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沙羅の花が咲き始めました。
毎年、この花を見ると岡潔先生(数学者)の著書「春宵十話」を読みたくなります。
先生いわく「人間にとって大切なのは情緒だよ」
数学は、論理的な学問だと私たちは思っています。が・・・
実は、人の中心は情緒だから、それを健全に育てなければ数学もわからないのだ・・・と、岡先生は書いています。 そして、数学に最も近いのは、百姓だ・・・とも。 先生は、芥川龍之介が釈迦を表した一文も紹介しています。
「沙羅のみず枝に花さけば 悲しき人の目ぞ見ゆる」 芥川龍之介 「太平戦争が始まったとき、私はその知らせを北海道で聞いた。その時とっさに、日本は滅びると思った。・・・戦争がすんでみると、これまで死なばもろともと誓い合っていた日本人どうしが、われがちにと食料の奪い合いを始め、人の心はすさみ果てた。
私はこれがどうしても見ていられなくなり、自分の研究に閉じこもるという逃避の仕方ができなくなって救いを求めるようになった。・・・宗教は、ある、ないの問題ではなく、いる、いらないの問題だと思う。 ・・・人の悲しみがわかるというところに留まって活動しておれば、理性の世界だが、人が悲しんでいるから自分も悲しいという道をどんどん先へ進むと、宗教の世界になる。」 敗戦から69年めの今年・・・。
太平洋戦争末期の沖縄戦から69年めの「慰霊の日」6月23日は、いわき市におりました。 いわき市平赤井にある常福寺です。 天平6年(734年)に、東北地方で大地震や飢餓が流行し、その惨状を見た大和国の僧侶、源観が善無畏三蔵伝来の秘仏である薬師如来を護持して、806年に開基したと言われています。
いわき市平の西部、閼伽井岳(標高605m)の中腹にある常福寺は、福島八十八箇所霊場「結願」札所。
閼伽井嶽薬師は、いわき三大薬師に数えられる古刹です。 真言宗智山派の常福寺周辺は、大昔からいわき市のパワースポット(修行と癒しのイヤシロチ)でもあります。
白水阿弥陀堂を拝する願成寺の僧は、もともとこの常福寺から派遣されたと叔母が話していました。
毎年9月1日には、夏大祭として有名な「火渡り行事」が行なわれます。
さて、この日は、常福寺の手前に800年以上前から鎮座する「龍燈杉」に会いに行きました。
樹高42メートル。 幹周9.2メートル。 いわき市で最も大きな杉といわれています。
龍燈杉には、伝説があります。
昔、赤井村の若者が、村の娘と結婚したくて、薬師如来に願い出ました。
しかし、その若者は、龍の化身でした。 それを知っていた薬師如来は、結婚を許さなかったのです。 仕方なく若者は、娘を奪って竜宮城へ連れていってしまいました。
竜宮城のお姫様となった娘でしたが、身ごもると難産で苦しみました。 龍が薬師如来に救いを求めると、薬師如来は見るに見かねて安産を叶えてくれました。 龍はお礼に、毎晩、「龍燈」を薬師如来に捧げました。
龍燈とは、日本各地に伝わる怪火の事で、龍神が住んでいる海や川で見られるとの言い伝えがあり、昔の人々は神様として崇めていました。 その時の龍燈は、四倉の仁井田浦から夏井川を上り、常福寺に達すると、
この杉の巨木のそばで一段と輝きを増して、本堂に入っていったのだそうです。
☆「いわきふるさと散歩」(歴史春秋社)
いわき市の文化財(いわき市教育委員会) 参照
軽い病なら、この巨木の清々しい気に触れただけで治ってしまう・・・そんな気がしました。
大昔から、災害や病で傷つき、救いを求める人々の心と身体を癒してきたのでしょう。 手垢にまみれた人間界の「宗教」なんて、ポンと吹き飛んでしまうくらいの圧倒的な浄化のパワーです。 私たちが、震災後、心の奥深くで日々求めてきたものは、石原さんの言う「金目」ではなく、本物の癒しだったんだと改めて感じました。
昔、いわきの海から船出して、沖縄に渡り、エイサーの元となった念仏を伝えた僧がいました。
袋中上人についてのブログ記事は、こちら。 http://blogs.yahoo.co.jp/fukushima_apple/11068662.html 広島や長崎とは、ちょっと次元の違う・・・沖縄の「地を這うような慟哭」を想っています。
1945年3月末、米軍が最初に上陸した慶良間列島では、座間味村などで、住民の集団死が相次ぎました。 その惨状について、1989年に刊行された「座間味村史」には、こう記述されています。 「座間味村民も、個人を犠牲にしてまで天皇を頂点とする国家に忠誠を尽くしてきた。(中略)
座間味村民の『集団自決』は、まさに国家がおしつけてきた歴史の総決算だったといわねばなるまい」 座間味村史は、集団自決という言葉をかぎかっこの中に入れています。
多くの子どもが、親や親類縁者によって命を奪われた事実・・・当事者として、その傷みに向き合う中で、その惨劇を、単に集団自決と、表記することはできない・・・と。 このことを朝日新聞の記者が、1999年6月23日の記事に書いていました。
先日、部屋の大掃除をしていて、ひょっこりと当時の記事の切抜きが出てきたのです。 ブログに書いてと、言わんばかりに・・・。 写真上の「沖縄戦から54年・きょう『慰霊の日』」の特集が、1999年の記事です。
そして、下の約20行の記事が、今年の6月24日に、朝日新聞が掲載した「慰霊の日」の記事でした。38面の片隅に・・・。
23日の紙面には、沖縄に関する記事は見当たりませんでした。 夫いわく。
「これが日本の現実だ・・・小保方論文も、サッカー日本代表も、そして美味しんぼ事件も、虚実を正しく判断できないマスコミが、都合の良い記事だけを書いて国民を誘導している。マインドコントロールを解くのは難しいけれど、いつでも『敗けた時』が、目を覚ますチャンスなんだ」 回転寿司で、350メートル流れた売れ残りのマグロは廃棄すると聞いた時、この国の精神の根幹が危うい所に来ていると改めて思いました。そこにカジノを持ってきたらどうなるんでしょうか?
私が心配しなくても、因果応報の宇宙の采配が、「あるべき」結果を導くのかもしれませんが・・・。 次回は、1999年6月23日付の衝撃的な記事内容を紹介します。
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郷土の歴史
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こんばんは
ひじょうに感銘を受けました。
岡先生のお話し、杉のお話し、こんな大きな杉は見た覚えがありません。
「宇宙の法則」・・・・・盛者必衰、満つれば缺る
いよいよ日本も終わりに近付いていると思います。
2014/6/26(木) 午後 9:06 [ a87427 ]
やちよ様
山の花々は美しいですね。
心が洗われます。
「下山」には、それなりの心構えと技術が必要ですのに、自分が下山していることも分からない日本人が多いのかもしれません。
下り坂を、イケイケで転がり落ちる予感がします。
また、己を直視できない軍師の下で、危うい戦いを強いられる未来が見えます。
クラウゼヴィッツの「戦争論」には、「戦争は政治の延長である」とあります。
無能な政治家の失政の延長に戦争があることを、息子たちに語り継いで行きたいと思います。
2014/6/26(木) 午後 11:50 [ 未来塾すばる ]