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吾妻山
フェルメールの最高傑作品『水差しを持つ女』が、来春、福島県立美術館にやって
来ます。
2016年4月に、フェルメールを含めた、オランダ絵画黄金時代の美術品が福島県立美術館に来ることになり、福島県では、これらの貴重な作品を迎える為、美術館の空調設備等の改修工事に入っています。
下記の記事参照。 「水差しを持つ女」日本初公開 来春・福島
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201505/20150522_65068.html いずれも日本初公開となるフェルメールの「水差しを持つ女」やレンブラントの
「ベローナ」のほか、ヤン・ステーンら四十数人の約50点を展示するそうです。
ニューヨーク・メトロポリタン美術館、アムステルダム国立美術館の所蔵作品が 中心。会期は来年4月6日〜5月8日
6月に入り、衣替えした子ども達の元気な声を聞きながら、梨の実も大きく成長しています。
梨の実
摘果が終わった実に、袋をかける作業が始まり、アルバイトさんが朝8時から畑で仕事をしています。
袋をかけるアルバイトさん
20代の福島の女性がお二人。
幼い頃から福島で育った彼女たちは、「結婚するなら優しい日本人がいい」と・・・(笑) 初めての作業ですのに、お母さんの血筋でしょうか、細かな手仕事がとても上手です!
母と娘
20年前に、内戦のルワンダから福島に移り住んだマリールイズさん。
1994年のルワンダは、民族間の紛争によっておよそ100万人が犠牲となり、マリー さんの親族も亡くなっています。
3人の幼子を連れて死線を越えたマリーさんは、不思議な糸に導かれるようにして来日。
ここ福島に「避難」して、現在は帰化されています。 ルワンダ生まれのマリーさんと、いわき市生まれの私が、福島で初めて出会う・・・
ラベンダーが満開の6月です。
頂戴した名刺には「教育は平和と発展の鍵」と印字されています。
マリーさんは、「100年先」を見ている方なのだと直感しました。 震災後は、目の前の様々な問題に振り回されて「船酔い」のような精神状態が続いた福島にあっても、マリーさんは、しっかりと未来を見つめながら、避難者や若い母親たちをサポートしてきました。
なぜ? それは、マリーさんが20年前に同じ体験をしていたから・・・。 大使館の避難指示に従わず、福島に留まったのは、助けてくれた福島に恩返しをするため・・・とマリーさん。 家を失い、避難生活を余儀なくされた方々の心の痛みに静かに耳を傾けながら、
先が見えない暗がりに温かな火を燈す「道先案内人」の活動を続けてきたのでした。
試練を糧に、新しい道をきり拓いてきたからこそ、マリーさんには伝えることのできる「知恵」があったのです。
疲労困憊する若い母親に「子どもの今、だけにフォーカスするのではなく、視線をちょっと上げて、子どもの未来をみつめながら、今を生きていく」術を伝授するマリーさん。
船酔いの治し方と同じですね・・・。 マリールイズさんは、ルワンダに学校を作ることを目的としたNPO法人「ルワンダの教育を考える会」を立ち上げて、現在、講演会などで全国を飛び回っています。
会のURLは下記です。
http://www.rwanda-npo.org/ 現地ではすでに学校が設立されて、子ども達は幼稚園から小学6年生まで学び、
卒業生は150人を超えているそうです。
将来的には、独自の小・中・高・大学を作りたいという夢を持っているマリーさん。 「避難先」の福島で、未来のビジョンを描く・・・・・見習いたいですね〜。
でもね、描くだけなら誰にでもできます(笑) マリーさんには、ミッションがあるのだと、私は感じました。 「全国制覇」と部室に紙を貼っても、地区予選の初戦で敗けてしまうチームと、本当に甲子園で優勝するチームの違いは、何だと思いますか?
ヒント・・・(答えは、また別の機会に)
マリーさんは、雇用を生みだすための取り組みとして、ルワンダのコーヒーや紅茶を仕入れて、日本での販売も行っています。 畑の一服の時間に、皆さんとルワンダの紅茶をいただきました。
明るい未来を映し出すかのような澄みきった琥珀色・・・とても美味しいです。 ご馳走様でした! 内戦の痛手から20年を経たルワンダは、今「奇跡のルワンダ」と言われています。
「あのルワンダが今のようになれるとは、誰も想像していませんでした」と、マリーさん。 内戦の後、特に女性と障がい者、若者たちが憲法作りに積極的に参加したそうです。
その結果、ルワンダは世界一女性の国会議員が多い国になりました。 国会議員の56%以上が女性とのこと。 しかし、同じ民族内の「被害者」「加害者」双方に残る確執や心の葛藤から、ルワンダの人々はどのように解放されていったのでしょう?
「奇跡のルワンダ」を支えた精神とは? そのあたりをマリーさんが対談で話した内容をネットで見つけましたので、一部転載させて頂きます。
(マリーさんのお話)
被害者、加害者双方に大きな試練がありました。刑務所にいる加害者にその妻たちが食べ物を運ぶのですが、残虐な殺され方をした被害者の未亡人は、気持ちが収まらないのです。 「人殺しにどうして食事を与えるのだ」と、その食べ物を奪って、捨ててしまったり…。 でも、双方の女性たちには、子どもを学校にやれない、服を着せてあげられない、ご飯も食べさせてあげられないという共通の葛藤がありました。 そのとき牧師さんたちが、女性たちの苦しみをなんとか解決したいと、話し合いの機会を作ったのです。 女性たちも、子どもたちの幸せのために何かすることがあるのではないかと互いに近づいて、そして双方が許し合う心になれました。 そして、加害者の妻たちは刑務所にいる夫に「子どもの未来のために加害者も被害者も関係なく一生懸命子どもの幸せを考えているのだから、今後その幸せをこわすようなことをしたら許さない」と諭したのです。
それに心を動かされた受刑者は自白をし、それが政府に届いて、自白した者は刑務所で生活するのではなく、働きながら罪を償うようにという政府の取り組みで釈放されました。 それから、次の加害者を作らないようにという女性たちの願いが叶い、死刑廃止が決まりました。
被害者は納得していませんが、しかし子どもたちの世代のことを考えたら「許す」ということはとても大事なことで、「許す」文化を取り戻したことが、ルワンダの大きな奇跡を生んだと、私は理解しています。 このようなメッセージが、福島在住のマリーさんから発信されていることに感動しました。 マリールイズさんは、乾いた精神の荒野に、水を注ぐ本物の「水差しを持つ女」なのかもしれませんね。 ☆今年の梅の検査結果も「不検出」でした。
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