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エリック・クラプトン、11月24日、福岡公演決定!!

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私はコンピューターゲームが昔から好きだ。
当然、初代の「ファミリーコンピューター」も買ったが、
その頃はパソコンのPC−9801(NEC)でもゲームを楽しんでいた。

当時(1980年代前半)のパソコン用ゲームソフトは、
5インチ(13センチ)のフロッピーディスクに収められていて、
ロールプレイングやゴルフのソフトを買って遊んだものだ。

しかし、当時のCPUは16ビットなのでとにかく遅い。
ゴルフゲームでボールを打つと、次の場面に変わるまでに数分かかった。
画面の風景の輪郭に沿って線が引かれ、ゆっくりと色が塗られてゆく。
トイレに行って戻っても、次の画面になっていなかったほどだ。

さらに時代を遡った30年ほど前の大学生時代には、
西新宿の小さなビルの中にあったコンピューターショップに通い、
コンピューターを30分数百円で借りて「スタートレック」のゲームをしていた。

それは、今では想像もつかないようなデジタルなゲームだった。
コンピューターの黒い画面に表示されるのはアルファベットと記号だけ。
敵の位置を探り、そこへ移動して攻撃するのだが、
移動や攻撃の方向と距離を三角関数(サイン・コサイン・タンジェント)で計算し、
その数値をキーボードへ打ち込まなければならない。

ゲームコントローラーなど無いし、派手な動画や効果音も無い。

それでも当時としては最先端のゲームで、いつの間にか同好の士が集まり、
計算を担当する者、キーを打ち込む者などのチームプレイでハイスコアを目指していた。

ネットで検索したら、その「スタートレック」ゲームの情報が見つかった。
そうそう、当時はコンピューターを「パソコン」ではなく「マイコン」と呼んでいた。
http://www1.odn.ne.jp/beni/game/startrek.html

これの情報の説明を読もうとすると、実際に遊んでいた私でも頭が痛くなる。
途中にある画面のイメージだけを見ればその頃のゲームがどんなものだったかわかるだろう。

     ↓
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 *** *** *** *** *** *** *** ***
 *** *** *** *** *** *** *** ***
 *** *** *** *** 006  001  002 ***
 *** *** 303  008  010  002  208 ***
 *** *** 006 [517] 002  108  004 ***
 *** *** 009  002  003  *** *** ***
 *** *** *** *** *** *** *** ***
 *** *** *** *** *** *** *** ***

 * ・ K ・ ・ ・ ・ ・  STAR DATE  2500
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  YEARS LEFT 24.8
 ・ ・ ・ E ・ K K ・  QUADRANT   4 − 5
 ・ ・ ・ * ・ ・ ・ * SECTOR     4 − 3
 ・ K * ・ ・ ・ ・ ・  ENERGY     3000
 ・ ・ ・ ・ ・ B ・ K  SHILED     1000
 ・ ・ ・ ・ ・ * ・ ・  PHOTON     10
 ・ * * ・ ・ ・ ・ ・  KLINGONS   25
                 CONDITION  RED

COMMAND【1−7】? 1■

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「E」が「エンタープライズ(自分の宇宙船)」、
「K」が敵の「クリンゴン」、
「B」は基地で、「*」は星などの障害物。

その店に集まっていた人間の多くはコンピューターが好きでその道に進んだのだろう。
しかし、私はあくまで「ゲーム好き」なだけだったので、
未だにコンピューターの事はよくわからない。

そんな私が朝まで「PS2」で遊んでいても、結婚以来、妻が興味を示した事はなかった。
それが「ニンテンドーDS Lite」は欲しがっている。

正月に妻の実家へ行っていた時に甥っ子が遊んでいるのを奪い、
先日の屋台オフ会ではこんさんの娘さん達の物に「どこで買ったの!」と喰いついていた。

近くの電気店はいつ行っても「入荷予定はありません」なので、ネットで買えないかと思った。
ネットショップには在庫を持って売っている店があった。
しかし、市場の最安値が調べられる「価格コム」での最低価格は18000円。
メーカーである任天堂の希望小売価格の16800円よりも高い!!。

