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梅の蕾

雨露が梅の蕾を・・・と書いたところで、手が止まりました。
「梅」の中には「母」があったのですね・・・今、気づきました(笑)
先日、NHK「クローズアップ現代」で紹介された詩人、吉野弘さんの詩にも
母の詩があったことを思いだしました。(昨年2014年に他界された吉野さんの詩が、最近たくさんの人に読まれているそうです)
「漢字喜遊曲」の中にこんな一節が・・・

 母は
 舟の一族だろうか。
 こころもち傾いているのは
 どんな荷物を
 積みすぎているせいか。
 
 幸いの中の人知れぬ辛さ
 そして時に
 辛さを忘れてもいる幸い。
 何が満たされて幸いになり
 何が足らなくて辛いのか。

吉野弘さんは、その著書「現代詩入門」の中で、
「母と舟は似ている・・・舟という字の形が、私には、母という字の下部が水に浸っているために、水面から見えなくなっている形のように思えるのである。」
と、書いています。
吉野弘さんの詩を読みながら、なぜか同じ名字の、作家・吉野せいさんを想いました。
先日、吾妻学習センターの新春名画映画会で、彼女の作品を映画化した
「洟をたらした神」を観たところでした。
雪の夜でしたが、50人ほどの皆さんが集まっていました。
浜通りから福島市に避難されている皆さんもいらっしゃったかもしれません。

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若く瑞々しい樫山文枝さん演じる「吉野せい」が、止せばよいのに(と観客の誰もが思った・・・) 、貧しい開拓農民の吉野義也(詩人・三野混沌) と結婚を決意する場面。
風間杜夫さん演じる「三野混沌」が、「お茶でも一杯・・・」と、囲炉裏に火を熾すのですが、松葉?に火をつけて小枝をパラパラ・・・・・急にメラメラと燃え上がる火・・・おそらく一瞬にして鎮火するだろう・・・ウソっぽいな〜と思いながらも・・・見入る観客。
まさに二人の愛の行方を暗示するような場面です。
意図的な演出だったのでしょうか・・・?

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「混沌」ではありません。寒風の中、梨畑で剪定作業をしている、うちの夫です。

1921年(大正10年)福島県いわき市好間の菊竹山で、小作開拓農民の吉野義也と、せいの結婚生活が始まりました。
一町六反歩を開墾したそうです。
一町歩の「梨畑」と、自給自足の穀物作りに渾身の血汗を絞る、二人・・・。
せい曰く。
「無資本の悲しさと、農業不況大暴れ時代の波にずぶ濡れて、生命をつないだのが不思議のように思い返されます。1945年、敗戦による農地解放の機運の渦に、混沌(夫)は飛び込み、家業を振り返らぬこと数年。
生活の重荷、労働の過重、6人の子女の養育に、満身風雪をもろに浴びました。」

「ここに(「洟をたらした神」) 収めた16篇のものは、その時々の自分ら及び近隣の思い出せる貧乏百姓たちの生活の真実のみです。口中に渋い後味だけしか残らないような硬い木の実そっくりの魅力のないものでも、底辺に生き抜いた人間のシンジツの味、にじみ出ようとしているその微かな酸味の香りが仄かでいい、漂うていてくれたらと思います。」

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家業を振り返らず、自費で!県内を飛び回る夫。
せいは、その夫を「酔うている」と言いました。
「可哀想な子どもや人々」を救うために、自分の子どもや家族は犠牲にして「献身」のドラマの主人公を演じてしまう人・・・・・「被災地」という場所があると燃えてくるタイプですね。
自己不信などの、深刻な心の問題を抱えた人が多いといわれています。
社会的に意味のある活動で、スケジュールを一杯にしておかないと、心の奥の虚ろさを充たすことができない。
まず、そんな「自分」を自覚する・・・そこから、始めないと周りの人々が大変な苦労をします。
吉野せいさんのように・・・。

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「ゲド戦記」の翻訳者・清水眞砂子さんについては、次回!

