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立春の日の昨日、雪の舞う福島市の自宅に「天心の譜」DVDが届きました。
小林研一郎さんと、障がいをもつ演奏家、撮影者との交流、そして、 震災後のいわき市と豊間中学校の子ども達も紹介されている映画ということで、 先週、ネットで注文しました。
想像以上に、素晴らしい内容でした!
1/26に開催された福島市音楽堂のコンサートでも、何か只ならぬ気配を感じてはいましたが、この映画を観て、改めて、小林研一郎さんのお仕事の偉大さを実感いたしました。 この「天心の譜」は、震災後の私たちに「精神復興」のビジョンを示してくれます。
そして、その道先案内人として「選ばれた人々」の輝きを、私たちに届けてくれます。 原発事故後は、放射能への恐怖の中で、私たちの回りにも、
「障がい児を産みたくない」とか「私は、普通の子どもが産めますか?」といった言葉が飛び交うようになりました。 また、東京からの視察で福島入りしたある牧師さんは、こうおっしゃいました。
「障がいには2つある。自然に生まれる障がい児は良いが、 放射能由来の障がい児は良いとは認められない。なぜなら、放射能を容認してしまうから」と。
私が抗議すると、牧師さんは驚いていましたが・・・。 生命の誕生に関しては、キリスト教や仏教の信者さんであっても、唯物論的・人間中心的な思考をする人が多いのだな〜と、認識を新たにしました。
障がい者への差別や嫌悪を温存しながら、その恐怖を煽って原発を停めようとする運動は、ファシズムに陥る危険性があるということを、このブログの中でも書いてきました。
そして、障がいを授かるということは、「気の毒なこと」とか「可哀想なこと」なのでは無く、素晴らしい可能性を秘めていることを具体的に発信したいという思いで、金澤翔子さんの紹介なども書かせて頂きました。
http://blogs.yahoo.co.jp/fukushima_apple/10082201.html 実は、金澤翔子さんの揮毫シーンが、映画の冒頭に登場します。
映画の題字は、翔子さんの書です!
いわき市遠野町には、金澤翔子美術館があります。
先月25日には、いわき市のアリオスで、母親の金澤泰子さんの講演会と、
翔子さんの書初めが行われたそうです。
いわきから、何か凄いことが始まるような予感がする・・・。
「天心の譜」は、心に温かい灯を燈す映画です。
小林さんが古希を迎えた2010年、「コバケンとその仲間たちオーケストラ」に、31人の障がいがある演奏家を交えてコンサートを開催しました。
映画の中で、自閉症の女の子の練習風景を撮影している「ビリーブクルー」もまた、知的障がいのある9人の撮影隊なのです!
2011年にギリシャで開催されたスペシャルオリンピックス。
被災した福島と宮城のアスリートが、障がい者であることの誇りと、希望の光を放ちながら、金・銀のメダルを授与される場面は感動的です。 そして、2011年秋、小林研一郎さんが故郷いわきへ・・・。
津波で校舎も楽器も、そして大切な家族をも亡くした豊間中学校の子ども達を 前に、語り始める研一郎さん。
メッセージの一部を紹介します。 ☆今年1月3日に撮影した、いわき市立豊間中学校です
「ベートーヴェンっていう人は、30歳くらいでウィーンでこれから世界の
頂点に登り詰めようとした時に、耳が聞こえなくなりました。・・・・・
ある人が、ベートーヴェンに会いにいった時、突然ベートーヴェンが、 その人に向かって、パッと振り向き、その目を見た瞬間、その人はまるで
世界が消えてしまったような凄い衝撃を受けたと言ってます。
つまり、耳が聞こえなくなって、それでもう作曲家をやめようと思って、 自殺を決意して、遺書を書いて、でも捨てきれなくて(ピアノに被さるようにして)
音を聞いていた・・・。
ベートーヴェンは、でも、そこから立ち上がるのです。 そうだ、自分は世界中の人々に勇気を与えようと、そう思った。
それが、君たちにとっても、必要なことなのかもしれないと思います。」 「僕は、小名浜で1940年ですから、もう今から71年も前に生まれました。
その時、僕がやっとハイハイが終わってちょっと動けるようになった時、 僕の上をB29っていう飛行機が来て、爆弾を落とし始めました。
・・・防空壕では、みんなが恐怖で悲鳴をあげていました。 でもその時、父の手が、母の手や叔母の手が、僕の体をこう、抱きしめて くれました。あったかくて、ああ気持ちいいなあと思いました。」
・・・・・日本は、ぼろぼろになりました・・・・・ ある時、ラジオをポッとつけました。 そしたら、この音楽が流れてきました。 (ピアノ演奏) ベートーヴェンの第九交響曲です。 僕は、音楽家になろうと思いました。 小学校4年の時でした。
2014年1月3日 いわき市薄磯地区に残されたままの家の土台・・・そして・・・
2005年、日本経済新聞の新春対談で、プロ棋士の羽生善治さんと対談した
小林研一郎さんは、
羽生さんの質問「小林さんの個性や表現は、どこから生まれてくるのか?」に こう答えています。
「私の場合、生まれ育った環境が、とても作用していると思います。
生まれた1年半後に、太平洋戦争が始まり、飛行機の音、空襲警報、艦砲射撃、 防空頭巾をかぶって逃げる人の悲鳴・・・といった呪わしい環境で育った。
しかし、生まれた福島県いわき市は、自然がとても美しかった。 パンと手を叩くと、イナゴが舞い上がる。 何メートルも透けて見える海があり、潮騒の音で目が覚める。 蛍が飛び交う。そういった自然美が救いだった。 その時に、流れてきた音は、どんな音でも天来の妙音のように私の中で 響いた」
震災と原発事故のダブルパンチで、子どもも大人も、自分自身と故郷に誇りを持てない状況が続く中、苦しみの体験からこそ、本当の歓喜の音色を発することができるという研一郎さんのメッセージは、力強いです。 DVDは、「天心の譜 映画事務局」から、ネット注文ができます。 またyoutubeにて映画「天心の譜」予告編が紹介されています。
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「天心の譜」のDVDを、子どもと一緒に観ました〜。
感動しました。涙が止まりません。
子ども達の学校で、上映会をできないかなと思います。
「天心の譜」のパンフレットも見ました。
熊本学園大学の社会福祉学部には、スポーツと福祉をドッキングさせた科があって、学生と障がい者が混成チームで交流しながら、フロアホッケーの大会などを開催してると書いてありましたね。
フロアホッケーの連盟は、今のところ、長野、山形、熊本の3県だけなんだそうですが、最高齢74歳の熊本チームには、細川都知事候補の夫人も現役選手で入っているとか(笑)
福島県にもできないかな。
「障がい」って、早いか遅いか、なんですよね。
年をとればほとんどの人が、知的にも身体的にも「障がい」を持つんですから。
差別感情をもつ人は、自分が年老いて障がい者になった時、自分を受け入れることができるのかなといつも思います。
2014/2/6(木) 午後 4:06 [ ハル ]
>ハルさん
福島県内に「天心の輪」を拡げたいですね。
フロアホッケーも、楽しそう!
ある県では、フリーターや引きこもりの青年の社会参加の一環として、障がいをもつ子どもさんのジョブサポーター事業も計画されているとか。
実は私、20代の頃に授産施設の青年たちの就活支援で、一緒にクリーニング店のアイロンかけの仕事をしたことあるんですが、ジョブサポーターが一番鍛えられてました(笑)
私たちを鍛えるために生まれてきたのかな・・・と。
本当に、有り難いことです。
2014/2/6(木) 午後 9:58 [ 未来塾すばる ]