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エリック・クラプトン、11月24日、福岡公演決定!!

リストラ話

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一昨年、リストラで会社を辞めた
そして一昨日、区役所で組合保険の任意継続から国民健康保険(国保)への切り換え手続きをした。
月々の保険料が1万円程安くなった。

国保の保険料は、前年の収入で決まる(他の健康保険も同じ)。
保険料が安くなったという事は、収入が減ったという事である。
当然、所得税も安くなっている。

去年、初めて確定申告をした。
会社を辞めて退職金を貰っていたので、確定申告しなければならなかったのだ。
大阪で仕事を辞め、福岡へ来て契約社員で勤め始めていた妻も確定申告をした。

初めての経験だったので、夫婦で申告コ−ナーへ行き、
相談員に教えてもらいながら確定申告書を書いて提出した。
私は退職金などからかなり天引きされていたので、ウン十万円が還付される計算になった。

ウキウキして帰る途中、妻の前年の年収が低く、私が配偶者控除を申請できる事に気づいた。
あわてて戻って配偶者控除を申請すると、還付金が3万円増えた。

10年ほど前にも似たような事があった。
弟が母と同居していたのだが、弟の都合で同居できなくなり、母は私の家へ来た。
(父は私達兄弟が小学校へ入学する前に亡くなった)

母と同居し始めた後、弟が母を扶養者にしていなかった事がわかった。
母は父の軍人恩給や年金を貰っていて、それなりの収入があったからだろう。
税金は5年間遡って修正申告出来る。

私は母を扶養者として修正申告した。
するとウン十万円が還付された。
この事は、未だに弟には言っていない。
(一昨年から母はまた弟と同居している。
ひょっとして、今回も母を扶養家族にしていないのかと思い、
メールで聞いたら、やっぱりしていなかった。
扶養家族にできる事と、還付が受けられる事を教えてあげた。)

今年は、国税庁のホームページにあるフォーマットで確定申告書を作成した。
給与や保険などの金額を打ち込めば自動計算してくれる。

しかし、計算された納税額を見て、これでいいのかと思った。
間違っていれば申告した時に指摘されるだろうから、その時に直せばいいと考えた。

今の私の主な収入は、10年分割で受け取る事にした退職金だ。
信託銀行が管理運用するので、一括で受取った場合より、トータル金額で3割程多くなる。
61歳になる数ヶ月前まで、3ヶ月毎に分割で振り込まれる。
(これは通常の退職金の分だけで、リストラ条件の割増退職金は別に一括で貰っている)

昨年の7月から、私は小さな会社の仕事を手伝い始めたが、
午後からの半日ほどしか働かず、妻も私の暇つぶしぐらいにしか思っていない。
私たち夫婦が人並みに生活が出来るのは、妻が働いてくれているからだ。感謝!!

話は戻るが、私がこれでいいのか、と思った確定申告書はあっさりと通った。
色々な控除を引くと、払うべき所得税は年間で1万円ちょっとだけだった。
勤めていた時の50分の1以下だ。
20万円近くが還付された。

当然、住民税も安くなった。
今週の初めに住民税の納税通知書が送付されてきた。
開けてみて、去年と同じだと思った。
しかし、よく見ると「0」がひとつ少ない。
年間で1万数千円だ。
勤めていた時の30分の1ぐらいでしかない。

年収は1/4に減ったが、税金関係は1/6以下になった。

勤めていた時の年収の1/3はボーナスで、今はボーナスは無い。
会社が家賃補助をしてくれたが、多いときで10万円以上の家賃を払っていた。
昨年マンションを貯金で買ったので、今は月々1万円ほどの管理費・修繕積立金で済んでいる。
(固定資産税を初めて払ったが、10万円以下だった)

色々と差し引きしてみると、ボーナスを考えなければ、
今の月々の手取り収入は、会社を辞める前の2/3ぐらいという計算になった。

私達夫婦にはボーナスで海外旅行をする習慣も無く、もっぱら貯金をしていた。
子供が出来ず、妻もずっと働いていたので貯金も増え、
福岡市内のマンションをキャッシュで買えた。

東京に比べて福岡の生活費は安い。
だから私の収入が大きく減った今でも、
外食もするし、洋服やCD、DVDなど欲しい物は買っている。
生活のレベルはリストラされる前とあまり変わっていない気がする。

