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先月、東京へ帰った。 (今回は私ひとり) 「東京」というものの、泊まるのは「埼玉」の弟のマンション。 男二人兄弟である私の弟は、 中学生の次女と母と暮らしている。 (いわゆる「バツイチのシングルファーザー」)。 料理は主に弟の担当なのだが、 どうしても「冷凍」や「チルド」食品中心になってしまうようだ。 「料理本を持っているのか?」 と弟に尋ねたら、 「一冊買った」と言う。 (家にあった「料理本」類は、exワイフが全部持って行ってしまったのだろう) しかし、それは、 「ひとり暮らしの男の料理」 とかいう新書サイズのチープな本。 イラストだけで写真は無く、 とても実用的なものではなかった。 そこで、夕食(もちろん私が作る)の買出しついでに書店へ立ち寄り、 「毎日のおかず(主婦の友社)(600種類の料理)」を購入。 「これで料理を勉強しろ」 私が転勤した大阪でひとり暮らしを始めた時、 同じような料理本を見て食べたい料理をあれこれ作り、 かなり役立った覚えがあるのだ。 たまに料理をするという姪っ子がその料理本を見ていて、 「パパ、これを作って!」 と言ったのは、 「ミートソースドリア」。 「わかった」 と答える弟の声には真剣さが無く、 思わず、 「明日おじさんと『ミートソース』を作ろう」。 翌日の夜、姪っ子とふたりで台所に立ち、 野菜類のみじん切りを姪っ子に頼んでの「ミートソース」作り。 オリーブオイルで野菜(ニンニク、玉ねぎ、人参、セロリ)を炒め、 別のフライパンで合い挽き肉を焼いてから野菜の鍋に加える。 ホールトマト缶、ブイヨンキューブ、ローリエを投入。 じっくりと煮詰め、塩、コショウで調味。 ずっと手順を見ていた姪っ子は、 今度はひとりで作れる、と言ってくれた。 次の日の昼食、「ミートソーススパ」。 「ミートソース」は大量に作ったので、 残りをふたつに分けて「冷凍保存用バッグ」に。 「これとチーズをご飯にのせて焼けば「ドリア」だから」 と弟に教えたが、不安は残る。 しかし、その後3ヶ月以上経つのに、 「チキンライスのたね」は冷凍保存されたまま。 「パパが作ってくれないの」 姪っ子が「ミートソースドリア」にありつける日はいつになるのだろう。 今日がいい日になりますように。 |
MY FAMILY
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弟は、中学2年の娘と今年81歳になる母と住んでいる。 その母の様子がおかしい、 と弟から電話がかかってきたのは去年の秋頃だっただろうか。 何十年も前に死んだ親戚がまだ生きてる、 と言い張るので、 兄貴からも母に話してくれ、と言う。 母と話をすると、 「…そうだったっけ…」。 弟に病院へ連れて行って検査してもらうよう言った。 後日、弟から電話があり、 脳の萎縮が進んだ「アルツハイマー病」との診断結果。 5、6年前には発症していて、 もう薬で進行を止められない状態。 去年の3月に帰った時はまったく気付かなかったのに……。 今回の東京行きは、そんな母の様子を見るのが主目的だった。 週2回のデイサービスから帰る母を待ち、 夕方、弟の車で近くのショッピングセンターへ。 母は老け込んだ感じで生気が弱まり、 足取りも重くなっていた。 肌着類が痛んできてるので買いたい、 と弟に頼まれた妻が母に付き添ってあれこれ品選び。 今は弟や娘が食事を作るのだが、 どうしてもお惣菜やレトルト商品が多くなる。 そこで私たちが作ろうと食料品も色々と買い込んだ。 夕食に私と妻が作ったのは、 母がよく食べさせてくれていた「母の味」2品。 「かじきまぐろの煮付け」 「合い挽き肉のおとし焼き」 (青ネギ、合い挽き肉に卵をたっぷり加え、醤油味で焼いた和風ピカタ) 弟は懐かしがっていたものの、 母の反応はあまり無かった。 