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寒中お見舞い申し上げます。
雪の日の窓辺で、復活したお花が元気に咲いてくれました。
昨年うちに来た時は、ちょっと悲しそうでした。 花屋さんで花を買うと、店員さんが「これも連れて行って!」と、小さな鉢植えを
袋に入れてくれることがよくあります。 息も絶え絶えなシクラメンだったり、売れ残ってグッタリしたカーネーションだったり・・・。
「鉢が窮屈だよ〜」とか、「酸欠だ〜。外に出してくれ〜!」とか、袋の中から声が聞こえそうです。
直感力を磨いて植物と交流できたら、どんなに素晴らしいでしょうね。
想像以上に宇宙的な存在なのではと思います。 生きものは、人を良く「見て」いるんだな〜と感じる時があります。
「本当の姿」を見せても良い人なのかどうか・・・と。 「選ばれた人」は、見える世界と見えない世界を結ぶメッセンジャーなのかもしれませんね。
震災の後は、特に、目には見えない世界とのコミュニケーションが鍛えられた感があります。
特に、津波被害のあった海沿いの地域では・・・。 今も、「福島」とひとくくりにして語られることが多いですけどね。
津波で多くの住民が亡くなった「浜通り」と、内陸の「中通り」「会津」では、人々の意識の深層で、もしかしたら全く違った「震災体験」があったのでは・・・と、私は感じています。 2013年の参議院選挙で、緑の党の公認候補が「南相馬で2つ頭の赤ん坊が・・・」と
街頭演説した時、いわき市の叔母が「この人は浜通りの人なの?」と私に聞きました。
「いいえ、この候補者は、福島市から九州に避難した人です」と私が答えると、 「やっぱりね」と叔母が頷きました。 そうなんですよね。
放射能被害だけじゃない・・・何層もの心の痛みに、まったく無自覚な人たちが、「フクシマのため」と言いながら真綿で首を絞めるような暴力を繰り返してきたように思います。 人間という存在が、肉体だけではなく霊的な存在でもあると認識している人々までもが、汚染から自分の肉体を守ることだけに気を取られ、今も高額な機器でセシウムの数字を追いかけています。
そのダブルスタンダードに多くの県民が違和感を感じていることを、自覚できないままに・・・。 震災から5年・・・。 東北学院大の社会学のゼミ生たちが、震災死をめぐる貴重な記録を卒論にまとめ、今、ネットで話題となっています。 1月27日の朝日新聞の紙面でも紹介されましたので、記事の一部を転載致します。 「タクシー幽霊〜東北学院大生 宮城で運転手から収集」
http://news.asahi.com/c/adcBdSbS1nwca3ac それにしても、なんというリアリティでしょう・・・。 「震災後の初夏。季節外れのコート姿の女性が、石巻駅近くでタクシーに乗り込み
『南浜まで』と告げた。『あそこはほとんど更地ですが構いませんか?』と尋ねると、
『私は死んだのですか?』と震える声で答えた。
驚いて後部座席に目を向けると、誰も座っていなかった。」
タクシーの運転手さんは、誰かを乗せれば必ず「実車」にメーターを切り替えるため、記録が残るのです。
幽霊は「無賃乗車」扱いとなり、運転手さんが代金を弁償しています。 運転日報にはその記録が残っている・・・と。 乗せたのはいずれも比較的若い男女だということです。
卒論を書いた学生さん曰く。
「若い人は、大切な誰かに対する無念の思いが強い。やりきれない思いを伝えたくて、タクシーを媒体に選んだのでは」と。 「選ばれた」タクシー運転手さんの記録によって、私たちは津波で亡くなった人々に思いを馳せることができます。
そして、このような無念の死や悲しみは、今も世界中至る所にあり、深い喪失の中を必死に生きようとするたくさんの人々がいる・・・。
昨年11月のフランス・テロの直後に、フランス福島の会が、映画「物置のピアノ」(舞台は震災後の桑折町)を上映し、参加したフランスの皆さんの映像をアップしています。 合わせてご覧頂ければ幸いです。
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