リストラされた多くの人達に比べれば、私は恵まれているとつくづく思う。
妻も働き者でよかった。
晩御飯の用意を私が毎日しているのも苦にはならない。
(洗い物は手伝わないが…)

それでも思った。
「税金をたくさん払えるようになりたい」と…。

今日がいい日になりますように。

国民健康保険加入

昨日は昼過ぎに起きて朝食(昼食?)。
カップメンと妻が作っておいてくれたおにぎりという、
ここ何ヶ月か続いている不健康メニュー。

食べ始めた時に、「ピンポーン」とインターフォンが鳴った。
何でこういうタイミングなんだ、ラーメンが伸びる。

郵便やさんが速達を持ってきていた。
健康保険組合からの「資格喪失証明書」だった。

一昨年リストラで会社を辞めたが、健康保険は2年間「任意継続」という制度で加入し続けられた。
国民健康保険(国保)は、前年の年収で保険料が決まるので「任意継続」の方が安いらしい。

去年の今頃、区役所で聞いたら、仕事を辞めた一昨年はまだ年収がそれなりにあったので、
国保に切り替えると、月々の保険料が5万円になると言われた。
「任意継続」の倍近かった。

さすがに去年は大して働いていないので、国保もかなり安くなるはずだった。
確定申告した後区役所に行ったが、
「5月中旬以降でないと前年の所得データが回ってこないので、保険金額が確定できない」
と言われた。
そして、国保に加入するには、前の健康保険の「資格喪失証明書」が必要だった。

健康保険組合に「資格喪失証明書を貰いたい」と電話をしたら、
「月々の引き落しが出来ないと受給資格が無くなるので、引き落しが出来ないようにして下さい」
と言われた。
結構、面倒くさい。

郵便貯金口座を健康保険の引き落し用に作っていたので、全額(といっても3万円)を引き出した。
10日の引き落しが出来なかったので受給資格が無くなり、「資格喪失証明書」を送ってきてくれた。

さっそく区役所へ自転車で出かけた。
歩いても10分とかからないのだが、やっと自転車が直ったのだ。乗らなければならない。

手続きをすると、保険証と納付用紙は郵送するとの事で、
パソコンの画面で金額がいくらになるのかを見せてくれた。
これまでより1万円以上安かった。

「任意継続」が2年間である理由がわかった。
会社を辞めて年収が大きく下がった場合、
その年収をベースに国保に加入するまでに、一年半はかかるのだ。

結婚して東京から大阪へ転勤した時、妻は会社を辞めてついて来た。
失業保険を貰っていたので、私の健康保険の扶養者にはなれなかった。
(夫の転勤という、自発的な理由による退社では無いので失業保険はすぐに出る)

大阪の区役所から国保の納付書が妻に送られてきた。
月に2〜3万円ほどの金額だった。
妻は区役所に行き「無職なんです!高すぎます!」と訴えた。
なんと保険料は3千円程に下がった。

昨年、私も福岡市中央区役所で「無職です」と言いたかったが、
退職金を分割でもらっているので無収入ではなく、
7月から働く事も決まっていた。
しかし、社会保険に加入していない小さな事務所で、いずれ国保に入るしかなかった。
(社会保険料の半分を会社で負担する事は法律で義務付けられているが、
会社の負担を避けるために届出をしていない零細企業が多いらしい)

妻はその後、大阪で家から歩いて通えるハローワークでパートを始めた。
お役所仕事を見たのだろうか、妻に国保をダンピングさせた話を聞くと、
「大阪は言った者勝ちなのよ」と切り捨てた。

そういえば、最近問題になっている国民年金の違法免除問題。
昨日の新聞では大阪がダントツ1位で、全国16万件の内7万件が大阪である。

今日がいい日になりますように。

リストラされた話

その立場や状況になってみなければわからない事は多い。

失恋した友人を慰めていても、自分の心は痛くないし、
虫歯になったことの無い人には、虫歯の痛みはわからない。
髪の毛が豊かな人には、薄毛やハゲの悩みはわからない。
視力の良い人には、近眼の人の見ている世界はわからない。
階段を2段飛ばしで駆け上がれる若者は、
地下街から階段で地上に出ただけで息が切れる自分を想像できないだろう。