「入手価格がメーカー小売価格より高い為」とちゃんと断って、
20000円以上の値を付けて売っている店もある。

オークションならどうか、と思ってヤフオクを見ても、
「価格コム」で調べているのか、18000円で入札されている。

ネットショップでもヤフオクでも、
配送料金や振込み手数料を加算すると20000円前後になってしまう。

「ニンテンドーDS Lite」が発売されたのは去年の3月。
いつになったら任天堂は品薄を解消出来るのだろう。

こうなったら意地でも希望小売価格以上では買いたくない。

テレビで「ニンテンドーDS Lite」のソフトのCMを見る度に、
妻は「本体を買えないのにソフトの宣伝をするんじゃない!!」
とテレビに向かって怒っている。

今日がいい日になりますように。

この間の日曜日は昨年の12月に亡くなった妻の祖父の49日。
妻の実家へは前日の土曜日に行って泊まった。

夜の8時過ぎに着き、祖母に挨拶をして風呂に入り、
リビングに戻ったらもう祖母は寝ていた。
新年会があったという義父は程よく酔っていてすぐに寝てしまった。

義母が色々と料理を出してくれ、妻とビールを飲んで食べていたところ、
9時過ぎぐらいに単身赴任先の鹿児島から戻った義兄が登場。
「トリビアの泉」を見ながら一緒に飲んだ。

程なく義母も寝て、
義兄も11前には「寝る」と言って実家の隣にある家へ帰った。

その後も妻とふたりで飲んでいたが、
「明日は早いから」と妻も寝てしまい、私ひとりが残された。

勝手にビールと焼酎を出してきて2時過ぎまでひとりで飲んだ。
まぁ、妻の実家へ泊まった時は毎度こんなものだ。

日曜日の午後、49日法要があり、終わって家族と親戚20名ほどで食事。
散々ビールを飲まさせてもらった。

夕方には納骨に近くにあるお寺へ。
昔はお墓があったのだが、区画整理で墓地が無くなり、
今はお寺の納骨堂に収めるのだという。

私の親戚はすべてお墓があるので、納骨堂への納骨は初めての経験だった。
遺骨を小さい骨壷に移し、入りきらない遺骨は、
骨壷を収める棚の中央にある穴から下へ落して下さい、と住職に教えられて驚いた。

妻の実家の区分は160センチぐらいの高さにあり、
背の低い妻の家族は誰もその穴が覗けない。
そこで私が和紙をといの様にして穴に差し込み、義父が骨壷を持ち上げて出す遺骨を流し入れた。
「居てくれて助かった」と義父に言われた。

実家の夕食が始まる前に義姉に駅まで送ってもらい、家へ帰って来た。
義母や義姉と一緒に食事やお茶の用意などで良く働いた妻は「疲れた〜」と言い、
すでに酔っ払っていた私も夕食を作る気はさらさら無かった。

そこで近所の「やまちゃん」へ行く事にした。

ひと組待っていたもののすぐに入れた。
この日はやたらと若い女の子が多く、女性客25人ほどに対し、男性客は5人だけ。

いきなりラーメンも寂しいので、
生ビールで「サガリ(ハラミ)」を食べた。

イメージ 1
酔っていてピンボケ

そして妻はラーメン、私はチャーシューメン。

イメージ 2
私はゴマと紅ショウガを入れて食べるのが好きだ。
一気に食べて帰宅。

その後も家で焼酎を飲んでいたが、
さすがにこの日は11頃には寝てしまった。

途中で何度か目を覚まし、昔の同僚が出てくる変な夢もたくさん見た。
そして昨日起きたのは昼の12時過ぎだった。

昨日は酒を抜いた。

今日がいい日になりますように。

ちょっと寒いジーンズ

私がいつも穿いている2本のジーンズの内の1本。

イメージ 1

横とお尻の辺りが破れている。

しかしこれは右側だけで、
前の会社に勤めていた時に使っていたショルダーバッグで擦れたせいだ。

さすがに冬は風が入ってきて寒い。
でもお尻を掻くのには便利だ。

小銭を入れる右前の小さなポケットも破れていて、
たまに穴から小銭をぶちまけてしまうが、他は大丈夫である。

会社を辞めて2年半になるから、もう4、5年穿いていると思う。

妻は「新しいのを買ってあげる」と言ってくれるが、
体に馴染んでいるのでわざわざ新しく買う気になれず、
「若い連中は何万円も出してわざわざ破れたジーンズを買っているんだぞ」
と答えている。