確かに母の記憶能力は落ちていた。 私が飲んでいる焼酎の紙容器を見て、 「それは何だい?」 「焼酎だよ」。 しばらくして、 「それは何だい?」 「焼酎だよ」。 またしばらくすると、 「それは何だい?」 「焼酎だよ」。 翌日は妻が朝から部屋の掃除をした。 トマト缶を使ったお昼ご飯は、 「ソーセージのトマトソースパスタ」。 ソースを煮詰め過ぎてしまい、ちょっともそもそ。 その後、妻は母と化粧水など、 私と弟は食料品を買いに近所へ出掛けた。 (姪っ子は朝から運動部の活動で外出) この際、冷凍保存出来る物を作っておこう、と思い、 再び調理開始。 「チキンライスの種」 (鶏もも肉や玉ねぎなどをバターで炒め、ケチャップで煮込む。 ご飯と炒め合わせ、卵で包めば「オムライス」) 「牛のしぐれ煮」 (安い切り落としを酒・醤油・砂糖・生姜で煮詰めるだけ) どちらも小分けして冷凍しておける。 妻は「マカロニサラダ」をたっぷりと作った。 後ろ髪をひかれる思いながらも福岡へ帰る時間。 私たちを見送る母の笑顔。 こんなに母と一緒にいたいと思ったのは人生で初めてだった。 福岡へ戻って数日後、弟へ電話をしたら、 「○○○さん(妻)が服を買ってタンスにしまってくれたの」 と嬉しそうに母が何回も繰り返し話してると言った。 妻に伝えたところ、 「でも、お金はお母さんの年金なのよね」。 今日がいい日になりますように。 |
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昨日、妻と某デパートの催事へ出かけた。 催事が行われている場合、 1階からエレベーターに乗ろうとしても満員の事が多いので、 天神地下街の食品売り場から入った。 2月14日のバレンタインデー当日だけに、 スイーツコーナーはどこもかしこも「チョコレート」「チョコレート」。 それを見た妻がぼそっと、 「今日は『バレンタインデー』だったのね」。 そして私に告げた一言。 「家にあるチョコレート、食べていいわよ」。 その「家にあるチョコレート」なる物は、 私がスーパーで発見し、 妻の為に買ってきた「限定品」。 「キットカット」の「メープル」味。 わざわざ許しをもらわなくても、 とっくにこっそり食べていたわい!! 今日がいい日になりますように。 |
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前の記事で「ゴジラ」と「ガメラ」が好きだと書いた。 ちなみに、 そんな我が家の玄関(靴箱の間の鏡付きの棚)に飾ってあるのがコレ。 妻は一切文句を言わない。 なにしろ、妻も「ゴジラ」好きで、 小さな「ゴジラ」のフィギュア付き携帯ストラップを愛用していたものの、 (「ゴジラ2000 ミレニアム」(2009年)の時に購入) 当時の勤め先があった渋谷道玄坂で「ゴジラ」フィギュアが外れて紛失。 思い切り妻は落ち込んでいた。 浅草「ROXビル」の「東宝ショップ」で携帯ストラップを探したが同じ物は見つからず、 その後の映画公開時に販売された携帯ストラップも妻は気に入らなかった。 今現在、私達夫婦の携帯ストラップは、「ハードロックカフェ」。 左のスカルとクロスが私、右のチャラチャラしたのが妻。 ちなみに、 家の鍵のキーホルダーは、「コレジャナイロボ」である。 今日がいい日になりますように。 |