映画の中では、赤子を背中にくくりつけた乱れ髪の吉野せいが、傍らに幼子を連れながら、川で水を汲み、山上の自宅まで重い桶を運ぶ様子が描かれていました。
「水を運ぶ女」・・・実に、象徴的な場面です。

いわき市の海辺の町(小名浜)に生まれ、小学校の教師をしながら、ドストエフスキーやクロポトキンを読んでいた娘が、「なんで金も地位もない男と、開拓なんだっぺ?」と、観客の誰もが思ったことでしょう。
私たちの祖母の世代のいわきの女性が、ドストエフスキーですか〜と、
私もびっくり。
若気の至り・・・いや、若気の祟り?か・・・と、自分自身を省みて想う(笑)
せいも私も、青春時代の残り香や、沈む翳りの全てを振り祓うように火にくべて、嫁ぎました。
写真一枚、残さずに・・・です。
赤子を背負い、幼子と一緒に山を這う母は、まるで、天上に憧れる自由な魂に重い碇をくくりつけて、地上世界の水底にあえて沈もうとする修羅のような女・・・です。
子どもを産まなければ、せいは「太宰治」になっていたかもしれない。

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   ☆吉野せいの菩提寺・龍雲寺(いわき市好間町)のお地蔵様

映画に描かれていたのは、苦しいながらも夫唱婦随の開墾生活・・・息子は出征したものの無事帰還・・・
最後は、子ども達が立派に出世して、可愛い孫にも恵まれ、昔の生活を懐かしむ母、せい・・・という、なんとも「感動的な」ハッピーエンドのストーリーでした。
皆さん、「よがったない〜」と頷きながら、満足そうに雪道をお帰りになりました。
「葛藤」(真実)を描いた映画なんか、見たくない・・・「現実世界」が葛藤の連続なんだから、映画くらいハッピーエンドでいいべした・・・とも思う。
それはそれで良かったのかもしれないけれど。
草葉の陰で、吉野せいが「これ、うそだ〜」と嘆いているかもしれないので、以下の本も合わせてご紹介しておきます。。。

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夫・混沌とせいの確執は深く、縺れに縺れており、最後は子らにも疎まれて、混沌は畑わきの小屋に独居し、寂しく亡くなったのだという。
1970年4月、夫が他界した後、友人の草野心平に「あんたは書かねばならない・・・」と強くすすめられ、、
せいがペンを握ったのは、70歳を過ぎてからでした。
ひとたび「結んだ糸」を、解すということは大変なこと。
なんでこんなに固く結んだの〜、なんて結んだ本人が叫んだりします。

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せいは、貧しさの中で、「梨花」と名づけた赤子を亡くしています。
この純白の花を、吉野せいはどんな気持ちで眺めたのだろう・・・・・。
一つひとつの作品を、鎮魂のように、あるいは懺悔のように書き遺し、
1977年、吉野せいは、享年78歳で永眠。
「洟をたらした神」は、大宅壮一ノンフィクション賞、田村俊子賞を受賞しました。
中公文庫の「あとがき」を書いている清水眞砂子さんは、あの「ゲド戦記」の翻訳者です。
その不思議なシンクロについては、また次回にご紹介するとして、今日は、
吉野弘さんの詩を心に響かせながら謙虚に自分と向かい合いたいと思う、真っ白な雪の日です。

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「最も鈍い者が」  吉野弘

 言葉の息遣いに最も鈍い者が
 詩歌の道を朗らかに怖さ知らずで歩んできたと思う日
 
 人を教える難しさに最も鈍い者が
 人を教える情熱に取り憑かれるのではあるまいか 
 
 人の暗がりに最も鈍い者が
 人を救いたいと切望するのではあるまいか
 
 (中略)
 
 言葉の道に行き昏れた者が
 己にかかわりのない人々にまで
 言いがかりをつける寒い日

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