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吾妻山
3月が近づくと、なぜか急に海が恋しくなります。
あ〜、いわきに帰りたい(笑) 水石山あたりから、空気の粒子が変わるよね・・・と息子。
匂いが、まるで違うよね・・・と私。 小名浜港の汽笛。 カモメの鳴き声。 潮騒の子守唄の中で育った人間には、何か不思議な「体内時計」が埋め込まれているのかもしれません。 もしかして「海賊の娘」の末裔かな〜・・・・・。 そういえば広島から届いた蜜柑の送り主は、因島の村上さんでした・・・ ご縁に感謝(笑)
とりあえず、吉野弘さんの舟の詩を読む・・・。
二月の小舟 冬を運び出すにしては
小さすぎる舟です。 春を運びこむにしても 小さすぎる舟です。 ですから、時間が掛かるでしょう 冬が春になるまでは。 ・・・・・ そうですね、「春」を呼び込むには、大きな舟(器)にならなければ・・・。
そのことを、私は「ゲド戦記」から学びました。 偶然ですが、前回ご紹介した吉野せいの「洟をたらした神」(中公文庫)の
解説は、翻訳家の清水眞砂子さんが震災後に書かれたものでした。
清水眞砂子さんといえば、「ゲド戦記」全五巻の翻訳をされた方です。 清水さん曰く。(「解説」より)
「三巻で終わるかと思っていた『ゲド戦記』の第四巻が、18年の間隔をおいてアメリカで出版され、翻訳の準備にとりかかったとき、さて、主人公 テナーの台詞をどうするかと考え、あの作家、この作家の文体を考えて最後に行き着いたのが、吉野せいだった。
ずっぷりと土着のようでいて異邦人。人を愛し、慈しみ、静かに、時に激しく生きて闘った人のことばがここにはある。・・・生活をくぐりぬけた、しっかりと実の入ったことばがそこにはあった。」 ☆22年前のコピーです
実は、この「ゲド戦記」・・・
アメリカの作家、アーシュラ・K・ル=グウィンによって、1968年から2001年にかけて出版されたファンタジー小説なのですが、第一巻が邦訳出版されたのは、1976年でした。 そしてその翌年、心理学研究会の先輩に「いいよ〜」と推められ、岩瀬書店の児童書コーナーで購入した私でしたが、主人公の「魔法使いゲド」に、 全く感情移入できないまま、本は棚の奥でホコリをかぶっていたのでした。
なぜ読めないんだろう?・・・その違和感の正体を掴みきれないまま、16年の時が流れて、私は、果樹農家に嫁ぎ、二人の男の子の母親になっていました。 1993年3月。
生まれたばかりの三男を抱きながら、朝日ジャーナルの書評を読んでいて、ある本の表紙に目が止まりました。ゲド戦記第四巻『帰還』でした。 第四巻「帰還」の主人公は、魔法使いゲドではなく、果樹園を営む未亡人、テナーである、らしい。
テナーの養女、テルーは、火に投げ込まれて火傷を負った幼い女の子である、らしい。 そして、テナーとテルーは、ヤギを飼いながら、梨の栽培をしている、らしい・・・。 え〜っ・・・梨農家の母娘が、冒険ファンタジーの主人公になってるんだ〜・・・??? さっそく乳飲み子の三男を背中にくくりつけて、吾妻公民館に向かいました。
公民館には、小さな図書館が併設されていたのでした。 今だったら密林・・・いえアマゾンで検索して、新刊ゲット!なんでしょうけれど、皆さん!運命の出会いは、図書館から始まるってことも、あるのです〜(笑) 図書館には、ベテラン司書のAさんがいらっしゃいました。
そのAさんから、私は「ゲド戦記を生きなおす」というル=グウィンの講演資料を頂いたのです。 この講演は、オックスフォード大学で行なわれたもので、翻訳は清水眞砂子さんでした。 そこには、ル=グウィンが第四巻の主人公を、英雄的な「強い男」ではなく、「有色人種の農家の未亡人」にした理由が書かれていました。
そして両親による虐待・レイプ・火傷で身体の右半身が不自由となった少女(竜の娘)に託された「使命」についても・・・。 それは、ジェンダーと芸術の本質的問題を、女性自身が「白人の男性有識者」の前で問題提起した、画期的な講演内容でした。 そうだったのか・・・・・。
「なぜ、読めないのか?」その謎が解けるまでに、15年・・・。 そして、私が本当に「ゲド戦記第四巻」を主人公と共に「生きる」ことができたのは、 東日本大震災と原発事故を体験した、この「島」・・「福島」で・・・必然のように。
☆自然に芽が出て20年・・・・・私たちを見守ってくれた木
22年前(1993年)、三男をおんぶしながら読んだ第四巻「帰還」は、私にとって、まだ現実世界から遠く離れた「向こう側のファンタジー」でしかありませんでした。
土の匂いのする女性の感性をリアルに表現した「画期的ファンタジー」・・・だと。 なんだかんだ言っても「女・子どもの本」なんだ・・・と。 魔法の力を完全に失って帰ってきた「元大賢人のゲド」・・・昔は英雄だったが、今はアラカンのフリーター。 彼を支える中年農婦・テナーと養女テルーが、ヒーローに変わって「悪」と対峙する「ヒロインの物語」なんだ・・・と、ずっと思っていたのです。 それが・・・・・ 震災後に、一変しました。
まるで違う物語として、『帰還』は、私の中に入ってきました。 ①『帰還』は、喪失から始まる物語でした・・・。
