どこか外国のライブハウスに迷い込んでしまった感じがしたりして、とても面白かった。
箏とピアノの融合はブラボー!でした!
共演曲はピアノの山口さんが作曲したものだそうですが、
箏のパートは楽譜も奏法もクラシックとは全く違うので、大変苦労したそうです。
才能にあふれ、新しい音楽に挑戦している若きアーティストたちに心からの拍手を送りました。
これからもっともっと、世界を股にかけて活躍してほしいと思いました。
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軍艦島上陸クルーズに参加しました。
お天気に恵まれました!
長崎港(大波止桟橋)から出港。約1時間で到着です。
眺めの良さからいうと、進行方向向かって右側の座席がお勧めです。
軍艦島は、建物の崩壊などで危険なため長い間立ち入り禁止でしたが、
一部整備をされ、2009年からは限られた範囲ではありますが、
一般観光客が上陸、見学できるようになりました。
軍艦島への上陸は、事前の予約、「上陸誓約書」の記入が必要です。
かつて海底炭鉱の島として栄えた端島(はしま)。
江戸時代に石炭が発見され、明治になって三菱合資会社が本格的採掘に乗り出し、
1974年に閉山するまで日本の高度経済成長に貢献しました。
小さな島を岸壁が囲い、高層アパートが立ち並ぶその外観が
軍艦「土佐」に似ていることから、軍艦島と呼ばれるようになったのだそうです。
多くの炭鉱関係者が軍艦島に移り住み、ここで生まれ育った人たちもいました。
最盛期には5300人もの人たちが暮らしていたそうです。
小中学校ができ、スーパーマーケットがあり、パチンコ店、
映画館、病院、プール、公園、神社など、様々な施設があったそうです。
今も海風に吹かれ続ける無人のアパート群。崩れかけたベルトコンベアーの支柱。
倒れた壁。積み重なったコンクリートの破片。その廃墟と化した島の姿には圧倒されます。
大波を浴びて、潮にまみれ、強風に吹かれる町。
かつてここにも泣いたり、笑ったりした、人々の日常の生活があったのだと思うと、
何か懐かしさのようなものと、切なさとが感じられるのでした。
上陸観光は約1時間。その後再び乗船、軍艦島を後にしました。
軍艦島は世界遺産暫定リストに入っています。
上陸証明書をいただきました(^o^)丿
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すっかりご無沙汰してしまいましたm(__)m
2年7か月ぶりのブログです。ひっそりと更新します。
先日長崎に行ってまいりました! 龍馬が亀山社中、そして海援隊でがんばっていた長崎。
やっと訪問することができました。\(^o^)/
ここはやはり記録しておかなくては!
坂の多い長崎。龍馬をたどる旅は、まずはバスで風頭山まで行き、
そこからぶらぶら歩いて下りて行くルートがおすすめです。
長崎港を一望する風頭山に立つ龍馬像です。かっこいい!\(^o^)/
「龍馬の銅像立つう会」の皆さんが募金活動をして平成元年に建てたものだそうです。
龍馬さ〜ん、来ちゃった〜!(笑)
↑司馬遼太郎『竜馬がゆく』文学碑。龍馬像のすぐそばにあります。
こちらは「亀山社中ば活かす会」の建立。長崎はなかなかネーミングがいいですね。
龍馬像が立つ丘の下には、写真家・上野彦馬のお墓が。 幕末に活躍した多くの若き志士を撮影し、また、日本初の戦場カメラマンとしても知られています。
龍馬の有名な写真も残してくれました。ありがとうございます。感謝の合掌。
ぶらぶらと坂を下りて行きます。
手書きの案内板がたまりません。案内役は池内蔵太(いけくらた)さん♪
亀山社中記念館(亀山社中跡)へやって来ました。
慶応元年(1865)に結成された亀山社中。後の海援隊です。
日本で初めての商社です。
レプリカの紋服や刀、ブーツ、書簡などが展示されています。
館内には紋付き袴姿のナゾの御仁が。亀山社中ば活かす会の方かな?うふふ。
スタッフの方が、ここから見える長崎奉行所の位置や歴史の話など、
丁寧に説明をしてくれました。
ちなみに名誉館長は武田鉄矢さんです。
隠し部屋への階段とその内部。
↓ さて、こちらは記念館の近くにあります亀山社中資料展示場の内部。
亀山社中記念館に入りきらない資料や写真がこちらに収められているそうです。
展示場スタッフのオジサマに強く勧められて、龍馬ポスターの前でポーズでございます(笑)
ファインダーを覗きながら「だんなさんをピストルで狙って〜」と指示を出すオジサマ。
他の訪問客も笑って見ています。ちょっと照れるが調子に乗る私
さらにオジサマから「脇差(模造)から刀を抜いてみてください」と再びの指示(笑)
調子に乗ったついでに、よっし。北辰一刀流免許皆伝の腕前になったつもりで、と意気込む私。
腰に付けた鞘からシュッとかっこよく刀を抜き、上段の構えをご披露つかまつろう。フフッ。
が、刀が抜けないのであります。なにをこしゃくな。
しかしどんなにがんばっても切っ先まで抜けないのでありました(リーチが短い?)
剣の道は険しいのですね
↑ こちらは龍馬や幕末の志士たちがよく集まった丸山の高級料亭、花月。史跡料亭であります。
現在も営業しています。
龍馬たちもここでさぞや羽目を外したのであろうと思うと、
何となく面白くない気持ちがするのは私だけでしょうか。(ー_ー)
つづく |



