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いわき市の国宝・白水阿弥陀堂(浄土池)で、今、古代蓮の花が満開です!
早朝の庭園を歩きながら、久しぶりに深呼吸しました(笑) 空気がとても美味しいです。 蓮の花の中心部を見ていて気が付きましたが、まさに仏教の宇宙観に出てくる 須弥山ですね。
清々しい朝の光の中で、蓮の花がゆっくりと開いていきます。
亀や水鳥(カワセミ、カモ、鷺など)の傍らで、鯉が元気に泳いでいました。
現在白水阿弥陀堂は、56年ぶりの屋根の葺き替え工事が行われています。
先日ようやく外側を覆っていた工事用の幕が取り外されました。但し工事はまだ 続いていて、10月頃に完成するそうです
屋根に使われている葺き替えの木材は、サワラが使われています。
これだけの面積のある木材による屋根は、日本でも珍しいそうです。
また本堂の阿弥陀如来が、修復のため(震災被害)、1月から御堂を離れていましたが、半年ぶりに白水に帰ってきました。
九重の蓮の上に座る坐像です(7/24より、拝観できるようになりました) 真言宗智山派・願成寺の僧侶が、国宝の由来などを説明してくださいます。 真言宗智山派の宗紋は、桔梗紋。
実は、親戚の法事の後、足を運んだ高久の地蔵院が桔梗紋の寺でした。 和歌山の高野山にもあるという「善女龍王」もありました。 今から270年程前の元文3年に、この地で2万人規模の大きな農民一揆がありまして、9人のリーダーが、投獄と斬首で命を落としました。
志賀伝吉著「元文義民伝」によると、 「1738年9月18日、藩主内藤候の圧政に耐えかねた領民、磐城4郡、181ヶ村の 百姓衆2万人が18箇条の要求を掲げて総決起し、城下町を占拠して、領主権力を
完全に屈服させ、要求の大半をのまざるを得ない状況とした。・・・しかし、一揆の
代表者は捕らえられ投獄されて、翌年8月23日に鎌田河原で斬首された。・・・一揆 終了後、藩主内藤候は、徳川譜代大名であったが幕府からその責任を問われ、
日向国(宮崎県)延岡に移封となった」
一揆の指導者は、何れも若く地域の名主も多かったそうです。
百姓たちは、各地に地蔵尊を建立し、義民の霊を供養しました。 8/1、いわき市の霊場札所でもある、高久の地蔵院に伺いまして献花させて頂きました。
1732年の亨保の大飢饉や、幕府の圧政を背景に、全国各地で農民一揆が起こる中、磐城の庄屋だった私の祖先が、過重な課税を江戸城竜ノ口評定所の目安箱に投書。
越訴の罪で永牢中、1738年の農民蜂起を知り、「脱獄」して一揆を指導するも、 翌年斬首されたといわれています。
NHK大河ドラマに推薦したいくらいの、いわき義民物語ですね。 今年の盆も、「じゃんがら念仏」が、鉦や太鼓を打ち鳴らして家々を廻ります。
踊るほどに、詠うほどに、「魂を振り」起こす・・・いわきの「熱い夏」です。 |
白水阿弥陀堂
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