(暴力に傷つき捨てられた少女テルー。オジオンの死と少年時代の回想 etc.) 自分の人生に、新たな物語を作り出す力は、心の中のどんな領域から湧き出てくるのでしょう。 「物語の力」が、福島という場所には必要なんだと感じています。 ②そして、少女テルーは、「福島の私たち」そのものでした。
ローク魔法学院の長のような、群馬の大学教授(火山の長か?) 早川氏が
ツイートした、
「福島で放射能を浴びた娘は我が家の嫁には迎えないが、それは実害なので差別ではない」に、 多くの福島の娘たち、大人たちは傷つきました。
「私は子孫を残しても良いですか?」と、福島の女子高生が朝日新聞に投稿したのは、ちょうど一年前の3月です・・・。 「実害」を隠さず公表し損害賠償請求すべき!という脱原発の人々の「善意と正義」に、セカンドレイプのような「無意識の暴力」を感じる私たちは、少女テルーの痛みを自分のことのように想うことができます。
どこかの可哀想な女の子・・・ではなく、テルーは間違いなく「私たちの娘」です。 そして、福島から作物を出荷する行為は「殺人予備行為」とまで指弾され、
泣きながら『帰還』と向き合った時、この物語は現実世界を苦しみながら生きる「私たちの物語」そのものではないか・・・と、何度も思いました。 ③また、『帰還』は、私の中に住む「弱い男性性」「傷ついた幼子」「死を目前にした老人」の存在に気づかせてくれました。女性の中にも、抑圧された「男性」が住んでいます。逆もまた真ですが。
物語の中で、「夢」の話や「神話」が語られる時、私たちは、無意識の深層に下りていくのかもしれません。 弱さの中に、真の力が完全な形で現れる・・・。
そして、最後に力を解き放つ「竜」の物語を、様々な登場人物と共に生きる時、 私たちは心の中の「何に」スイッチを入れているのでしょうか?
そんなことを、震災後の福島で想っていました。
「ゲド戦記」全体に貫かれているテーマは、光と闇、異文化、善と悪、男と女といった二元対立と、その和解。相反する二つのものを「統合」するためには、それなりの「器」が必要なのだ、という暗示もあります。内にも、外にも・・・。
最後に、オックスフォード大学での講演内容から一部抜粋します。
ル=グウィン曰く。 「英雄空想物語を書き始めた時、自分が何について書けばいいかが私には良くわかっていました。
まだ字も読めないうちから、父は私たちにホメロスの書いた話を次から次へと聞かせてくれていましたし、もの心ついてからずっと、私は勇者の物語を好んで読んできました。・・・ 勇者の物語に登場するのは、英雄や、邪悪な魔女、傷を負った王、わが子かわいさに前後のみさかいをなくす母親、知恵ある老人などです。・・・しかし、60年代後半になって、そんな時代にも終止符が打たれました。」 「70年代のはじめ、私がゲド戦記の第三巻を書き終える頃には、男らしさとは何か、女らしさとは何かが、その価値も含めて議論の対象になっていました。・・・そして、
1972年からずっと私は第四巻を書かなくてはと思っていましたが、実際に書き出せたのは、それから16年後のことでした。
・・・舞台は、それまでと同じようにピラミッド型の権力構造をもった男の支配する社会です。 けれども今度の作品では、勇者の物語の伝統だった性なき男の視点などというまやかしは排除して、女の目から世界を見ています。」 「この本の終わりの方では、ゲドとテナーは古い伝統を守ろうとする者たちと正面から向き合うことになります。伝統的なヒロイズムを放棄したふたりは実に頼りなげに見えます。・・・彼らを力づけ、その苦境から救い出すものは、これまでの制度や伝統の外からやってこなければならない。それは、新しいものでなければなりません。」
「私は『帰還』の神話をこんなふうに理解しています。取り返しのつかないまでに虐待された子ども、人間の恵みという恵みはことごとく奪い去られた子ども・・・テルーのような子どもは世界に、今私たちのいるこの
世界に数限りなくいるわけですが・・・そんな子どもこそ、私たちの道案内に立ってくれるのだと。」 ※主人公の肌の色を黒くすることで、作者は人種差別の問題にも踏み込みました。
ヨーロッパの伝統の中では、勇者たちは男であると同時に、常に白人です。 主人公をアウトサイダーに設定した作者に対して、出版社は、いろいろ待ったをかけたそうです。 本のカバーに黒人が描かれると、売上に影響する・・・などと。 テナーの師である年老いた魔法使いオジオンが死を迎える過程の描写は、父の最後とシンクロして涙でした。
死の間際、オジオンが、夢にうなされながら少年時代を回想する場面があります。 「その女の子を助けようとしました。でも屋根が落ちてきて、みんなその屋根の下敷きになってしまった。地震だったんです。助けようと精一杯やってはみたんです。」
この第四巻の邦訳が出版されたのは、阪神大震災のちょうど2年前でした。
オジオンは、地震を鎮めるために魔法の道を志し、その師ヘレスと共に、 ゴント大地震を鎮めたと、物語には記されています。
「ゲド戦記」は、もしかしたら、私たちの未来を予言する「道案内の書」であるのかもしれません。
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2015年02月10日
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