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「時には、自我を捨て、雪ダルマになれ!」(松岡修造カレンダーより)
昨年末、松岡修造カレンダーの売上が、AKB48のカレンダーを抜いて、異例の 増刷!だったそうです。
メッセージが熱い・・・というか、思わず笑ってしまうのですが・・・ 飛び散る汗のような「リアリティ」が、妙に伝わってきますね(笑) 朝から晩まで、乾いたバーチャルの世界に、どっぷりと浸っている私たち・・・。
スイッチを押せば、ニュースもドラマも、殺人ばかり。 大人も子どもも、どこかに「リアリティ」を求めて、彷徨っている時代なのかもしれません。 ☆今年は除雪のあと、雪ダルマを作る余力があります(笑)
さて、またしても、東京電力の情報隠しが発覚しましたね。 高濃度の汚染雨水が、港湾外に流出しているのを昨年4月から把握しながら、 公表しなかったと、今頃・・・・・。
そして、最終処分場のめども立たないまま、汚染土(東京ドーム18杯分)を大熊・双葉両町に搬入受入れ容認を決めた内堀県知事。
「この機に乗じて公表」は、以前からのシナリオだったのか・・・淡々と「遺憾文書」を読み上げる内堀知事に、一票を投じた県民でさえ、違和感を抱いています。 大熊町の「保管場」は、今も毎時16マイクロシーベルト前後の高線量のため、防護服の作業員が除染してから建設作業にとりかかるという、気の遠くなるような計画だそうです。
ちなみに、これから除染が始まる我が家(福島市西部)の周辺には、仮置き場が見つからないため、汚染土は各住民の敷地内保管になるそうです。
そんなこんなで、3・11前の様々なニュースが飛び交う中、25年ぶりに新聞記者の
Aさんからお電話をいただき、先日、東京から来福されました。
震災後、初めての福島入り、とのことでした。
1990年の記事
25年前に、脱原発イベント「なの花まつり」の記事を書いてくださったAさん。
1990年、2月22日付の記事です。 当時、20代だった若手記者の皆さんは、今は県外で活躍しておられます。
懐かしいわ〜。 25年ぶりに再会した日が、2月23日というのも、「回帰現象」といいますか(笑)
それから、南相馬の「菜の花プロジェクト」も取材する・・・というお話に、
またまたビックリ!
まさに「なの花まつり」だ!(笑) 当時は、 1989年1月に起きた、福島第二原発3号機の大事故をきっかけに、県内でも様々なアクションが始まっていました。
東電の情報隠しは、今に始まったことではないのです。
福島のお母さんたちや農業者は、富岡町役場などに、申し入れなども行っていました。
そのついでに、赤ん坊をおんぶしながら原発周辺の住宅を一軒一軒回って、原発反対の署名をお願いしますと・・・・・
「遠い福島市の人には、関係ね〜べ。帰れ」と、ほとんどの家で玄関払いされました。悲しかったです。 その「被害者」の皆様に、「関係あっぺよ〜!」と叫びたい、今の私です・・・。 記者のAさんは、飯舘村で、実験米作を続ける菅野宗夫さんの活動も取材されたそうです。
NPO法人「ふくしま再生の会」と菅野さんの取り組みの様子は、「宝島」2015年3月号でも紹介されていますのでご覧ください。
2011年6月、当時は避難指示が出た直後で、ほとんどの飯舘村民が村を離れていましたが、佐須地区で畜産や酪農を営んでいた菅野宗夫さんは、牛の世話や後始末のため、村に残っていたのだそうです。
その時、初めて東京から村を訪れた方々と出会いました。 そして一緒に、放射線計測や除染実験などに取り組みながら、ついに2012年、
米作りに着手したそうです。
田んぼの表土を入れ替え、2012年秋に収穫した米のセシウム値は・・・・・
玄米で40ベクレル/kg未満。白米で10ベクレル/kg未満だったそうです。 そして、2014年秋の米の検査結果は、5ベクレル/kg以下でした。
高層ビルの冷暖房完備の部屋で、日本の農業問題を議論しているのだという人たちの「言葉」・・・と、汗と涙と泥にまみれた福島の田んぼで、ひたすら米を「守っている」人間たちが発する「言葉」・・・は、交じり合うことがあるのだろうかと、思うことがあります。
2/25夜、テレビ未来遺産「緊急!池上彰と考える巨大地震」を観ながら、さらに感じたことは、「今」を前提にした議論は、空論でしかないのでは・・・ということ。
危機的な「そのビジョン」をリアルに想定しながら、日本の農業問題を提起している人がどれほどいるのか・・・ 思考停止のような状況の中で、ありふれた言葉の空中戦に終始していないか・・・・・と。
まずは、この福島で、
一緒に汗を流すところから、始めてみませんか? Do you want to build a snowman in Fukushima ?
(追記) 記者のAさんに手渡した論文、早稲田社会科学総合研究「原爆は人に何をもたらしたのか」を参考として添付します。 長崎に関する歴史的考察です。 福島においても、単なる「期待される被災者物語」とは異なる観点から、真実を記録していく地道な作業が必要かもしれませんね。 下記はpdfファイルです。 |
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2015年02月27日
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