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日曜日は妻の実家へ行ってきた。 三週間ぶりの訪問だ。 妻の実家へは今年病気になった祖父母と看護している両親の様子を見に時々行くようにしている。 「早く出るわよ」と妻に言われていたが、自分では起きられず、11時に起こされた。 土曜日、私が帰ってきたのは深夜の3時過ぎで、 その後ワールドカップの3位決定戦を見てからブログで遊んでいた。 結局ベッドに入ったのはすっかり明るくなった8時頃だった。 しかも、それまでずっと飲んでいた。 先に妻が家を出て買い物をし、私はシャワーを浴びてから合流した。 義父が最寄り駅まで車で迎えに来てくれ、実家に着いたのは1時頃だった。 祖母がテーブルでご飯を食べていて、義母は台所にいた。 祖父が奥から出てきたので挨拶をした。 目がよく見えなくなっているので、顔を近づけて話さないといけない。 「あぁ、○○△△さん」と祖父は言って笑った。 名前が半分しか合っていない。 似た名前の親戚が何人かいるので仕方ないだろう。 テーブルに座った祖父が妻に「ビールゴニョゴニョ」と言った。 旦那にビールを出して飲ませてやれ、と言っているらしかった。 しかし、すでに私は冷蔵庫から勝手に自分でビールを出して飲み始めていた。 祖父母は元気だった。 ひとりでご飯も食べられる。 妻の両親も元気だった。 食事を済ませた義父は隣の部屋のベッドで寝てしまったが、 同じ敷地内に住む義兄一家が来た。 義兄と何本目かの缶ビールを飲んでいて、ものすごく眠くなってきた。 「お義父さんと一緒にベッドで寝たら」と妻に言われたが、 そんな事が出来るはず無いし、嫌だ。 リビングの床で横になった。 「帰るわよ」と妻に揺り起こされたのは5時過ぎだった。 私は大の字になって熟睡していたらしい。 小学生の甥っ子が「○○○○ちゃん、起きなさい」と、 妻の真似をして起きるかどうか遊んでいたようだが、まったく気づかなかった。 結局、妻の実家にいた大半の時間を私は眠っていた。 祖父母と両親の様子を見に行って、 逆に寝ている私をみんなに見られてしまった。 もっとも、妻の家族は、娘が帰ってくればそれでいいのだ。 次回は再来週、祖父の父親の50回忌の法事で訪問する。 前の晩は早く寝ようと思う。 今日がいい日になりますように。
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MY FAMILY
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昨夜、ネットで見つけたCDの情報をプリントしようとしたらインクが切れた。 6色の内のマゼンタ。 買い置きがあったのでカートリッジを交換した。 しかし充填が始まらず、「インクを交換して下さい」というメッセージになる。 何度も外しては取り付けて試したが同じ結果だった。 純正品の新品なのに使えないとは、不良品に違いない。 こんな事は今まで一度もなかった。 今日の昼にインフォメーションセンターへ電話をかけた。 「ナビダイヤルで180秒8.5円かかります」というメッセージが流れた。 何でフリーダイヤルじゃないんだ、とカチッときた。 「込み合っていますので、しばらくお待ち下さい」 少し待ったが繋がらない。イライラした。 8.5円以上払うのもイヤなので掛け直すことにした。 不良品を交換して良品が送られてくるまで、 新しくインクを買うか、モノクロ印刷にするか悩んだ。 だんだんムカついてきた。 外出から戻って再度電話をした。 今度は繋がり、女性のオペレーターが出た。 新品のインクが使えない、と伝えた。 自分のしゃべり方にトゲがある事に気がついた。 「プリンターを操作しながらご説明します」 すぐにPCとプリンターの電源を入れた。 PCが立ち上がった時には8.5円かかっていた。 オペレーター(さん)の指示に従ってプリンターを動かすと、 ライトマゼンタが切れている、という表示になった。 切れて交換したのはマゼンダです、と言うと、 「ライトマゼンタが切れているようです」との返事。 コントロールパネルから、プリンタのプロパティを調べた。 確かにマゼンタは満杯で、ライトマゼンタが切れている。 え〜っ…? え〜っ…? 「インクを充填する時に、他の残りが少ないインクも切れる事があります」 オペレーターさんの柔らかい声が聞こえた。 ライトマゼンタも買い置きがあったので交換すると正常になった。 同じようなクレームが多くて、ちゃんとマニュアル化されているのだろうと思った。 ちょっと調べればわかった事をメーカーのせいにしてしまった。 昔はこんなに気が短くなく、 人からは「怒っているのを見た事が無い」と言われていた私なのに… 老い先が短くなると、気も短くなるのかもしれない。 「昔からあなたはそうよ」と言う妻の声が聞こえた気がした。 今、福岡は叩きつけるような大雨。 明日がいい日になりますように。
