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本日、私は皆様に、福島の苦悩と希望を二つお伝えしたいと思います。一つ目は、子どもや妊婦の被曝実態です。
先日、小学生の少女が、心の悩みを話してくれました。 「私は将来、結婚できるか不安なんです。差別されるかもしれないと感じています。 お母さんは、毎晩、私たちを寝かせた後、一人で泣いています。お母さんは、私たちを被曝させたことを気にして、夜も眠れないのです」
彼女は今、東京電力福島第一原発から20キロ離れた故郷(浪江町)から、福島市に避難しています。水素爆発が起きた3月12日は、町の避難指示に従って、原発から 30キロ離れた地区(津島)に移動しました。しかし、町民8000人が避難したその場所は、一日で200μSvもの積算放射線量が計測された高汚染地帯でした。(津島の医師が計測していました)白い防護服を着た国の職員が放射線量を計っていましたが、避難してきた人々にデータを知らせることなく立ち去りました。
少女の母親は言います。「3月12日から15日まで、何も知らずに高線量地区で過ごしました。野菜は沢の水で洗っていました。炊き出しは野外だったので、子ども達も妊婦も一緒に外で過ごしていたのです。母親達は、赤ん坊に母乳を飲ませていました。8月に初めて受けた内部被曝検査で、子どもから放射性物質が検出されました。国は大丈夫と言いますが信用できません」 文部科学省は、事故後の現地モニタリングの他に、放射能拡散を予測するネットワークシステム「SPEEDI」のデータも入手していました。その中には、12日に少女が避難した高線量地区のデータもありましたが、公表されることなく、人々は無防備に 被曝してしまいました。外務省は米軍の要請に応じて、事故直後からSPEEDIのデータを送信していたことが判明しています。130億円を投入して備えたシステムのデータが、危機に瀕した国民の避難のために使われることなく米軍に渡っていたことに、私達は強い憤りを感じます。
少女が福島市に避難した3月16日。前日から放射能の雨が降っていました。 この時、福島県は独自に、福島市内の雑草や雨水を測定し、その結果、雑草から
「119万Bq/kgの放射性ヨウ素」を検出していたのです。しかし、県も国もデータを
公表しませんでした。子ども達への安定ヨウ素剤の投与や、避難などの指示も全く行われませんでした。私たちは、6月4日の原子力安全保安院の会見で、初めてこのデータを知りました。
これは、日本国憲法で保障された基本的人権を侵害する国家的犯罪だと、私は 思います。特に、原子力安全委員会の責任は重大です。国は、住民の被曝リスクについて、年間100ミリシーベルトまでは問題ないとの見解に依拠し、福島の子どもや妊婦を高線量の地域に放置しています。
原発事故から、まもなく一年。 福島市では、やっと幼児や妊婦のホールボディカウンター検査が始まりましたが、 小学生以上の子どもの検査は、これからです。国や自治体の遅すぎる対応に、
母親達の不安は増すばかりです。
この現状を、私は、WHOやICRPなどの世界機関に訴えたいです!低線量被曝に関する正しい世界基準に基づき、日本政府への警告や指導を強化してほしい! 子ども達は、地球の未来であり、宝であると私は思います。一国の原子力政策の
犠牲にしてはならないのです。
今後、福島の私達は、世界とのネットワークを早急に構築していきたいと考えています。皆様のお力をお借りして、子ども達の心と体の健康のために、最善を尽くしたいと思います。 |
国連でのメッセージ
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