リストラも自分がその対象になり、会社を辞める事を考えなければならなくなるまでは他人事だった。

私は大学を出てから30年近く外資系のソフト会社に勤めていた。
1998年をピークに業界売上は毎年下がり続け、2004年にはマーケットが2/3にまで縮小した。
私のいた会社を含め、業界各社はリストラを始めた。

最初は45歳以上が条件で、私は対象外だった。
その後、「早期希望退職」という名のリストラは、いつも「今回が最後」のはずが毎年行われた。
対象者の条件も広がり、ついには「入社3年以上」、つまり20歳代も含まれるようになった。
そして、300人以上いた社員の内、100人以上が会社を去った。

対象者は役員や人事部が個人面接をして「早期退職」の条件説明をする。
「辞めて欲しい人間」は当然リストアップされており、
そうした候補者にはより「丁寧」に「説得力」をもった説明がなされる。
「指名解雇」や「辞めてくれ」と迫ることは「不当労働行為」で違法なため、会社もそれは出来ない。
あくまで「自分から早期退職に応募」するように促すのだ。

会社としても有能な社員に辞められては困る。
だから早期希望退職は「会社が早期退職を認めた社員」しかできない事になっていた。

私が対象になって数年は、面接の時は簡単な退職金の説明だけで、あとは世間話だった。
「君は辞めないよね」と言われた事もあった。

ある年、私の部下が、
「ここだけの話ですけど、早期退職に手を挙げたんですけど、引き止められました。」
と話してきた。
会社に必要とされて嬉しかったのか、みんなが「ここだけの話」を知っていた。
しかし、その彼も翌年は引き止められず、早期退職した。

私が「候補者」リストに乗ったのは辞める前年だった、と後から気がついた。
その年の面接で担当役員から、
「これからはポストが減る」「良い条件だと思う」「これからの人生を考えるチャンスだ」
などと言われ、最後は「よく考えてくれ」と念を押された。
しかし、大阪に転勤したばかりの私は辞めることを全く考えていなかった。
明るく「考えてみます」と返事をして役員室を出た。

私が本社で面接を受けた後、一般社員の面接のために人事部長が大阪へ来た。
彼は、休憩時間に私を含めた旧知の数人に、あくまで雑談として
「これ以上の条件はもうないと思う」「自分も辞める」「40代の内が再就職に有利だ」
などと話して退職を勧めた。
そして本当にその人事部長は辞めたが、私も辞めたその翌年はもっと条件が良くなっていた。

その年の早期退職で先輩や同期の多くが辞め、私より先に入社した人間はほんの数人になっていた。
「候補者」リストに乗ったのに辞めなかった私は、その後職務を兼務するようになり、
その内のひとつの業務では、職等が下の後輩から指示を受けるようになった。
次にリストラがあったら自分の番だ、そう思わざるを得なかった。

社員と同じく、組織のリストラも進んでいた。
地方のオフィスの相次ぐ閉鎖。
部門の統合や、本社での集中管理による効率化。
管理職のポストも減り、現場を持つプレイングマネージャーが増えた。

辞めないことも考えた。
しかし、元々定着率の低い会社ではあった。
創立40年近いが、定年退職した人は二人だけ、しかも55歳定年だった10年以上前である。
勤め続けたとしても、55歳で役員になっていない場合、
一般職に降格して年俸も大幅にカットされる「役職定年制」も導入されていた。
尻すぼみの未来しかなかった。そしてそれに耐えて定年まで勤める気にはなれなかった。

割り増しされた退職金で今後の生活の計算もでき、一昨年の早期退職に手を上げた。
私の上司も、部門の本部長も、私の面接をした役員も辞めた。

正社員はまだましである。
縮小された部門で働いていた契約社員の殆どが契約を打ち切られた。
もともとの給与が低い上、何年働いていようが退職一時金は無い。
最近問題になっている「格差」は確かに存在する。

昨年あたりから業績が上向いてきたようで、私が辞めた以降はりストラは行われていないようだ。
しかし、正社員の代わりに契約社員が増え、
社員でも管理職ポストが減ったために昇進できない人間が多くなった。

明日がいい日になりますように。

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