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日曜日に妻の実家へ行ってきた。 天神から電車と車で小一時間ぐらいかかり、周りは田んぼと畑ばかりの所だ。 結婚前、妻はこの家から、自家用車、バス、電車、地下鉄、と乗り継ぎ、 片道1時間半かけて会社へ通っていたという。 「ビール冷えてるよ」義父が開口一番に言った。 私はビールが大好きなので、いつもビールをたくさん用意してくれている。 泊まった時は、朝飯前から「ビール飲みなさい」で、 結局妻の実家にいる間中、私はビールを飲み続けている。 (私はペーパードライバーで、運転は一切しない) さすがに、最近では妻がストップをかけるようになった。 妻の実家には両親と祖父母が住んでいる。 数年前に義兄(といっても私よりかなり年下)が敷地内に家を建て、 妻と子供二人と住み始めた。(今、義兄は鹿児島で単身赴任中) 私は幼稚園の時に父を亡くし、祖父母も20代中頃までに皆亡くなった。 だから、両親と祖父母のいる家がとても羨ましく思える。 今年に入り、94歳の祖父がガンで腎臓を摘出した。 病院の手術の最高齢記録を塗り替えた。 手術の日には、私達夫婦を含め、親戚が20人以上病院へ集まった。 手術室に移る前、医者が「頑張りましょう」と祖父に声をかけた。 「お前が頑張れ」 祖父はそう答えたそうだ。 確かに手術で頑張るべきは医者である。 手術は成功したが、全身麻酔の影響で、祖父は認知症になった。 祖父の手術の翌週、今度は93歳の祖母が小脳梗塞で倒れた。 幸い命に別状はなかったが歩けなくなった。 治療とリハビリでその後4ヶ月近く入院生活が続き、先月末にようやく退院した。 先に退院した祖父の介護は、70歳過ぎの両親にはかなりの負担になった。 (最近問題になっている「老々介護」だ。) 兄嫁も病院への送り迎えや何やかやで頑張っている。 妻は病院へ見舞いに行ったり、実家へ行く事が増え、 時々は両親の代わりに祖父の隣の部屋に泊まったりしていた。 私も2〜3回に一度は妻に同行した。 福岡へ戻ってきていて、本当に良かったと思う。 最近は祖父の認知症も軽くなってきたらしい。 祖母も歩けるようになった。 日曜日は両親が出かけたり、妻が昼寝をしたりで、 私が祖父母の話相手になる時間が多かった。 しかし、博多弁がきついので、言っている事の半分近くが理解できない。 (いつもは両親や妻が通訳してくれる) 私が福岡ネイティブでない事を実感させられる時である。 明日がいい日になりますように。
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今年の春、埼玉で弟と暮らしている母が姪と福岡へ遊びにきた。 その時、通院している整体の病院(膝が弱っているからだろう)で、 ベッドから降りる時にころげ落ちて壁にぶつかり、唇を切って傷口を縫った、と母が言った。 「先生たちがビックリしてねぇ」と笑っていた。 それを聞いた私は、 「何ですぐに連絡しなかったんだ!」と大声を出してしまった。 母はきょとんとしていた。 「お母さんに傷害保険を掛けているのを知ってるでしょ! 時間が経つと保険金が貰えないんだよ!!」 母と東京で同居し始めた10年程前、 私と妻が入っていた傷害保険を母にも掛けた。 その後、母が保険のお世話になる事は無かったのだが、 4年前の暮れ、立て続けに母が怪我をした。 一度は救急車で病院へ運ばれ、二度目は腕を骨折した。 骨折したのは、私の転勤について来た大阪での事だった。 二回とも、保険金を請求して受け取った。 保険の書類を見てみると、 「事故が起きたら30日以内にご連絡下さい」とある。 母が唇を切ったのは去年らしかった。 ダメもとで保険の代理店に連絡すると、 「大丈夫ですよ、書類を送りますから詳しく書いて返送して下さい」 と言われ、ホッとした。 母が弟と同居を始めてからも傷害保険の掛け金は私が払っている、 年に5万円ほどである。 今回のケガでは、78000円の保険金がおりた。 去年ケガをした時、私に連絡してこなかったのは、 大した怪我でもないし、心配を掛けまいと思ったからだろう。 しかし、私は、母が骨折してウン十万円の保険金を受け取った時、 母に小遣い程度のお金しか渡さなかったので、 保険に入っている事を意識していないのだと思った。 自分で掛け金を払っていないのだから当然かもしれない。 今回、母に4万円を送金した。 ケガをしたら保険金が出る事を認識し、今後は必ず連絡してもらう為だ。 お金を口座に入れたと電話した時、母は、 「お世話になっている先生たちにお菓子でも持って行くわ」と言った。 私はまた怒ってしまった。 「自分で払った治療費にあてろよ!」 自分の了見の狭さが恥ずかしい。 傷害保険は余裕があるなら入っていた方が良い。 万が一の場合は勿論だが、日常生活のケガにも対応してくれる。 母に関しては、トータルで掛け金を取り戻して、お釣りがきている。 私もこれまで三回お世話になった。 最初は、家で外れていたコンセントを踏み、左足の親指をザックリ切った時。 次は、料理中に包丁で指を切った。 三回目は、会社でパンフレットを整理していて、紙で指を切った時だ。 ほんの少しの切り傷なら恥ずかしくて病院へは行けないが、 三回共、カットバンを貼っても血が止まらない状態だった。 しかし、縫う程のキズでは無かった。 通院一回毎に、何千円かの保険金が出る。 「もう来なくて大丈夫です」と医者に言われると、 「もっと通院させて下さい」と思ったものだ。 妻にも、ちょっとしたケガでも病院へ行け、と言っているが、いまだにケガをしてくれない。 今日がいい日になりますように。
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本日、5月22日は妻の誕生日。 |