「これはファッションじゃないでしょ!
 あなたみたいなオジサンが着ていると、
 ただみすぼらしいだけなの!!」

とにかくまだ捨てる気は無いので穿き続けるが、
妻の体面もあるので、妻の実家に行く時だけは穿かない様にしている。

今日がいい日になりますように。

ユニクロの福袋

福岡は今晩から明日にかけて雪らしい。
しかも福岡県福岡地方には「暴風雪警報」「大雪注意報」「雷注意報」まで出ている。
「暴風雪」って何?

ホタル族の私には、煙草を吸うのも命がけになるのだろうか。

話は元旦。
妻の実家で新聞を読んでいたら、ユニクロの折り込み広告に福袋が載っていた。
「デザイナーズインビテーションプロジェクトの商品7点」
「合計¥15,000相当の商品が¥5,000」

イメージ 1

ユニクロ好きの義姉と妻に見せたら強い興味を示し、
翌日の2日に行ってみよう、という事になった。

2日の午後、一番近いユニクロへ義兄家族と妻と行くと、
レジの端にお目当ての福袋があった。
しかし、ふたつしかなく、両方とも女性用のSサイズ。

「これしかないんですか?」と店員に尋ねると、
それが最後のふたつだとの返事。

幸い、妻も義姉もSサイズなので速攻で確保した。
福袋は元々「S・M・L」の3サイズしかなく、
「XL」の私は端から買う気が無かったものの、
たぶん「M」の義兄はちょっと残念そうだった。

ビールと食材を買ってから家へ戻って早速ご開帳。

スカート、スラックス、セーターなど7点が入っていた。
殆どがモノトーンで妻と義姉とでは半分ぐらいが同じ物だった。

穿いていたジーンズの上からスカートを試着した義姉が、
「何これ?」と言い出した。

黒のミニのスカートの脇にベルト状の物が垂れ下がっていた。
「これはどうするの?肩にでもかけるの?」とあれこれ試してみる。
私は思わず「それはデザインで飾りでしょ」と言っても納得しない。

更に、義姉の袋にはピンクのウールのキャミソールや、
提灯のようなスカート(バルーンスカートと書いてあった)もあり、
「こんなの着られないわよ」と言った。

確かに、せいぜい20代前半までがターゲットのデザインに思えた。

スカートを穿いて文句が出る度に、
義母は「エプロンにすればぁ」と無責任なコメントを述べていた。

妻はフェイクファーのボアが付いたダウンベストからボアが外れないとみるや、
義母に「これあげる」と渡し、義母が着て「温かいよ」と言うと、
「似合う似合う」とその気にさせていた。
(妻はボアが嫌いだ)

どちらかと言えば妻の袋の方がまだましだったようだが、
「広告に載っていたコートが入っていない」と文句を垂れる。

「福袋だからしょうがないじゃないか」と私が言ったら、
「あなたが買え、って言ったんでしょ!」と私を責め、
「そうよそうよ」と義姉も同調した。

お門違いも甚だしい。
福袋を開けるまではあんなに喜々としていたくせに…。

4日に家へ帰って私がパソコンを立ち上げていたら、
白いカーディガン(これはボアが外れた)に黒のミニスカートを穿いた妻が、
「これカワイイでしょ」と見せに来た。

すぐにまた黒いジーンズ(膝にあたりにデザインでベルトが付いている)に着替え、
「これもいいでしょ」と現れた。

ともあれ、妻は満足したようでホッとした。

明日がいい日(と言っても雪だが)になりますように。

妻の実家でお正月

元旦は昼頃に起き、2007年最初の食事はつけ麺。
正月は妻の実家で過ごす事になっていたので、おせち料理は我が家には無い。

イメージ 1

代々木上原「大勝軒」のネットショップで買って冷凍してあった物だ。
前日の酒が抜けていなかったのか、
麺にかける切り海苔をつけダレに入れてしまい、妻に文句を言われた。