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少し前の出来事。 20日の日曜日、弟の車で栃木にある父の墓参りに行った。 その後浅草へ行くつもりだったので、帰りは高速を向島で降りた。 隅田川を渡れば浅草だが、ちょうど三社祭だったので車は停められそうもない。 そこで、上野の叔父の家に車を置かせてもらう事にした。 途中、弟に言って浅草千束(せんぞく)通りにある「鮒忠本店」へ寄ってもらった。 「鮒忠」は、今では関東でチェーン展開している焼き鳥の美味しいお店。 私はここの「鶏の丸蒸し(鶏一羽丸ごとの和風ローストチキン)」が大好きで、 転勤で東京を離れていた時も、帰京した時に買って帰ったり、 母にクール便で送ってもらった事もある。 しかし、この日は三社祭なので店頭にテーブルを出して焼き鳥を販売しているものの、 「鶏の丸蒸し」は無いと言われた。 普段ならあるが、それでも数に限りがあるので予約して欲しい、との事。 いつもなら必ず予約して買いに行くし、 一昨年の夏には、妻の実家の分を含めて4羽分を買って帰った。 帰りの飛行機に持ち込み、焼き鳥の香ばしい匂いが機内に広がって恐縮した。 今回、私も前日に予約しようと思ったが、 墓参りの後なので何時に浅草へ行けるかわからないので予約していなかった。 それでも、この日早い時間に浅草を通る事になったので、ダメもとで行ってみたのだ。 「丸蒸し」は無くても「鶏もも焼き」ならあった。 道路の反対側に停めた車に戻って妻に言ったところ、 「ウチの分も買って」と母に頼まれ、 2本ずつ買おうとしたら携帯が鳴って「上野の分も買って」と言われた。 「鶏もも焼き」を合計6本購入。 1本260円也。安い。 上野の叔父の家で「鶏もも焼き」をお土産として渡したら、 「お婆ちゃんが好きでよく買いに行かされてたわよね」と叔母に言われた。 そう、亡くなった祖母が「鮒忠」の「丸蒸し」が大好きで、 頼まれて私は台東区役所の裏にある支店へ自転車で買いに行っていた。 懐かしい思い出だ。 しばらく叔父夫婦と話し、行きたくない、と言う母を残して、妻、弟、小学生の姪っ子と浅草へ。 (弟は離婚して二人の娘の妹の方と母と暮らしている) 地下鉄銀座線で浅草のひとつ手前の田原町で下車。 外へ出たらいきなり御輿の群集にもまれてしまった。 それも3基しかない本社御輿の「三之宮」だった。 三社祭では80基もの御輿が繰り出すが、 ほとんどが浅草の町内会の御輿で、浅草神社の本社御輿は「一之宮」から「三之宮」の3基しかない。 「ラッキー」と弟が言った。 (どこで見れますか?、という問い合わせに答える為、御輿にはGPSが付いているそうだ) なにしろ80基もの御輿が練り歩いているので、そこここで御輿に出会える。 私も社会人になるまで御輿を担いでいたので、下町っ子の血が騒ぐ。 弟は50を過ぎた今でも生まれ育った上野の町内会で御輿を担ぎ、 浅草に住む幼馴染のつてで三社祭でも御輿を担いでいる。 しかし、私がこのタイミングで帰って来た為、 今年は泣く泣く諦めた、とやんわり嫌味を言われた。 叔父夫婦もこの日の「宮出し」(早朝、浅草神社から3基の御輿が出る大騒ぎのイベント)を見に行っていた。 下町っ子は生まれついてのお祭り好きだ。 子供たちも祭り装束。 猫までハッピを着ている。 浅草でお参りするといえば、雷門から続く仲見世を抜けた「浅草寺」だが、 三社祭は「浅草神社」の例大祭。 「浅草寺」には参拝客がいつも通り大勢いたが、 すぐ右隣にある「浅草神社」は「お神楽」の見物人は多かったものの参拝している人は少なかった。 弟が「浅草神社」の境内の裏手へ私達を連れて行った。 そこにあったのは、弟が幼馴染と担ぐはずだったという「馬道1丁目」の御輿。 この鳳凰の目にはダイヤモンドが嵌め込まれているらしい。 (右の小さいのは子供御輿) 久しぶりに東京の下町の空気を満喫して福岡へ戻った。 翌日の夕食は「鮒忠」の「鶏のもも焼き」。 オーブントースターで温め、「鮒忠」の焼き鳥のタレをかけて食べた。 やはり鶏一羽丸ごと作った「丸蒸し」に比べると肉は固い。 次に東京へ帰った時には「丸蒸し」購入を第一に考えてプランニングするだろう。 今日がいい日になりますように。 |



