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M先生のお見舞いで上京したついでに立ち寄った神田明神。
まさかの「将門」(笑) 驚きの連続でした。 M先生は、ハーレーに乗って日本全国をフィールドワークする、ちょっと型破りな 牧師先生で、震災後は、出雲にも足を運んだとか。
それで、福島稲荷神社に祀られている3神の話題にもなりました。 その3神とは、伊勢神宮外宮の「豊受大御神」と、出雲の「大国主命」「事代主命」。
そして、987年に福島稲荷神社を創建した人物こそ、だれあろう「安倍晴明」なのです! 以前のブログ記事参照
http://blogs.yahoo.co.jp/fukushima_apple/9864355.html http://blogs.yahoo.co.jp/fukushima_apple/12907364.html 安倍晴明を、「信夫の里」福島に派遣した、朝廷の意図とは何か・・・?
そのあたりの経緯は、民話的な衣をまとった男女の悲恋から始まる伝説として、
地元で語り継がれておりまして、次回くわしくご紹介しますが、なんとも奇々怪々で、不思議なストーリー展開・・・とだけお伝えして
おきます(笑) 安倍晴明の父ともいわれる「平将門」の名を、民話の登場人物(大杉の霊)に変換した時に、私はちょっと身震いしましたが、その民話にまつわる地名が、福島市内には多く存在します。
福島市「清明町」も、安倍晴明ゆかりの場所といわれています。 高名な天文学者にして、霊力を操る陰陽師であった彼が「1000年後に私はまた
蘇る」と予言して、福島に稲荷を祀った・・・その意味を、ずっと考えています。
そして、1000年後の今、、福島の受難と復活のドラマの中で、安倍晴明のミッションはどのように花開いていくのでしょうね。
さて、神田明神で入手した本の中に、神社の歴史が記されていました。
神田明神には、三柱の神々が祀られています。
一柱目は「だいこく様」(大国主命) 二柱目は「えびす様」(少彦名命) 三柱目は「平将門公」 創建は、奈良時代の730年。1300年前です。
出雲氏族で、大国主命の子孫・真神田臣(まかんだおみ)の一族によって祀られた そうです。
神田という地名は、そこから来ています。 平安時代中期に、関東の豪族・平将門が朝廷に反旗を翻し、敗れた後に天変地異が多発したため、「祟り」と恐れた人々が鎮魂のために将門を神田明神に合祀したということです。
神田祭では昔から、神田明神の託宣により、「神事能」が行われていたそうですから、秦河勝や世阿弥の霊統にもつながっているのでしょう。
ということは、聖徳太子にも・・・。 それはそれとして、平将門を、この江戸の鬼門に祀ったのには大きな意味があるようです。
もともと平将門は、「平」の姓を授けられた高望王の孫にあたりますので、皇族(桓武平氏)です。
父は、賀茂氏の血流ですが、母が相馬の出身ということで、「相馬小次郎」と称したこともあります。 10代から12年間在京して見聞した平安京や朝廷の腐敗と堕落・・・。
関東の領地に戻った後、自らを「新皇」と称して、国の中心を東に移そうとした将門のビジョンを700年後に形にしたのが、同じ賀茂氏の流れの徳川家康でした。 重い負担を強いられ続けた東国の人々の代弁者として、将門の魂は、民衆の尊敬と親愛に守られ、神田明神に生き続けていました。
徳川幕府によって、江戸城の鬼門にあたる現在地に遷座されてから「400年めが今年」ということです。 これは、朝廷に反逆した将門を、将軍居城の鬼門に据えることにより、幕政に朝廷を関与させない決意の現れ・・・といいますか、裏の仕掛け人・天海僧正による陰陽道の「鬼門封じ」・・・ともいわれていますね。
徳川家光の時代に、「将門は朝敵に非ず」との奏上があり、将門の評価は一変しましたが、その後も、歴史の激流の中で浮き沈みを繰り返しました。
明治時代は、逆賊として神田明神の三柱から外されましたが、戦後は再び復帰し、今に至っています。 「逆賊」の父の子らは、命を奪われるか、素性を隠して生き延びるか・・・宿命の二つの道を強いられました。
伊達市桑折町の半田沼には、将門の娘(側室とも?)・桔梗姫が身を投げたという伝説があります。 いわき市や会津には、娘の滝夜叉の伝説や墓などがあるようです。 息子の安倍晴明が、その素性を隠して京都の賀茂氏に預けられ、陰陽道と天文学を修めた後、真のルーツである関東〜東北に、その「印」を残したいと思ったとしても不思議ではない・・・とも思います。
実はですね、今年の4月の駅前マルシェで、梨のシャーベットを試食して頂くために、小さな紙コップが必要になり、福島市鎌田の「福一屋」さんまで買いに行ったのです。
その帰り、美しい桜と神社が目に留まりまして写真撮影しました。 石森神社とありました。
そして、「賀茂の・・・」と石碑にありました。 この神社がですね、安倍晴明が福島に創建した二つの神社のうちの一つだということを、昨夜知りました。
続きは、また次回に。 |
郷土の歴史
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