夕方6時前に妻の実家へ着き、間もなく夕食。
妻の両親と祖母、義兄夫婦(二人とも私より年下)に子供ふたりと私達で総勢9名。
寿司や煮物などがテーブルに並んだ。

31日に天神の三越で買った「日本橋弁松總本店」の「栗きんとん」と「築地松露」の「卵焼き」、
ルミねーさんネットショップで買ったキムチ類を持って行っていた。

酒のつまみに「チャンジャ(タラの胃袋のキムチ)」を出したら、
初めて食べる義父や義兄夫婦は「美味しい!酒に合う」と喜んだ。

すると9歳の甥っ子が「チャンジャ」に興味を示して箸を出してきた。
「辛いぞっ!」と言っても聞かずに一切れつまんで食べた。

すぐに「辛〜い!!」と叫び、
「ほらみろ、辛いだろ」と私が言うやいなや、
「でも美味しい」ともう一切れ食べた。

義姉が「この子は珍味が好きなの」と言う。

しかし酒も飲まない(当たり前だが)のにパクパク食べられては堪らない。
食べたがる甥っ子の前から取り上げて大人で分けてしまった。

ビールと焼酎を美味しく頂き、酔っ払って就寝。

2日の朝はお雑煮だったが、福岡では丸い餅を茹でて使う。
四角い餅を焼いてお雑煮に入れる関東風が懐かしい。

昼にはカレーを私が作った。
と言ってもネットで買った肉にデリーのルーを合わせただけだ。
ただし辛さは3種類。

子供と祖母、義父母には一番辛くない「デリーカレー(やや辛口)」、
義兄夫婦には辛口の「インドカレー」で、私と妻は激辛「カシミールカレー」。
どれもサラサラのインドカレーで、
正月にカレーはいいねぇ、と昔CMにあったような事を義父が笑って言った。

イメージ 2
具に人参も加えたが、写真を撮り忘れ、食べた後の残りの鍋。

事前に家族に食べられるカレーの辛さを聞いてルーを買って行ったが、
祖母と姪っ子以外は「激辛」を味見したがり、私と妻の皿から一口。
「うっわ〜っ!!辛っら〜い!!」という想像通りの反応で、
2度と激辛には手を出さなかった。

テレビで箱根駅伝が終わる頃、義父が「忠臣蔵だ」と言い出した。
新聞の番組欄を見ると、夜の12時までの10時間ドラマ。
「お父さんは8時には寝ちゃうから、最後まで見られないよ」
とみんなが口々に言っても「見る」と言う。

途中買い物に出掛けたものの、テレビはずっと「忠臣蔵」だった。
もちろん義父は早々に寝てしまい、結局最後まで見ていたのは義姉と私の妻。
「忠臣蔵は初めて」と言う義姉が一番熱心に見ていた。

夕食は刺身や煮物、鶏の唐揚げ等と私が作った「豚バラと卵の煮物」。

イメージ 3
豚バラ固まり肉を切って焼き、水と酒で下茹でした後、
醤油、味醂、砂糖でゆで卵と一緒に煮込んだ。
私以外は柚子胡椒を付けて食べていた。(私は辛子)

3日は妻が中学校の同窓会で午後から外出。
昨年の12月に祖父が亡くなったので年始の挨拶に来る親戚も無く、
静かに三が日が過ぎて行った。

妻がいなかった夕食は、姪っ子のリクエストで「シーフードのトマトスパゲッティ」。
「私の得意料理よ」と義姉が言うので期待していたら、
野菜の下拵えはしてくれたものの、調理は私に任せる、と言われてしまった。
しかも義姉が人参嫌いなので、トマトソースを作るのに人参を使えなかった。
(写真は酔って撮り忘れた)

4日の午後に帰る前、祖母に挨拶をしたら、
「ご飯を作りに来たみたいだったね」と言われ、
義母からも「お疲れ様」と声を掛けられた。

しかし、起きている間、ずっと飲んでいられた私にはいいお正月だった。

明日がいい日になりますように。

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